子どもがかかると人工呼吸器が必要になることも…「RSウイルス感染症」今年発売の新薬3種の実力
プレジデントオンライン / 2024年9月30日 18時15分
■「RSウイルス感染症」とは
みなさんは、RSウイルス感染症がどんな病気かご存じでしょうか。
RSウイルスは冬に流行しやすい感染症ですが、今はどの季節にもみられます。飛沫感染・接触感染で広まり、2〜6日ほどの潜伏期間を経て発症すると発熱し、鼻水と咳がひどくなり、胸からゼイゼイという音がします。子どもでは、呼吸をするのに精一杯になって飲食がしづらくなったり、ひどい咳で眠れなくなったりすることも。
こういった症状が出るのは、下気道の細気管支という一番細い部分に炎症が起こる「細気管支炎」になったり、肺に炎症が起こる「肺炎」になったりするためです。合併症としては「無呼吸発作」や「急性脳症」などがあり、後遺症としては「反復性喘鳴(気管支喘息)」があります。
そして、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスのような抗ウイルス薬がないため、治療は対症療法のみです。入院して行うのも点滴、酸素投与などの対症療法、支持療法が中心。つまり、とても苦しいのに、原因をすぐに治すことはできないんですね。
■小さな子どもと高齢者は要注意
RSウイルス感染症は、健康で若い成人だと軽い風邪症状で終わることも多いのですが、小さな子どもと高齢者にとっては恐ろしい感染症です。
子どもの場合、ほぼ全員が2歳までにRSウイルスに感染しますが、月齢が小さいほど重症化しやすく、当然ながら何歳で感染するのかは選べません。RSウイルス関連の入院の約40%は、生後6カ月未満。小さなお子さんがRSウイルスにかかって重症化し、保護者とともに入院するというのは時折あるケースです。生後6カ月以内の子どもでは、人工呼吸器が必要になることもあります。なお、死亡率は1〜3%、心臓に基礎疾患があると死亡率は37%です(※1)。
高齢者の場合、RSウイルスに感染すると、気管支炎や肺炎を起こす確率が高くなります。呼吸器や心臓に基礎疾患があると、より重篤になり命に関わることも。それなのに、高齢者にはあまりRSウイルスが知られていません。感染したかもしれないと思ったら、内科で相談しましょう。ただ、保険診療でRSウイルスの抗原検査ができるのは、1歳未満の子ども、入院中の患者、先天的な基礎疾患のある患者(シナジスの適応になる患者)に限られています。検査をせず、状況や症状から診断されることもあるでしょう。
※1 国立感染症研究所 RSウイルス感染症とは
■今年発売された「RSウイルスワクチン」
以上のようにRSウイルスは、乳幼児、高齢者、妊婦といった人にとってリスクが高く、しかも特異な治療法がないため、ワクチンの開発が進められてきました。そして今年になってようやく、RSウイルスを防ぐ効果のある「RSウイルスワクチン」が2種類、発売されたのです。接種費用は3万円程度だと思います。
まず、2024年1月に「アレックスビー(組換えRSウイルスワクチン)」が発売されました。60歳以上の人向けのワクチンで、0.5mlを1回、筋肉注射します。接種費用は3万円程度でしょう。
続いて、2024年5月には「アブリスボ(組換えRSウイルスワクチン)」が発売されました。このワクチンは妊婦さんと60歳以上の人向けで、同じく0.5mlを1回、筋肉注射します。妊婦さんの場合は、妊娠24〜36週に接種することで体内に抗体ができ、胎内の赤ちゃんへも移行するため、生まれてすぐの一番危険な時期にRSウイルスから守ることができるのです。こちらも同じく接種費用は3万円前後だと思います。
先にも述べたようにRSウイルス感染症は小さいほど重症化しやすく、月齢別の入院発生数は生後1〜2カ月が最多です。そして当然、お母さん自身もRSウイルスに対する能動免疫ができることから、感染を防げたり重症化しなかったりするでしょう。たとえ風邪程度の症状だったとしても、生まれたばかりの子どもがいるととてもつらいですから、予防するに越したことはありません。
■モノクローナル抗体「ベイフォータス」
もう一つ、2024年5月には、RSウイルスを防ぐことができるモノクローナル抗体「ベイフォータス(ニルセビマブ)」も発売されました。モノクローナル抗体とは、特定のウイルスや特定のがん細胞などに効果のある免疫グロブリンです。ワクチンは体内の免疫反応を利用して抗体を作らせる薬剤ですが、モノクローナル抗体は特定の病気に効果のある抗体を配合した薬剤。ベイフォータス1回の接種で、およそ5カ月間にわたってRSウイルス感染症の発症を抑制できます。
ただし、日本において保険で接種できるのは適応のある場合だけ(※2)。自費なら全ての乳幼児が接種できますが、日本での薬価は45万〜90万円です。5カ月間効果があるといっても、高額すぎて現実的ではないですね。医療機関で受ける際には、さらに接種料などもかかりますから、なかなか難しいでしょう。
