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インド人の頭脳は、家庭教育で作られる!

プレジデントオンライン / 2013年2月17日 9時15分

インド工科大学デリー校。世界最高の研究水準と評されている。

■世界最高レベルの理系大学

インドと聞いて、みなさんは何を想像するだろうか? かつては「カレー」や「神聖な牛が道を闊歩している姿」「ガンジス川での沐浴」や「ヨガ」あたりが代表格だったかもしれないが、近年では「ITエンジニア大国」、そして話題の「インド式算数」を挙げる人も多いはずだ。

インド政府人材開発省が2008年に発表したところによると、アメリカにおいては航空宇宙局(NASA)の科学者の中の36%がインド人だ。また、博士号保持者の38%はインド人で占められ、米マイクロソフト社の職員のうち34%がインド人。外科医の10%がインド人だし、一方、英国では医師の40%以上がインド出身だ。これらのデータから見ると、インド人は知的で、特に理系の分野では非常に優秀であることがわかる。

この国で最難関といわれるインド工科大学(ITT=15の国立高等教育機関の総称)には、大学で講義が行われない試験休み期間になると、世界中の有名企業がリクルーティングにやってくる。たとえばヤフー、インフォシーク、シティバンク、シーメンス、IBM、メリルリンチなど160社が教室を借りて、各社2日間で企業説明会から入社試験・面接まで行い、一気に採用まで決めてしまうのだ。グズグズしていたら優秀な人材を他社に横取りされてしまうので、決定権のある役員も欧米の本社からやってきて、即決。採用された学生たちの多くは欧米に渡るが、初年度から年収1千万円を約束される人も少なくない。

■PISAの結果はブービー賞

そんなIT・数学・理系大国のインドにショッキングな事件が起きたのは2009年のことだ。

各国の学力を測るテストとして有名なものに、00年から3年に1度行われているPISA(Programme for International Student Assessment=OECD生徒の学習到達度調査)がある。そこで目を覆うような結果が出たのだ。

PISAは日本を含むOECD(経済協力開発機構)加盟国の多くが参加し、15歳の生徒を対象に読解力、数学的リテラシー(知識と能力)、科学的リテラシーなどを比較調査するもの。09年のテストに正式に参加したのは65の国と地域だが、インドの大手新聞「ザ・タイムズ・オブ・インディア」などによると、2つの州(タミル・ナードゥ州とヒマチャル・プラデーシュ州)は他のいくつかの国や地域とともに、試験的に参加したという。

さて、インドの2つの州の結果だが「読解力」では74の国と地域の中で、72位と73位。「科学的リテラシー」では72位と最下位の74位。頼みの綱の「数学的リテラシー」でも72位と73位とまさに惨敗。このショッキングな結果を受けて、インドは12年のPISAへの参加を取りやめた。

インド政府はこの原因について、「出された問題がインドの生徒に社会的・文化的になじみのないものだったから」とのコメントも出しているが、果たしてそれだけの理由だろうか。「読解力」という分野なら社会的・文化的背景の違いにより大きくスコアを落とすことも考えられるが、「数学的リテラシー」に関しては、ただの言い訳にしか感じられない。

■インド式算数はどこへいった?

インドの教育現場に、何が起こっているのか。インド人が特に理系の分野で優秀であることの理由としてよく挙げられるのが、小学校時代から徹底的にたたきこまれるという「インド式算数」だが、なぜPISAの「数学的リテラシー」では惨敗したのか。

カラフルなチップで、6ケタのかけ算の復習中。指導するアンジェリー先生。

その謎を調べるべく、首都デリーから車で1時間半ほどのところにある、ウッタル・プラデーシュ州ノイダにある私立の小学校の授業を取材してみた。

まずは7歳児の小学校2年生の教室。1クラス15人の少人数であるのみならず、何と算数の先生が2人もいる。全員に目が行き届き、落ちこぼれが出にくいシステムを取っている。

授業で使っていたのは、プラスチック製のカラフルな四角いチップに数字が書かれている教材。これはゲーム感覚で楽しくかけ算を勉強するためのものだが、2人一組で早く計算を終えたチームの勝ちという競争も取り入れている。だから子供たちも真剣なまなざし。楽しくモチベーションを高める工夫を凝らしているのだ。

えーと、えーと、と一生懸命に宙に指で数字を書いてはチップを慎重に置く姿は、ほほえましい。正解したチームの子供たちには、ニコニコ笑顔の先生がハイタッチ。「思い切り褒めてやる」ということも大切にしている。「重要な教科である算数を楽しみながら興味を持って学べるように、教材にも教え方にも工夫をしているんです」とは、このクラスの担任のアンジェリー先生の弁。

確かに楽しそうではある。ただ……、日本でよく知られている「インド式算数」とは、どうも様子が違う。「20×20まで暗記する」とか「99×99まで2ケタのかけ算はすべて瞬時にできる」などといわれる、ある意味ですさまじい「インド式算数」はどこへいったのか?

