泡沫候補から「次の首相」の"本命候補"に急浮上…高市早苗氏が「保守派のプリンセス」になった本当の理由
プレジデントオンライン / 2024年9月24日 18時15分
■石破氏、小泉氏、高市氏の「三つ巴」の大接戦
過去最多の9人が出馬した自民党総裁選(9月27日投開票)で、高市早苗経済安保担当相が「大穴」に急浮上した。「本命」の小泉進次郎元環境相と「対抗」の石破茂元幹事長に割り込み、三つ巴の大接戦になっている。この3人のうち上位2人の決選投票にもつれ込むのは確実な情勢だ。自民党内では「高市政権誕生」への警戒感が一気に広がり始めた。
高市氏は9月12日の告示前まで出馬に必要な推薦人20人を集めるのに四苦八苦し、自民党内では泡沫(ほうまつ)扱いする向きさえあった。ところが告示後、マスコミ各社の世論調査で小泉氏と石破氏を猛追し、自民党の党員・党友を対象に行った調査では小泉氏を抜いて石破氏とトップを争っているという報道が相次いでいる。
なかでも読売新聞が9月16日に報じた『自民党総裁選で高市・石破・小泉氏が競る、決選投票の公算大きく』の記事は波紋を広げた。党員・党友を対象にした電話調査は1位石破氏(26%)、2位高市氏(25%)、3位小泉氏(16%)だった。
読売新聞が自民党国会議員の動向を取材したところ、取材時点で小泉支持は45人、高市支持は29人、石破支持は26人。これをもとに党員・党友票と国会議員票が同数に換算される第一回投票の結果を試算すると、高市氏と石破氏が123票でトップに並び、小泉氏は105票で出遅れていると報じたのだ。
■進次郎氏の失速、高市氏の猛追
他のマスコミでは小泉氏がトップを走り、石破氏と高市氏が激しく追っているという内容もある。けれどもこの3人の大接戦になっているのは間違いない。国会議員票では小泉氏が頭一つリードし、石破氏と高市氏は苦戦。逆に党員・党友票では石破氏と高市氏に勢いがあり、小泉氏は当初予想に比べて伸び悩んでいる傾向はおおむね一致している。
小泉氏が想定外の混戦に持ち込まれた要因は、①「聖域なき規制改革」の目玉公約である「解雇規制の見直し」に批判が噴出し、小泉氏が主張をトーンダウンさせて迷走したこと、②選択的夫婦別姓への賛成姿勢が党員・党友の保守層に敬遠されたこと、③43歳の小泉氏の首相就任で世代交代の歯車が一気に進むことへの警戒感が50~60代の国会議員の間でくすぶっていること――があげられる。
小泉氏が本命視されたことで、序盤は小泉氏を標的にとした報道が突出し、9人の総裁候補による討論会でも小泉氏への追及が相次いだことも影響したとみられる。
決選投票は国会議員票の重みが格段に増す。小泉氏が上位2人に踏みとどまって決選投票にさえ勝ち進めば、相手が石破氏であろうと高市氏であろうと、優勢は揺るがない。第一回投票で敗退した7陣営が「勝ち馬に乗る」ことを競って小泉氏に雪崩を打つ展開も予想される。
■高市氏が「初の女性首相」になるための条件
けれども小泉氏が第一回投票で3位に沈み、「石破vs.高市」の決選投票になる可能性も十分にある。石破氏も高市氏も国会議員の間では不人気のため、決選投票の行方は予断を許さない。どちらが「勝ち馬」なのか国会議員たちも読み切れず、どちらに投票するかギリギリまで迷うことになろう。高市氏が「初の女性首相」に就任することが現実味を増してくる。
告示前まで泡沫扱いされていた高市氏は、なぜここまで追い上げてきたのか。そして大逆転の可能性はどのくらいあるのか。考察を進めていこう。
高市氏の初当選は、自民党が下野した1993年の衆院選だ。安倍晋三元首相や岸田文雄首相と同期である。ただし高市氏は自民党公認ではなく無所属だった。96年の衆院選は新進党公認で当選した。その後新進党を離党して自民党に移り、清和会(現安倍派)に身を置いた。
だが、自民党は「外様」に冷たい。高市氏が自民党や清和会に溶け込むのは並大抵ではなかった。清和会会長の森喜朗氏が首相に就任した時は「勝手補佐官」を自称して支持率が低迷する森内閣を懸命に応援したが、2003年衆院選は奈良1区で落選。同じく清和会出身の小泉純一郎首相が郵政民営化法案の否決を受けて衆院を解散した05年の「郵政選挙」で、自民党の造反議員への刺客として奈良2区へ鞍替え出馬し、国政に復帰した。
