「EV世界3位」のフォルクスワーゲンはリストラを検討…大手企業に逃げられる「経済大国ドイツ」の衰退ぶり
プレジデントオンライン / 2024年10月2日 8時15分
■「ヨーロッパのシリコンバレーになる!」はずが…
前回のコラムで、ドイツ政府が大枚を叩(はた)いて米インテルを誘致する話を書いた。
インテル社が、ザクセン=アンハルト州の州都であるマクデブルクに300億ユーロを投資し、一大チップ工場を建設する。そして、そのうちのほぼ100億ユーロをドイツ政府が補助する、というのがその内容だ。
ショルツ首相、インテル社のゲルシンガーCEOらがベルリンで協定書に署名し、力強く握手をしたのが6月19日。ショルツ首相曰く、「ドイツはヨーロッパのシリコンバレーになる!」と胸を張り、疑いなど挟ませないと言わんばかりの不遜な笑みを浮かべた。
さらに8月28日には、ハーベック経済・気候保護相が「インテル誘致の認可は、完全に予定通りに進行」と太鼓判。インテルの敷地は400ヘクタールだが、州はそれに隣接してハイテクパークの建設を予定し、700ヘクタールを3000万ユーロで購入していた。
ここには、インテルの下請けとなるハイテク企業のほか、マクデブルク大学の研究施設やスポーツ施設も入る予定だという。インテルとハイテクパークの敷地に接続する新しい道路の建設には390万ユーロの予算が組まれ、すでに8月17日、起工式が終わっていた。
■まさかの「2年間凍結」に大騒ぎ
また、これら未来の工場群に電気や水を供給し、さらに、市民に熱や水を供給するための施設も、同時に建設されるという。お役所仕事が進まないことで有名なドイツで、このようにスムーズにことが進むのは、まさに稀代の出来事だ。これで雇用が増え、景気も向上するはずだと、政府も、州も、市も、参入する関連産業も、皆が大いにこのプロジェクトに沸いた。
ところが9月16日、インテルは突然、工場の建設を2年間凍結すると発表。マクデブルク周辺はもちろん、首都ベルリンの天地までが激しく動転した。
建設の認可の有効期限がまさに2年。もちろん、インテル社がその期限内に延長を申請すれば、6年まで延ばせるという。ただ、誰が、そのような先の見えない話に付いていけるだろう?
ライナー・ハーゼロフ州首相は、「われわれはすべて正しく進めた」と苦々しい顔で記者会見。インテルの話が出て以来、産業脆弱な同州に湧き起こっていた、勃興ともいえる高揚の気運が、今、一瞬でしぼもうとしているのだから、苦々しくもなるだろう。「今後もインテルが来るという前提でプロジェクトは進める」と言いつつも、失望と怒りを隠せなかった。
■民間企業なら州首相は「辞任しているはず」
また、マクデブルク市長、シモーネ・ボリス氏は、「インテルのプロジェクトが2年後に再開することは確実だと思っている」とか、「われわれが供与した立地条件は非常に魅力的なものであり、インテルは2年後もきっと欲しいと思うはず」などと楽観的なことを言っていたが、本人さえ、それを信じているかどうか?
