松下幸之助の言葉に参加者の誰もが涙した…創業以来最大の経営危機に関係者に対して行った「伝説の演説」
プレジデントオンライン / 2024年10月4日 7時15分
■なぜ松下幸之助はあっさりと社長の座を降りたのか
社長をなかなか引退できない経営者が、ときどき話題になることがあります。
もちろん、理由はさまざまにあるのだと思いますが、社長というポジションが大きな魅力のあるものであることは間違いないでしょう。そのポジションを、あっさりと降りてしまったのが、幸之助でした。
またしても、世の中から拍手喝采されたのでは、と想像します。幸之助が「素直さ」を大事にした理由の一つには、人間には私利私欲が潜んでいることに、素直になれば気が付けるからです。そして、だからこそ私利私欲を消すことの難しさにも幸之助は気づいていました。
晩年になってすら、自分は私利私欲を打ち砕き続けている、と語ったそうです。どうしたって私利私欲は出てきてしまう。そこに打ち勝つには、その私利私欲を見つめ、真正面からぶつかっていくしかない。戦っていくしかないのです。
では、なぜ私利私欲は危険なのか。それは、判断を誤らせるからです。
■これは世の中のためになるか、ならないか
リーダーとして、常に行わなければいけないのは、私心のない判断です。
「これは世の中のためになるか、ならないか」
もし、幸之助が松下電器の成長発展の過程で、私利私欲にまみれた経営判断をしていたら、会社はどうなっていたでしょうか。まさに「これは世の中のためになるか、ならないか」という判断を貫いたからこそ、松下電器の繁栄はあった。多くの人からの応援が得られた。尊敬もされたのです。
幸之助は、自分の中に私利私欲が潜んでいることに気づいていました。だから、素直に自分と向き合った。「自己観照」という幸之助の言葉が残っています。
自分を一旦外に出してみて、客観的に見つめてみる、ということです。私利私欲と真正面から向き合い、それと戦わなければならないのは、誰でも同じです。私利私欲にまみれた人が尊敬を受けるはずがありません。
しかし、多くの人が、自分の中に私利私欲が潜んでいることに気づいてすらいません。まずは気づかなければいけないのです。そして、常に戦わなければいけないのです。
■「所得倍増の二日酔い」
岩戸景気と呼ばれる好況の中で、繁栄を謳歌する日本経済も、1961(昭和36)年末には陰りが見え始めた。
1月の社長退任のあいさつに先立つ、経営方針発表会で、「膨張しては引き締めてやっていくところに堅実な発展が約束される」と指摘した幸之助は、この変化に、強い懸念を抱くようになった。
池田内閣は、1960(昭和35)年12月に閣議で「国民所得倍増計画」を決定、相変わらず高度成長路線を歩んでいた。一般社会にも高度成長に慣れ、何ら不安を感じないという風潮が広がっていた。
そこで幸之助は、「文芸春秋」誌12月号で「所得倍増の二日酔い」という一文を発表し、こう警告した。
「日本経済が戦後16年間でこれだけの発展をして来たのは、他力によるものである。それを自力でやってきたかのように錯覚したために、今日の経済の行き詰まりが急速に起こってきたと思う。所得倍増もいいが、その言葉に酔って甘い考えをもってはならない。1つのことを行うに当たっては、その基礎には国民の精神を高める呼びかけがなければならない」
この文は第21回文芸春秋読者賞を受賞した。
パナソニックホームページ『松下幸之助の生涯』より
■「利益がないのは罪悪」と言った意味
幸之助はこの後、新聞広告などでも自らの意見を署名入りで発信、大きな話題となっていきます。
1960(昭和35)年、日本に貿易自由化の波が押し寄せた時代、まだ自由化は早いという声もあった中で、幸之助は「実は熟した」と題した意見広告を出しました。
翌年には、「アイデァ日本」と題した正月の広告で、国際競争に打ち勝つための日本のあり方を提言しました。もう基礎はできた、日本に足りないのは、すぐれたアイデアだ、と。
そして1965(昭和40)年に出したのが、「儲ける」というタイトルの新聞広告です。「この大事なことをもう一度、真剣に考えてみましょう」というサブタイトルがついています。
当時、日本の家電業界は苦しい状況にありました。幸之助は新しい販売制度を導入するのですが、その決意表明とも言えるメッセージでした。幸之助の「社会の公器」というものに対する考え方をよく表しています。
ヒト・モノ・カネをはじめとする経営資源は、いずれも社会からの預かりもの。企業はそれらを正しく有効に用いて、適正な利潤「儲け」をあげなければいけない。儲けてこそ、税や株式配当、あるいは社員の福祉向上を通じて、富を社会に還元できる。ここに「社会の公器」たる企業の本分がある、と。
