「努力して成功した人」ほど不幸そうな顔をしている…「MARCH卒、税理士、優しい夫」を得た女性はなぜ心を病んだのか
プレジデントオンライン / 2024年10月4日 9時15分
■「一流キャリアウーマン」がカウンセリングに訪れた理由
「高校時代の友人たちは、昔からの夢を実現させてすごいね、と言ってくれます。でも、私はこんな自分では全然ダメだと思ってしまうんです」
私のカウンセリングルームには、キャリアで成功をおさめた女性のクライアントさんも多く訪れます。その中でも30代のAさんのことをよく覚えているのは、明るく自信にあふれた表情からは抱えている悩みを想像できなかったからです。
服装も洗練されていて「カッコいい」という表現が似合うAさんは、高校時代から税理士を目指してきました。大学も多くの卒業生が税理士として活躍している大学を選択。在学中から税理士試験を受け始め、いくつかの科目に合格。卒業後は大手税理士事務所に入所しました。
私が思わず「すごい。がんばられたんですね」と言うと、Aさんは「そんなことないです。私と同じMARCH出身の税理士は多いですが、早稲田、慶應出身の人もいます。それに税理士試験にもっと早く合格できる人もいますから」と言われてしまいました。
■一瞬で「ネガティブ思考の連鎖」を中断させる方法
そんな彼女がまず、カウンセリングで訴えたのは、「常に不安でしかたない」ということ。いつも仕事のことが頭から離れない上に「特に業務でうまく対応できないことがあった日などは、さらに悪いほうに考えて止まらなくなってしまうんです」と打ち明けてくれました。眠れない日が増えて体調も悪いことから、もっと自信に満ちた人でありたい、元気を取り戻したいということでした。
このようにネガティブなことを考えると止まらなくなってしまう状態を心理学では「ぐるぐる思考」「反芻(はんすう)思考」とよびます。彼女はこの思考について書いた私の記事を読み、相談したいと思ってくれたそうです。
ぐるぐる思考は誰にでも起こりうるものですが、放置してしまうとネガティブな心理状態から抜け出せなくなってしまいます。実は「考えないようにする」のは逆効果で、別のことを考える、他のことに集中するなど、意識を逸らすのがベスト。最も簡単なのは、この思考に陥っている自分に気づいたら「パン!」と大きな音を立てて手を叩き、「ストップ」と叫ぶ方法です。大きな音にハッとすることで思考を中断させることができます。
■夫との関係も良好なのに「ダメな妻だ」と落ちこんでしまう
税理士事務所で着実にキャリアアップしてきたAさんですが、自分の仕事のせいで夫にはずいぶん迷惑をかけている、とも話してくれました。
話を聞くと、会社員の夫との夫婦仲はとてもよさそうです。でも、Aさんの帰宅が遅く、夕飯を1人で食べてもらうことも多いので申し訳ないと言います。「私は料理もうまくないですし、妻としてもダメなことばかりなんです」と言うので、「ご主人から不満を言われたりするのですか?」と聞くと、「それはないです。いつもワンパターンなメニューでごめんね、と言うと、そんなことないよ、おいしいと言ってくれるのですが、本心は我慢していると思うんですよね」とのこと。
常に申し訳ないという気持ちがあることから、夫にはこれ以上甘えられないと言います。
おふたりの間にお子さんはいません。
「いずれ子どもは欲しいのですが、せっかく今の役職についたばかりなので、仕事を休むのは不安が大きいんです。それに料理をする時間も足りないぐらいなのに、子育てなんでできると思えないというのが本音です」
子どものことについては、夫とじっくり話すことをなんとなく避けている、と言います。
「友人夫婦に子どもが生まれると、その写真を見てかわいいねと言っています。本当は私に仕事をやめてほしいのではないでしょうか……」
■ネガティブを生み出す「思考の癖」10パターン
1つの出来事があった時、その受け止め方は人によって異なります。しかし、人によっては過剰に不安になったり、ネガティブな感情を抱いてしまったりします。これはベースに非理性的で感情的な考え方や、自分や周囲に対する偏見があるためで、これを心理学では「思考の癖」とよびます。否定的な自動思考、認知の歪みなどとよばれることもあります。
