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金儲けのために子犬・子猫を大量に生み出す…「悪徳繁殖業者」が日本各地で野放しにされている根本原因

プレジデントオンライン / 2024年10月1日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GeorgePeters

悪質なペット業者はなぜなくならないのか。朝日新聞の太田匡彦記者は「2019年に行われた動物愛護法の改正によって犬猫の繁殖業者やペットショップへの規制は強化されたが、地方自治体の現場では適切に法律を運用できていないケースが目立つ。業者に対して指導を繰り返すだけで飼育環境の改善にはつながっていない事例は数多くあり、行政の権限が弱いためアポ無しで立ち入り検査をしようとしても業者は『都合の悪い』ところは隠してしまう」という――。(第3回)

※本稿は、太田匡彦『猫を救うのは誰か』(朝日文庫)の一部を再編集したものです。

■400匹以上の犬を虐待した容疑でペット業者が逮捕

JR松本駅(長野県松本市)から車で約30分。県道をそれ、すれ違うのも難しい細い山道を上っていくと、左手の林のなかに2階建てのプレハブ小屋があった。

飼育していた400匹以上の犬を虐待したとして動物愛護法違反の疑いで逮捕、起訴された元繁殖業者の男が営んでいた2カ所の繁殖場のうちの一つだ。その屋号は「アニマル桃太郎」といった。2021年9月2日、冷たい雨が降るなか、長野県警の捜査員らによってこの繁殖場の家宅捜索が行われた。

犬猫の繁殖業者やペットショップの飼育環境を改善し、悪質業者を淘汰(とうた)するために、具体的な数値規制を盛り込んだ「飼養管理基準省令」が21年6月、段階的に施行され始めた。その矢先に発覚した大規模な動物虐待事件。飼養管理基準省令への対応に追われていた地方自治体やペットビジネスの現場には、大きな衝撃が走った。

長野県警の家宅捜索が行われた21年9月2日、現場には、県警の捜査員に交じって松本市保健所の職員の姿があった。松本市保健所がアニマル桃太郎の繁殖場に立ち入り検査をするのは、これが初めてだった。

21年6月に施行された飼養管理基準省令では、犬猫の体表が毛玉で覆われていたりする状態を「直接的に禁止している」(環境省)。ケージの床材として、金網を使用することなども原則禁止だ。「悪質な事業者を排除するため、自治体がレッドカードを出しやすい明確な基準にする」。制定にあたり小泉進次郎環境相(当時)はそう自信を見せた。

だが、22年3月に長野地裁松本支部であった初公判の検察側冒頭陳述によると、アニマル桃太郎の繁殖場では「重度の毛玉による歩行困難」な犬がいたり、「ほとんどのケージにおいて金網が用いられていた」りしたという。松本市保健所が適切に立ち入り検査をしていれば、長野県警による家宅捜索よりも前に、犬たちを救う道筋がつけられたはずだった。

■県警が捜索に入るまで、飼育状況を確認していなかった

松本市保健所食品・生活衛生課の大和(おおわ)真一課長は「大規模な業者であり、特別であるという認識はあったが、県警が捜索に入るまで一度も立ち入り監視を行っておらず、飼育状況を確認できていなかった」と認める。

日本のパトカー
写真=iStock.com/akiyoko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/akiyoko

行政はなぜ機能しなかったのか――。松本市が犬猫の繁殖業者など第1種動物取扱業者に対する監視・指導業務を担うようになったのは、21年4月に同市が中核市になって以降だ。それまで監視・指導に責任があったのは長野県。

大和課長によると、県からの引き継ぎは「正式には、書類をそのまま引き継いだだけ。具体的な中身について係長レベルで話を聞いたりしてはいたが、アニマル桃太郎は継続的に対応している案件の一つであり、切迫した状況であるという危機感は伝わってこなかった」。

