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「ちょうどいい味のカレーソース」だけではない…「ココイチのカレー」が現代人の胃袋をつかむ"意外な理由"

プレジデントオンライン / 2024年10月1日 10時15分

カレーショップ「カレーハウスCoCo壱番屋」のロゴマーク=2020年4月14日、東京都北区 - 写真=時事通信フォト

カレーハウスCoCo壱番屋が好調だ。展開する壱番屋の2024年2月期連結決算の売上高は過去最高を記録した。なぜ人気なのか。マーケティングが専門の高千穂大学商学部教授の永井竜之介さんは「飽きのこない『ちょうどいい味』のカレーソースに加えて、12億通り以上のカスタマイズが可能なことが強みになっている。これは従来のマーケティング理論とは相反するものだ」という――。

■「日本のカレー」はさまざまな飲食店で提供されている

「日本のカレー」は、発祥のインドカレーから独自の発展を遂げており、いまや1つの料理として認知されている。欧州の体験型旅行サイト「テイスト・アトラス」が毎年発表する「世界の美味しい料理トップ100」では、2022年の第1位に「日本のカレー」が選ばれたほどだ。

とろみや甘みが強く、さまざまな具材が入ることなどが特徴的な日本のカレーは、インドカレーとも欧風カレーとも異なる独自性を持ち、カレーライス、スープカレー、カツカレー、カレーうどん、カレーパンなど応用・発展を進め、食卓・給食・外食など、日本の食生活に広く浸透している。

外食に目を向けてみると、日本のカレーが提供される飲食店はじつに多種多様である。ファミリーレストラン、カフェ、牛丼店、うどん・そば店、和食・定食店など、さまざまなジャンルの店のメニューに入り込んでおり、高速道路のサービスエリアのフードコートやホテル・レストランのバイキングなどでも定番メニューになっている。こうしたたくさんのライバルに囲まれながら、「日本のカレー」専門店として国内外で著しい成長を実現しているのが、株式会社壱番屋の「CoCo壱番屋(以後、ココイチ)」だ。

■2024年2月期の売上高は過去最高を記録

創業者が夫婦で開業した名古屋の喫茶店「バッカス」、その喫茶店のカレーが評判だったことから始まった壱番屋は、2024年2月期連結決算の売上高が551億3700万円(前期比14.2%増)で過去最高を記録し、ココイチが9割超を占めるグループ店舗網を国内1245店、海外12の国・地域で212店を展開している(2024年2月末時点)。さらに、現在の世界1457店の店舗数を、2027年に1660店、2030年には2100店まで急拡大させていく成長戦略を立てている。(※1)

※1 壱番屋「よく分かる壱番屋」「壱番屋長期ビジョン2030の数値目標と次期中期経営計画の策定に関するお知らせ」を参照。

2013年に「世界最大のカレー専門店チェーン」としてギネス認定されているココイチの飛躍の裏には、独自の社員独立制度や10年後継続率約9割を実現するノウハウなどで設計されたフランチャイズ制度、スパイスの専門商社でもあるハウス食品の傘下に入ることで実現しているスパイスの安定調達などがある。しかし、やはり最大の強みは商品力にある。「美味しい」「また食べたい」と多くの顧客から思われる商品力があるからこそ、ココイチは世界最大のカレー専門店チェーンになれている。

■「毎日でも食べられる」味だから利用頻度が上がる

ココイチの商品力の強みには、「ちょうどいい」を求めるニーズを満たすカレーソースと、「こだわり」を楽しみたいニーズを満たすカスタマイズの2つがある。これらによって、顧客は自分なりの好みやルールのもとで自由に選択して、「ちょうどいい」と「こだわり」を欲張ったカレーを堪能することができる。

ココイチのカレーソースは、もともと創業者の夫人が作った家庭の味の喫茶店カレーを原点としていて、「言ってしまえば、当社のカレーは特徴がないのが特徴」と語られるように、あえてクセを抑えたオーソドックスな日本のカレーの味わいになっている。(※2)「特徴がない味にする」という選択は、ライバルと競争するうえでリスクを伴うが、この勇気ある選択によって「ちょうどいい」が充足されている。

※2 週プレNEWS「創業40周年の「カレーハウスCoCo壱番屋」創業者は飲食業界と無縁だった!」を参照、引用。

飲食店では、顧客の利用頻度が高いかどうかが決定的に重要となる。どれだけ美味しくても、刺激が強くて慣れない味で、「年に1度は食べたくなる」や「1回食べれば十分」と顧客に思われる利用頻度の低い店では、存続・成長していくことはできないからだ。「週に数回通いたい」や「毎日でも食べられる」と思われる利用頻度の高い店になることが、飲食店の成長には不可欠である。

鍋に入ったカレー
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

■「普通のカレーソース」×「こだわりのカスタマイズ」

ココイチのカレーソースは、尖った個性がなく、老若男女の誰もが食べられて、飽きのこない「ちょうどいい味」という強みを発揮している。そして、個性のない「普通のカレーソース」だからこそ、2つめの強みである「こだわりのカスタマイズ」と組み合わさり、どんなトッピングにも合うカレーになることができている。

「ちょうどいい味のカレーソース」だけでは、強固な商品力とは言えない。実際、カレーソースの味は他社が真似できないものではない、とココイチ自身も認めている。(※2)他社に真似できないココイチならではの強みは、ちょうどいいカレーと組み合わせる、12億通りを超えるという唯一無二のカスタマイズサービスにこそある。

※2 週プレNEWS「創業40周年の「カレーハウスCoCo壱番屋」創業者は飲食業界と無縁だった!」を参照。

■大量の選択肢から「自分だけのカレー」を注文できる

ココイチを利用するお客は、まず、定番のグランドメニュー、「カシミールチキンカレー」(※3)のような期間限定メニュー、JR秋葉原駅昭和通り口店の「秋葉原まかないカレー」のような店舗限定メニューの中から1つを選ぶ。

