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ディズニー式「ファストパス」が飲食店にも…2000円のラーメンを「待ち時間ゼロ」で食べるために390円払う是非

プレジデントオンライン / 2024年10月4日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ablokhin

一部の人気飲食店が行列に並ばずに食事を楽しめる有料の「ファストパス」の導入を始めている。フードサービスジャーナリストの千葉哲幸さんは「かつては行列に並ぶことは『体験価値』だった。今は『タイパ』が重視され、お金を払って解決したいというニーズが一定数ある」という――。

■「話題のお店の行列に並ぶこと」はレジャーだった

「行列ができる」とは、繁盛の状態を示すバロメータである。

2011年9月、新橋に「俺のイタリアン」がオープンしてたちまち行列ができた。16坪という狭い店で、「立って食べる」というマイナスの条件がありながら、「星付きレストランの料理を2分の1の価格で食べられる」ということから、「それが面白い」とお客は3時間の行列に並ぶことをいとわなかった。

この当時、話題の店で食事をすることがレジャーであり、行列に並ぶことはその一環として受け止められていた。この店はピーク時月商1910万円を売り上げた。

「行列ができる」という客観的な捉え方に対して、主観的な表現は「行列に並ぶ」である。人はなぜ「行列に並ぶ」のか。それは、俺のイタリアンのように3時間並んでも「楽しい(と思われる)新しい体験」をしたいからだ。これが近年では「体験価値」という言葉で収まっている。

■有料予約サービスの台頭

一方で、今年に入り飲食業界では「ファストパス」という有料予約サービスが広がってきている。これは、お客が事前に行列のできる飲食店に入店したい日時の予約制のチケット(ファストパス)を手数料を支払って購入することで、その日時に店を訪ねると、「行列に並ぶ」ことなく入店できるというサービスである。

「ファストパス」を展開する「TableCheck」(東京都中央区)は、ゲスト向け空席検索や予約ポータルサイト、飲食店向け予約・顧客管理システムを提供しており、2024年2月に「ファストパス」のシステムを提供し始めた。

■インバウンドからの「行列に並ぶ時間が無駄」

同社が「ファストパス」の需要を感じ取ったのは2016年ごろのことであった。同社の予約サービスのユーザーである人気ラーメン店から「中国からのインバウンドのお客様がたくさん行列に並ぶようになった」という声が増えてきたのだ。

これらの中に次のような事例があった。

「行列に並んでいるインバウンドのお客様が『せっかく日本に観光でやってきているのに、1時間2時間と行列に並んでいるのは時間の無駄だ』と。そこで『お金を払っていいから、行列をスキップしたい』という」

訪日客を中心に「行列に並びたくない」という需要が高まり始めたのだ。

このような声を受け、あるラーメン店では、店内の一部の席を「予約席」にして、客単価1000円前後のところ、行列に並ぶことなく予約席に案内する「予約プラン」を3000円で販売。食事に加え、自宅で店のラーメンの味が楽しめる「お土産」まで付けて対応した。

■他業界でも「行列スキップ」サービスは定着

飲食店に限らず、日本の消費者を取り巻く商慣習にダイナミックプライシングが浸透するようになった。航空機やホテルでも、空席・空室の割合に応じて料金が変動する料金設定が盛んに行われて、定着していった。東京ディズニーリゾートでは「プライオリティパス」、ユニバーサルスタジオでは「よやくのり」といった、乗車時間を指定予約することで「行列に並ぶ」ことなくアトラクションを楽しむことができるサービスが定着するようになった。

2020年からのコロナ禍は飲食業界にも大打撃を与え、ファストパスの構想は一時見送られたが、コロナショックが明け、インバウンドが復活したタイミングでサービスをローンチ。2024年7月末段階でこのサービスを行っているのは42店舗で、2月からの「ファストパス」の利用者は累計で6万人超となっている。

一体なぜ「行列に並ぶ」という体験価値は失われたのか。

■行列に並ぶと、別の体験の可能性を失う

冒頭で述べた「俺のイタリアン」の行列体験を思い返すと、当時は「行列に並ぶ」こともレジャーであったが、今日は「タイパ」の時代である。

週末の午後は貴重な時間である。あれやこれやと、いろいろなことを楽しみたい。一度は行ってみたい話題のラーメン店で食事をすることがプラス390円で可能になり、その後に見ておきたい映画の鑑賞をしたり、買い物をするという具合に、計画的に行動することができる。

