「最低7時間睡眠が理想」は大ウソである…医師「自分に最適な睡眠時間を把握するたった1つの方法」
プレジデントオンライン / 2024年10月3日 15時15分
※本稿は、櫻井武『すぐに実践したくなる すごく使える睡眠学テクニック』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■起きているときの脳は、常に情報を伝え合っている
起きているときの脳は、さまざまな体験と行動を繰り返して、それを記憶しています。
たとえば朝、出社するとき「風が強いな。交差点で自転車の事故を目撃した。花の香りがした。近所の人と挨拶をした。駅のホームで手袋が落ちていた。友だちから旅行の誘いのメールが入った……」などの出来事があったとします。
これらの体験と行動は、脳の1000億ある神経細胞のシナプスという接続部分で、神経伝達物質をやりとりして脳に溜め込まれています。
起きているときに、たくさんの情報を伝え合っている神経細胞同士のシナプスは「強度」が上がっています。繰り返し使うほどに、シナプスは強く(つまりは、より記憶が定着する)なります。
ちなみに、このシナプスの強度が上がっていることが「睡眠圧」を生み出しているという説が有力になっているのです。
難しいですね。こんなたとえはどうでしょう。
起きているときは、頭のなかには、1つのコンセントに電源タップを使ってたくさんの電気機器をつないでいる「たこ足配線」の状態だとイメージしてみてください。記憶するべきことが多く、たくさん神経細胞同士を“接続”する必要があるからです。
■「疲れがとれてスッキリ」の正体
しかし、脳にも許容量があります。かりに朝出社したときの体験と行動だけでも、すべての記憶を残していたら、あっという間に情報過多になってしまいます。
睡眠中は、脳の中にできた、たこの足のように絡み合った配線のなかから、重要度の低いコンセントを抜く、優先すべきコンセントを残すような作業が行なわれています。たこ足配線を解消し、より効率の良いつなぎ方に直しているのです。
つまりは、覚醒時のおびただしい量の情報から、自分にとって大事な情報であるかどうかを選別し、処理して、長期的な記憶として植え付けるための作業です。
ぐっすり眠れたあとは、疲れがとれてスッキリした気分になりますが、情報過多になった頭をリセットするのに、睡眠が大きな役割を果たしているのです。
■脳には老廃物を排出する組織がほとんどない
体内では、酸素や栄養をエネルギーに代謝することで、日々たくさんの老廃物が出ます。この老廃物は、主に血管とリンパ組織を使って、便や尿、汗となり外に排出されます。
脳は、体重の2〜2.5%の重さしかありませんが、食べ物から取り入れたエネルギーの25%も脳で消費しているため、多くの老廃物が出ます。ところが、脳は血流こそ豊富ですが、ゴミを排出するためのリンパ組織がほとんどありません。
そのため脳の老廃物は「脳脊髄液」が除去しています。この脳脊髄液は、脳の機能の調節に大きく関わっているので、起きているときに老廃物を洗い流すことはできません。
2013年の米ロチェスター大学の研究チームがマウスを使った実験をご紹介します。実験では、脳の神経細胞以外の組織である「グリア細胞」が、血液の周囲に脳脊髄液を循環させる水路(血管周囲腔)をつくって、脳細胞への栄養供給と老廃物の排出を行なう「グリンパティックシステム」というシステムの存在を示しました。
さらに研究チームは、脳脊髄液は起きているときは脳内にあまり流入せず、ノンレム睡眠中に脳内に広がり、老廃物を洗い流していることを報告しました。睡眠中に、脳脊髄液が脳内の細胞のすき間に流れ込んで、老廃物を洗い流す仕組みを明らかにしたのです。
■ノンレム睡眠中に、脳に溜まったゴミを除去する
たとえば、飲食店ではお客さんの食事中に掃除をすると不都合が多いので、閉店後や休業中に掃除をしますよね。それと同じように脳の機能が低下したノンレム睡眠中に、脳に溜まったゴミを除去しているのです。
老廃物は、起きている時間が長ければ長いほど蓄積されていきます。眠気をもたらす力「睡眠圧」を高める働きとして、脳内の老廃物を洗い流すことも、記憶情報の整理と同様に、重要な要素だと考えられています。
ただし、最近ではノンレム睡眠の老廃物除去に関して、否定的な実験結果を提示する論文もあるので、今後の展開を待ちたいところです。
脳の老廃物では、認知症患者の約6割を占めているアルツハイマー型認知症の原因の1つとされている「アミロイドβ」が知られています。
マウスの実験では、睡眠を絶つことでアミロイドβが脳内に蓄積することも報告されています。認知症の発症にグリンパティックシステムが関与しているかどうかはいまだ結論は出ていませんが、認知症と睡眠には、なんらかの関係があることは間違いないでしょう。
脳に溜まったゴミを、睡眠で毎日しっかり除去していくことが必要なのです。
■どうして「楽しみな遠足の前日」は眠れなくなるのか?
