朝ドラのモデル三淵嘉子は「女性の味方」になる気はなかった…生前に「今の女性は甘えている」と漏らしたワケ
プレジデントオンライン / 2024年9月28日 8時15分
■ドラマの寅子は最終回で「私は特別じゃない」と言い返した
寅子「はて? いつだって私のような女はごまんといますよ。ただ時代がそれを許さず、特別にしただけです」
(NHK連続テレビ小説「虎に翼」9月27日放送より)
これまでになく攻めた内容の朝ドラだと評判になった連続テレビ小説「虎に翼」(NHK)。9月27日で完結したが、その最終回でも、裁判官の寅子が、最高裁長官だった桂場(松山ケンイチ)と上記のように議論を交わした。
このセリフに象徴されるように、寅子は、女性が10代で結婚し家庭に入るものとされていた戦前の時代から、「女性だから」と選択肢を限定されたり能力を低く見られたりすることに「はて?」と疑問を突きつけてきた。
そして、まだ女性では前例がない高等試験司法科への合格や弁護士資格を取ること、見合い結婚をしないことなどを実現してきた。同時に、男装の弁護士・よね(土居志央梨)をはじめとする法学部時代の同級生たちと連帯し、桂場が「私は今でもご婦人が法律を学ぶことも職にすることも反対だ」言ったような差別には、たとえ女性を思いやったゆえの発言だとしても「ノー」を突きつけてきた。
女性の貧困、進学や職業での女子禁制、結婚で夫の姓になることを要求されること、父親から娘への暴力など、女性が体験するあらゆる差別の問題を盛り込んだとも言える展開に、女性視聴者からは拍手が送られる一方、一部からは「テーマを詰め込みすぎだ」「フェミニズムのイデオロギーが前面に出過ぎている」という意見も出た。
■キャリア女性の先駆者であった三淵嘉子さんはフェミニスト?
それでは寅子のヒロインのモデル・三淵嘉子さんはどうだったのか? フェミニストであったかどうかと調べてみると、答えはイエスでありノーでもある。
もちろん女性初の弁護士、判事、裁判所長というキャリア自体は、女性の社会進出の先駆けとなり、嘉子さんはそういうシンボル的存在であった。
退官直前には日本婦人法律家協会会長となり、後進の女性裁判官、女性弁護士を導いてもきた。
しかし、嘉子さん本人が「私はフェミニストだ」と宣言したことはなかったようだ。
1984年に亡くなり、その後編まれた追悼文集『追想のひと三淵嘉子』(三淵嘉子さん追想文集刊行会)を読むと、嘉子さん本人の発言からも、元上司や同僚からの証言でも、三淵さんがフェミニストと呼ばれることには積極的でなかった様子がうかがえる。
■「弁護士を志したのは弱い女性のため」と決めつけられ反発
共著『女性法律家』(有斐閣)に収録した「私の歩んだ裁判官の道――女性法曹の先達として――」という原稿では、戦前はいかに女性が差別されていたか、歴史的背景や教育システムから紐解きながら簡潔に説明している。
「完全な男性社会であったから、女性は常に被支配者」「女性が社会的・法律的に差別されている不合理」という言葉には差別された側の女性としての実感もありつつ、自分を超えたマクロな目線で当時の社会を分析している。
しかし、24歳のとき、女性で初めて司法科試験に合格し(同時に女性3人が合格)、マスコミに報道された際は、集まってきた新聞記者から「弁護士を志したのは、か弱き女性の味方になろうとしたのだろう」とやっきになって質問された。つまり、女性のための女性専門弁護士だと決めつけられるのに当惑したという。
女性が不当に差別されている現状はあるが、女性も男性も同じ人間。「むしろ女性だからという甘えや口実の方が私には許せないことだった」とも書いている。
■「女だからといって特別扱いはしません」と言われて喜んだ
戦後、裁判官を志して司法省に務め、東京地方裁判所に裁判官として配属されたときには、周囲の男性が女性判事をどう扱っていいのかわからず戸惑う中、「(裁判で扱うケースが)どんなに残酷な殺しの場面でも、またしゅう恥心を覚えるようなセックスの光景でも一旦職務となれば感情を乗り越えて事実を把握しなければ一人前の裁判官ではない」と覚悟を決めていた。
そして、配属先の東京地裁で上司になった近藤完爾(かんじ)裁判長から「あなたが女だからといって特別扱いはしませんよ」と言われ、かえって尊敬できると思った。その近藤裁判長は嘉子さんの追悼文集『追想のひと三淵嘉子』でこう書いている。
「(三淵さんが単独で任された事件では)お手並み拝見的ないわれのない偏見に遭遇したこともあるらしいが、三淵さんがそれを歯牙にもかけず、常に毅然としておられた」
「初期の頃、若い男女の愛情のもつれから起った事件の合議があった。三淵さんの発言には女性ならではの指摘がある一方で、女性なるが故にかばうようなところは少しもなく、むしろ女性に厳しい批判的な意見も述べておられた。真の平等とは女性が甘えず、甘やかされないところにある、と考えておられたからであろう