■脚光を浴びる稲田氏、「二番手」だった高市氏
高市氏はその後、清和会ホープだった安倍氏に付き従う。2012年の総裁選で当時の清和会会長だった町村信孝氏ではなく、安倍氏を支援するとして清和会を離脱した。それが認められ、安倍政権で女性初の政調会長に抜擢され、総務相にも起用された。「外様」の高市氏は、最大派閥・清和会の親分である森氏や安倍氏に忠誠を示すことで、出世の階段を一歩一歩のぼってきたのである。
しかし、安倍氏が寵愛したのは高市氏ではなく、05年の「郵政選挙」で初当選した稲田朋美氏だった。稲田氏は政調会長や防衛相に次々に登用され、安倍氏の一番のお気に入りと目され、右寄りの安倍支持層にもてはやされた。この間、高市氏の影は薄かった。清和会の後輩である稲田氏が脚光を浴びるなかで、高市氏は「二番手」として、じっと耐える日々が続いた。
その稲田氏が安倍氏が反対する選択的夫婦別姓やLGBT法案への賛成に転じたことは、高市氏にも想定外の出来事だっただろう。稲田氏は安倍氏の寵愛に自信を深め、「初の女性首相」を目指してジェンダー問題に踏み込んでも容認してもらえると判断したのかもしれない。けれども、稲田氏の「裏切り」を安倍氏は許さなかった。稲田氏を露骨に遠ざけるようになり、入れ替わるようにして高市氏を持ち上げ始めたのである。高市氏についに出番が回ってきたのだ。
■「二番手」からの卒業、保守のプリンセスに…
安倍氏が前回2021年の総裁選で担いだのは、無派閥の高市氏だった。安倍氏の後継を争う萩生田光一氏ら安倍派5人衆には不満が広がったが、安倍氏はお構いなしだった。右派メディアや安倍支持層は高市氏を「安倍後継者」と認め、絶賛しはじめた。
総裁選に勝利した岸田文雄首相も、岸田政権の生みの親である麻生太郎副総裁も、高市氏の後ろ盾である安倍氏に配慮し、高市氏を厚遇した。高市氏は初の女性首相候補の最右翼に躍り出たのである。稲田氏の存在はすっかり薄れた。
稲田氏の凋落と高市氏の飛躍――。高市は、安倍氏や安倍支持層を絶対に裏切ってはならないと肝に銘じたに違いない。その信念は安倍氏が2022年の銃撃事件で急逝しても揺るがなかった。5人衆ら安倍派の面々が新たな庇護者を求めて岸田首相や麻生副総裁、菅義偉前首相らになびくなか、高市氏は安倍氏が掲げた憲法改正、靖国参拝、選択的夫婦別姓への反対など右寄り政策を堅持し、アベノミクスの継続も訴え、右派メディアや安倍支持層から絶大な支持を得るに至ったのである。
■後ろ盾を失うも「裏金事件」で再浮上
だが、安倍氏の他界で高市氏には逆風が吹きつけた。5人衆は露骨に高市氏を遠ざけるようになり、安倍派の中堅若手が高市氏の勉強会に参加することを制した。
高市氏は今回の総裁選出馬に早くから意欲を示してきたが、推薦人20人の確保もままならない危機に陥ったのである。5人衆の目を気にせず高市氏のもとへ馳せ参じるのは人権侵犯で批判される杉田水脈氏ら一部に限られ、安倍派の大勢は高市氏に近づこうとしなかった。
安倍派の裏金事件で5人衆が失脚して重しがとれ、右寄り政策に共鳴する安倍派の中堅若手の一部が高市氏支持に回ったことで、高市氏は何とか推薦人20人を確保することができたが、それでも党内は泡沫扱いしていたのである。
高市氏の推薦人20人のうち、安倍派が14人。裏金議員は13人。他陣営が裏金議員をできるだけ推薦人から外すなか、高市氏は裏金議員か否かを仕分けする余裕はなかった。総裁レースに参加できるか土俵際に立っていたのだ。
■「安倍支持層」だけではない強力な応援団
国会議員に相手にされていなかった高市氏が党員・党友票で首位争いに加わった原動力は、右派メディアをはじめとする安倍支持層の熱狂的な支持である。
安倍支持層はネット界で発信力・拡散力が圧倒的に強く、「本命」の小泉氏や「対抗」の石破氏のネガティブキャンペーンが急拡大した影響も見逃せない。9人が乱立した大混戦で支持が分散するなかで、高市氏を支持する強固な安倍支持層の割合が相対的に増したのも事実だ。
それに加え、株式市場をはじめとする金融界で高市支持が広がっているのも大きい。東京商工リサーチの企業向けアンケートでは、高市氏が24.4%でトップに立ち、石破氏(16.9%)や小泉氏(8.3%)を圧倒した。