思考の癖には次の10パターンがあります。
(1)全か無か思考
物事を白か黒かで考えてしまう。
(2)一般化のしすぎ
たった1つよくないことがあると、世の中すべてそうだと考えてしまう。
<例>自分の子どもが不登校になったら、子育ては失敗したと決めつける。
(3)心のフィルター
1つのよくないことばかり何度も考えてしまう。
(4)マイナス化思考
よい出来事を無視してしまう。
(5)結論の飛躍
根拠もないのに悲観的な結論を出してしまう。
(6)拡大解釈と過小評価
自分の失敗を過大に考え、長所を過小評価する。
(7)感情的決めつけ
理性的にものごとを評価せず、自分の感情で評価してしまう
<例>自分が嫌いな人は、まわりの人もきっと嫌いだと思ってしまう。
(8)すべき思考
何かをするときに「~すべき」「~すべきではない」と考え、そうでないと罰でも受けるかのように感じてしまう。
(9)レッテル貼り
「自分はダメ人間だ」のように極端な形で一般化してレッテルを貼ってしまう。
(10)個人化
よくないことが起きると何でも自分のせいにしてしまう。
■成功者ほど「自分なんてダメ」と思いこんでしまう
Aさんにも多くの思考の癖がありました。「自分なんてダメだ」という発言が多いのは(6)の「拡大解釈と過小評価」、休日に料理できないことがあるから私はダメな妻だ。夫が子どもの写真を見ていたから、本当は仕事をやめてほしいのだろう、などは(5)「結論の飛躍」、1つの行動を大げさに解釈して全体に当てはめてしまっていることから(2)「一般化のしすぎ」に当たります。
こうした思考の癖があり、さらに先述した、ぐるぐる思考で考え続けてしまうと、常に不安で心が休まる時がなくて当然でしょう。
不安を抱えるクライアントさんにこの10パターンの思考の癖を見ていただくと、いくつも当てはまる人が多いです。特に多いのが(1)全か無か思考と、(8)すべき思考で、すべて当てはまるケースもあります。
実際、キャリアで成功をおさめたクライアントさんを見ていると、思考の癖にとらわれて気楽に考えることができない人がとても多いです。
■「過保護な親」が子どもから奪ってしまうもの
Aさんがおっしゃったことで印象的だったのは「ずっと成長し続けなければいけない。がんばっていなければ意味がない」という言葉でした。思考の癖の(8)すべき思考です。でも、人間なのだから、上昇する時があれば、下降する時があって当たり前。常に上昇すべきという考えでいたら、疲弊するのは当然です。
こうした思考を持つ原因はさまざまですが、やはり親からの影響は大きいと感じます。否定的、批判的な親、厳しい親の影響はもちろんですが、過保護な親のもとで育ったことが影響するケースもあります。これは子どもが失敗しないように何でも親が先回りして解決しようとするため、子どもは自分で問題を解決する機会を奪われてしまい、自己効力感が育ちにくくなるためです。
そして、自分には問題を解決する能力や物事を成し遂げる力がないと思いこみ、うまくいかない時に何でも自分のせいにしてしまう(10)「個人化」が生じやすくなります。また、未来に対する不安を感じやすくなるため、それが高まると物事を最悪のシナリオで捉えてしまう(5)「結論の飛躍」にもつながりやすくなります。
また、親の思考の癖が強いと、当然、子どもの物事の捉え方や考え方にも影響します。
■まずは、自分自身を傷つけていることに気づく
Aさんのカウンセリングでは、まず自分の思考の癖に気づくことから始めました。そのための方法が「内的対話」を意識することです。人は頭の中で自分自身とさまざまな対話をくり返していますが、思考の癖が強いということは、ネガティブな対話が多いということになります。
まずは内的対話を通して自分自身を責めたり、傷つけたりしていることに気づき、否定的な捉え方を肯定的に変えていきます。例えばカウンセリングではなんでも自由に話していただきますが、思考の癖で「仕事や家庭の愚痴をいっぱい言ってしまった。自分は弱い人間だ」と思ってしまったとします。それを「たくさん正直な気持ちを吐き出すことができて、勇気があったね」と自分をねぎらっていくのです。
