なぜ警察は不祥事を"無かったこと"にするのか…裏金告発の元警官が指摘する「身内に甘すぎる警察組織」の悪癖
プレジデントオンライン / 2024年9月28日 9時15分
■不祥事が噴き出した鹿児島県警
――仙波さんは愛媛県警に在職中、現職警察官の立場で警察の裏金づくりを犯罪であると告発し、定年退職するまで組織の中で闘い続けてきました。今回の鹿児島県警の不祥事をどのようにご覧になっていますか。
「100番事件」、つまり、警察官が当事者となった事件や事故は、本部長指揮となるのが通常です。報道によると起訴された本田尚志前・生活安全部長は鹿児島簡裁で開かれた勾留理由開示手続きの意見陳述で、枕崎署員による盗撮事件を「野川明輝本部長が隠蔽しようとしたことが許せなかった」と主張していたようですが、とにかく普通はあり得ないことですね。
■元生安部長の異例の逮捕・起訴
――前生安部長による内部告発にはどんな意図があったのでしょうか。
規制や監視の厳しい警察組織の中で、これだけ石を投げるということは、ある意味正義感もあったんだと思います。ただ、本田氏も普通の警察官と五十歩百歩という印象を受けます。彼は退職後の今年3月、盗撮をおこなった元巡査部長をめぐる警察の内部情報を北海道在住のジャーナリストに匿名で郵送し、国家公務員法違反(守秘義務違反)容疑で逮捕・起訴されました。この行為が「公益通報」にあたるか否かという点も注目されていますが、真の公益通報であれば、組織から何をされても、何を言われても、私のように現職時代から名前も顔も出して堂々とやるはずです。
――生安部長とはそもそもどのようなポストなのですか。
生活安全部の部長です。ノンキャリの最高ポストは刑事部長なので、県警の中ではナンバー2になります。本田氏は鹿児島大学卒で刑事部長への昇進間違いなしと言われていたようですが、結果的に刑事部長になったのは、同い年で高卒の人物でした。
同い年の場合、高卒は大卒より4年早く警察官になります。仕事、世渡り、根回しなども高卒者のほうが先に会得していきます。そのため、私が在籍していた愛媛県警でも、出世競争では高卒者が勝っているケースが多かったですね。
■刑事部長と生安部長の関係性
――刑事部長と生安部長のポストに差はあるのですか。
かなりあります。通常は同い年で同じように昇進したら、最後の1年間はお互いどちらかが先に刑事部長のポストに就いて、1年早く勇退するんです。そして、先に刑事部長になった人は1年早く辞め、給料も待遇もいい天下り先をあてがわれます。鹿児島県警の前刑事部長は、今年、本田氏と一緒に定年退職したようですが、日本の警察には厳然とした階級システムが今も当たり前のように存在しているのです。
――ナンバー2の立場であっても退職前には声を上げられないものなのでしょうか。
普通はなかなかできないでしょうね。現職の警察官が内部の不祥事に対して異議申し立てなどしようものなら、即「マル特」とされ、出世の道は完全に断たれますから。
■裏金を告発した自身の経験
――「マル特」とは何でしょうか。
特別指導対象者です。ようするに、組織にたてつく要注意人物のことですね。
――仙波さんは愛媛県警在職中に警察の裏金問題をたった一人で「警察による犯罪だ」と告発しました。仙波さんも「マル特」になったのでしょうか。
もちろんです(笑)。私は1973年、24歳のときに愛媛県警で裏金のための偽領収書作成を拒否してから、昇進試験に落とされ続け、途中で試験を受けるのをやめました。その後も、子どもがいてもお構いなしで、僻地へ転勤させられたり……。結果的に、巡査部長を36年間も続けることになりました。これはギネス記録なんです。結局、だれしも生活があるし、私みたいに組織に対して「襟を正せ」なんて言っていたら、普通は暮らしていけません。
――内部告発者に対する報復ですね。
最初は皆、一点の曇りもない心で組織を信じ、正義感を抱いて警察に入るんです。しかし、「源清ければ流れ清し」とは逆で、トップが腐れば下も腐ります。「ニセの領収書を書け」という命令をはじめ、私が愛媛県警にいたころは、国会議員や県会議員に頼まれたら、交通違反も全部もみ消し。そういうことが当たり前でした。
私は40年以上の在職経験がありますが、裁判所ではいつも、「警察は犯罪組織です。日常的に犯罪を行ってるのは、やくざと警察です」と陳述しています。今も冗談で、「日本の警察は、セ・パ両リーグの覇者ですよ」と言ってるんです。
■監察に不祥事を伝えたのに…
――セ・パ両リーグとはどういうことですか。
セクハラとパワハラの王様だということです。これを言うと、みんな笑うんですが、オーバーではなく、本当にそうなんです。同僚の警察官にレイプされた女性警官から相談を受けたことも何度かありましたが、結局、どれも表には出ていません。私が主席監察官(編註:監察官は、警察内部の不祥事案を調査し、必要に応じて事件化したり処分したりする。「警察の中の警察」とも呼ばれる)に直接伝えても、もみ消されましたし、逆に女性の方が痛めつけられる。労働組合もないし、守ってくれる人が誰もいないんですよ。
――深刻ですね。警察庁によると、2023年に懲戒処分を受けた全国の警察官や警察職員は、266人。内訳は、1位が愛知県警の21人、2位が大阪と千葉の19人、3位が警視庁の17人、4位が福岡の15人。これが全国ワースト5でした。
その下にワースト10までの第2グループがあって、兵庫や神奈川、埼玉が入っています。どこの警察も第2グループには入らないようにしたいと思っているんです。鹿児島県警では今年に入って捜査資料を漏洩したとして4月に巡査長が、不同意わいせつの疑いで警部が、5月には盗撮などの容疑で巡査部長が、相次いで逮捕されました。鹿児島県警は第2グループのすぐ下にいたので、なんとしても阻止したかったのではないでしょうか。ようするに、絶対ワーストグループには入りたくないんですよ。