大和課長は長野県の公衆衛生獣医師として勤務し、定年退職後、松本市が中核市となるにあたり、松本市保健所の食品・生活衛生課立ち上げのため任期付き職員となった。長く保健所業務に携わってきた経験から、「食品関連でも動物関連でも、ずっと事業者と接してきたが、犯罪者を作るために監視、指導にあたるのではない。法令違反があれば、犯罪者にならないよう是正してもらうのが仕事だと考えてきた」と話す。

■異常な飼い方という認識はまったくなかった

でも今回は「犯罪」として裁かれようとしている。大和課長は言う。

「歴史的により付き合いが長い食品関連の事業者は、事業者自身、食中毒などを出したくない思いが強い。保健所が問題を指摘すると、しっかり改善してくれる。だが動物関連の事業者は、それとは少し雰囲気が違う。その違いの認識が、我々は甘かったかもしれない」

一方で、松本市が中核市に移行する前まで責任があった長野県は、この事件をどう検証したのか。

長野県食品・生活衛生課の高井剛介(ごうすけ)係長は、県内の保健所で動物愛護法関連の業務などに携わった後、21年4月、現職に着任した。「県では、限られた人員のなかで選択と集中をはかり、飼育数の多い繁殖・販売業者については年1回のペースで立ち入り検査を行ってきた」と言い、アニマル桃太郎の繁殖場については「異常な臭気を感じた職員もいたが、換気をするよう指導していた程度。異常な飼い方という認識はなく、そのままで良しとしていたようだ」と説明する。

長野県は、記録の残る16年度以降、計9回の立ち入り検査をしている。最後は21年3月、2カ所あった繁殖場のうちの一つに入った。前年12月に立ち入った際、飼育数を減らし、掃除と換気を徹底するよう指導していたが、掃除と換気の面で改善は見られず、飼育数は「500匹いたのが495匹になった」との報告を受けただけだった。これ以前も、同じような内容の指導を繰り返すにとどまっていた。

■指導を繰り返しただけで「勧告」すら行わなかった

現場を確認しながら、長年にわたって虐待的な状況を見過ごしてきた責任は重い。高井係長は「事前に通告して立ち入り検査に行っているのに、掃除も換気もしていない。そんな状態が長年にわたって続いてきた。冷静になって考えれば、きわめて悪質な業者。なぜ悪質性に気付けなかったのか、反省しないといけない」と認める。

動物愛護法では、飼養管理基準省令が制定される以前から、環境省が定める基準に適合していない状況がある場合、業者に対して「勧告」ができ、それでも改善が見られない場合には「命令」、続いて「登録取り消し」または「業務停止」の処分を課せる。

状態の悪いケージに入れられたペットショップの子犬
写真=iStock.com/danishkhan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/danishkhan

だが、アニマル桃太郎に対してはただ指導を繰り返しただけ。勧告すら行っていなかった。長野県は21年10月、検証チームを発足させた。22年3月までに、問題が起きた背景を「法による措置を実質的に非常に困難なものと思い込んでいた」「法改正の趣旨などに対応した主体的な考えや行動ができなかった」などと結論づけた。

高井係長は言う。

「(飼養管理基準省令制定以前の)基準があいまいで、不利益処分に踏み込むことが非常に難しいと、職員皆が誤解していた。以前の基準でも、実際にはもっと強い指導、処分ができたのに、残念ながらそういう認識に至らなかった」

■半数程度の自治体しか立ち入り検査のめどが立っていなかった

検証を受けて長野県は、行政指導や不利益処分を円滑に行うための「実施要領」を制定。「2回の指導を行ったにもかかわらず改善が確認できない」時点で「始末書」などを提出させることにした。それでも改善が見られなければ勧告へと進む。

「指導の回数に上限を設け、抜き打ち検査の活用なども決めた。今回のような事件を二度と起こしてはいけない。再発防止に努める」(高井係長)

長野県の検証結果は22年春、環境省を通じ、動物取扱業者の監視・指導にあたる全国の自治体に配布された。同省動物愛護管理室は「繁殖業者やペットショップへの指導、監督体制の充実を図りたい」とその意図を説明した。

