川勝知事の「印象操作」が全ての元凶だった…「静岡県のリニア妨害」を垂れ流したマスコミの”大罪”
プレジデントオンライン / 2024年9月26日 7時15分
■川勝前知事時代の「懸念」がまた一つ解決
静岡県は9月17日、JR東海がリニア工事のために山梨県境を越えて静岡県内で実施する調査ボーリング(高速長尺先進ボーリング)について、一転して認めると発表した。
川勝平太前知事は「水一滴も県外流出を許可できない」「全量戻しがJR東海との約束だ」「それができなければ掘ることは許可できない」と静岡県内の調査ボーリングを許可しない姿勢を崩さなかった。
川勝知事の言い掛かりの1つだった「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」では、サイフォンの原理や高圧水など非科学的な理由を根拠に、静岡県の水が山梨県内に引っ張られると主張していた。
上り勾配である山梨県側から静岡県境を越えて調査ボーリングを実施すれば、引っ張られるどころか、ダイレクトに湧水は山梨県側へ流出していく。
今回の静岡県の発表で、「水一滴も県外流出を許可できない」どころか、「湧水の県外流出を許可する」ことになってしまったのだ。
いままでいったい何を議論していたのか疑問を抱く人たちが多いだろう。
■「県民をだまして頬かむり」は許されない
川勝知事は後述する「印象操作」を繰り返すことによって、あたかも大井川下流域の湧水が枯渇するような間違った印象を県民に与えてきた。
「山梨県の調査ボーリングをやめろ」に対して、鈴木康友知事はことし6月19日、山梨県の長崎幸太郎知事の強い要請に応じて、「『静岡県の水』という所有権を主張せず、『静岡県の水』の返還を求めないこと」に合意した。
そもそも山梨県の調査ボーリングで、いくら湧水が抜けたとしても大井川水系には全く関係ない。
それどころか、地下水は動的な水であり、地下水脈がどのように流れているのかわからない。県境付近の地下水に静岡県も山梨県もないことくらい一般常識である。
鈴木、長崎の両知事の不思議な「合意」は、川勝知事の無理無体な主張をごまかすことで、「一件落着」としたのだ。
今回の「静岡県内の調査ボーリング容認」について、静岡県は川勝知事時代の「印象操作」を認めた上で、ちゃんとわかりやすく説明しなければならない。
そうでなければ、これまで県民をだましてきたことをごまかして頬かむりすることになってしまう。
■「湧水を全て戻せ」という無理難題を突き付けたのが発端
南アルプスの地下約400メートルを貫通するリニアトンネル工事は、山梨工区から上り勾配で静岡工区に入り、静岡工区から長野工区へは下り勾配となる。
山梨工区、長野工区ともその勾配の関係で、それぞれ約1キロ区間は静岡県内に入り込んでいる。
つまり、リニアトンネルは静岡県内を約10.7キロ貫通するが、静岡工区は約8.9キロ区間と短くなっている。
まずJR東海は、静岡工区のトンネル工事で、何らかの対策をしなければ、大井川水系の毎秒2トンの湧水が山梨、長野の両県側に流出してしまう試算を公表した。
この毎秒2トンの予測に対して、静岡県は「減少のメカニズムをわかりやすく説明するとともに(中略)トンネル内の湧水を大井川へ戻す対策を取ることを求める」などとする知事意見書をJR東海に送付した。
知事意見書には「工事中のみならず、供用後についても大井川の流量を減少させないための環境保全措置を講ずること」「トンネルにおいて本県境界内に発生した湧水は、工事中及び供用後において、水質及び水温等に問題がないことを確認した上で全て現位置付近に戻すこと」が盛り込んだ。
どう考えても、「工事中、工事後に発生する湧水を全て現位置付近に戻すこと」などできるはずもない。
しかし、この「静岡県内に発生した湧水を全て原位置付近に戻すこと」の文言がその後の「水一滴の全量戻し」を求める根拠としまったのだ。
■JR東海社長の「全量戻し」発言に味を占めた静岡県
このあと、川勝知事は大井川流域10市町長らを味方につけて、毎秒2トン減少に対する「湧水の全量戻し」をJR東海に強く求めた。
2018年10月になって、金子慎・JR東海社長(当時)は「原則として湧水全量を戻す」と表明した。
金子社長は、会見で「リニア工事の基本合意に向けて話が進まないので、利水者の理解を得たいと方向転換した。河川流量の影響を特定し、回避できる方策があるならそれでもということだったが、そんな回避策はなかった。大井川流域の問題を解決しようとした中で出てきた方策」などと説明した。
この金子社長の「全量戻し」の表明を逆手に取って、静岡県はトンデモない主張を始めることになった。
■難波副知事の「迫真の演技」に釣られた新聞各社
2019年9月20日、地質構造・水資源専門部会の森下祐一・部会長(静岡大学客員教授)とJR東海との意見交換会が開かれた。
JR東海が、山梨県側から上向きで掘削する工事中に、湧水が県外流出することを説明していると、オブザーバー参加していた難波喬司副知事(現静岡市長)が突然、手を挙げてJR東海の説明をさえぎった。
そこで、難波副知事は「全量戻せないと言ったが、これを認めるわけにはいかない。流域の利水者は納得できない。いまの発言は看過できない」などと激しく反発した。
その後の囲み取材で、難波副知事は「湧水全量が返せないことが明らかになった」と、まるで初めて、山梨・長野県境の工事に湧水が流出することを知ったかのような発言を繰り返した。
これでは、JR東海が「全量戻し」という“公約”を破ったかのような発言に聞こえても仕方なかった。
翌日の9月21日付中日新聞、静岡新聞とも1面トップ記事で、「JR東海は湧水全量戻しせず」「湧水全量戻し一定期間は困難」「県反発」などの大見出しで内容を詳細に伝えた。
