だから朝ドラ「虎に翼」は名作に…女性差別に切り込んだ脚本家が「寅子には謝ってほしくない」と死守した一線
プレジデントオンライン / 2024年9月25日 7時15分
「虎に翼」の名セリフ① 第14週「女房百日 馬二十日?」より
穂高「ああああ、もう! 謝っても駄目、反省しても駄目、じゃあ私はどうすればいい?」
寅子「どうもできませんよ! 先生が女子部を作り、女性弁護士を誕生させた功績と同じように、女子部の我々に『報われなくても一滴の雨垂れでいろ』と強いて、その結果歴史にも記録にも残らない雨垂れを無数に生み出したことも! だから、私も先生には感謝しますが許さない。納得できない花束は渡さない! 『世の中そういうもの』に流されない。以上です!」
吉田恵里香『NHK連続テレビ小説「虎に翼」シナリオ 第14週』(NHK出版e-book)
■ファーストシーンに「法の平等」を掲げる憲法14条を出したワケ
「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」
あまりにも有名なこの憲法第14条から連続テレビ小説「虎に翼」(NHK)の第1話をスタートした構成について、改めてお話ししたいと思います。
ドラマに限らず、映像作品のファーストシーンは、その作品の入り口であり、初対面の人に対する自己紹介的なシーンであるべきだと思っているんですね。そうした中、「虎に翼」では何から始めるのが良いか考えたとき、主人公である寅子(伊藤沙莉)が、戦後、日本国憲法の公布を知らせる新聞を河原で読んでいるシーンにしたいと思い、浮かんできたのが、この作品の最初から最後まで貫くテーマであり、誕生するまで、そして誕生してからも本当に平等が実現したのかを問う話でもある憲法第14条でした。
構成の段階で第14条からの幕開けを考えていたのですが、硬すぎるのではという懸念もあり、制作統括の尾崎裕和さんに確認したところ、良いんじゃないかと採用していただけました。
視聴者の皆さんの中には「『虎に翼』は憲法第14条の物語だよね」と言ってくださる方もいらっしゃいます。女性初の弁護士のひとりであり、女性裁判官となった寅子自身、14条が掲げる「平等」について何度も傷を負いながら突き進んでいくので、主人公とも物語とも密着度が高い存在です。寅子の同級生である“よね”と轟の事務所の壁にも、この条文が書かれていましたね。また、物語にはいろんな人、いろんな差別が出てきますが、そもそも14条はこの国に住む人たちにとって自分の一部であり、切っても切れないものでもあるんですよね。
■後半にかけて寅子が「自由」を守るために努力する姿を描いた
ちなみに、私が物語を描いていく中で14条と並んで好きになったのは、憲法第12条です。
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」
国民は、自分たちが持つ権利と自由を侵害されないように「不断の努力」をしなければいけないという部分を知り、恥ずかしながら私は強く胸を打たれたんですね。憲法が個人の自由と権利を保障することは知っていたけれど、権利を保持するためには私たちが努力をし続けなければならないんだということが強く刺さりました。それで、後半にかけて寅子が不断の努力を続けるという物語をやってきたつもりです。
■裁判になるのは実際の判例を基にした事件が多かった
構成では、憲法と実際にあった過去の事件の判例と、現代社会まで地続きになっている問題点を結びつけて描くことを意識しました。実は、当時の時代背景を基に完全にフィクションとして事件を創作するという案もあったのです。でも、細かい部分がぶれてしまったり、矛盾が通じたりするときに、実際の判例を参考にできるほうが良いだろうということになりました。穂高先生(小林薫)のモチーフになった方の著書にある民法のお話やその判例などは私も興味深く読みましたし、チーフ演出の梛川善郎さんも面白いと思う判例をピックアップしてくださっていました。
ドラマはチームで作るものなので、演出家と脚本家がどちらも面白いと思うものがベスト。実際の判例で合致した中から選んでストーリーにはめていく作業でした。全体の軸になるストーリーと構成はおおまかにできていたので、それに合う事件を探すという進め方ですね。
ストーリーは「ここで女子部は終わり」「ここでは梅子の背景を描く」などと、人間ドラマでやりたいことベースで決め、そこに合う事件の判例を入れなきゃいけない。いろんな差別や偏見――寅子が明律大の女子部に入らなかったら知らなかった人たちや、知らなかった価値観・考え方を学んでいくことが、寅子の糧になる。その過程を見せられたら良いなと思いました。
