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国勢調査で「大正時代からのやり方」を放置している始末…日本で「統計不正」が繰り返される本当の理由

プレジデントオンライン / 2024年10月1日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pigphoto

■国勢調査で「聞き取り」の手順を省略

またしても国の「統計」を巡る不正が明らかになった。今度は、「国の最も重要な統計」とされる「国勢調査」。5年に1度、全世帯を対象に「全数調査」され、日本の「人口」が確定するなど、その他の統計の基盤になる。

「国勢調査『聞き取り』怠る 大都市4割、統計法違反の疑い」と日本経済新聞が9月17日付け朝刊1面トップで報じたもので、国勢調査の信頼が失われることになり、「あらゆる政策の土台が揺らぎかねない」としている。

いったいどんな問題があったのか。国勢調査は全世帯に調査票が配布され、郵送やインターネットなどで回答を集めている。回収できない世帯については担当の調査員が訪問して督促することになっている。今回問題になったのは、それでも回答が得られない場合の対応。ルールでは、回答が得られない場合には調査員が周辺住民らに聞き取り、家族構成や職業の有無などの情報を調べて代理で記入することになっている。「聞き取り」でも確認できない場合は、役所の「住民基本台帳」などのデータを転載して調査を終えるのだが、多くの自治体でこの「周辺住民らへの聞き取り」の手順を省略していることが判明したというのだ。

■「聞き取り」対象の比率が急上昇している

日本経済新聞の調査では、対象の東京23区と政令市20市の43自治体うち、19の自治体で「聞き取り」を省いていたことが明らかになった。問題は、住民基本台帳が必ずしも正確とは言えない点。引っ越しても住民票を移さない人が少なくないためで、日経が示した例では福岡市の2020年10月の人口は、国勢調査では161万2000人なのに対して、住民基本台帳では156万1000人と5万人以上の違いがあったとしている。だからこそ、「聞き取り」が重要だとしているのだが、そもそも国勢調査の正確さを期すために「聞き取り」という手法に依存していることにも問題がありそうだ。

実は、国勢調査の「全数調査」という建前が危機に直面している。「聞き取り」が行われるということは、そもそも回答が得られていないということを示すが、その「聞き取り」の比率が急増しているのだ。1995年調査では0.5%だったものが、直近の2020年調査では16.3%に大きく増えている。当然、周辺住民からの「聞き取り」では国籍なども分からないケースが多く、調査票には「不詳」と書かれる項目が増えることになる。

■「聞き取り」をしても情報はほとんど得られない

国勢調査は1920年(大正9年)に始められ、ほぼ5年に1回実施されてきた。すでに100年の歴史を持つ。戸籍が作られたのは1871年(明治4年)だったが、最初の国勢調査で分かった日本の人口より、戸籍に記載されていた人口の方がはるかに多く、すでに死亡している人などが戸籍に残っていることが判明した。つまり、国勢調査は始まった段階から、戸籍など住民登録との数の違いに直面したわけだ。つまり、人口といった「国のかたち」を知る基本情報ですら、実は正確に把握するのは難しいのだ。

そこで取られてきたのが「聞き取り」だった。「町内会」などの顔役が調査員になれば、その地域の住民のことはだいたい分かる。「お隣さん」に聞けば、今失業中か働きに出ているかなども知っている。そんな地域のコミュニティが機能していた時代には、「聞き取り」という手法は有効だったに違いない。

だが、時代は大きく変わっている。都市部のマンション住民など、隣に住んでいる人の職業はおろか、家族構成すら知らない、顔も見たことがないケースが増えている。町内会はあっても入っていない人も増えているから、「聞き取り」しても情報はほとんど得られない。自治体が「聞き取り」の手順を省いているのも、無理もないことだと言えなくもない。

東京を一望
写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

■「不詳」が大きく増えることになる現実

仮に「聞き取り」を実施しても隣人ですら、ほとんど詳しいことを知らないので、空欄になる「不詳」が大きく増える。家族の誰が就業しているのかを示す「労働力状態」という項目では、東京都港区の場合、「不詳」率が4割近くにのぼるという報道もある。

