「引退選手に配慮して、わざと捕球しない」を美談にしてはいけない…プロ野球の「引退試合」に対する強い違和感
プレジデントオンライン / 2024年10月2日 15時15分
■公式戦を“引退試合”にすることは、本当に正しいことなのか
今年も引退を表明した選手が、「引退試合」と称して公式戦に出場する季節がやってきた。筆者はメディアやブログで「公式戦を“引退試合”にして出場するのは、本当に正しいことなのか?」ということを言ってきた。ヤフコメなどで炎上したが、それでも言わずにはおれない。
シーズン中に引退表明する選手の多くは、一定の期間、一軍で活躍した選手であり、ファンにもなじみがある選手だ。
最近は、支配下登録されず二軍に落ちている選手を1試合限定で一軍に昇格させ、引退試合」と称して公式戦に出場させることが多くなった。これは2017年8月にNPBが「引退選手特例」を設けたことによる。プロ野球の公式戦において引退試合を行う選手を1日限定で、出場選手登録に追加できるようにしたのだ。
球団にとっては、引退試合はシーズン終盤に観客動員を押し上げる強力なマーケティングになる。チケット販売サイトで「○○選手出場」などと銘打つことも多くなっている。
今季もそういう例が散見された。
9月1日に引退を発表した西武ライオンズの金子侑司は、2度の盗塁王に輝く外野手だ。今シーズンはこれまで32試合に出場していたが、6月15日を最後に登録抹消されていた。
9月15日のロッテ戦には、3カ月半ぶりに1番左翼で先発出場。3打席凡退した後、8回裏に4打席目が回ってきた。
金子の前の打者の元山は1死満塁の状況で打席に立っていた。結果は見逃し三振だった。金子に打席を回すため、併殺打を回避したためと伝えられている。
■わざとファウルを補球しなかった
この打席で、金子はフルカウントから捕手へのファウルフライを打ち上げた。ロッテの佐藤都志也は、バックネット手前に上がったフライを追うも捕球できず。金子は結局、遊撃手へのライナーに倒れた。
翌日のスポーツ紙は「ロッテの佐藤都志也、金子の捕邪飛をあえて取らず」と報じた。見逃し三振の元山、ロッテの佐藤に対し、解説者の「流石です」というコメントまで載せている。(デイリースポーツ 9/16 9:25配信記事)
動画を見る限り、佐藤は金子の捕邪飛を追いかけて捕球しようとしていたように見える。もし、佐藤がわざとファウルを捕球しなかったのだとすると問題だ。
さらに、オリックスの外野手・小田裕也も9月16日に引退を表明。24日の西武戦が現役最後の試合となった。8回に打席に立つと、捕手へのファウルフライを打ち上げた。西武の捕手古賀悠斗は落下地点に入っていたが、捕球できず。
一部メディアは「目測を誤ったかのように装い、“捕球できなかった”」と書き、実況アナは「エラーをつけてほしくないですね」と要望した。事実、公式記録員は古賀に失策を付けなかった。
筆者は信じがたい思いでこうした記事を読んでいる。
■敗退行為は永久追放
動画を見る限り、佐藤は金子の捕邪飛を追いかけて捕球しようとしていたように見える。もし、佐藤がわざとファウルを捕球しなかったのだとすると問題だ。
野球協約 第18章 有害行為 第177条(不正行為)
選手、監督、コーチ、又は球団、この組織の役職員その他この組織に属する個人が、次の不正行為をした場合、コミッショナーは、該当する者を永久失格処分とし、以後、この組織内のいかなる職務につくことも禁止される。
(1)所属球団のチームの試合において、故意に敗れ、又は敗れることを試み、あるいは勝つための最善の努力を怠る等の敗退行為をすること。
佐藤の行為は、少なくとも「勝つための最善の努力を怠る等の敗退行為」と見なされる可能性がある。
1970年代、野球界の屋台骨を揺るがした「プロ野球黒い霧事件」では、パ・リーグ球団の主力選手が敗退行為を行ったと見なされ、永久追放になっている。
敗退行為は、プロ野球選手にとって最も避けるべき行為になっているはずだが、いつの間に「引退試合に関してはこの限りではない」という注釈がついたのだろうか。
■引退試合にある微妙なプレー
スポーツ紙記者や解説者は、ロッテの佐藤や西武の古賀が「わざと捕球しなかった」としているが、筆者は佐藤のためにも「最善の努力をしたが捕球できなかった」のだと信じたい。
もちろん、こうした選手が故意に「敗退行為をしよう」と意図したのでないことは、承知している。引退する選手に対する「はなむけ」の意味で気を利かせたのだ。善意だといっても良い。しかしこれはエキシビションではなく、一軍の公式戦なのだ。
さらに、西武は最下位に沈んでいるが、ロッテは楽天と激しい3位争いをしている最中だ。ロッテの選手が、西武の引退選手に手心を加える余裕などなかったはずだ。この時の西武の本拠地での4連戦で、ロッテは1勝3敗と負け越した。ロッテの吉井理人監督は「戦いにくい」と感じていたのではないか。
とにかく引退試合を巡っては、スポーツに必要な「白黒はっきりつける明確さ」が失われて「微妙なプレー」が起こることが多い。
一方で、9月13日に引退を発表したヤクルトの青木宣親は、8月3日に一軍登録を抹消されたが、9月18日に再登録されると、広島との2連戦、さらに中日戦と3試合連続で安打を放った。
優勝争いに必死に踏みとどまろうとする広島投手陣は、青木に花を持たせるような投球はできなかったはずだ。青木は実力で安打を打ったとみられるが、それも推測にすぎない。
■公式記録に残していいのか