金融関係者は「高市氏こそ安倍後継者であり、アベノミクスを必ず継承して株価を上げてくれるという期待感が証券会社や投資家に広がっている。小泉氏や石破氏はアベノミクスを修正して株価を下落させるという警戒感が根強い」と解説する。
■右旋回への警戒感…「高市包囲網」の誕生
岸田首相は就任当初、格差是正のための分配政策を重視する「新しい資本主義」を掲げ、金融所得課税の強化も打ち上げてアベノミクスの修正を目指した。株式市場は反発し、株価が急落。岸田首相は一転して一般大衆に投資を奨励してNISAを拡充した。
今回の総裁選では、安倍氏と対立してきた石破氏が金融所得課税の強化を表明して株式市場から警戒されている。小泉氏は規制改革には意欲を示すものの、政策ははっきりせず、株式市場で期待感は高まっていない。それに比べて高市氏は何があってもアベノミクスを継承するという安心感があるのだ。
高市氏躍進に自民党内では警戒感が広がり始めた。
今回はお金のかからない総裁選を目指し、各陣営が党員・党友にパンフレットなどを郵送することを禁じていたが、高市氏が政策リーフレットを大量に送付していたことが発覚。選管が口頭注意したものの、各陣営は「ルールを守れない人にルールを守る政治は出来ない」(茂木敏充幹事長)、「私達が高市さんを支持してると誤解して高市さんに票を投じた例が複数ある」(林芳正陣営)などと収まらず、岸田首相ら執行部が選管に厳正な対応を求める泥仕合となった。
当初は「小泉包囲網」が形成されつつあったが、ここにきて「高市包囲網」が出来上がりつつある。
自民党関係者は「小泉vs.石破の間隙を突いて高市政権が誕生すれば安倍支持層の発言力が再び増大して自民党は右旋回し、裏金問題も棚上げになる。それでは総選挙で大逆風を浴びかねない」と懸念する。
■「安倍支持層の期待」と「米国の警戒感」のジレンマ
高市包囲網の背景には、もうひとつ見逃せない要素がある。米国が高市政権誕生を強く警戒しているのだ。
ロシアのウクライナ侵攻後、米国はロシアや中国と対抗するため、日米韓の連携をアジア外交の基軸としてきた。中国や北朝鮮に近かった文在寅政権から米国や日本に近い尹錫悦政権へ韓国の政権交代を実現させ、対米追従の岸田首相にも働きかけて、日韓の関係改善を進めてきたのである。
ところが「極右」とも言われる高市政権が誕生すれば、韓国世論が反発して日米韓の連携が揺らぐことを米国は最も恐れている。とりわけ警戒しているのは、高市氏が首相になったら靖国神社に参拝する考えを明言していることだ。
自民党議員の多くは対米関係を重視している。米国が「極右・高市政権」の誕生を懸念していることは、岸田首相以下、自民党中枢には伝わっている。それが高市包囲網を後押しする大きな要素となっている。
高市氏もそれは百も承知だ。出馬会見では尹政権を高く評価し、日米韓連携の重要性を主張して米国の警戒感を解こうとした。一方、安倍支持層を裏切らないために靖国参拝の旗は降ろせない。安倍支持層の期待をつなぎつつ、米国の警戒感を払拭しなければならないジレンマを抱えている。
■大逆転のシナリオ
以上の情勢を踏まえ、高市氏が大逆転するための条件を考察してみよう。
まずは第一回投票で上位2人に割り込み、決選投票に勝ち進まないと話は始まらない。国会議員票での苦戦は免れず、党員・党友票でトップに踊り出ることが不可欠だ。それでも決戦投票の相手が小泉氏なら、高市氏への批判を強める茂木氏(第三派閥・茂木派)や林氏(第四派閥・岸田派)が小泉支持に回るのは確実だ。
最大派閥・安倍派の中堅若手に支持を広げて国会議員票で2位につける小林鷹之陣営の多くも小泉氏に流れる公算が高く、高市氏の勝算は低い。小泉氏が党員・党友票で伸び悩んで脱落し、「石破vs.高市」の国会議員に不人気同士の決選投票に持ち込むことが高市政権誕生への大前提であろう。
石破氏との直接対決になれば、国会議員票の動向はまったく読みきれない。茂木氏や林氏は石破支持に回る可能性が高いが、最大派閥・安倍派や第二派閥・麻生派には石破アレルギーが強く、高市支持に回ることが期待できる。これは大接戦だ。
■「石破vs.高市」国会議員の“不人気同士の決戦”の可能性も
鍵を握るのは、麻生氏の出方である。