■女子部の“魔女たち”はスーパー戦隊もののようなイメージで
第1週から第6週までは、既にほぼ解決している差別や分かりやすい差別を扱いました。寅子が明律大法学部で出会ったのは、梅子や華族の涼子など、「家制度」や身分・立場に縛られてきた人たちや、「女性」性が背負うものから逃れたい“よね”、生まれた国が異なる香淑、同性である親友に思いを寄せる轟、のちに法としてのルールと人としての道の乖離(かいり)に苦しむ花岡など。いろんな家庭環境やいろんな属性、セクシアリティの問題などがありました。
私はアニメーションの脚本を手掛けてきたこともあって、よく「(秘密戦隊)ゴレンジャー」のシステムを思い浮かべるんですね。スーパー戦隊などでよくある、レギュラー5人と、後に加わるホワイトとブラックを含めた7~8人が限度かなという想定で。最初に女子部と花岡、轟を考え、そこに玉ちゃんや優三を含めたくらいの人数ならば、人物一人ひとりを深掘りできると思いました。
一方、寅子の親友でありその兄と結婚する花江は、朝ドラの主人公にもなりうる人物なんですね。法曹界の改革を支えた人とも言えるし、朝ドラの定番の一つである何かを成し遂げた人物を支える奥様ポジションもできると思いました。さらに言えば、寅子と表裏一体の部分もあります。なぜなら、寅子が進む道は誰かがケアをしてくれる道なので、その裏にいるケアする人のことを描きたいと思ったんです。
■主婦として生きる花江、「名誉男性」になりオヤジ化する寅子
朝ドラは、これまでも男性を支える側を多く描いてきました。人物を近くに感じて寄り添いやすい設定だとおもいます。支える側の花江に共感する人も多いですよね。だからこそ、その親友であり義理の妹でもある寅子が年齢を重ね、一家の稼ぎ頭として力を持つようになってきてから、オヤジ化するターンは避けて通れないと思いました。
権力や立場、肩書にあぐらをかいてしまうのは、性別ではなく、その環境や社会構造がさせること。法曹界が裁判官として努力する寅子を認め、“名誉男性”にする中、そのケアをするのは家族です。実際、寅子が花江にしてしまったような扱いを世の中の男たちは妻子にしているわけで、それはたぶん自分の家庭と照らし合わせて、それが普通だと思っているから悪意なくやっちゃうことなんですよね。
でも、それと同じことを女性がやると、それだけでは済まなくなる部分がある。その問題は描かなければいけないなと思ったし、人は絶対間違えるものなので、寅子が間違えるところはぜひ描きたいなと思っていました。
■寅子が新潟に転勤する展開に描きたかったことを詰め込んだ
この展開のきっかけとなったのは、寅子のモデル・三淵嘉子さんが同僚たちとラジオに出たとき、女性法曹の道が家庭裁判所に限られていくことについて長官に意義申し立てしたというエピソードです。私は、三淵さんがその発言がきっかけで判事になったとき名古屋地裁に飛ばされたのかと思ったのですが、取材担当の清永聡さんから、「おそらく長官はそこまで考えていない。そういう意図の人事ではなかったと思います」と言われ、性別には関係ない人事だったんだろうと思ったんですね。
その部分はドラマでは新潟への転勤として描きましたが、では、男性の場合はあまり問題にならないこと――家族を置いていくのか、娘の優未はどうするのかと考えたとき、そこで寅子と優未が親子2人になる意味がないとダメだと思いました。もともと寅子がオヤジ化するタイミングはどこかで入れたくて、そのタイミングを決めあぐねていたのですが、花江や弟、甥たちに責められるやり取りは、寅子が30代~40代の中でいるうちにやらないと意味がないな、と。
寅子がもっと上の立場や年齢になるときにやると、退官する穂高先生が言っていた「出がらし」に近くなってしまうので、意味がないと思い、寅子が地方に赴任するときに合わせて描くことにしました。このあたりは、自分がやりたいことと世代の問題、社会構造の問題などのパズルのはめこみのような作業になっています。
■妊娠で弁護士を辞めた寅子が、妊娠した後輩のために動く展開
そして、後輩の判事補・秋山が妊娠し、仕事を辞めなければいけないかと思い悩みました。かつて最初の結婚と出産で同じくやしさを味わった寅子が中心になって、産休の制度を作るために動く展開もありました。これも寅子が穂高先生の出がらしポジションでやるとあまり意味がなく、中堅だからやる意味があると思っています。新潟編前からこの第22週までは中堅ゾーンで、この段階での寅子ができることを意識して描いています。