ちなみにRSウイルスは、毎年アメリカでも猛威をふるい、一年に5歳未満の子ども8万人が入院し、推定100〜300人が亡くなっています(※3)。そのため、以前、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)は生後8カ月の乳児は全員ベイフォータスを接種したほうがいいと推奨していました。ところが需要が供給を大きく上まわり、べイフォータスが足りなくなってしまったのです。その後、CDCは小児科医たちに、よりリスクの高い子どもに限ったほうがいいと警告しました。アメリカでのベイフォータスの接種費用は約500ドル(日本円で7万5000円程度)。日本ほどではないにしても高額なのに、希望者が多いのは驚きです。日本と違って、より予防医学に重きを置く人が多いのでしょう。
※2 日本におけるニルセビマブの使用に関するコンセンサスガイドライン
※3 MIT Technology Review「米国でRSウイルス感染症が流行の兆し、期待の予防薬は供給不足」
■以前から使われてきた「シナジス」
これら以外にじつはもう一つ、以前からRSウイルスを予防するために使われてきたモノクローナル抗体「シナジス(パブリズマブ)」という薬があります。これまではシナジスしかなく、保険診療の薬ですから接種できるのは以下の場合のみでした。対象者には、RSウイルス感染流行期の約6カ月間、毎月シナジスを投与します。保険診療ですから3割負担で、多くの自治体で乳児の医療費は無料ですから、本人負担はほぼゼロです。
・早産で生まれた
・生後早期から呼吸器に病気がある
・生後早期から循環器に病気がある
・免疫の病気がある
・ダウン症候群を持っている
・先天性食道閉鎖がある
・先天性代謝異常性がある
・神経筋疾患がある
こういった基礎疾患があると、RSウイルス感染症にかかった際にとても高確率で具合が悪くなり、入院が必要になります。命に関わるからこそ、保険診療として予防しているのです。
■子を守るには妊娠中のアブリスボが最適
ここまでに3つの新薬、1つの既存薬について説明しましたが、この中で子どもをRSウイルス感染症から守る一番いい選択肢は、妊娠後期の女性がワクチン(アブリスボ)を接種することではないでしょうか。
なぜなら、前もってお母さんが接種することにより、赤ちゃんが痛い思いをすることなく、母子ともにRSウイルスから守られるからです。三種混合ワクチンやインフルエンザワクチンと同様に、RSウイルスワクチンも赤ちゃんが胎内にいるときにお母さんが接種しておくと、生まれたばかりの重症化しやすい時期に感染するリスクを減らすことができます。
そして子どもに接する機会が多い高齢者には、アレックスビーかアブリスボをおすすめします。生まれてすぐのかわいい赤ちゃんに、自分がRSウイルスをうつしてしまったら後悔するでしょうし、お世話を任された際などに小さい子どもから高齢者にRSウイルスがうつってしまうこともあるからです。乳幼児とより年長の小児のいる家族の場合には、流行期間中に家族の44%が感染したとする報告があります(※4)。
※4 国立感染症研究所「RSウイルス感染症とは」
■もっと予防医学に助成金を出すべき
まもなくインフルエンザワクチンの接種が始まりますが、RSワクチンやモノクローナル抗体を一緒に受けることもできます。かかりつけの小児科、産婦人科、内科などに相談してみてください。
日本全国だいたいどこの市町村でも、子どもの医療費には助成金が出ています。乳幼児医療証や東京23区では「マル青(あお)」と呼ばれる高校生までが対象の医療証があります。こうした医療証を使うと、医療機関でまったくお金を支払う必要がないか、ごく少額で受診できます。一方、RSウイルスワクチンなどの定期接種以外の予防医学にかかる費用は自費で高額です。市町村は意図せずに「病気予防は自己責任、かかってしまったほうが家計負担がゼロ」という間違ったメッセージを出してしまっています。
本来、子どもへの医療費助成は、つらい思いをしている子どもを助けるとともに親の経済的負担を減らすという目的のために行っているはずです。そもそも子どもがつらい病気にかからないためのワクチンにももっと関心を持ってほしいと思います。
最後に、感染症予防の基本は、3密を避け手洗いをよくすること。新型コロナウイルス感染症が5類になってから忘れてしまった方が多いかもしれませんが、飛沫感染・接触感染の予防には換気の悪い密閉空間を避け、密集しないようにし、密接に接触することは避けましょう。
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小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)
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