■昔は暗記するまで夕食抜き

「ああ、ヴェーダ数学ですね。じつは今は取り入れていない学校も多いんですよ」とアンジェリー先生は意外なことをおっしゃる。

「ヴェーダ」とは、紀元前6世紀ごろにまでさかのぼるという、古代インドの祭礼儀式が記された教典。その「ヴェーダ教典」を解読して16巻にまとめたのが、数学者でもあったティールタジー(1884-1960)だが、すべて紛失してしまい、晩年にたった1冊だけ記したのが「ヴェーダ数学」という名前の本だ。

シンプルかつ合理的な計算方法を紹介したこの「ヴェーダ数学」は、間もなく実際の教育現場でも取り入れられるようになった。これが「インド式算数」として日本でも紹介され、一躍注目の的となったわけだ。

ところが今から10年以上前、インドの算数教育界にも「グローバル化」の波が押し寄せた。それはもしかしたら「『2000年問題』の解決に大きく貢献した」とインド人のITエンジニアたちがもてはやされたことと無関係ではないのかもしれない。将来、ITエンジニアとして子供たちが世界に羽ばたくためには、インド独自の方法ではダメだ、と。

その結果、欧米や日本で行われているのと同じ「国際的な」つまりは「グローバルスタンダードの計算方法」が取り入れられて、「インド式算数(ヴェーダ数字)」の授業は正規のカリキュラムから外されてしまったのだ。

もちろん10年以上前に小学生だったアンジェリー先生は、10歳のときにはすでに20×20まで暗記していたという。これはアンジェリー先生が特別だったわけではなく、「クラス全員が暗記していた」とのことだ。「毎日の算数の授業でもノートも教科書も机の上に出さず、ただただみんなで暗唱していましたね」

ただし、九九の81個と違い、20×20の計算は400個。授業中だけで覚えきれるものではない。

週末には勉強好きの生徒が、先生の自宅に集まって自主学習。

「家では両親から、今日はここまで暗記しなさい、と目標を設定されるわけです。できれば夕食が食べられますが、できなければ夕飯抜きと言われてね。食べ盛りの子供にとって空腹は最大の敵ですから、みんな必死で覚えましたよ。ええ、みんなです。できたら食事あり、ダメなら食事抜きというルールは、どこの家庭でもありました」

三つ子の魂百までというが、子供のころにインド式算数をたたきこまれたアンジェリー先生の計算は確かに早くて正確だ。「基本の20×20までさえ暗記しておけば、あとは応用できますから」と、たとえば45×45などの暗算はものの2、3秒で解く。やはり恐るべきインド式算数。だが体罰や大声などで威圧する教育ではなく、「夕食という幸せにありつくために暗記する」という、ある意味での前向きさが感じられる。

■インド式算数を守る教師たち

正規のカリキュラムから外されてしまったインド式算数だが、今でも教えている教師はいる。アンジェリー先生もその一人だ。

「私自身、20×20のかけ算の暗記をし、暗算を繰り返すことで、きちんと『数学脳』が磨かれ、ハイスクールや大学の数学の授業でも苦労はしませんでした。だから、自分の生徒たちにも教えるようにしているんです。彼らの将来のために」

一応の目安は6歳(1年生)までに、1から4の段のかけ算を暗記させる。8歳までに9の段まで。そして理想的には20×20を5年生の10歳までに覚えさせたいと言う。

「ただどこまで徹底できるかはわかりません。昔と違って、夕飯抜きとまではいかないので……。少なくとも10歳までには12×12までは覚えさせたいのですが……」

時代の流れからか、アンジェリー先生のインド式算数の教え方も、夕食抜きというスパルタ式からゲーム感覚を取り入れ、より現代っ子に受け入れられやすいソフトなものに変わっているようだ。