自分は弱い人間だ……と決めつけると、自分を責めるネガティブな感情に支配されて自己効力感や自己肯定感も下がり、不安やストレスが大きくなります。一方、物事の捉え方を変えてみるとどうでしょうか。自分をねぎらい、自分に対して思いやりを持つことで気持ちが緩み、楽になるはずです。
■「弱い自分」「できない自分」にもOKを出していい
大切なのは自分のネガティブな考えは思考の癖によるものだと気づき、弱い自分、できない自分にもOKを出すことです。そうやって自分を認めていくことを心理学では「セルフコンパッション」とよびます。これによって自己批判を軽減したり、レジリエンス(困難を乗り越える力)が向上したりする効果があることがわかっています
Aさんは早い段階で「がんばることで成果を出し続けることが当たり前だと思ってきたのですが、もっと自分を甘やかしていいんですね。早くカウンセリングを受ければよかったです」と笑顔を見せるようになりました。
あれほどかたくなだった人が、すんなり気持ちを切り替えられるなんて意外かもしれません。でも、実はそんな人がとても多いのです。信念を持ってがんばってきたからこそ、なかなか人の意見を受け入れられないのだと思います。でも、不眠や体調の悪化まで追いこまれて本気で「変わりたい」と思えたから、アドバイスに耳を傾けられるようになったのでしょう。Aさんも「今思えば、友達にも“そんなにがんばらなくてもいいのに”と言われてきましたが、“私なんて全然、がんばってないよ”と思っていました」とおっしゃっていました。
■「思考の癖」は誰にでもある
コロナ禍で人に会う回数が減ったことも関係しているのかもしれません。久しぶりに同年代の税理士仲間に会ったら、みんな同じような悩みを抱えていて何だかホッとした、とも話してくれました。
思考の癖は多かれ少なかれ誰にでもあるもので、10年、20年と持ち続けている人が多いです。しかし、これが多すぎると、自分に対しても人に対しても厳しくなってしまい、生きづらくなります。
大切なのは、こういう思考の癖は誰にでもある、ということを認識することです。「こんな思考の癖を持っているなんてダメだな……」ではなく、「自分の思考の癖に気づけただけでもラッキーだ」と考えるのです。反芻してしまうのは無自覚だからであって、自分を静観してその思考に気づけば、それをどう扱うかはあなた次第になります。
その後、Aさんは何もしない日でも罪悪感がなくなり、しっかり休むことができるようになりました。心に余裕も生まれたのでしょう。人に対しても優しくできて、イライラしなくなったとうれしそうにお話されていたのが印象的でした。
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公認心理師
臨床心理士、産業カウンセラー、不安専門カウンセラー。鎌倉女子大学児童学部子ども心理学科卒業。東海大学大学院前期博士課程(文学研究科コミュニケーション学専攻臨床心理学系)修了。義母の末期がんの看病をきっかけにピアノ教師からカウンセラーを志し、自身の不安症の克服経験から、大学院等で「脳は心を解き明かせるか」「脳から見た生涯発達と心の統合」を学ぶ。2005年より大学やメンタルクリニック、企業研修などの活動を開始し、現在は「メディカルスパ西鎌倉」「メディカルスパみなとみらい」でカウンセリングを行う。1万回以上の個人セッション経験を通して相談者の共通パターンを発見。独自メソッドで解決に導いている。著書に『晴れないココロが軽くなる本』(フォレスト出版)、『不安な自分を救う方法』(かんき出版)。
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(公認心理師 柳川 由美子)
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