※3 カシミールチキンカレーは、2024年9月1日(日)から、10月以降なくなり次第終了の期間限定メニュー。

そこからカスタマイズが始まり、基本のポークカレーを含めて5種類あるカレーソースから選ぶ。食べたいボリュームに合わせ、150~400gは50gごと、400gからは100gごとで選べるライスの量、完食条件をクリアすることで辛さを足していける、甘口から20辛の辛さ指定。そして、肉類・魚介類・野菜類・その他(チーズなど)、40種類以上にもおよぶトッピング。「これが欲しい」「もっとあったら良いのに」といった顧客の要望に1つ1つ応えていく、長い歴史を経て形成された12億通り超のカスタマイズサービスがあることで、顧客はそれぞれに「こだわり」、「マイルール」、「いつもの」、自分だけの特別なカレーを注文することができるようになっている。

炊き立てのご飯
写真=iStock.com/kaorinne
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kaorinne

■「選択肢が多すぎることは逆効果」と言われていた

ココイチの12億通り超のカスタマイズサービスは、唯一無二の強みとして力を発揮しているが、じつは、従来のマーケティング理論とは相反するものになっている。従来のマーケティングの理論では、選択肢が多すぎることは逆効果となり、人の意思決定率や満足度を低下させてしまう「選択肢過多」や「情報過負荷」の現象が起きると指摘されてきた。スーパーマーケットの店頭に並べるジャムの商品数を操作した実験が有名で、数を増やすと消費者は関心を高めるが、一定の限界を超えると消費者は混乱してしまい、逆に商品を選ばなくなる結果が確認された。

このように、過剰な選択肢や情報は逆効果を招くため、混乱させないように選択肢・情報をほどほどに絞ることが最適となる「逆U字」の考え方が1つの定説とされてきた。ただ、これは1990年代に提唱された概念であり、30年後の現在の人や環境に本当に、いつでも当てはまるのかどうか、疑問を抱いていいだろう。インターネット環境が不自由でSNSが存在しなかった1990年代と現代では、消費者の感覚や価値観、情報処理の速度や傾向には、確実に大きな変化が生じているからだ。

■商品・情報量を豊富にすることで成功しているケースは多い

実際、販売の現場を見てみれば、「逆U字」に従って商品や情報の量を絞っているケースは、むしろ少ないと言っていい。EC(オンラインショッピング)はもちろん、ショッピングモール、百貨店、家電量販店などリアルの店でも、商品・情報の幅と量を豊富に取りそろえることで成功を収めていることは多い。多種多様な本に浸るように滞在できる空間が人気を集める蔦屋書店、商品・情報のあふれるカオスな空間で楽しませるドン・キホーテは、その良い例である。

近年の研究では、現代の消費者は意思決定を二極化させやすい傾向が指摘されている。1つは、労力や面倒を避け、楽に、合理的・効率的な意思決定を好む、「悩まずに決めたい」というニーズだ。クチコミ、お薦め情報、担当者やAIの最適提案などを受け入れて、悩むことなく受け身で意思決定できることを望む傾向が増しており、そのニーズに応える「コンシェルジュ型」と呼べるサービスが支持されている。

■「悩まずに決めたい」ニーズと「悩み抜いて決めたい」ニーズ

もう1つは、迷うことや悩むことを楽しみ、あえて非合理的・非効率的な意思決定を好む、「悩みぬいて決めたい」ニーズだ。類似するジャンルや価格帯の店をフロアに集めて「悩む楽しさ」を提供するショッピングモール、価格やクチコミなどを比較検討しながら無数の選択肢から自分で絞り込んで選ぶEC、無限に提案される画像や動画の取捨選択を楽しみながら見たいものを選んでいくSNSなど、消費者が悩みぬいて意思決定することを楽しむ傾向も増加しており、そのニーズに応える「脱出ゲーム型」と呼べるサービスも確かな支持を集めている。

現代の消費者は、リアルでもネット・SNSでも、情報の洪水の中で生活しており、その環境が当たり前になっている。その環境の反動によって「悩まずに決めたい」ニーズが生まれ、それを満たすコンシェルジュ型のサービスの価値が高まっている。それと同時に、一方では、情報過多の環境に適応することで、「悩みぬいて決めたい」ニーズも生まれており、こちらを満たす脱出ゲーム型のサービスの価値も高まっている。つまり、かつての中庸が好まれる「逆U字」から、両極端の支持に分かれる「U字」に消費者の傾向は変化してきていると考えられる(図表1)。

【図表1】「逆U字」から「U字」に変化する消費者
図表=筆者作成

■「無限のカスタマイズで楽しめる店」として成功

絞り込んだ最適提案を行うか、無数の選択肢を用意して個人のルール・好みで自由に絞り込んでもらうサービスを提供するか、「逆U字」のどちらかに振り切った戦略を取ることが、現代の商品・サービス、店・空間などのビジネス設計には有効となる。

それは、カレー店で極端に言えば、「メニューが1つしかない店」か、「無限のカスタマイズで楽しませる店」か、どちらかに振り切ることが望ましい、ということだ。もちろん、ココイチは後者になることで成功を収めており、たくさんの選択肢から自分なりの選び方を楽しめる組み合わせ自在さは、まさに現代の消費者ニーズを的確に満たしてくれるサービスと言える。

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永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)
高千穂大学商学部教授
専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『 マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『 分不相応のすすめ 詰んだ社会で生きるためのマーケティング思考』(CROSS-POT)などがある。

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(高千穂大学商学部教授 永井 竜之介)

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