日本を抜いて「世界3位の経済大国」になったが…巨大銀行買収に"待った"をかけるドイツ・ショルツ政権の隘路
プレジデントオンライン / 2024年10月2日 7時15分
■長年続く金融業の不調を象徴する存在
経済規模、具体的には米ドル建て名目GDP(国内総生産)で日本を抜き去り、世界三位の経済大国になったドイツ。ドイツに学べというような意見がある一方で、ドイツの経済自体はかなり厳しい状況に置かれている。実際、ドイツの社会は閉塞感、内向き志向を強めている。旧東独における極右政党の台頭も、その流れに位置付けられる。
この頃話題となっているドイツのコメルツ銀行の買収劇においても、そうしたドイツの内向き志向がよく表れている。ドイツの3位の巨大銀行であるコメルツ銀行は、イタリア最大の銀行であるウニクレディトに、買収を持ちかけられている。しかしウニクレディトによる買収に、ドイツのオラフ・ショルツ政権がNOを突きつけたのである。
ドイツ経済は、長らく製造業が好調な一方で、金融業は不調だった。そして金融業の不調を象徴する存在が、ドイツ銀行とコメルツ銀行だった。コメルツ銀行は海外事業が不振を極めたことで経営不安が生じ、2009年にドイツ政府が公的資金を注入した。2019年にはドイツ銀行との合併話も浮上したが、結局は物別れに終わった。
それ以来、コメルツ銀行の買収先によく浮上したのが、ウニクレディトだった。ウニクレディトは近年、アジア事業の撤退や北米事業の合理化など海外事業の再編を進める一方、ヨーロッパ事業に注力している。また傘下には、ミュンヘンに本拠地を持つヒポ・フェラインス銀行(HVB)を有しており、既に同行を通じてドイツでビジネスを行っている。
財政の健全化に頭を悩ませるショルツ政権は、コメルツ銀行の株式をできるだけ好条件で売却したいところだ。一方で、巨大銀行であるため、買収に名乗りを上げる投資家はそういない。そう考えると、ドイツでビジネスを展開しているウニクレディトによるコメルツ銀行の買収は歓迎すべき事案のようだが、ショルツ政権はそれを拒絶する。
■リストラを回避したいショルツ政権の思惑
ショルツ政権がウニクレディトのコメルツ銀行買収にNOを突きつけた大きな理由の一つに、リストラへの懸念があるとされる。ウニクレディトは2005年にHVBを買収したが、その後リストラを行い、従業員が3分の1にまで減った。とはいえこの中には、事業再編で傘下の別会社に転籍した従業員なども含まれると考えられる。
いずれにせよコメルツ銀行を買収した場合、ウニクレディトはHVBも抱えているため、コメルツ銀行の従業員をある程度は整理するだろう。コメルツ銀行は世界中に約4万2000人の従業員を抱えているが、その大半はドイツだから、1万人規模でドイツ国内の雇用が整理される可能性も否定できない。これをショルツ政権は忌避しているようだ。
ショルツ首相を擁する与党の社会民主党(SPD)は中道左派の政党であり、労働者の権利確保を重視する。ライバル政党である中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)が政権を担っているならともかくとして、SPDが政権を担っている現時点においては、大企業による雇用整理を容認するわけにはいかないという立場であることは確かだろう。
おりしもドイツでは、自動車最大手のフォルクスワーゲン(VW)社が国内で工場を閉鎖し、雇用整理を行うことに対して、ドイツ最大の産業別労組であるIGメタルが数万人規模のデモを行う可能性を示唆するなど、労働界の反発が強まっている。そしてIGメタルに代表される労働界は、ショルツ首相擁するSPDの最大のスポンサーでもある。
ドイツは2025年9月28日に次期総選挙を控えている。主要政党の支持率調査(図表1)に鑑みればSPDの下野は確実な情勢であり、SPDは勝利ではなく、敗北を最小限にとどめるか、どう負けるかという観点から選挙戦に臨まなければならない状況にある。そうした中で、労組の支持まで失うわけにいかないというのがSPDの本音だろう。
■そもそも悪化しているドイツの雇用情勢
そもそもドイツの雇用情勢は悪化している。最新8月の失業率は6.0%と3カ月連続で横ばいだったが、この間に失業者は4万人近く増えている(図表2)。4~6月期の実質GDPは前期比0.1%減と再びマイナス成長となるなど、ドイツの景気はスタグフレーション(景気停滞と物価高進の併存)に苛まれるヨーロッパでも不調が際立つ。
このように雇用情勢が悪化している環境の下で、ウニクレディトのコメルツ銀行買収を容認すれば、ドイツ国民の感情を逆なでしかねない。ウニクレディトがコメルツ銀行を買収したところで、雇用整理が直ぐ行われるわけではないし、そもそも買収されなければ、コメルツ銀行の経営は立ち行かず、将来的に多くの雇用が失われる可能性は高い。
長期的に考えれば、コメルツ銀行は単独での存続は難しく、いずれ他の銀行によって買収される状況に陥っている。そして、買収後の雇用整理は必至である。それはショルツ首相やSPDも理解しているはずだが、一方でコメルツ銀行の問題を少なくとも総選挙までは先送りしたいという動機が強く働いていても、不思議ではない。
■内向き志向を強めるドイツ
EU域外の国、特にEUが警戒する中国の銀行がドイツのコメルツ銀行を買収するのなら、たしかに経済安全保障上の懸念が強まるだろう。しかしイタリアの銀行であるウニクレディトがコメルツ銀行を買収することは、市場占有率との兼ね合い以外、特に問題はないはずだ。イタリアもドイツもEUのコア国であり、敵対関係にはない。
そもそもEUは、域内でのヒト・モノ・カネの移動の自由を保障している。そのため本来なら、域内においては、国をまたぐクロスボーダーM&Aは奨励されるべき事案である。にもかかわらず、ショルツ政権がウニクレディトによるコメルツ銀行を拒絶する姿勢は、ドイツが内向き志向を強めていることを良く物語っているといえそうだ。
他方で、こうした問題がドイツだけに特有の事情かというと、そうともいえないというのが今のEUの実情ではないだろうか。仮にイタリアの大銀行がフランスの大銀行に買収されるような事案が発生した場合、イタリアの世論はやはり強く反発するだろうし、逆のケースが生じた場合は、フランスの世論が強く反発すると予想される。
日本製鉄によるUSスチールの買収が米大統領選でやり玉になっていることも同様だが、大企業同士のクロスボーダーM&Aは、政争の具になりやすい。そうした機運がドイツのみならず、単一市場であるEU全体にも広がっているように見受けられる。こうしたことからも、EUの制度疲労の深刻さが窺い知れるところである。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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