アニマル桃太郎による大規模な動物虐待事件の発覚を受けて、関係者の間では、業者を指導、処分できていなかった長野県や松本市の責任を問う声とともに、全国の自治体の現場で、飼養管理基準令が適切に運用できているのかどうか、不安視する見方が広がった。そこで私は2021年12月、動物愛護行政を担うすべての都道府県、政令指定都市、中核市に対して調査を行った(129自治体、回収率100%)。

繁殖業者やペットショップに対する監視や指導を担う自治体はそのうち107。飼養管理基準省令を適切に運用するカギとなる業者への立ち入り検査について尋ねると、21年度中に全業者への立ち入りを終える自治体は35にとどまった(予定も含む)。経過措置が設けられた飼育ケージの最低面積(容積)にかかわる基準などが施行され始める、22年度中に終える予定の24自治体をあわせても、5割強程度しか立ち入り検査のめどが立っていなかった。

■自治体の権限は強くなったが、現状は変わっていない

業者に対して、飼養管理基準省令の説明や周知を行えていない自治体も12あった。公益社団法人「日本動物福祉協会」の町屋奈(ない)・獣医師調査員はこう指摘した。

「19年の動物愛護法改正によって自治体の権限は強くなった。すべての業者が飼養管理基準省令を守っている状態にするためには、それぞれの自治体が、所管する全業者に対して立ち入り検査を行うことは大前提だ。自治体は業者に対し、計画をもって毅然(きぜん)とした対応をしていく必要があるだろう」

一方で、登録更新時などの例年通りの定期的なものも含めた立ち入りなどにより、飼養管理基準省令に適合していない業者が見つかった自治体は77にのぼった。飼育ケージの最低面積(容積)や従業員1人あたりの上限飼育数など22年6月以降まで経過措置が設けられている基準との乖離(かいり)が大きい業者も、36自治体で確認された。立ち入り検査をすれば、ほとんどの自治体で、飼養管理基準省令に適合できていない業者が見つかることがわかる。

「問題業者を判断しやすくなっていることは確かだ。ただ、見つけたはいいが、これまでのように指導だけを長期間繰り返し、動物たちを苦しめ続けるようでは、意味がない。自治体が、見つけた問題業者にどう対処していくかが問われる」(町屋氏)

■「レッドカード基準」は機能しているのか

飼養管理基準省令の制定にあたり、当時環境相だった小泉進次郎氏が「レッドカードを出しやすい明確な基準にする」と表明していたことは、先に触れた。

首相官邸で記者会見する小泉進次郎新環境相
写真=EPA/時事通信フォト
首相官邸で記者会見する小泉進次郎新環境相(=2019年9月11日) - 写真=EPA/時事通信フォト

その「レッドカード」につなげやすいと考えられている、飼育ケージの最低面積(容積)や雌犬・雌猫の交配年齢を原則6歳までなどとする規制が既存業者にも適用されるようになったのは、22年6月からだった。この時、従業員1人あたりの上限飼育数に関する規制も段階的な施行が始まっている(24年6月完全施行)。

私は22年12月、いわゆる「レッドカード基準」は有効に機能しているのかどうか、改めて動物愛護行政を担うすべての都道府県、政令指定都市、中核市に調査を行った(129自治体、回収率100%、繁殖業者やペットショップに対する監視・指導を担う自治体はそのうち107)。

まず立ち入り検査はどの程度進んだのか。回答を集計すると、23年度までかかる自治体が41にのぼり、立ち入りを終えるめどが立っていない自治体がまだ27もあった。確認事項が多岐にわたり、検査時間が長くなる傾向があることが背景にあるとみられ、たとえば22年度中に終了予定の岐阜県も「1件あたりの監視・指導の時間が30分程度から1時間程度に増大した」。