一方、同州の野党の左派党は、「夢はすでに終わった」、「予算は教育と難民問題に差し替えるべき」と主張。同じく野党のAfDは、州の経済政策の軽率さを指摘し、「民間企業なら、いわゆるプロジェクトマネージャーであるハーゼロフ州首相は、辞任しているはずだ」と、氏の責任を追及した。まさにその通りだ。
また、緑の党は、「たとえインテルが来なくなっても、他の企業を誘致すればいいだけで、それほどの悲劇ではない」と、いつも通り経済音痴丸出し。
なお、大打撃を受けているのは参画するはずだった企業で、彼らは、計画がこんなにあやふやでは投資はできないとし、「はっきりイエスかノーを決めてほしい」と市に強く要請した。ちなみに、参画企業にも補助金が出ることが決まっていたが、それも現在、すべて宙に浮いてしまった。
■「既存の会社の犠牲の上に外国企業を支援している」
インテル側は、「影響をなるべく小さくとどめられるよう努力する」と言っているようだが、そもそも最初から本気だったのかどうか? 例えば私が奇妙だと思ったのは、工場建設の起工式(鍬入れ式)が今年中に行われるとまことしやかに言われていながら、9月になってもまだその日程が決まっていなかったことだ。これほどの規模の建設事業なら、式に集まる顔ぶれを想定しても、2カ月前にようやく日程が決まるなどということは、本来ならあり得なかったのではないか。
ifo経済研究所のクレメンス・フュースト所長は第1テレビのインタビューに答えて、「企業の投資計画の変更や、それに伴うリストラはしばしばある。しかも、インテルは現在、最新のテクノロジーの開発に乗り遅れたことを批判されており、なぜ政府が、そのインテルに、このような多額の補助金を提供しようとするのか、その背景に不明な部分がある」とまで言っている。
また、キールの世界経済研究所シュテファン・コーツ氏も同様の意見で、「Wirtschaftswoche」誌のインタビューで、「100億の補助金がすでに問題」と指摘。しかも、インテルが来たら、来たで、彼らが他の企業から技術者を引き抜くことは確実なため、「ドイツ政府は、既存の会社の犠牲の上に、外国企業を支援することになる」。いずれにせよドイツ政府のやり方は、自由経済の範疇から離れていると、かなり辛辣な批判だった。
■連立を組む「2党vs.1党」の対立の溝は深い
確かに、今回の政府の援助は、電気自動車の奨励を視野に置いた、政府のイデオロギーが色濃く出た政策だった。イデオロギーの実現のために税金を駆使して、生産や消費を操作しようというのは、社会主義の手法だ。しかし、社会主義国の計画経済が産業を発展させ、国民に豊かさをもたらした例は、いまだかつてない。
一方、政府が予算に組んだ100億ユーロが宙に浮きそうで、やおら喜んでいるのが自民党のリントナー財相だ。財政均衡を守り、新規の借金をしないという自党の公約を死守するために呻吟していた氏は、この棚ぼたの100億ユーロを、ぜひとも政府の財政赤字の穴埋めに使いたい。
これに関して障害があるとすれば、いつも通り、同じ連立与党である社民党と緑の党だ。ばらまきの好きな両党と、財政均衡を求めるリントナー氏との間には、常に深刻な争いが絶えない上、このお金は気候政策の一環として使用されなければならないという縛りがあるため、使い道をめぐって、これから熾烈な争いが巻き起こる可能性もある。
■フォルクスワーゲンの「雇用保障」破棄の衝撃
そして、政治家がそんな不毛なことをしているうちに、ドイツはすでに不況に突入している。2023年のEV販売台数で世界3位のフォルクスワーゲンは9月10日、国内工場で2029年まで雇用を保障することなどを盛り込んだ労働協約を破棄、国内工場の閉鎖も検討すると発表しており、従業員は戦々恐々だ。その矢先、今度はダイムラー・ベンツでも、来年早々、管理職クラスの1割、主に年配の社員が解雇されるという話が漏れ出てきた。
両社ともまだ正式なリストラの発表はないが、火のないところに煙は立たない。これまで、まだ足元に火の点いていなかったドイツ国民だったが、企業の国外移転、解雇、倒産が、ここまで雪だるま式に増えてくれば、悲観的にもなる。自動車産業だけでなく、同じく基幹産業である化学産業も、すでに軒並み国外に脱出してしまった。しかも不況は、今、始まったばかりで、先が見えない。
そのため、今回のインテル誘致の脱線に関しては、このままご破算になったほうがかえって良いという声も多い。100億ユーロも支払って誘致した工場で、大して使いものにならない周回遅れの製品が作られたり、それどころか、事業が回らず解雇、撤退などということになったら、被害は今とは比べものにならないほど大きくなるからだ。そもそもドイツには、チップ製造に必要な良質な電気も、大量の水も不足している。
■この姿は本当に世界3位の経済大国なのか
ただ、緑の党の経済相だけは現実の深刻さとは無縁で、本当に厳冬となれば、高騰したエネルギーを支払えず、凍える人が出現するかもしれないというのに、いまだに風車の建設に躍起になっている。しかも、電気代の高騰は補助金で中和すれば良いと思っているらしいから、始末に負えない。去年の歳入は史上最高だったというが、国庫は、政府の不毛なエネルギー政策や、間違った移民政策ですでに空っぽなのだ。
このままでは、ドイツはどんどん脱産業化していく。ただ、能天気なドイツ政府にはそれが見えていない。ドイツの衰退をつぶさに見て、これがヨーロッパの没落を誘引するのではないかと不安を抱いているのは、皮肉にも、これまでドイツが上から目線で見下ろしていた周りの国々なのである。
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作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。
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(作家 川口 マーン 惠美)
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