コンプレックスはこれで味方にできる…齋藤孝が「その模範例」と説く「スラムダンク・宮城リョータの言葉」
プレジデントオンライン / 2024年9月28日 15時15分
※本稿は、齋藤孝『自分を動かす魔法』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■コンプレックスは味方にできる!
人によって抱くコンプレックスはさまざま。
顔立ちや体形などの見た目だけではなく、学校の勉強ができないとか、運動神経がよくない、うまくしゃべれない、モテない……誰もが何かしらのコンプレックスを感じているようです。
でも、この世のなかに完ぺきな人間などいないのですから、探せばどこか「人より劣っているかも」と思うようなことは見つかって当然です。
それなのに、そのことに引きずられて、思い悩む時間が増えてしまうのは非常にもったいないことだと思います。
そこでぼくからの提案。
コンプレックスは、大人でも「ひとりで抱え込んで悩んでいる」人は多いように思います。自分の弱点や欠点、劣っている点などは、まわりの人に知られたくないという気持ちがあるからでしょう。
裏を返せばそれは、自分のコンプレックスを重くとらえすぎているということです。人より劣っていることや苦手なことは、誰にでも「あるもの」なのですから、もっと軽く考えましょう。
大丈夫。練習すればできます。
■みんなで“コンプレックス話”をぐるぐる回した結果
三〜四人一組のグループをつくり、それぞれが順番に自分がコンプレックスに感じていることを明るく話す、というワークです。
あらかじめいくつかの話を準備しておきます。それを制限時間三十秒で話します。
たとえば、
「私は足が遅いのがコンプレックスです。運動会の徒競走ではいつもビリか、ビリから二番目で、とてもはずかしい思いをしています。歩くのは速いのですが。速く走るコツがあったら、教えてほしいです」
「私は忘れ物が多くて、母や先生からよく叱られます。記憶力が悪いのかもしれませんが、いいこともあります。いやなことがあってもすぐ忘れます」
といった具合に話していきます。
実際、授業で大学生にこのワークをやってもらったことがあります。
それでわかったのは、みんなで“コンプレックス話”をぐるぐる回すうちに、だんだんネタ(コンプレックス)がなくなってくることです。わずか四、五周で、「あれ、あと何がコンプレックスだったっけ?」という感じになりました。
このグループワークに参加した学生からは、「自分のコンプレックスがたいした悩みではないとわかった」という声がたくさん聞かれました。
またグループで行なうので、クラスメートが意外なことをコンプレックスに思っていたことがわかったり、自分の弱点や欠点も明るく短く話せば仲よくなるきっかけになったりするんだという気づきも得られたようです。
つまり、コンプレックスというものは誰にでもある。
でも、それを気にならないようにすることはできるということです。
■弱点や欠点があるから強くなれる
コンプレックスがあることは、けっして悪いことではありません。
どうとらえるかの問題です。「悩みのたね」と考えてしまうと、自分に自信がなくなったりして、いいことは何もありません。
けれども「エネルギーのもと」ととらえると、その価値が180度変わります。
そうなると、自分を成長させるうえでコンプレックスほど大事なものはないといっていいくらいです。
現実に、コンプレックスをエネルギーに変えて成功した人はたくさんいます。
たとえばバスケットボールで、めざましい活躍をしている河村勇輝(2001年~)選手と富樫勇樹(1993年~)選手。NBAでは身長二メートル級の選手が多いなか、河村選手は172センチ、富樫選手は167センチです。
けれども日本を代表する司令塔“Wユウキ”の活躍を見ていると、ほかの選手より背が低いことはマイナス要素どころか、強みでさえあるとわかります。
二人は、漫画『スラムダンク』(井上雄彦、集英社)の登場人物にたとえるなら、小柄だけれどスピードが持ち味の宮城リョータでしょうか。
ドリブルこそ、チビが生きる道なんだよ!
