「90歳までにあと670回しか外食できない」弘兼憲史が77歳の今も新しいお店を開拓し続ける納得の理由
プレジデントオンライン / 2024年10月5日 18時15分
※本稿は、弘兼憲史著『迷わない生き方』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■「美味しそうにお酒を飲む人はいい人である」
ぼくは常日頃から、
美味しそうにお酒を飲む人はいい人である
美味しそうにご飯を食べる人はいい人である
と思っています。
幸せそうな顔をして飲んだり食べたりする人を見ていると、何だかこちらまで楽しい気分になってきます。
ぼくが誘った人であればなおさらです。
彼らがそのように心を解放して、自然に振る舞うことができるのは、その場に何も引きずってきていないからです。そんな人たちとは、これからも長く付き合っていきたいと思います。
■食事の席に“妙なこだわり”は持ち込まない
反対に、何を食べても何を飲んでも、表情ひとつ変えない人たちがいます。
美味しいと思っているのか、まずいと思っているのかもわかりません。何か考えごとでもしているのでしょうか? もともとの性格なのでしょうか?
食事の席に“妙なこだわり”を持ち込む人も苦手です。
周りのことも気にせず、酒の銘柄や食材の産地などにまつわるうんちく、食べ方・飲み方の作法などの知識を一方的に披露して、一人悦(えつ)に入(い)る。
一通り聞かされた頃には、こちらの酒までまずくなってしまいます。
■「食通」上司の意外な素顔
ぼくが松下電器(現パナソニック)のサラリーマンだった頃、社内で食通、酒通といわれていた渋い上司がいました。
知る人ぞ知る隠れた名店を何軒も知っていて、そんなお店を夜な夜な飲み歩いているという噂の上司です。
ある夜、駅の近くで、その上司とばったり会ったのです。
上司はすでにどこかで飲んできた様子でしたが、ぼくを見つけるなり「一杯行こう」と誘ってくれました。ぼくはその上司に憧れを抱いていたので「どんなステキなお店に連れて行ってもらえるんだろう」と内心ワクワクです。
ところが、上司が向かったのは、その場からいちばん近いごく普通の居酒屋。サラリーマンでごった返す、どこにでもあるような大衆居酒場でした。
■「こだわり」に囚われない
上司は店に入るなりコップ酒を頼み、実に美味しそうに飲み始めます。
これまでにさまざまな一流店に通い、酒に関しても一家言を持っているはずなのに、そんな知識やこだわりはいっさい口にせず、店の雰囲気に溶け込みながら、ただ美味しそうに酒を飲む。その姿があまりにも自然体で、感激したことを覚えています。
その夜の酒席が楽しかったことは言うまでもありません。
酒や料理にこだわりを持つのは、決して悪いことではありません。産地特有の味わいや楽しみ方を把握しているのは、むしろ素晴らしいことです。
もちろん、ぼくにだってこだわりはあります。
ですが、そんなことに一切こだわらない夜があってもいい。
■その「こだわり」が場をしらけさせてはいないか
先ほどの上司の話でいえば、大衆的な居酒屋に入れば、その空間にすっかり溶け込んで気楽な時間を作り出そうとする。その場のルールに合わせて、肩ひじ張らずに自然体で楽しむ。
そこに自分だけの妙なこだわりを持ち込んでも、場がシラけるだけです。
こだわりを持ちながら、こだわらない。これは食や酒の話だけでなく、あらゆることに当てはまるのではないか、と思っています。
■お酒に弱くなった「中年」は要注意
ところで、40歳を超えると、一般的にめっきりお酒に弱くなります。
酒量が減る、翌日にお酒が残るといった変化も表れますが、なによりも酔いが回るのが早くなります。
これまでのペースで飲み続けていると、酒席の後半の記憶が曖昧(あいまい)になっていることもしばしば。その後、どうやって家まで帰ったのか、さっぱり思い出せないなんて日もありました。
いくら飲んでも頭が回った20代の頃には考えられなかった現象が次々と起こるのが「中年」のお酒事情。
■年齢とともに増加しがちな酒席のトラブル
そうなると、お酒にまつわるトラブルも、必然的に増えてくるようです。
電車で寝過ごしてしまう、道端で寝てしまう、携帯や財布を失くしてしまう、転んで怪我をしてしまう……。
自分一人に降りかかる災難であればまだいいですが、それが他人を巻き込んだものになってしまった場合は大問題。
まして、職場の上司や取引先などが参加する飲み会の場であれば……のちのち面倒なことにも発展しかねません。
■酔ったときの会話はその場限り
お酒の席のトラブルでよく起こるのが「言った」「言わない」の水掛け論争です。
