「頭痛解消のためにマッサージ」は逆効果のリスク…専門医「頭痛の種類を見分けるために絶対必要な知識」
プレジデントオンライン / 2024年10月4日 15時15分
※本稿は、千船病院広報誌『虹くじら 04号』の一部を再編集したものです。
■日本でわずか3人の産婦人科の頭痛専門医
専門外来とは、特定の症状や病気の専門資格や認定資格を持った医師や看護師が診察・治療を行なう「外来」(受診)を意味する。
診療科の枠を超えて、その疾患を専門とする医療者が担当、より高度で適切な医療を提供することができる。その一つ、頭痛外来を担当しているのが、産婦人科主任部長の稲垣 美恵子だ。
“産婦人科医”が“頭痛”の治療をする。一見すると意外な組み合わせのようにも思えるが、そうではないと稲垣は言う。
「頭痛の中でも、片頭痛は女性にとても多い病気なんです。特に30代、40代の働き盛りの女性に多くて、女性ホルモンの分泌が多い時期になりやすい傾向があります。それに、女性の片頭痛で一番多い誘因となるのは生理なんです。女性特有のホルモン変化によって、病状が変化するということがよく見られます」
頭痛というと〈頭〉の病気という印象が強い。やはり頭痛専門医は圧倒的に脳神経内科や脳神経外科の医師が多い。女性ホルモンが影響する頭痛に、産婦人科的な観点から病状の把握や治療のアプローチをしている病院は全国的にも稀である。
日本頭痛学会が認定する頭痛専門医はおよそ1000人、そのうち産婦人科の医師はわずか3人だけなのだ。
■出産は不思議でダイナミックで面白い
なぜ稲垣は、産婦人科医でありながら頭痛治療に携わろうと思ったのだろうか。それは稲垣の個人的な経験と関係がある――。
彼女が医師を志したきっかけは、子どもの頃に聞いた祖母の言葉だった。
「亡くなった祖父が弁護士だったので、この子は弁護士か医者にしたいという遺言を祖母が遺したんです。ずっとそれを聞かされて育ったので、理系のほうが好きだからお医者さんになろうかなと思って。
あと小学5年生の時に母が脳出血で数カ月入院したことも、大きな決め手になりました。産婦人科を選んだのは、学生時代から産婦人科の勉強が学問として一番好きだったから。出産は不思議でダイナミックで面白い、いまだにそう思っています」
筑波大学医学専門学群を経て、神戸大学医学部附属病院などの病院に勤務して多忙な日々を送るなかで、稲垣は頭痛に苦しめられるようになった。高校生の頃からの持病であった片頭痛が、多忙を極めた30代前半に悪化したのだ。
当時の職場には、代わりとなる産婦人科医がいなかった。毎日のように鎮痛剤を飲んでいると、症状はさらにひどくなった。
「もう耐えきれなくて、甲南医療センター(旧・甲南病院)の神経内科で頭痛を専門的に診察している北村重和先生に診てもらったら、典型的な薬剤の使用過多による頭痛ですと言われました」
この出会いが、稲垣が頭痛専門医となるきっかけとなった。女性の片頭痛とホルモンの関係をよく知る北村から、頭痛専門医を取るようにと強く勧められたのだ。
「勉強したりレポートを書いたり、学会発表とかも手伝ってもらって16年前に取りました。今も付き合いがある、私の師匠なんです」
■「片頭痛」と「緊張型頭痛」
慢性的な頭痛に悩まされているという人はとても多く、国民の4人に1人は頭痛持ちだとも言われている。
一言で“頭痛”と言っても、その原因や症状は人それぞれで大きく異なる。細かく分類すると、実に300種類を超える頭痛が存在する。その特徴から「1次性頭痛」と「2次性頭痛」という、大きく2つのグループに分けることができる。
頭が痛いことそのものが病気の頭痛を「1次性頭痛」と言い、片頭痛、緊張型頭痛などがこれに該当する。緊張型頭痛とは、頭が締めつけられるように痛くなる頭痛で、身体的・精神的ストレスが原因になるとも言われている。
それに対して「2次性頭痛」というのは、他の病気が原因となって起こる頭痛のことで、重篤なものだと脳腫瘍やくも膜下出血などの病気が原因で起こる頭痛のことを言う。
少し前までは、頭痛治療は「2次性頭痛」に対する医療のことを指した。原因が命にかかわる疾患の発見と治療が最優先で、それ以外の「1次性頭痛」は見過ごされがちだった。
「私がはじめに内科の先生に相談した時も、痛み止めを飲むしかないですねっていう感じでした。根本的に片頭痛を出なくするというのは、なかなか難しかったんです。でも3年前に画期的な新薬が出て、痛みをコントロールできるようになってきたので、状況は変わりつつあります」
■薬の飲み過ぎが原因で症状が悪化することも