■「男性の裁判長の方が私よりフェミニスト」と茶化したことも
嘉子さんは、後にインタビューに答え「(近藤)裁判長のほうが私よりフェミニストです」と言ったという。近藤さんは「事件のことと考え合わせて、私のほうがまだ性別へのこだわりを捨て切れずにいるのかと自省させられた」と綴っている。
そんなふうに嘉子さんは、男性には女性を甘やかさないでほしいと求めたし、後進の女性には男性同様、仕事をするようにと厳しく接した。
昭和40年代に司法修習生だった藤田紀子さんは裁判官を志し、再婚後の嘉子さんを訪問して、裁判所ではなかなか女性が採用されない、採用されても転勤があって結婚との両立がしにくいという話について、質問してみたという。
■裁判官志望の司法修習生に「転勤を嫌がるな」と助言
男性並みに働くなら転勤もやむをえないという、当時のキャリアウーマンらしい考えをもっていたようだ。女性の先頭に立って男性と同等に仕事する権利を獲得してきた嘉子さんは、武藤嘉子としてインテリで開明的な父母の元で育ち、頭脳明晰で、勉強もすこぶるできたゆえに日本最高峰の女学校を出て、弁護士になりたいと言っても応援され、自分が女性だからと差別されたことがなかったので、男女平等は当たり前と思っていた。
■若い女性たちの「三食昼寝付き」という甘い結婚観も批判
亡くなる1年前には「二十一世紀への私の遺言状」という記事を発表している。嘉子さんの考えがよくわかる文章なので、長めに引用させていただきたい。
「今、お母さん方は非常に迷っていますね。結婚に夢を持って妻となり母となった。ところが人間として自立すべきだと言われ、また専業主婦の生活では何か満たされないので、社会参加をしたいという。そうなると家事や育児が価値の低いものに見えてくる。しかし、どうして社会参加していいか分からない。
女性が結婚して、母親になっても、男性と同じように自立するには、自分一人だけの努力だけでは無理です。社会的施設は勿論ですが、まず夫の理解、協力がなければできません。
(中略)
私ははじめから夫(三淵乾太郎さん)と同じ職業をもっていましたが、家にいれば、家事は私がします。裁判官を退官して家庭にいることが多くなりましたが、息子は『おふくろさんが家庭に入ってオヤジにサービスして上げるのはいいけれど、あまりそればっかりやっていると、おふくろがヒステリーを起こして、そのためにオヤジが不幸になるから適当にやってね……』と言います。
家庭の専業主婦は、大変な忍耐を要する仕事ですね。これ程人間が生きる上に大切な仕事はないのに、建設的な満足感が乏しい。全く奉仕的な仕事なのに奉仕の充実感も得られない。それなのに若い人たちは結婚にあこがれる。人を愛することから始まる結婚にあこがれるのは分かるけれど、三食昼寝付の安易な結婚の形にあこがれるのは、どうなのでしょう。
たとえ経済的に豊かであっても、生ぬるい愛情につつまれていても、何か自分の生きる目標がなければ『人間として生きる標(しるし)あり』ということがなければ、結婚生活なんて些細なことで崩れてしまいます。自分のためでなく周囲の人のため、社会のために自分に負わされた責任を果たす。どんなに辛くても、そのとき人は生きていて良かったと思うのではないでしょうか」
(初出『世論時報』昭和58年6月号)
■嘉子さんは性別を超え、社会貢献をしたいと高い目標を持っていた
本来はそういった意味ではないのだが、「女性の権利ばかりを主張する」というイメージで捉えられがちなフェミニストと呼ばれることを避けてきた嘉子さんの、非常に現実的で、かつ意識の高い考え方が述べられている。
この記事から35年あまり経った今読むと、「転勤もして男並みに働いて、家では家事をしろと言われても、そんなに頑張れないよ」と感じる女性も多いだろう。
果たして三淵嘉子はフェミニストだったのかどうか。それは判断しにくいが、人間として社会貢献をしたいという目標を持って生きた女性の言葉には、背筋が伸びる思いがする。
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ライター
1995年、出版社に入社し、アイドル誌の編集部などで働く。フリーランスになってからも別名で芸能人のインタビューを多数手がけ、アイドル・俳優の写真集なども担当している。「リアルサウンド映画部」などに寄稿。
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(ライター 村瀬 まりも)
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