「円という通貨の保有にこだわり過ぎるのはリスク」お金の価値が目減りする時代に求められる"発想の転換"
プレジデントオンライン / 2024年9月30日 16時15分
■イントロダクション
2024年3月、日本銀行はマイナス金利政策を解除し、17年ぶりとなる金利引き上げを決めた。背景には2%物価目標の見通しが立ち、国内がインフレ状態になってきたことがある。
今後の経済を展望するためにも、新たな政策に理解を深め、広範に及ぶ影響を知り、デフレに慣れた思考を転換する必要がありそうだ。
本書は、日銀のマイナス金利政策の解除をはじめとする政策の枠組み見直しを節目ととらえ、その内容や意味をわかりやすく解説する。
従来の金融緩和政策は、「金利操作」「量的緩和」「質的緩和」の3つの要素からなっていたが、それぞれの要素は今回の見直しで変化した。また、金融政策の枠組み見直しの背景には、円高や株安が是正されてきたことがあるが、それらを引き起こしたのは金融政策だけではない。むしろ新型コロナウイルス危機やウクライナ戦争に影響された、世界経済の構造的変化の影響が大きいことを理解しておく必要があるようだ。
著者は日本経済新聞編集委員。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒業。長年、金融政策やマーケット、資産運用について取材してきた。『日銀はこうして金融政策を決めている』『デフレ最終戦争』(ともに日本経済新聞出版)など著書多数。
1.何が変わったのか、どう変わってきたのか
2.追加利上げはいつか、金利はどこまで上がるか
3.住宅ローンではどう対応すべきか
4.株の「売り」に専念し始めた日銀
5.なぜインフレになったのか、どう発想を改めるべきか
■いわゆる異次元金融緩和政策を終えた日銀
2024年3月19日、日銀がついにマイナス金利政策の解除をはじめとする金融政策の枠組みの大幅な修正を決めました。2%物価目標の持続的・安定的な実現が見通せたと判断し、いわゆる異次元金融緩和政策を終えたのです。
従来の金融緩和政策には、主に3つの要素がありました。(1)金利を下げる「金利操作」、(2)日銀が世の中に供給する資金量を増やす「量的緩和」、(3)日銀が株式などのリスク性資産を買って、事実上その価格を下支えする「質的緩和」――です。
第1に「金利操作」は、短期の政策金利(日銀当座預金の一部金利)と長期金利(10年物国債利回り)の両方をコントロールする長短金利操作(16年に開始)となっていました。
日銀当座預金とは、各金融機関が日銀に持っている口座です。日銀が金融機関に資金を供給する際に、まず振り込まれる場所となります。その適用金利をプラス0.1%、0%、マイナス0.1%の3階層とし、マイナス0.1%を短期の政策金利(政策を運営する際に操作する金利)と位置づけていました。その重要な効果は、長短の金利曲線(イールドカーブ)の起点となる無担保コール翌日物金利(*銀行がお金の貸し借りをするコール市場で適用される金利)をマイナスに沈めたことです。おおむねマイナス0.1~0%程度での推移となっていました。
■「金利操作」「量的緩和」「質的緩和」はこう変わった
次に、第2の「量的緩和」です。日銀が世の中に供給したお金の残高を示すマネタリーベース(資金供給量)について「拡大方針」を掲げていました。具体的には「消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまでマネタリーベースの拡大方針を継続する」としていました。オーバーシュート型コミットメントと名付けられた政策です。
第3の「質的緩和」とは、リスクの高い資産を買い入れる政策です。多くの企業の株式にまとめて投資し、株価指数に連動する運用成果を目指すETF、様々な不動産に投資し、そこから得た利益を投資家に分配するREIT、企業が借金する際に発行するコマーシャルペーパー(CP)や社債といったものを買ってきました。
では、この3つの柱がどのように変化したのでしょうか。第1に「金利操作」の部分。短期金利については、政策金利として前出の翌日物金利そのものを採用し、誘導水準を「0~0.1%程度」としました。長期金利操作は撤廃されました。第2の「量的緩和」は、その柱であるオーバーシュート型コミットメントは無くなりました。日銀が「資金供給量の拡大」、つまり量的緩和とは距離を置いたことを意味します。
第3の「質的緩和」は、ETFとREITは「新規の買い入れを終了する」と決定。CPと社債については「買い入れを段階的に減額し、1年後をめどに終了する」と決めました。
■世界経済の構造的変化に目を向けるべき
日銀による17年ぶりの利上げという大きな転換点が来たのは、長年、デフレに苦しんできた日本経済が、ついに「インフレの状態」(植田和男総裁)になったためです。
異次元緩和開始前(2013年3月)と今回の金融政策の枠組み見直しの直前(24年2月)の経済・市場環境の簡単な比較から見て取れるのは、円高や株安が修正された点です(円安は行き過ぎたと言えますが)。長期国債の思い切った買い入れによる資金供給や大規模なETF購入を通じた株価下支えが背景でしょう。ただし、もっと構造的な大きな変化が日本や世界の経済に起きている事実に目を向けるべきです。新型コロナウイルス危機とウクライナ戦争です。