預かりものを衆知を集めてフルに活用して役立つ製品やサービスを作り出し、それを顧客に届ける。その貢献の代償、報酬としていただくのが、利益であるということです。
利益がないというのは、役立っていない証拠。罪悪だと言っているのです。だから、適正に儲けよう、と幸之助は改めてメッセージしたのでした。
安ければいいというものではなく、適正ないいものには対価が与えられ、適正な利益を得たものがさらに良い社会を作っていく。もしかすると、安いものに席巻された日本で、今、最も発しなければいけないメッセージなのかもしれません。
■伝説の熱海会談はこうして始まった
熱海での会議は白熱化した。販売会社、代理店の社長からは、経営悪化の実態があからさまに吐露され、苦情や要望が盛んに寄せられた。壇上で、幸之助は、それらを一言も聞きもらすまいと耳を傾け、また、腹蔵のない意見を述べた。激しい議論が闘わされたが、何らの結論も得ぬままに、最終日の7月11日となった。
しかし、苦情はなお続きそうな気配である。そのうちに幸之助は、昔、電球を発売し、「横綱にして下さい」と無理を承知で頼んだことを思い出し、万感が胸に迫った。
そこで「2日間十分言い合ったのだから、もう理屈を言うのはやめましょう。よくよく反省してみると、結局は松下電器が悪かった、この一言に尽きます。これからは心を入れ替えて出直しますので、どうか協力して下さい」と祈るように訴え、絶句した。見ると、幸之助がハンカチで涙をふいている。
思わず全員がもらい泣きし、会場は一転して粛然となった。会談は感涙とともに幕を閉じた。
閉会に当たり、幸之助は、1枚ずつ思いをこめて揮毫した「共存共栄」の色紙を社長1人ひとりに差し上げた。その後、幸之助は病気療養中であった営業本部長の職務を代行し、不況克服に全力を傾注。
1965(昭和40)年2月には、「新販売制度」を実施。
その内容は、
①販売会社の整備強化、
②事業部との直取引制度、
③新月販制度などの画期的な制度であった。
パナソニックホームページ『松下幸之助の生涯』より
■松下幸之助が謝罪した意味
戦後の繁栄が進み、大型の家電製品の普及が一巡したにもかかわらず、メーカー各社はブームの頃と同じようなペースで商品をマーケットに投入し続けてしまったのが、このときです。
松下電器でも、日本全国で販売会社や代理店の経営が赤字に転落してしまいました。当時、幸之助はすでに会長という立場に退いていましたが、危機的状況を迎え、経営の最前線に復帰するのです。
そして、全国の販売会社、代理店の社長を招待し、3日間連続の懇談会を開催したのでした。1日目、2日目は激しい意見の応酬が続きました。お互いを非難するばかり。ところが3日目、幸之助は「責任は松下電器にある」と言い出します。
これは相当な荒療治が必要であると気づいた幸之助は、流通の責任や販売会社、代理店の社長の心を一つにしなければいけないと考えたのでした。そこで、2日目まではとにかく意見を言ってもらい、3日目で松下電器が悪かった、全力で改革に挑むと言って、心を一つにまとめていったのです。
非難で埋め尽くされた会場は、幸之助ならではの心をつかむやり方に、まさに一致団結したのでした。その後、自ら営業本部長代行に就任、流通改革を牽引して、新しい販売制度を軌道に乗せていきます。
後に熱海会談は、社内で伝説として語り継がれていくことになりました。
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ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。雑誌や書籍、Webメディアなどで執筆やインタビューを手がける。著者に代わって本を書くブックライターとして、担当した書籍は100冊超。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット』(三笠書房)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)、『JALの心づかい』(河出書房新社)、『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?』(あさ出版)など多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。ブックライターを育てる「上阪徹のブックライター塾」を主宰。
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(ブックライター 上阪 徹)
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