慢性化した頭痛の種類や原因を特定することは、患者本人はもちろん、専門医にとっても簡単なことではない。しかし頭痛の種類によって対処法が違い、その判断は慎重に行わなくてはいけない。
「例えば片頭痛と緊張型頭痛の一番の違いは、片頭痛のほうが生活への支障度が大きいことです。寝込んでしまったり、吐いたり、動けないという感じ。
緊張型頭痛の場合は、体を動かしたり、お風呂に入ったり、マッサージしたりすることで症状が良くなったりしますが、片頭痛の人がこれらをすると逆にひどくなってしまいます。
片頭痛には他にも、光が眩しいとか、音がすごく響くなどの過敏な症状が出るという特徴があります」
もともと片頭痛のある患者に別の「2次性頭痛」が起こり、危険な頭痛が見逃されてしまったり診断が遅れることもある。日本頭痛学会が監修する「頭痛診療ガイドライン」によると、突然激しい痛みに襲われる頭痛、麻痺や言葉が出ないなどの神経症状を伴う頭痛、50歳以上で初めて発症した頭痛などに注意するように警告している。
頭痛外来では「1次性頭痛」である慢性頭痛の治療を行うことが主な目的ではあるが、それと同時に危険な「2次性頭痛」が隠れていないか、常に気を配ることも重要な役割なのだ。
「私のように薬の飲み過ぎが原因で症状が悪化することもあるので、注意が必要です。市販の痛み止めを使って我慢している方の中には、まだ痛くないけど前もって飲むという人も結構多いので。
もし月に10日以上頭痛があり、それが3カ月以上続くようであれば慢性頭痛の可能性が高いです。すでに生活に支障が出て困っているという方は、一度頭痛外来の受診を検討されてもいいかもしれません」
■頭痛外来は「初診」に時間をかける必要がある
頭痛の症状には、はっきりと目に見える外傷や数値化できる検査は存在しない。そのためなかなか周囲の理解を得ることが難しく、そのことで悩んだり無理をしてしまう患者も多い。
頭痛外来の診断や治療においても同様で、正確な症状を把握するには患者の訴えが大きな判断材料となるため、問診が非常に重要視されている。
「初診にめちゃくちゃ時間かかるんです。生活スタイルやどんな時に頭痛が起こるかなど、かなりいろんなことを聞いて診断しないといけないので。
あと生活指導をしたり、日記をつけてもらったり。頭痛は時間が経つと、どういう時に起こったか忘れてしまうので、『頭痛ダイアリー』というのに記録して持ってきてもらっています」
頭痛ダイアリーとは、患者自身が頭痛の起こった日時、痛みの種類や強さ、継続時間、服薬の有無などの項目を記録する小冊子である。医師が頭痛のタイプや原因を絞り込み、的確な診断をするための重要な手がかりとなる。
稲垣が千船病院に入職したのは約10年前のことだ。そこで頭痛外来を立ち上げることになった。脳神経外科など関連する他科との連携には不安もあったが、実際はほかの診療科の医師からも歓迎されて非常に快く受け入れられているという。
産婦人科の外来と併せて行なっているため、稲垣が担当できるのは週1回のみ。頭痛外来の存在が知られるようになり、今は新患予約が1カ月待ちの状態だという。
「患者さんのニーズはすごくあると思います。医師である私ですら、何科を受診したらいいのかわからなかったくらいなので。
これまでは1人でやってきましたが、嬉しいことにこの病院の産婦人科の先生が頭痛専門医を取得する勉強を始めたので、去年から2人になってちょっと楽になりました」
■月2日休みなら1年で24日。損失があまりに大きい
全国的に産婦人科医の頭痛専門医をもっと増やしたいという思いから、稲垣は日本頭痛学会の公式サイトに「頭痛専門医への道~産婦人科編」というページを作るなどの取組みも行なっている。女性の患者が多い疾患であるにもかかわらず、一般的な認識としてはまだ低いと稲垣は指摘する。
「学校教育に取り入れたり、医師が企業で話をしたり、そういったことが広まればいいなと思っています。たとえば頭痛で月に2日休んだとして、1年間にすると24日、かなりの社会的・経済的損失につながるとも言われているんです。
以前シングルマザーの患者さんで、頭痛のせいでお仕事をずっと休んでいる方がいたんですけど、幸い治療がうまくいってお仕事にも復帰できたんです。その人が問診票に『感謝の気持ちしかありません』って書いてくれていて、それがすごく嬉しかった」
頭痛診療を担当したことで、稲垣はもともとの専門である女性診療にもより厚みが出たという。それは内診や検査などの技術だけに頼ることなく、しっかり患者さんの話を聞くことを何より大切にする医療を身につけたのだ。
(虹くじら編集部 取材・文=西村隆平)
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