米国では、コロナ禍のもとでの生産・物流の混乱や人手不足が物価に上げ圧力をかけました。21年の年初にFRBの目標である2%を下回っていた米国の消費者物価上昇率(前年比)は、年末に7%程度を記録しました。海外のインフレはすぐに日本に大きな影響を与えることはありませんでしたが、原油価格上昇の影響などから輸入物価は上がりました。
これは資源を海外から輸入する企業の経営に影響を及ぼす話ですが、長年物価があまり上がらない状態が続いてきた日本では、製品の価格に転嫁するのは簡単ではなく、消費者物価の上昇にすぐには結びつきませんでした。ただ、物価高の素地は形成されていたといえます。
■ウクライナ戦争で日本の物価が影響を受けた理由
ウクライナ戦争が日本の物価に強い上げ圧力を加えた経路は、主に2つありました。まず、国際的な商品市況が上がり、輸入依存が高い日本の物価が影響を受けました。
もうひとつは、急速な円相場の下落です。それを招いたのが、FRBによる異例の大幅利上げでした。22年3月の米連邦公開市場委員会(日銀の金融政策決定会合に相当)で、コロナ危機対応のために手掛けてきたゼロ金利政策の解除を決めました。米国の消費者物価上昇率が9%を突破する局面も出てくるようになるなか、年末時点の政策金利は4.25~4.5%になったのです。市場の米金利も急上昇しました。
日本側では、日銀が国債の利回り上昇を抑えつけていましたから、両国の金利差は拡大。金利面で有利になるドルが買われ、円は売られました。円安・ドル高が進むと、日本の輸入物価に上昇圧力がかかるのが普通です。
■為替市場で円高が起きにくくなった
構造的な変化として重要なのは、為替市場で円高が起きにくくなったことです。日本は、貿易でも投資でも巨額の外貨を稼ぐ国でした。このうち貿易で稼いだ外貨(主にドル)の多くは円に交換されるのが普通で、円高要因になります。ところが、2023年の日本の国際収支を見ると、投資では稼げるが貿易ではそうではない国に変身してしまいました。また、企業や個人がこれまでためてきた円資金を海外に投資する動きが広まっています。企業が海外展開を進め、個人も海外への投資を増やすなら、そのために外貨を買う必要があり、円高になりにくくなるのです。
インフレ圧力という点でもうひとつ重要なのが、地球温暖化防止に向けた脱炭素の流れです。石油など化石燃料を手に入れるための投資が抑制されやすくなってきています。一方で、新たなタイプのエネルギーの開発はそうすぐには進まないでしょう。とすれば経済活動を支えるエネルギーの需給が逼迫して、価格に上昇圧力がかかります。
■お金の価値が目減りするリスクに対処する2つの手段
日本の物価情勢は新たな局面に入ってきました。少なくともデフレあるいはディスインフレの時代は終わったようです。どのような発想の転換が必要でしょうか。大前提としていえるのは、円という現金、円という通貨の保有にこだわり過ぎることのリスクです。
デフレの時代には、現金や預金の価値が減る心配はありません。モノやサービスの値段が下落していったので、相対的に現預金の価値は増したのです。これに対して、インフレの時代には現金の価値は下がってしまいます。預金の金利は徐々に上がるでしょうが、物価上昇のペースに追いつくかには疑問があります。
このようにお金の価値が目減りするリスクに対処する手段は、主に2つです。まず内外の金融資産への投資です。預金では期待できない収益を得るためです。もうひとつは、実物資産の所有です。インフレ局面には、普段から一定量のモノを買っておくことが意味を持ちます。値段が上がる前に手に入れた方が得策だからです。
■デフレは「現金バブル」だったともいえる
物価高によりモノの保有が価値を持つ時代には、できるだけ安いコストでモノを購入しようという「節約」の発想も重みを持ちます。賃金が上がらないデフレ不況の時代の発想のように思われるかもしれません。しかし、モノの値段が上がる時代も、それをいかに安く手に入れるかは問われます。
人手不足だから、基本的に賃金は上がりやすい環境にあり、労働市場では売り手市場です。価値のある人材は余計優位に立つでしょう。一方で、時代の変化は激しく、将来有望な成長分野も変化していきます。とすれば、常に学び続け、自らの価値を高めていく努力が重要になります。自分という資産に投資するのも、立派な「資産運用」です。
デフレというのは、現金が必要以上に価値を持つと見なされたという面では「現金バブル」だったともいえます。いま、「現金バブル」の時代も終わろうとしています。
※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの
■コメントby SERENDIP
日銀の金利の引き上げは、国内経済における重要な転換点なのは間違いない。企業は、資金調達方法の検討、金利変動リスクに対するヘッジ戦略の見直し、投資計画の再評価など様々な対応が必要になるが、これらは個人レベルにもいえることだろう。貯蓄から投資へとマインドを変化させ、それに伴うリスク管理を強化するなどの対応が考えられる。コロナ禍やウクライナ戦争といった世界情勢、各国の金融政策、さらに身近な商品の値上がりなどを一繋ぎに見る目を持つことができれば、日々の生活やビジネスの現場においても、多くの示唆を得られそうだ。
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(書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」)
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