「眠れない」と悩む人に朗報…最新研究が明かす「眠っている自覚がなくても脳は回復している」事実
プレジデントオンライン / 2024年9月26日 15時15分
※本稿は、高田明和『20歳若返る習慣』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■なぜ年をとると、夜になっても眠れないのか
若いときは誰でも、夜になれば当然のように眠くなるものです。
「布団に入ったらバタンキュー」だった若き日の記憶をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
夜にかぎらず、午後の授業中に眠くなり、つい机に突っ伏して眠ってしまって先生に叱られた経験のある方もいるかもしれません。
ところが不思議なことに、年をとるにつれて「眠い」という感覚が薄れてくるのです。夜、ベッドで横になっても、なぜか目が冴えてくる感じさえします。
「このままでは、朝まで眠れないのではないか」
そんな焦りから、不安が増していき、ますます眠れなくなります。毎晩、そんな辛い思いをしたくないし、放っておけば、不眠がきっかけでうつ病になってしまうこともあり得ます。
だから高齢になると、多くの人が入眠剤を用いるのです。今、入眠剤の需要はますます高まっているようですが、はたしてその対策は正しいことなのでしょうか?
睡眠薬の必要性については、のちに触れますが、基本、私は推奨してはいません。
そもそも私たちは、なぜ眠るのでしょうか?
「眠る」という習性があるのは、人間だけではありません。眠りの定義を広くとらえれば、「生きとし生けるものはすべて眠る」と言っても過言ではないでしょう。
たとえば「草木も眠る丑三つ時」という言葉がありますが、実際に、植物も眠ります。木の葉の表面には電流が流れています。これが夜と昼では異なる流れ方をしており、真夜中は電気活動が弱い。そのとき草木は眠っているのだ、と主張する研究者もいるのです。
■ゴキブリに24時間光を当てると動かなくなる
では、動物はどうでしょうか? 昆虫類、魚類、カエルなどの両生類、ヘビなどの爬虫類は、一日のうちに、じっと動かなかったり、行動がゆっくりになったりする時間帯があります。
あるいはゴキブリに24時間光を当てて刺激し続けていると、動かなくなる時間が長くなることが知られています。
この現象は、人間に睡眠不足が続いたあと、それを解消するために長く眠ることに似ています。ただ、魚類や両生類は脳波を見るかぎり、睡眠の脳波はないといわれます。
睡眠中に、脳波に変化が現れるのは、哺乳類や鳥です。鳥は警戒心が旺盛で、睡眠の合間にある一定時間、「警戒睡眠」という状態になることがわかっています。
この警戒睡眠中、鳥は目を開け、脳波も起きているのと同じような状態になりますが、姿勢は眠っているときと同じです。
また、渡り鳥のなかには、片目だけをつぶって眠る鳥がいます。このときの脳波を調べると、目を閉じているほうの脳は睡眠の脳波を示し、開いているほうの脳は、覚醒の脳波を示します。
■眠りは多くの動物の生存に欠かせない活動
では、あらためて動物はなぜ、眠るのでしょうか?
一つの可能性は、脳が活動するときに出る老廃物を取り除くため。
もう一つの可能性は、脳が活動する際に使った栄養素を補給するためです。
「可能性」としたのは、睡眠が生物にどのような効果をもたらしているのか、確かなことは、科学においていまだ判明していないからです。
ただ、睡眠が生き物に欠かせないものであることは、「眠らせないようにした動物がすべて死んでしまう」という研究結果から明らかに示されています。
現在は、倫理的にあり得ない実験ですが、20世紀のはじめごろ、フランスのアンリ・ピロリンは、犬を眠らせないようにしたらどうなるか断眠実験をしたのです。
すると、7日から10日の間に、実験の犬はすべて死んでしまいました。犬の脳に、特別な異常は見つかりませんでした。しかしほかの動物でも検証した結果、やはり眠らせないようにした動物はすべて死んでしまいました。
このことからも、眠りが多くの動物の生存に欠かせない活動であることは明らかです。
■歴史的に拷問の方法として用いられた「断眠」
そして、人体による“検証”も、実は古くから行なわれています。
そもそも「断眠」は、歴史的に「拷問」の方法として用いられてきました。つまり、人は眠ることができない状態が長く続くと苦しくなり、また、意志が弱くなり、自白をさせやすくなることが知られていたのです。
昭和の時代のテレビドラマや映画などでは、警察署での取調べの際、朦朧となった容疑者が「眠らせてください!」と懇願する姿が描かれることもありました。
もちろん、人権上、そんなことが許されるわけがありませんが、戦前は行なわれていたそうです。ナチスも、断眠を拷問の手法に取り入れていました。
科学的な意味での最初の「断眠実験」は、1898年に行なわれています。
3人の男性が90時間、眠らないようにさせられたところ、集中力がなくなり、さまざまなテストの点数が悪くなり、幻覚に襲われるようになります。ところが、実験終了後、彼らは12時間眠ると、すべての症状はなくなりました。
■眠っていると自覚していなくても、脳の一部はきちんと眠っている
1955年、ラジオ番組の司会者だったピーター・トリップという人物が生理学者と協力し、自らが被験者となる長時間「断眠の実験」をすることにしました。
彼はニューヨークのタイムズ・スクエアに立ち、のべつまくなし、不眠で話し続けます。トリップは200時間起きていたのですが、4日目ころから幻覚や妄想が出はじめ、次第にそれが激しくなりました。
このときの彼の脳波から、起きているにもかかわらず、ときどき2~3秒間続く睡眠波が測定されました。この現象は「マイクロスリープ(微小睡眠)」と名づけられ、この波の存在は、人間を完全に断眠させることは難しいことを示しています。
201時間の断眠を経験したトリップですが、実験を終えて、13時間眠ったあとは完全に回復し、幻覚などはまったくなくなりました。