職員数が限られる中核市を中心に「人員不足のなか業者への立ち入り検査の時間がなかなか確保できない」(福島県いわき市)などの声も寄せられた。

■「犬猫の飼育環境は向上している」との声もあるが…

一方、飼養管理基準省令が適切な指導につながっていることは確かなようだ。

埼玉県の担当者は「これまでのあいまいな基準では、ケージが『狭い』と指摘しても、業者は『十分だ』と主張して水掛け論になっていた。飼養管理基準省令によって業者からのそうした反論はなくなり、指導が徹底できるようになった。多くの業者で、飼育環境は改善した。今までより立ち入り検査に時間がかかるが、そのぶん将来的に、状態が悪い業者の指導で苦労することは減るだろう」と話す。

調査の自由記入欄には、

「より詳しく、的確に指導できるようになった。犬猫の飼養環境は向上している」(和歌山県)
「指導のばらつきは確実に少なくなった」(大分県)
「具体的な指導がしやすくなった」(浜松市)

などと、飼養管理基準省令の実効性の高さを評価する声が多く集まった。

結果として、口頭や文書による「指導」の対象になった事業所は全国で計3993にのぼった(一部自治体は延べ数で回答、7自治体は未集計)。98事業所への指導を行った福岡県は「身動きができないような狭さで飼育されていた犬猫の飼育環境が改善された」とする。迅速に対応することは現実的には難しい

ただ「勧告」にまで至ったのは計13事業所にとどまる。行政処分にあたる「命令」が出されたのは2事業所にすぎなかった。

悲しげな表情でケージに入っている犬
写真=iStock.com/Charly_Morlock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Charly_Morlock

環境省が自治体向けに作った飼養管理基準省令の解説書(運用指針)では、問題のある事業者に対して「勧告を速やかに行うことが重要」「勧告を経て、行政処分である命令・登録取消処分等を速やかに行うこと」「躊躇(ちゅうちょ)することなく厳正かつ速やかな対処をすることが法の要請するところ」などとしているのだが……。

たとえば、山形市の担当者は「勧告や命令は業者にとって重い。慎重な判断をせざるを得ない」とする。広島市の担当者も「優良な業者は指導すれば改善するが、自分のやり方を一切まげず、改善してくれない業者もある」と明かしたうえで、そうした業者には「何とか改善してくれるよう、繰り返し指導するしかない。何度も電話をかけ、何度も現地に足を運ぶこともある」と言う。

一方、さいたま市では、市内の住宅街で営業を続けてきた猫の繁殖・販売業者に対して21年10月以降、3度にわたり改善するよう勧告を行った。業者は「基準があることは理解するが急には対応できない」などと主張、指導に従わなかった。さいたま市は22年春に業者名を公表し、次いで改善命令も出した。並行して刑事告発の準備も進め、経営者は同年9月、埼玉県警に動物愛護法違反(虐待)の疑いで逮捕された。

■「アポなし検査」をしてもごまかされてしまう

さいたま市の担当者は「例年約120件の立ち入り検査をしているが、そのうち半分程度はアポ無しで行う。それでも、この業者もそうだったが、『今日は都合が悪いから後日』などと拒否されて結局、状態の悪い動物を隠されたりする。行政の権限の範囲では無理には押し入れず、飼養管理基準省令が守られているかどうか確認が難しい面もある。警察との連携が必要だ」と話す。

自治体の現場では課題も見え始めた。自治体担当者らから「確認のしようがない」(静岡市)との指摘が寄せられた基準が複数あった。

たとえば、運動スペースがない狭めのケージで犬猫を飼育する場合、「1日3時間以上」運動場で自由にさせるという規制がそうだ。鳥取市の担当者も「立ち入り検査の際に1日何回、何匹ずつ運動場に出しているのか尋ね、計算が合うか確認している」というが、そこまでしても、実際のところはわからないと嘆いた。雌の交配年齢や出産回数(犬は6回まで)についても「確認できる範囲は限られている」(さいたま市)という声などがあった。

さらに静岡市は「一番の問題は移動販売。現状の省令では適切な指導、処分が難しい」とし、さいたま市は「動物の健康や安全を守るためには、業者のもとで虐待されるなどしている動物を行政が強制的に緊急保護できるような、さらに踏み込んだ法整備が必要だ」と指摘していた。