今回の総裁選は、麻生氏と菅氏のキングメーカー争いだ。「本命」の小泉氏を擁立した菅氏が大きくリードし、麻生氏は劣勢である。小泉氏が圧勝して菅氏にキングメーカーの座を奪われれば、10月解散総選挙で政界引退に追い込まれるとの見方も出ている。
しかも「対抗」の石破氏は麻生氏と犬猿の仲で、菅氏に近い。これに対し、麻生氏が出馬を後押しした河野太郎氏や上川陽子外相はまったく支持が広がっておらず、小林氏も決選投票に勝ち残るのは困難だ。
小泉氏、石破氏、高市氏の三つ巴の争いのなかで、麻生氏が菅氏とのキングメーカー争いに敗れないための選択肢は高市氏しかない――。安倍支持層にはこのような期待感が高まり、麻生氏が決選投票で高市氏に乗って大逆転するというシナリオが語られている。
私は、麻生氏が「小泉政権阻止」を最優先に目指すのなら、決選投票どころか第一回投票から密かに高市氏に票を流すとみている。麻生氏は小泉氏が第一回投票で過半数を獲得するのを阻止するため、麻生派の河野氏だけではなく、上川氏や小林氏にも推薦人を貸し出して乱戦に持ち込んだ。
しかし河野氏、上川氏、小林氏が決選投票に勝ち進む可能性がほぼ消滅した以上、第一回投票からこの3氏に投じた票は死票となるだけだ。ならばこの3氏の陣営に潜り込ませた「麻生派議員」の投票を第一回投票から密かに高市氏に集結させれば、小泉氏を3位に蹴落として石破vs.高市の決選投票に持ち込む可能性が高まる。
■麻生氏が“高市支持”を躊躇する2つの理由
高市氏大逆転の絶対条件は、麻生氏の支持獲得だ。
問題は、麻生氏が本気で高市氏に乗るかどうかである。麻生氏は高市氏とは疎遠だ。それでも小泉政権よりも高市政権のほうがマシと考えるかどうか。
確かに菅氏とのキングメーカー争いという意味では、高市政権が小泉政権や石破政権よりははるかにマシである。だが、麻生氏が高市氏に乗ることを躊躇するふたつの要因がある。
ひとつは米国だ。麻生氏は対米関係を最重視している。その米国が高市政権誕生を警戒している以上、麻生氏は乗りにくい。高市氏が米国の警戒感を払拭できるかどうかが大きな鍵となる。
もうひとつは麻生氏のエスタブリッシュメント志向である。麻生氏は明治の三傑である大久保利通や戦後日本の礎を築いた吉田茂を先祖に持つ政治名門一族だ。安倍氏と相性がよかったのも、由緒ある政治家系を持つ者同士の安心感があったからだった。
菅氏や二階俊博元幹事長ら叩き上げの政治家には常に警戒感を抱き、心を許すことはなかった。そして何より麻生氏は「家柄主義」である。伊藤博文の末裔である松本剛明氏(現総務相)が民主党を離党した後に麻生派に引き入れて重用していることはその証左であろう。
■大逆転のカギは、麻生氏を引き込めるかどうか
麻生氏は今月84歳になった。総裁選に関与するのはこれが最後かもしれない。米国に警戒され、自民党では「外様」である叩き上げの高市氏に最終局面で本当に乗るのか。政治家4代目で首相経験者を父に持つ小泉氏のほうが乗りやすいのではないだろうか。
高市氏支持をちらつかせることで小泉氏を担ぐ菅氏を焦らせ、土壇場で菅氏との裏交渉を優位にまとめて小泉氏に乗る――そんな老獪な結末も十分にあり得ると私はみている。
叩き上げの高市氏が麻生氏を引き込めるかどうか、大逆転の鍵はここにある。
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ジャーナリスト
1994年京都大学を卒業し朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当。政治部や特別報道部でデスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2021年5月に49歳で新聞社を退社し、ウェブメディア『SAMEJIMA TIMES』創刊。2022年5月、福島原発事故「吉田調書報道」取り消し事件で巨大新聞社中枢が崩壊する過程を克明に描いた『朝日新聞政治部』(講談社)を上梓。YouTubeで政治解説も配信している。
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(ジャーナリスト 鮫島 浩)
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