こうした熱心なインド式算数の信奉者である先生もいれば、あくまでも正規カリキュラムにのっとった「ゆとり教育」を行う先生もいる。この教育格差が、PISAの散々な結果や、インド工科大学に進むエリート候補生とその他の学生の差を生み出す原因なのかもしれない。

■クリケット観戦も暗算訓練の場

インド式算数が学校の正規カリキュラムから消えたことを憂慮して、家庭でもっと暗算に親しませようとする人たちも多い。

デリー近郊のグルガオン市に住むクマール家。家族みんなで車に乗っているとき、渋滞につかまった。車の中で、ただイライラしてもつまらない。そこでお父さんが、「四則演算を使って、前の車のナンバープレートで10をつくってみようよ」と声をかける。

そして親子そろって必死になって取りかかる。その姿は、電車の切符を買えば、「4ケタの通し番号の数字を加減乗除して10をつくる」といった遊びをしていた我々の子供のころの姿によく似ている。

夕食のカレー料理のときには家族みんなで、チャパティ(丸い薄焼きのパンで家庭料理に欠かせない)を使って、分数の時間に早変わりだ。お母さんが問題を出す。

「この1枚のチャパティを3つに分けてみましょう。さあ、そのことをなんて言うのかな?」

8歳のお兄さんにまじって6歳の妹も真剣そのもの。

「3分の1!」

「そうね。では、もう1枚のチャパティを4人用に切って分けてくれる? それをさらに半分に切ったらどのくらいの大きさになる?」

興味のあるものと計算を組み合わせたほうが、やる気が湧く。デリーから西北に450km、パンジャーブ州に住むキール家のシャウリャー君(8歳)はクリケットの大ファン。

そこでご両親は一緒にテレビ中継の試合を見ながら、「AチームはBチームの何倍得点をしている?」とか、「あと何点取ったら追いつくかな?」と暗算させるようにしている。ちなみにクリケットの試合では、得点は通常3ケタになる。

■ボードゲームも計算、計算、計算

家庭での計算に関する会話が「ゲーム感覚」に満ちているだけでなく、家族で遊ぶ実際の「ゲーム」でも算数に関するものが人気だ。たとえば「スクラブル算数ゲーム」。「スクラブル」とは英語圏で非常に人気のあるボードゲームで、ボード上に置かれたアルファベットの駒に、各プレーヤーが順繰りに手持ちの駒をくっつけて単語をつくり、各自の得点を競う。長い単語ができたり、英単語ではあまり使用されないアルファベット(たとえば「Q」や「Z」)の駒を用いてつくれたりすると得点が高くなる仕組み。縦と横の両方向に並べられるので、ゲームが進むとちょうど完成したクロスワードパズルのように見える。

「スクラブル算数ゲーム」はこの数式バージョン。「0」から「9」までの数字と「+」「-」「×」「÷」の四則演算の駒を用いて、単語の代わりに縦方向か横方向に数式をつくっていくのだ。これも英単語版の「スクラブル」と同様、長く複雑な数式をつくったほうが高得点となる。手持ちの駒だけでつくればいいわけではなく、必ずボード上にある駒と組み合わせなければいけないし、他のプレーヤーがつくった数式によって置ける駒も変わってくる。刻一刻と変わる状況に合わせて、常に暗算し続ける。これが非常に人気で、どの玩具店でも品切れだ。

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「算数は好き?」と聞くと「イエース!」。

もう一つの人気ボードゲームは「マス・マジック」。ボード上に置かれたカードに、手持ちのカードをつなぎ合わせる。1枚のカードは辺ごとに最大4色に分かれていて、同じ色同士しかつなぎ合わせることはできない。黄色同士は足し算、青は引き算、緑はかけ算、赤は割り算。最低1辺は合わせなければならないが、2辺、3辺と色が合えばその合計が点数として加算される(色が合わない辺はカードを置けない)。各プレーヤーが交互にカードを置き、制限時間内で最も多くの点数を得た人が勝ちだ。どのカードをどこに置くか、暗算を何度も何度も繰り返すゲームだ。

ゆとり教育の弊害により、試験的に参加したPISAでは散々な結果だったインド。だが、自主的にインド式算数を教え続ける先生たちがいて、家庭では楽しい暗算トレーニングが日常的に行われている。こういった強固な土台があるかぎり、この国は今後も世界のIT業界を席巻し続けていくはずだ。

(パッハー 眞理 Sanjay Austa=撮影 白名伊代(海外書き人クラブ)=編集協力)

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