国勢調査の数字が「不正確」になると、他の様々な統計データに齟齬が出る。例えば、未婚率を計算する場合、「配偶関係不詳」となった数字を除いて計算した場合、実態と食い違う可能性がある。回答する人に結婚している人が多い場合、「不詳」を単純に除いて計算すると未婚率が実態よりも低くなるわけだ。

こうした実態と統計のズレを補正するために、国は「不詳補完値」という数値の公表を始めた。不詳を単に除くのではなく、統計学的手法を用いて推計値を加えることで、より実態に近づけようという配慮だ。

■国勢調査の「不完全さ」は他の統計に影響する

この「不詳補完値」の公表は国勢調査の2020年調査から徐々に始まっている。実際、人口統計で示される「生涯未婚率」は、2015年の調査にも遡って計算されたが、不詳を除く従来の計算の場合、「男23.4%、女14.1%」だったものが「男24.8%、女14.9%」になった。それほど、国勢調査の「不完全さ」が、他の統計に影響を及ぼし始めているのだ。

政府ではここ10年ほど、「EBPM(証拠に基づく政策決定)」の重要性が議論されている。2017年には政府の「統計改革推進会議」が設置され、政府の方針を示す「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」でも毎年のようにEBPMの重要性が強調されている。こうした議論の背景には、繰り返される統計不正がある。

■「統計軽視」とも言える霞が関の風土

2019年には厚生労働省の毎月勤労統計調査での不正が発覚して大問題になった。本来は従業員500人以上の事業所すべてを対象に調査するルールだったものを、東京都では約3分の1の企業を抽出する手法で調査し、統計的な補正作業なども行っていなかったというものだった。2004年から長期にわたって不正が行われていたが、会議などでも「全数調査を行っている」というウソの報告をするなど隠蔽が続けられた。

厚生労働省と環境省が入る、中央合同庁舎第5号館
写真=iStock.com/SakuraIkkyo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SakuraIkkyo

実は、この調査結果をもとに計算されて、雇用保険や労災保険の金額が決まっていた。毎月勤労統計の調査方法の不正によって数字が変わることで、のべ2000万人の過少給付も発覚。大問題になったのだ。

2022年にも国土交通省の統計不正が発覚した。「建設工事受注動態統計調査」で杜撰な調査を行い、二重計上になっていたことなどが明らかになった。この統計は国の「基幹統計」の1つで、この不正によってGDP(国内総生産)の数値などにも影響を与えた。

こうした不正が相次ぐのは、「統計軽視」とも言える霞が関の風土がある。エビデンス(証拠)としての統計数値に基づいて必要な政策を考えるのではなく、自分たちがやりたい政策、あるいは政治家から求められる政策を実施するのに都合の良い数字だけをつまみ食いする。つまり統計が何よりも大事、という風土が霞が関にはないのだ。

■政治の圧力で数字を動かした「疑惑」

実は毎月勤労統計の不正に絡んで、調査方法の変更について別の「疑惑」も浮上した。調査では、調査対象の入れ替えを行っていたが、2014年調査の入れ替えの結果、現金給与総額の伸びが軒並み下方修正された。当時、安倍晋三内閣が「賃上げによる経済好循環」を掲げていたが、伸び率のマイナスが表面化したことに、総理大臣秘書官から「問題意識」が厚生労働省に伝えられ、2018年の調査から入れ替え対象を変更。この結果、賃金の伸び率がプラスになったのだ。

政権が都合の良い数字を出すために調査方法を変えたのではないか、という疑惑が指摘されたが、藪の中のまま終わっている。つまり、政治の圧力で、統計すら数字を動かせてしまう、ということなのだろう。

政府がEBPMをことさら口にするのは、エビデンスを重視する風土が霞ヶ関にそもそも欠けていることの裏返しでもある。当然、統計軽視の風潮では、統計に携わる人員を増やしたり、統計専門家を多く採用しようというムードは出てこない。人海戦術に頼っていた大正以来の「聞き取り」が、そのまま放置され、代替方法すら真剣に議論されてこなかったのも、そうした統計軽視の風潮が根底にある。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)

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