――警察官による不祥事は、警察組織にとって、それほど不都合なことなのでしょうか。
もちろんです。私が現職のころは、東のワースト横綱が神奈川県警、西の横綱が兵庫県警だったんです。とにかく各都道府県警はその数字を非常に気にしています。
■「結局、カネ、カネ、カネなんです」
――ワーストだと、トップである本部長に何かペナルティがあるのでしょうか。
いえ、不祥事の件数が多いからと言って、直接出世に影響するわけではないんです。それでも、矜持というのでしょうか、自分が本部長のときにワーストのレッテルは貼られたくないという思いがあるのだと思います。ただ、優秀な監察官は、不祥事自体を隠ぺいすることができるのも事実です。監察室勤務となった警察官の多くは出世します。監察課長が一課長になり、刑事部長になっていく、といった具合に。
――実際はもっと多い恐れがあると。
私はそう思っています。
私が愛媛県警に在職していた時は、裏金をたくさん作る、上司にお歳暮・お中元を持っていく、そういう警察官には必ず昇進試験の問題が漏れていました。だから早く出世していきます。また、署長以上の高い階級になったら部下に「わしのとこの箪笥がちょっと壊れてのー」とか言いますもんね。つまり、箪笥を持ってこいということです。「今度うちの子どもが高校に入ったんや」と言われれば、入学祝を持ってこいということです。そういうことが当たり前で、結局、カネ、カネ、カネなんです。以前、公務員は3月のボーナスがあったんですけど、その3月のボーナスは上司に持っていくためのお金で、それを懐に入れる人は出世できませんでした、絶対に。
■警察は「一番汚い手を使った」
――警察庁は6月から鹿児島県警に特別監察をおこない、県警はその結果を受けて再発防止策を発表しました。県警組織は浄化できるのでしょうか。
私がなにより問題だと思ったのは、警察庁の対応です。警察庁の監察部門トップはじめ計3人が鹿児島県警に「特別監察」に入りました。特別監察は8月2日まで続きましたが、隠蔽の指示があったかどうかを調べるわけではなく、一連の不祥事を踏まえ、鹿児島県警が取り組む再発防止策が「しっかりと行われるよう」に指導するのが目的です。問題の真相は未だにはっきりしていません。
また、問題が解決していないにもかかわらず、特別監察が入る前の6月の段階で警察庁は野川本部長を「懲戒処分」ではなく、「訓戒処分」にしました。理由は「捜査状況の確認を怠った」というもので、すでに本部長による隠蔽の指示は「なかった」と結論付けた上での処分でした。
監督責任上の処分をしただけなので、結局、彼は無傷で本庁に帰ることができます。そうしておけば、この先、万一話が大きくなっても、「もうこの件は処分しています(一事不再理)ので」ということで、幕引きを図ることができる。本田氏が国家公務員であったこと、そしてもちろん野川本部長も刑事部長も国家公務員であり、国家公務員だけによる不祥事(犯罪)であったことも、早い幕引きの理由の一つと考えられます。
私から見れば、一番汚い手を使ったと言えるでしょう。監察というのは、昔でいう憲兵みたいな役割ですが、彼らの目的は、真相を解明することではないのです。真相が解明されないままの再発防止策に実効性があるとは思えません。
■なぜ警察から不祥事がなくならないのか
――最近ではメディアもあまり報じなくなりました。
当然のことながら、警察はメディアに対してすごい圧力をかけますからね。もちろん、本田氏自身も相当詰め寄られているのではないでしょうか。彼はぎりぎりまで現職で、しかも部長でした。それだけに、元幹部として暴露されたら困ることが山のようにあるため、県警本部は口封じに躍起になっているはずです。
鹿児島県警の問題は、決して過去の問題ではありません。報じられることは少なくなりましたが、現在も続く深刻な問題です。警察の不祥事はなぜなくならないのか。その背景にあるのが裏金問題です。全国の警察官は裏金によって心をむしばまれているんです。
裏金を作るためにニセ領収書を書くと、どれだけの罪になるかご存じですか? 私文書偽造で3カ月以上5年以下の懲役、公文書は1年以上10年以下の懲役。それだけではありません、詐欺罪が10年以下、業務上横領が10年以下、脱税にあたる恐れもあります。
警察官は皆、こんな犯罪を当たり前のようにやってるんです。心が荒まないはずがありません。私は警察不祥事の元凶のひとつは、間違いなくこの裏金制度だと断言できます。(後編へ)
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ジャーナリスト・ノンフィクション作家
1963年、京都市生まれ。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。交通事故、死因究明、司法問題等をテーマに執筆。主な作品に、『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(講談社)、『自動車保険の落とし穴』(朝日新書)、『開成をつくった男 佐野鼎』(講談社)、『家族のもとへ、あなたを帰す 東日本大震災犠牲者約1万9000名 歯科医師たちの身元究明』(WAVE出版)、また、児童向けノンフィクション作品に、『泥だらけのカルテ』『柴犬マイちゃんへの手紙』(いずれも講談社)などがある。■ウェブサイト
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(ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原 三佳)
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