読売新聞、日経新聞など中央紙も全く同じ内容を地方版で伝えている。
JR東海は以前から、県専門部会で山梨・長野県境の工事期間中に湧水が流出することを説明していた。
それにもかかわらず、難波副知事の発言を信じて、新聞各紙はJR東海の「全量戻し」ができないことが初めて明らかになったと報道した。
■川勝知事・難波副知事の「連係プレー」
極め付きは、その2日後の知事定例会見だった。
川勝知事は「湧水全量を戻すことを技術的に解決できなければ掘ることはできない」「全量戻しがJR東海との約束だ」「静岡県の水一滴でも県外流出することは容認できない」などと述べた。
ここで、川勝知事は「水一滴も県外流出を許可できない」と初めて宣言した。
難波副知事と川勝知事の見事な連係プレーが功を奏したのだろう。
テレビ、新聞は川勝知事の「水一滴の全量戻し」宣言を大きく伝えた。
これで、毎秒2トン減少に対する「全量戻し」から、金子社長の約束を根拠にした新たな「全量戻し」の議論が始まったのだ。
■専門家の意見はことごとく無視された
川勝知事の宣言直後、2019年10月4日の地質構造・水資源専門部会で、山梨県への湧水流出をテーマに議論が行われた。
この専門部会に、地質構造・水資源部会(組織上は専門部会の上位にある)の安井成豊委員(トンネル工学)がアドバイザーとして出席した。
安井委員は「トンネル工学では湧水流出をゼロにはできない」と述べた上で、「人命を尊重して安全に施工するのか、水一滴を県外に流出させないのかをまず、決めるべきだ」と提言した。
当時の専門部会は、山梨県からの上向き掘削ではなく、静岡県側からの下向き掘削ができないかどうか議論していた。
JR東海は、工事中の作業員の生命の安全を優先して、山梨県から上向き掘削を選び、湧水の県外流出は避けられないと説明していた。
このため、安井委員は「水一滴の県外流出を止めることはできない」と強調した。しかし、その後、専門部会は安井委員の発言を一切、無視してしまった。
何よりも、マスメディアの記者は安井委員の発言をちゃんと理解できていなかった。静岡県がリニア問題でさまざまな「印象操作」を行い、事実歪曲を行ったことも影響している。
■「県の主張」ばかりを垂れ流すマスコミ
この日の会議をきっかけにして、国交省は2020年4月、新たに有識者会議を設置した。
その1年半後、2021年12月19日、国の有識者会議は中間報告(結論)を発表した。以下の2点が主な結論だった。
② トンネル掘削による中下流域の地下水量への影響は、極めて小さい。
ところが、翌日の新聞各紙は「湧水全量戻し 示さず」(中日新聞)、「全量戻し 方法示さず」(静岡新聞)、「水『全量戻し』議論残る」(朝日新聞)などの大見出しで、中間報告への疑問を投げ掛けた。
すべての紙面が、静岡県の「湧水全量戻し」の主張をそのまま採用して、肝心の有識者会議の結論をちゃんと取り上げなかった。
有識者会議の「大井川下流域に水環境の影響はない」とする結論にもかかわらず、新聞各紙は「全量戻しの方法示さず」などと競って報道した。
これらの新聞報道を踏まえ、川勝知事は「実質は毎秒2トンの水が失われる、と(JR東海は)言っていた。毎秒2トンの水は60万人の水道水の量」などと述べた。
これでは、JR東海がトンネル湧水毎秒2トンの「全量戻しの方法」を示さなかったと聞き手は捉えてしまうだろう。
川勝知事の「全量戻し」の主張を記者たちは正確に理解できていなかった。ただ単に川勝知事及び県当局の発表を鵜呑みにして、そのまま記事にしていた。
■「180度の方針転換」には説明があってしかるべき
2021年2月の有識者会議で、県外流出が想定される水量の最大500万トンについて、水循環研究の第一人者、沖大幹・東大教授(水文学)は「非常に微々たる値でしかない」と断言した。
大井川の水は導水管で各ダムを経由して、最後に下流域の川口発電所で使われる。発電に使われた水は2つの取水口を通して、そのあと、上水道、農業用水、工業用水に年約9億トンを活用している。
川口発電所直下の島田市神座地区の河川流量は年平均約19億トンにも上る。上水道、農業用水など下流域で使われる約9億トンを合計すると、河川流量は年約28億トンにも上るのだ。
神座地区の河川流量は平均約19億トンだが、毎年の変動幅は±約9億トンもある。
沖教授は、河川流量の変動幅±約9億トンに着目して、「県外流出する量が最大500万トンあったとしても、変動幅約±9億トンの0.55%と極めてわずかである。リニア工事による県外流出量は年間の変動幅に吸収されてしまう値である」と説明した。
この結果、「非常に微々たる値でしかない」(沖教授)となるわけだ。
静岡県はその微々たる値の最大500万トンの県外流出を問題にしたため、JR東海は東京電力リニューアブルパワー(東電RP)の協力を得て「田代ダム取水抑制案」を提案するなど議論は長い間、混迷することになった。
17日の静岡県の発表は、事実上「湧水の県外流出を許可する」ことになる。となれば「田代ダム取水抑制案」も不要となってしまう。
「県境付近の工事での全量戻し」という言い掛かりをやめたことはリニア工事に向けて大きな前進である。川勝知事時代と180度の転換を図ったことを、静岡県はちゃんと説明すべきだろう。
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ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)
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