たとえば、ある上司が酔った勢いで、部下に何かを約束したとします。部下はその約束を真に受けて喜びます。しかし、翌日になると上司は、約束をしたことすら覚えていません。
部下が必死に約束の内容を訴えたところで、そもそも記憶にない上司は、約束を果たそうとはしません。やがて部下は約束を反故(ほご)にされたことへの怒りから、上司を見限る……。
このように、お酒の席での何気ない会話が、人間関係をいとも簡単に壊してしまうことがあります。
そうならないためにも、覚えておいてほしいのが、
酔ったときの会話はその場限り
という鉄則です。
■美味しいお酒を飲むコツ
飲みの席で話したことなんて、所詮(しょせん)はその場限り。
そう割り切っておけば、変な誤解も勘違いも起こりません。「また始まったよ」くらいの気持ちでドンと構えておけば、そのやりとりすらも毎回の楽しみに変わります。
この前提が共有されている飲み会は、参加者の誰もが勝手気ままに会話を交わす、楽しいひとときになるでしょう。
もちろん、「お酒の席での約束こそ大事」という考え方があることも認めますが、そんなことに囚われていたら美味しいお酒が飲めなくなってしまいます。
飲み会の翌日に、「ああ言っていたけど本当?」などと、いちいち前夜の話題について問い詰められたらたまったものではありません。
■「馴染みの店」より「新しい店」
お酒といえば、あなたは馴染(なじ)みの店を持っていますか? 馴染みの一軒を持って、“大人”といえる――なんて考えもあるようですが、果たしてそうでしょうか?
常連になると「幻の名酒が入りました。近いうちに、ぜひ」とか、「今日はいい○○が入りましたよ」なんて連絡が店から届くようになります。
店主から「いつものでいいですか?」「お好きな○○が入ってますよ」「今日は特別に○○をお出しすることができますよ」なんて声をかけられ、いい気分になる人もいるでしょう。
でも、常連の店にしばらく行けなくなると、「そろそろ行かないとなあ」というプレッシャーを感じるようになり、久しぶりに訪れれば「お久しぶりです」とか「お見えにならないから心配していました」なんて言われたりします。
こうした関係が、正直、「面倒くさい」とも思ってしまうのです。
……という理由から、ぼくは同じ店にはあまり行きません。
なにより、東京には次から次へと新しい店ができるので、ぼくも次々と初めての店のドアを開けたくなる。その興味が尽きないのです。
■好奇心が新しい店へといざなう
いつもの店で、いつもの仲間で、いつもの酒を飲む。それはそれで楽しいでしょうが、新しいことを学ぶ機会は著(いちじる)しく少ない。
新しい店に入れば、それだけで違う世界が開けます。同じ名前の付いた料理でも、「この店はこうきたか」「なるほど、この盛り付けは見事だ」などと新鮮な驚きを感じながら料理を楽しむことができるのです。
こんな料理を作るのはどんな板前さんだろう?
女将はこの店のオーナーだろうか?
この見事な皿は萩焼(はぎや)きに違いない――。
新しい店への興味は尽きません。そんな好奇心が新しい出会いを生み、意外なつながりを見つけるかもしれない。
■人生であと何回外食ができるか?
料理や酒はもちろん、店構えや調度品、板前さんに女将さん……初めて入った店は、五感すべてに刺激を与えてくれます。
ぼくは仕事柄、高級レストランや寿司店で食事をする機会が少なくないのですが、街の定食屋さんや、のんべい横丁みたいな大衆店も好きです。
高級店は肩がこる、大衆店にうまいものはない、などの偏見はいっさいありません。心から、両方楽しまなきゃもったいないと思っています。
外食を週に一度と仮定して単純計算すると、100歳まで生きたとしてもあと1190回ほど。90歳までなら、あと670回ほどしか外食できません。
そう考えると、同じ店にばかり通っていたらもったいない。新しい扉をぜひ、開いてみてみませんか。
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漫画家
1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)に入社。74年に漫画家デビュー。作品に『人間交差点』『課長 島耕作』『黄昏流星群』など。島耕作シリーズは「モーニング」にて現在『会長 島耕作』として連載中。2007年紫綬褒章を受章。
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(漫画家 弘兼 憲史)
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