大事なプレゼンが翌日にあり、目がさえて眠れなかった。明日取引先にトラブルの処理に行くことを考えたら寝つけなくなった――。自分にとってストレスや不安に感じることがあって眠れなくなるのはごく自然なことです。
また、小学生のときに、遠足の前日はうれしくて眠れない夜を過ごした人も少なくないでしょう。すごくうれしいことや楽しいことが翌日に控えているときに眠れなくなることも正常なことです。
不安や期待が入眠を妨げるのには、「オレキシン」という脳内でつくられる神経伝達物質が深く関わっています。
オレキシンの中心的な機能は「覚醒を促し維持すること」です。不安やストレスで目をさえさせ、寝つけなくさせる。あるいは、うれしくて眠れない夜を過ごすのもオレキシンによるものです。
睡眠と覚醒は、シーソーにたとえられることがあります。オレキシンは、このシーソーにおいて、覚醒側に大きく傾けるように強くサポートしています。
気持ちの高ぶりは、オレキシンをつくる神経細胞を活発にさせます。それが覚醒を生むのです。
また、ストレスや不安があると、自律神経のなかでも、アクティブモードの交感神経が活性化し、ストレスホルモンが分泌します。それによって、オレキシンをつくる神経細胞が興奮することから眠れなくなるのです。
■空腹で目が冴えるのに、満腹になると眠くなってしまう理由
ちなみに、空腹で目がさえて眠れなくなったり、満腹で眠くなったりするのも、オレキシンが関わっています。空腹で、血糖値が下がると、オレキシンをつくる神経細胞が活発になり、睡眠と覚醒のシーソーが、目が覚めた状態を維持しようと覚醒側に傾くのです。
一方、食事のあとは、血中の糖分(血糖値)が上がります。その結果、オレキシンをつくる神経細胞を抑制するので、眠くなります。
覚醒と睡眠は、モチベーションや情動、ストレスだけでなく、栄養状態によっても大きく左右されるのです。
このように、不安やストレスがあって寝つけなくなるのは当たり前のことです。眠れないことを悩まずに、不安やストレスを軽減することに目を向けてみてください。
■「最低7時間は睡眠をとる」は嘘
睡眠には個人差や年齢差があり、1人ひとりで最適な時間が異なります。
では、自分にとって最適な睡眠時間はどれくらいでしょうか?
1982年、アメリカの100万人以上を対象にした調査では、6.5〜7.4時間睡眠の死亡危険率がもっとも低いことが示されました。この調査結果を受けて、睡眠時間は7時間前後がベストだという考えが根強く浸透しています。
しかし、調査対象者が30〜102歳の男女と幅広く、睡眠時間もベッドでゴロゴロする時間も含まれている可能性が高いので、正確性に欠けています。つまり、30歳以上の人が、病気をしないで寿命を延ばすのに、一番良い睡眠時間は7時間前後かもしれない、と考えるべきです。
ちなみに、認知機能を調べた実験では、睡眠時間「7時間」と「9時間」との比較でさえ、9時間睡眠のほうが認知機能は高かったという結果もあります。
また発明王のエジソンやフランス皇帝のナポレオンは短時間睡眠で有名ですが、アインシュタインは10時間以上眠っていたともいわれています。これら偉人の睡眠習慣から、自らの睡眠時間を導き出すのも早急です。
近年ではメジャーリーグで活躍する大谷翔平選手がかなり長く睡眠をとっていることで有名ですが、パフォーマンスを発揮するために必要な睡眠時間を把握し、確保することで、偉業を成し遂げているのかもしれません。
■自分の最適な睡眠時間を知るための“たった1つ”の方法
自分の最適な睡眠時間を知るためにもっともわかりやすいのが、昼間、眠気に襲われることなく、本来やるべき作業をしっかり行なうことができる、ということです。あくまで、昼間を快適に過ごせるかどうかが、自分に適した睡眠時間の目安です。その目安の時間以上、無理に眠る必要はありません。
「目安の時間」とお伝えしましたが、睡眠は融通が利きます。あまり活動しなかった日には、睡眠時間が短くなるかもしれません。どうしてもいま成し遂げなければならない仕事があれば、眠りを犠牲にすることもあるでしょう。
その場合でも、かなりの高い能力を発揮することができるはずです。もちろん、そのあとに「睡眠負債」を返済する必要がありますが、睡眠時間は、柔軟に考えることも大事なポイントです。
睡眠時間にこだわり、時間の短さや長さだけに気を配りすぎると、かえって眠りに悪影響を及ぼしかねません。自分にとって適正な睡眠時間は、昼間に眠気を感じないだけ眠れば良い――。そのぐらいの気軽な気持ちで考えておいたほうが良いでしょう。
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医師、日本睡眠学会理事
医学博士。筑波大学医学医療系および国際統合睡眠医科学研究機構教授。筑波大学大学院医学研究科修了。日本学術振興会特別研究員、筑波大学基礎医学系講師、テキサス大学ハワード・ヒューズ医学研究所研究員、筑波大学大学院准教授、金沢大学医薬保健研究域教授を経て、現職。1998年、覚醒を制御する神経ペプチド「オレキシン」を発見。平成12年度つくば奨励賞、第14回安藤百福賞大賞、第65回中日文化賞、平成25年度文部科学大臣表彰科学技術賞、第2回塩野賞受賞。著書、テレビ出演など多数。
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(医師、日本睡眠学会理事 櫻井 武 イラストレーション=坂本奈緒)
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