今日、行列に並ぶということはもう一つの可能性を失うことであることを、多くの人が認識をしている。ファストパスは、このような消費者の今日的な価値観によって歓迎されているのであろう。

■飲食店から見た有料ファストパスのメリット

現状「ファストパス」の手数料は390円から500円が主流である。現状最も高い金額は2000円だという。

TableCheck広報の望月実香子さんによると、予約を有料化することは、店側に「お金」の面以外にもメリットがあるという。それは、概ね以下のようになる。

まず、優先案内の手数料を設定することで、店は商品価格以上の収益を上げることができる。食材や人件費の高騰が利益を圧迫していながら値上げが難しい昨今、この手数料は店にとって貴重な収入源になる。これによって、純利益が上乗せされ、より良い食材を使用したり、従業員の待遇改善につなげたりすることができる。

次に、飲食店は、予約した客が現れない「ノーショー」の被害を回避できる。整理券制にしてもゲストがその指定した時間に来ないということもある。ファストパスでは事前にクレジットカード情報を入力してもらうため、キャンセル料の請求が可能となり、予約客が現れないことによる損失を考えなくてよい。

■導入できる飲食店、できない飲食店

筆者も実際に東京都渋谷区のラーメン店「Japanese Soba Noodle蔦」のファストパスを購入してみた。

氏名や携帯電話番号、Eメールアドレスに加えて、予約手数料の390円を引き落とすためのクレジットカード番号を入力するだけで簡単に予約できた。

「ファストパス」の予約手続き画面
筆者撮影
「ファストパス」の予約手続き画面 - 筆者撮影

7月の土曜日の13時に予約した。ファストパスを導入する前は、行列ができていたのだろうが、この時間通りに店に伺ったところ、行列はなかった。しかしながら、店内は満席であった。インバウンド7割といった印象だ。店内滞在時間が30分という制限はあったが、「行列がなくても店内は淡々と満席状態が続く」という仕組みがファストパスなのであろう。

「Japanese Soba Noodle蔦」のラーメンの価格は2000円から。ラーメンレストランとしてのこだわりが徹底されている
筆者撮影
「Japanese Soba Noodle蔦」のラーメンの価格は2000円から。ラーメンレストランとしてのこだわりが徹底されている - 筆者撮影

ファストパスの浸透は、これまで「曖昧」だった店とお客との関係性を「潔いもの」にする契機になるのではないか。

これまでの飲食業は「キャンセルポリシー」を打ち出すことに弱腰だった。そのため、急なキャンセルにも泣き寝入りすることが多かった。

一方で、すべての飲食店が導入できるかというと、そうではないだろう。

「ファストパス」の前に、マクドナルドやスターバックスといったファストフードの世界ではオーダリングに「モバイルオーダー」が定着してきている。果たして、ファストフードに「ファストパス」は必要とされるか、というとそれはまず、商品の単価が低いことから相容れないことであろう。筆者が行った「蔦」はラーメン1杯の価格が2000円の高級ラーメン店である。

また、コロナ禍に浸透したデリバリーはオーダリングの一つとして定着している。

■飲食店もお客もハッピーになるシステム

この「ファストパス」は、飲食店のオーダリングの多様化を一層推し進めている。それは「行列必須の店で、行列に並ばなくてもすぐに食事ができる」というお客の「体験価値」を満たし、それがこのサービスを提供している飲食店の収益アップにつながるということだ。

これを「体験価値の充足」と捉えると、「憧れの体験」をお金で解決するという概念に行き当たる。

筆者は昨年の夏、隅田川の花火大会を屋形船で楽しんだ。会費は1人6万円。普通であれば行列の中でもまれて、トイレの場所も非常に気になるものだ。しかしながら、この屋形船はお刺し身・天ぷらのコースメニューで、さらに花火は屋形船の屋上でゆったりと楽しむことができた。このサービスは極端な例ではあるが、まさしく「体験価値の充足」であり「タイパ」である。

このような観点に立つと、飲食店も夜景が美しいとか、ライブのバンドに近いとか、「体験価値の充足」や「タイパ」をかなえるためのサービスがこれから現れてくることも予想される。

飲食で進むDXが、飲食業とお客との関係性をますますハッピーなものに変えていく。

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千葉 哲幸(ちば・てつゆき)
フードサービスジャーナリスト
1958年生まれ。青森県出身。早稲田大学教育学部卒業。経営専門誌である柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌両方の編集長を歴任。2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

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(フードサービスジャーナリスト 千葉 哲幸)

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