要するに、ひとたび引退宣言をした選手の公式戦でのプレーにはさまざまな疑念がついて回るのだ。引退表明する選手の多くは力が落ちたから引退するのであり、その選手が引退表明後、公式戦に出場するのは、果たして適切なことなのか。
もうひとつ言えば、引退表明した選手が公式戦に出場すれば公式記録に永遠に数字が記録される。先に挙げた西武、岡田雅利の今季の公式記録には、2024年1打数1安打、打率1.000という数字が加算されるのだ。
プロ野球の公式記録は、1936年のリーグ戦開始以来88年にわたって、記録員が公式記録を録り続けてきた。膨大な記録は何度も整理されて「歴史の蓄積」としてデータベース化されている。
もし、ここに真剣勝負とは言えない数字が混入している可能性があるとすれば、記録を追いかけてきた筆者などは残念に感じるのだが。
■イチローの引退発表への違和感
実は引退表明を巡る疑念は、MLBにも存在する。
記録に新しいのは2019年3月21日、東京ドームでのメジャー開幕シリーズで引退を表明したシアトル・マリナーズのイチローだ。
すでに45歳になり、守備はともかく、打者としてはバットスピードは全メジャーリーガーで最低レベルに落ちていた。
開幕第2戦、菊池雄星のメジャーデビュー戦に9番右翼で先発出場し、4打数無安打に終わったのを最後として引退した。ただし、この試合でイチローの引退が球団から発表されたのは、試合が始まってからだ。試合開始時点でスタメンに名を連ねたイチローは、まだ引退表明していなかった。
筆者も球場でこの試合を見た。試合終了後、グラウンドを1周して観客の声に応えたのは感動的ではあったが、メジャーの公式戦をセレモニーにしたという印象はぬぐえなかった。
さらにMLBでは大選手がシーズン開幕前に「今シーズン限りで引退する」と表明して、シーズンに臨むケースがある。
2014年のヤンキース、デレク・ジーターや2016年、レッドソックスのデービッド・オルティーズなどがそうだ。2人ともに引退表明したシーズンをほぼフル出場し、オルティーズなどは打点王を獲得した。この2人は余力を残したうえで自ら引退を決めたのだ。実力がありながら自ら引退年限を決めたという点では今年の青木宣親に近いだろう。
■なぜ引退を表明した選手が公式戦に出るのか
ただMLBで引退表明をしたうえで、公式戦に出場する可能性があるのは、NPB以上にごく限られた選手だ。ジーターもオルティーズも野球殿堂入りした。イチローも殿堂入りが確実視されている(今年殿堂入り資格が生じる)。
そうではない大部分の選手は、契約年限が終わってFAとなり他球団からオファーがなければ自動的にリタイアすることになる。引退試合のような感傷的なイベントに出ることはできない。
常々筆者が思うのは、引退を表明した選手が公式戦に出る必要があるのか、ということだ。
今のプロ野球は、試合前にさまざまなイベントを行っている。引退する選手を主役にしたセレモニーをこうしたイベントとして組み込むことはできないのか。
そのセレモニーでは引退する選手は主役だ。長くライバル関係だった選手や、名勝負を演じた選手と1打席限りの勝負を演じれば、それでいいのではないか。
■スポーツとしての前提が成り立たない
もちろんそれは公式記録には残らないが、選手の功績をねぎらうにはそれで十分ではないのか。
「プロ野球はショービジネスなんだから」と言われそうだが、プロ野球がショービジネスとして成り立つのは「スポーツ、競技としての公平性、公正性が担保されている」のが前提だ。
情実で手心を加えているのではないか、という疑念が生じれば、スポーツとしての前提が成り立たなくなる。
大相撲では引退を表明した力士は以後、絶対に土俵に上がることはできない。相撲は命がけの真剣勝負であり、引退を表明して闘志を失ったものが上がる場所ではない、という考え方だ。
また八百長という言葉が大相撲由来の言葉であることからもわかるように、情実が混じった相撲は誤解を招きやすい。それを避ける意味でも大相撲は毅然としたルールを設けているのだ。
■NPBの回答は…
捕手が捕邪飛を捕らなかったプレーは、野球協約第18章 有害行為、第177条 (不正行為)に抵触しないか。筆者は、NPBに対して見解を聞いた。
NPB広報室は、「推測で書かれている記事の内容につきましては、お答えいたしかねます。」と回答した。
報道は「推測」だと断じた。率直に言えば、NPBもこうしたエスカレーションに困惑しているのではないかと思う。
メディアで今回のプレーを賛美しているのは、管見の限りでは、デイリースポーツと東京スポーツだけのようだ。他のメディアは事実関係を伝えはするが、故意落球まがいの行為を賛美してはいない。判断が難しい、微妙なプレーだと認識しているのではないか。
プロ野球関係者、アマチュア野球指導者、ライター仲間などに話を聞くと「あれは特別」と話す人がいた一方で「ちょっとやりすぎだよね」「子供に説明できない」という声もあった。
本来、スポーツとは明確なルールによって仕切られる白黒はっきりした世界のはずだ。そこにグレーゾーンを混入させるのは、良いこととは思えない。
引退する選手への「敬意の表し方」については、もっと深く考えるべきではないだろうか。
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スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
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