■「レッドカード基準」の実効性はいまだに乏しい

私は継続的に各自治体の状況をウォッチする必要があると考え、23年12月にも同様の調査を行った(129自治体、回収率100%、繁殖業者やペットショップに対する監視・指導を担う自治体はそのうち107)。

立ち入り検査終了のめどがたたない自治体は引き続き27あったが、この調査時点までに、口頭や文書による「指導」の対象になった事業所は全国で計4997まで増えていた(一部自治体は延べ数で回答、9自治体は未集計)。やはり「事業者と行政が同じものを見て確認できるため説明しやすい」(福島市)、「指導の根拠が具体化され、(監視・指導の)一助になっていると感じる」(埼玉県越谷市)との声があがった。

ただ、飼育環境を改善するよう「命令」する行政処分が下されたのはいまだ4事業所にとどまり、一方で一つの事業所に対して「指導」だけを3回以上繰り返す、行政処分を躊躇するような事例がみられた自治体は51にのぼった。「レッドカードを出しやすい明確な基準」(小泉氏)として制定された飼養管理基準省令だが、その意味での実効性はいまだ乏しいままのようだった。

もっとも、

「安易な動物取扱業の登録申請が減り、相談段階における抑制になっていると感じる」(徳島県)
「基準に対応できないことが理由と推察される業者の自主廃業が現に確認されている。悪質な事業者の排除という目的の達成には有用であると考える」(沖縄県)

などの指摘もあった。飼養管理基準省令の施行を理由に廃業した業者があったとする自治体は31にのぼった。

■「命」を物扱いすること自体に無理がある

一方でこの時の調査では、繁殖を引退した犬猫の取り扱いにつて、複数の自治体から問題点が指摘された。

「繁殖引退犬・猫を複数頭飼養している事業者があり、事業所で飼養される犬猫すべてが適切に飼養されるためのルールが必要」(北海道)
「従業員1人当たりの飼養保管頭数が制限されることになったが、引退動物が飼養管理等数に入らないことが抜け道となり、指導が難しくなっている」(福井市)

さらに高松市は「ケージ等の基準や従業員数の基準を満たせば、いくらでも規模を拡大することが可能であり、さらに繁殖引退後に販売に供される犬猫は規制から外れることから、善悪にかかわらず、経済的状況によって起こる飼育崩壊の危険性は残ったままです」としつつ、こう指摘した。「『命』の消費・流通の仕組みがほかの『物』と同じ状態にあることに、無理があるように思います」

汚れたケージに入った4匹の子犬
写真=iStock.com/Wirestock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wirestock

飼養管理基準省令で規制する内容は、およそ3年という時間をかけて議論され、犬猫の健康や安全を守るために定められたものだ。施行前からいくつか問題が残されていたことに加え、自治体の現場で運用が始まって見えてきた課題がいくつもある。業者のもとにいる犬猫の飼育環境を確実に向上させ、かつ法令順守を徹底させるために、環境省と各自治体はより一層の努力を払い、知恵を絞る必要があるのは明らかな状況だった。

■「大量販売」は「大量生産」を支えている

アニマル桃太郎事件の波紋は、ペット業界にも大きく広がった。

アニマル桃太郎は約1千匹の犬を抱え、繁殖業を営んでいた。埼玉県内のペットオークション(競り市)には毎週20~30匹の子犬を出品。子犬たちはペットショップのバイヤーによって落札され、各地のショップ店頭で販売されていた。

関東地方を中心に約50店を展開するコジマ(東京都江東区)でも販売実績が確認できた。事件発覚の1年前までさかのぼって購入者に連絡を取り、健康に問題があったり血統書が届かなかったりするケースなどについて、返金する対応を取った。

川畑剛社長は「その子犬や子猫を買うことで、結果として悪質業者の営業を助けることを望まない消費者が増えている。私たちも、アニマル桃太郎のような業者から仕入れ、販売している会社だと思われることは避けなければならない」と話す。