寅子の中堅ゾーンからは、扱うテーマもわかりにくい差別になっていきました。例えば女学生時代から法曹の道を歩み始めたばかりの頃のように、女性が大学に入れないとか、弁護士になれないといった制度上の差別や権利の侵害は今、ほぼないじゃないですか。それらはわかりやすい差別なので、それと闘う寅子をみんなが全力で応援してくれました。でも、だんだん今も解決していない差別や、同じ女性でもわかってもらえるとは限らないような差別になると、賛否が出てくる。寅子の行動はずっと変わっていないのに、周囲や社会がそれを許さなくなるという展開を描きたいと思っていました。
■妊娠した女性を「母」と呼び、主体性を無視する言動への違和感
でも、わかりにくい差別を描くことや、それを現場に理解してもらい、共有してもらうのは簡単ではありませんでした。
中でも一番難しかったのは、第14週で女子部時代からの恩師・穂高先生が退官することになり、祝賀会で花束を渡す予定だった寅子が土壇場でそれを拒否して謝らなかったところ(※ページ1の名セリフの場面)。私は穂高という人物をすごく丁寧に描いてきていたつもりですが、放送されたときは穂高先生擁護の声が思った以上に多かったんです。基本的にネットの感想は見ないのですが、私のSNSへのご意見で「穂高先生の気持ちを察すると……」「かわいそう」みたいなコメントがきたんですね。
寅子の人生について、妊娠したとき、勝手に彼女の一人称を「母」とか「お腹の子」にしたのは穂高先生で、結局、寅子は弁護士事務所を辞めることになり、その一人称が持つストーリーを歩ませたのも穂高先生なのに、ここまで擁護されるとは思っていませんでした。もともと半々ぐらいになるかなという読みではあったんですが。
■穂高は女性の味方のようだが、善意で排除するところがあった
私は穂高先生を味方でいてくれるようで根本的な部分を理解してくれていない、ちょっと古いリベラルな思想の人にありがちな「(妊婦である寅子を)変わらず保護する対象として見ている」みたいに描けたらと思っていて。それは寅子からすれば、善意で自分を排除するという状態だと思ったんですが、擁護する人が予想以上に多かったので、驚きました。
この点でも、冒頭で憲法14条を書いておいて良かったなと思いましたし、寅子が花束を渡さないと言う場面では、撮影現場に「アドリブでも絶対に謝らないでほしい」ということは伝えていました。そこで桂場が「ガキ! 何を考えているんだ」としかりつけるわけですが、やはり、あの場面ではつい謝りたくなっちゃうと思うので。
■どれだけの女性が渡したくない花束を男性に差し出してきたのか
寅子と穂高先生の関係については、自分を女性最初の弁護士として引き上げておいて、その糸を高いところから切られ、地面に叩きつけられたというような気持ちが私は大きかったんですね。
それを穂高の退官祝賀会という晴れの場で「許すことを強要される」ことへの怒りで。現実社会でも、こんなふうに世界中の女性が渡したくない花束をどれだけ渡してきたんだろうということに思いを馳せて書いたところもありました。
その人にとって特別な人であれば、男の人でも良いはず。ドラマで描いたように「女からもらうほうが良い」なんて言うのは、ろくでもねえ、と(笑)。本人との関係が深い女性が渡すなら良いけど、「女性だから」と花束を渡す係にするのはおかしい。そんな思いを込めたシーンでした。
ドラマではカットされましたが、もともとの台本では祝賀会の壇上で穂高先生が寅子に向かって、まず寅子が妊娠し弁護士を辞めたときのことを「すまなかった」と謝るんです。それに対するアンサーとして寅子が花束をあげてしまうと、「許した」ということになってしまうから、彼女は「花束を渡したくない」と怒ったという流れがありました。寅子のあのときの思いも、シナリオを読んでいただくと、よりわかりやすくなっています。
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脚本家・作家
1987年生まれ。神奈川県出身。主な脚本執筆作に映画『ヒロイン失格』、ドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』『君の花になる』『生理のおじさんとその娘』など。ドラマ『恋せぬふたり』で第40回向田邦子賞・第77回文化庁芸術祭優秀賞を受賞。アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』で第9回ANIME TRENDING AWARDS(ATA)最優秀脚色賞を受賞。執筆した小説に『恋せぬふたり』(NHK出版)など。
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(脚本家・作家 吉田 恵里香 取材・文=田幸和歌子)
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