また、ギネスブックに載っている断眠の世界記録保持者、英国のモーリン・ウェストン婦人は、1977年に449時間、つまり18日と17時間も眠らずにいました。彼女も幻覚を訴えましたが、その後10時間眠ると、完全に回復しています。
このことから、断眠によって体内から失われる物質や、逆に溜まる老廃物質があったとしても、約10時間の睡眠をとることで、脳の機能は回復すると考えられます。
そして最近の研究では、「私たちが眠っていると自覚していなくても、脳の一部はきちんと眠っている」ことがわかっています。
この「脳の一部が眠っている」状態のとき、脳に溜まった物質は分解されると考えられます。つまり、眠れない状態が続いていたとしても、私たちの脳内では「眠っている場合に行なわれる回復作業」が、ちゃんと行なわれているのです。
このことは、「眠れないこと」に悩む人にとって、朗報かもしれません。
■110万人調査でわかった「睡眠と健康の相関関係」
睡眠についてもっとも興味を持たれている問いは、「寝不足の日は、仕事や勉強の効率が悪くなるのではないか?」というものと、「自分は4時間くらい眠れば十分なのだが、もっと眠らないと体に悪いのだろうか」というものです。
つまり、「眠れないこと」や「睡眠時間が短いこと」が、日常の生活のパフォーマンスに与える影響を、みんな心配しているわけです。
日常生活に支障をきたすようであれば、「健康を害すのではないか」とか、「病気の原因にもなるのではないか」という心配にもつながってくるでしょう。
そこで2003年に発表された、睡眠時間に関する研究結果を紹介しましょう。アメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校と日本の「対がん協会」が共同で行なったものです。
30〜104歳の約110万人を対象に、睡眠時間によって、どれくらい死亡率が変わるのかを調べるため、年齢や食習慣、運動、病歴、喫煙歴などの要因も考慮し、6年間にわたる追跡調査を行ない、睡眠時間が健康にどれくらい関わっているかを検証しました。
■6〜7時間の人より8時間睡眠の方が死亡率が高い
検証の結果、理想とされる一日8時間睡眠の人の死亡率は、なんと6〜7時間の人よりも1割くらい高くなりました。さらに、8時間以上の人と5時間の人を比べると、8時間以上の人のほうが高い死亡率を示していたのです。
8時間以上の睡眠は、体に悪いのでしょうか?
この実験結果だけで安易に結論を出すのは危険であり、研究グループも「なぜ、長く眠る人たちの死亡率が高いのかわからない。6~7時間の睡眠で健康状態がよくなるのかどうか、これから研究したい」と述べています。
さらに、不眠で悩んだ経験のある人の死亡率を、不眠を経験したことのない人と比較したデータも紹介されています。その結果は、不眠の経験のある人の死亡率は、そうでない人とほとんど変わりなかったのです。
不眠で悩んだ人の多くは、実際の睡眠時間は当人たちが思うほど減ってはいませんでした。よって、不眠症だったわけでなく、多くはうつ状態であったと研究グループは指摘しています。
ただ、睡眠薬を飲んでいる人の死亡率が高かったことは指摘されています。睡眠の不足よりも、薬のほうが健康に悪影響を及ぼすことは、データ上から確かなようです。
■寿命を延ばす3つの要因
日本での研究も紹介しましょう。1990年から97年にわたり、新潟大学が地方に住んでいる60~74歳までの440人の男性と625人の女性について、生活習慣と寿命の関係を調べました。
そして、寿命を延ばす要因は、「一日7時間以上の睡眠」と「一日1時間以上の歩行」、そして「生きがいを持つこと」の3つであると報告したのです。
つまり、7時間くらいの睡眠がもっとも体によく、寿命を延ばすということ。8時間以上の場合はどうかという点を除けば、これはアメリカでの研究とも一致した結果といえます。
では、一日4~6時間の、短い睡眠の人は、どうしたらいいのでしょうか? その場合も、あまり気にする必要はありません。
実は「睡眠時間の短さが健康に悪影響をもたらした」とされた人は、仕事や家庭の事情で、もっと眠りたいけれども、短時間の睡眠を余儀なくされた人たちだったのです。
本来ならもっと長い睡眠時間が必要なのに、その時間がとれない自覚のある「慢性的な睡眠不足にあった人たち」ということです。
ですから短い睡眠時間でも、本人が睡眠不足だと感じていなければ問題ありません。逆に、長い睡眠時間を必要とする人でも、それで日々の状態に問題がなければ、いいのです。
7時間以上の睡眠が健康を害することは、現在は証明されていません。実際、アインシュタイン博士などは、10時間の睡眠を習慣にしていたのです。
ただ、長時間眠っても寝足りないと感じているケースや、先に述べたように、抗うつ剤や睡眠薬を飲んでいるために長く眠っている場合は、必ずしも健康的な睡眠とはいえません。
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浜松医科大学名誉教授 医学博士
1935年、静岡県生まれ。慶應義塾大学医学部卒業、同大学院修了。米国ロズウェルパーク記念研究所、ニューヨーク州立大学助教授、浜松医科大学教授を経て、同大学名誉教授。専門は生理学、血液学、脳科学。また、禅の分野にも造詣が深い。主な著書に『HSPと家族関係 「一人にして!」と叫ぶ心、「一人にしないで!」と叫ぶ心』(廣済堂出版)、『魂をゆさぶる禅の名言』(双葉社)、『自己肯定感をとりもどす!』『敏感すぎて苦しい・HSPがたちまち解決』(ともに三笠書房≪知的生きかた文庫≫)など多数ある。
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(浜松医科大学名誉教授 医学博士 高田 明和)
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