リョータのこの言葉はそのまま、コンプレックスがエネルギーのもとになることを示しています。
また俳優の高橋英樹(1944年~)さんは、低音が響く、とても魅力的な声をしています。あるとき「いいお声ですね」といったら、意外な答えが返ってきました。
「もともとはすごく高くて、あまりいい声ではなかったんです。練習して、練習して、低い声を手に入れました」
時代劇のヒーローを演じるには、高い声より低い声のほうがはまります。高い声の高橋さんにとっては不利です。でも、そこであきらめることなく、声を低くする練習を重ねたからこそ、時代劇俳優として成長したのだと推察します。
練習は裏切らないし、練習して身についたワザは“一生もの”です。コンプレックスがあったからこそ、手に入れられる財産です。
■「真善美」をめざして生きる
いまの時代、見た目コンプレックスの悩みは大きいと書きましたが、中高生は、小学生のころよりも、「自分が人からどう見られているか」ということが気になってくる年代です。そのことばかり考えてしまう人も少なくありません。
「自分はそういう“人の目を気にしたりする世界”とは違う世界で生きる」と思えればいいのですが、中高生でそう思える人はなかなかいないかもしれません。
ぼくが中学を卒業したとき、卒業生全員が学校から記念の盾をもらいました。
そこに書かれていたのが、
「真善美」
という三文字です。
「真」とは、「真実」――正しいことを知り、正しいことを行なうことです。
「善」とは、社会でなすべき「善い行ない」を意味します。
「美」とは、本質的な美しさを感じとる「豊かな心」を持つことです。
これらは三つまとめて、人間の理想的な価値の基準を指すもの。いいかえれば、「人が本来、求めてやまない価値」――それが真善美だということです。
古今東西の哲学者たちも真善美を哲学の大本とし、最高の価値として追求しました。そこに情熱を注いで生きることが、人生を豊かに生きるということでもあるのです。
ぼくが通った中学は、「真善美を求めて生きていきなさい」というメッセージを、卒業生に贈る盾にこめたのでしょう。
■京セラ稲盛和夫が語った「自分をよく見せる」を取り去る方法
京セラの創業者である稲盛和夫(1932~2022年)さんも、著書『生き方』(サンマーク出版)のなかでこういっています。
人間は真・善・美にあこがれずにはいられない存在ですが、
それは、心のまん中にその真・善・美そのものを備えた、
すばらしい真我があるからにほかなりません。
あらかじめ心の中に備えられているものであるから、
私たちはそれを求めてやまないのです。
稲盛さんは得度を受け、仏門に入った人物です。
「私たち人間は本来、一点の曇りもない美しい心を備えている」という仏教の教えを、このように表現されたのでしょう。
その「美しい心」を具体的に表現したのが「真善美」。それを求めて生きると、「自分をよく見せる」という発想がなくなります。
うわべを飾ったりすることに価値がないと思えるからです。
当然、コンプレックスとも正しくつき合えるようになります。
「ここが劣っている、あそこが劣っている」と落ちこんでいるヒマがあったら「自分を磨こう」という気持ちになるのです。
「真善美」を求めて生きるうえで、ぜひきみたちに読んでほしい一冊があります。
宮沢賢治の『インドラの網』(角川文庫)という短編集に収められている未完の短編です。
おすすめ図書 『学者アラムハラドの見た着物』
あるとき、学者のアラムハラドが子どもたちに「火がどうしても熱いように、小鳥が啼かずにいられないように、人が何としてもそうしないでいられないことはいったいどういうことだろう?」と問いかけた。
そのなかで賢治は、小さなセララバアドにこういわせている。
「人は本当のいいことが何だかを考えないでいられないと思います」
短いけれども密度の濃い作品です。「本当のいいことって何だろう?」と考えながら生きることが、「真善美」を求める生き方に通じる。ぼくはそう思います。
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明治大学文学部教授
1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラー作家、文化人として多くのメディアに登場。著書に『孤独を生きる』(PHP新書)、『50歳からの孤独入門』(朝日新書)、『孤独のチカラ』(新潮文庫)、『友だちってひつようなの?』(PHP研究所)、『友だちって何だろう?』(誠文堂新光社)、『リア王症候群にならない 脱!不機嫌オヤジ』(徳間書店)等がある。著書発行部数は1000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導を務める。
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(明治大学文学部教授 齋藤 孝)
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