ただ、全国に店舗網を張り巡らせて「大量販売」するペットショップチェーンの存在が、繁殖業者に「大量生産(繁殖)」を促している側面がある。子犬・子猫を競り市で取引し、華やかなショップ店頭に並べてしまえば、どんなに劣悪な繁殖場があっても、暗部は覆い隠されてしまう構図が横たわる。

ケージの中の5匹の子猫
写真=iStock.com/Natalia POGODINA
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Natalia POGODINA

■業者の実態を把握しにくい「競り市」での取引

全国に約130店を持つAHB(東京都江東区)も、アニマル桃太郎の子犬を仕入れ、販売していた。従来は繁殖業者との直接取引のみで仕入れをしていたが、コロナ禍で起きた「巣ごもり需要」の高まりなどで子犬・子猫の在庫が足りなくなり、競り市を利用せざるを得なくなっていた。

競り市の取引では、繁殖業者の実態を把握することは難しい。飼育環境に口を出すこともできない。川口雅章社長は言う。「競り市を通じ、付き合いのなかった業者からも仕入れるようになっていた。その一つがアニマル桃太郎だった。家宅捜索が行われたという報道で初めて、問題のある業者と知った。1千匹という規模は聞いたことがなく、驚いた。数百匹単位で犬猫を抱える業者は管理がずさんなところが多く、直接取引ではそういう業者からは仕入れないようにしていた」

同社では事件を受け、この時点で直接取引があった約1千の繁殖業者については、14人のバイヤーが飼育環境を改めて確認し、問題があれば助言するよう徹底した。全体の5%程度を占める競り市からの仕入れは、入荷した子犬・子猫の健康状態を見て、取引先の選別を進めているという。

やはりアニマル桃太郎の子犬を仕入れていた全国約80店を展開するペッツファースト(東京都目黒区)の正宗伸麻社長は「ペット業界の将来に不安を覚えさせる、衝撃的な事件だった」と話す。

■業界の「ブラックボックス」を解消すべき

21年10月、競り市の業界団体「ペットパーク流通協会」(会長=上原勝三・関東ペットパーク代表)に要望書を提出。業界団体として、取引のあるすべての繁殖業者の飼育管理状況を調査するとともに、情報開示を徹底するよう求めた。

同時に、競り市から仕入れていた分について、繁殖業者との直接取引に切り替えていく方針も明らかにした。実際、22年月6月以降、同社は競り市からの仕入れがゼロになっている。

太田匡彦『猫を救うのは誰か』(朝日文庫)
太田匡彦『猫を救うのは誰か』(朝日文庫)

「事件の再発を防ぐには、やむを得ない決断だ。直接取引に切り替えることで1、2割コストが上がるが、ひざを突き合わせて取引することで、繁殖業者の飼育状況も改善していきたい」と正宗氏は言う。繁殖業者を巡回するスタッフを置く営業拠点を22年春に1カ所増やして計7カ所とし、業者との関係構築をはかる。

同社はあわせて、仕入れた子犬・子猫についての情報開示も始めた。「マンスリーペットレポート」と題して、仕入れた子犬・子猫のうち何匹が売れたのか、一方で何匹が販売前に死んだのか、また何らかの理由で売れなかった数がどれだけいたのか、月ごとに開示することを決めたのだ。正宗氏はこう話す。

「業界に存在する『ブラックボックス』を、まず私たちが解消する。いわゆる売れ残りが出た時にどうするのか、きちんと答えられる会社になりたい」

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太田 匡彦(おおた・まさひこ)
朝日新聞記者
同業他社を経て2001年朝日新聞社に入社。東京経済部で流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の08年に犬の殺処分問題の取材を始めた。専門記者として特別報道部に所属し、21年から文化部。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』(朝日文庫)、『「奴隷」になった犬、そして猫』(朝日新聞出版)、共著に『動物のいのちを考える』(朔北社)など。

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(朝日新聞記者 太田 匡彦)

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