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「紀州のドン・ファン事件」はなぜ「完全犯罪」と呼ばれるのか…元週刊誌編集長も唸った「55歳下妻」のしたたかさ

プレジデントオンライン / 2024年10月1日 14時15分

初公判に出廷した須藤早貴被告=2024年9月12日、和歌山地裁[イラスト・松元悠氏] - 写真=時事通信フォト

■まるで検察が「有罪にしてください」と“懇願”したよう

「これは完全犯罪だ」

9月12日に開かれた「紀州のドン・ファン殺人事件」初公判の冒頭陳述で、検察側はそういったという。

辞書を引くと、完全犯罪とは「犯罪の証拠をまったく残さないで行われた犯罪」である。

私は高校時代に松本清張の推理小説に魅せられ、読み漁って以来、推理小説の愛読者だから、「完全犯罪」という言葉に敏感に反応してしまう。

小説に出てくる犯人の多くは完全犯罪を目論(もくろ)むが、敏腕刑事の執念の捜査と推理によって鉄壁だったはずのアリバイが崩され、巧妙な犯行トリックが明かされてしまう。

したがって、被告として裁かれるとき、検察側は「被告は完全犯罪を目論もうとしたが失敗した」というような陳述をするはずである。

私は、雑誌屋という立場から多くの事件を見てきたが、検察が冒陳で「完全犯罪」といったのは記憶にない。

この事件は裁判員裁判で行われるが、検察側は「自白も物的証拠もないが、状況証拠から鑑(かんが)みて、須藤早貴被告(28)が犯人に違いないと考えられるから、裁判員の皆さんはわれわれの苦しい胸中を察して、何とか被告を有罪にしてください」と“懇願”したように、私には思えるのだ。

事件を振り返ってみよう。

■「薬物」「老人 死亡」とネットで検索

2018年5月24日に事件は起きた。「紀州のドン・ファン」と呼ばれていた資産家で好色だった77歳の野崎幸助氏が、和歌山県田辺市の自宅で急性覚醒剤中毒のために亡くなったのだ。

家にいたのは、資産目当てに野崎氏と3カ月前に結婚した須藤被告(当時22歳)だけだった。

警察は事件当初から、須藤氏を“本ボシ”と見て、野崎氏が飲んだビールグラスやビール瓶、覚醒剤の入手先などを徹底的に調べ、事件当日、外出していたお手伝い、野崎氏の会社の従業員全員、取引先などを聴取した。

また、須藤被告が結婚後に和歌山に住むことを拒み、野崎氏は周囲に「離婚したい」と漏らしていた“事実”。その後、離婚届を彼女に送っていたことも掴んだ。

須藤被告は、結婚直後の2月に、ネットで「完全犯罪」という言葉を検索。離婚届が送られてきてからは、「薬物」「老人 死亡」などのキーワードで検索していたことも判明している。

覚醒剤についても、須藤被告は、「覚醒剤 過剰摂取」などの言葉を検索し、4月7日には密売サイトを通じて致死量の3倍もの3ミリグラム以上を注文していたことも掴んだという。

■「状況証拠」はあっても、物的証拠が見つかっていない

また、和歌山地裁で第5回公判が9月24日に行われ、「当時の捜査にかかわった県警の警察官が証人として出廷し、野崎さん宅の多くの場所から微量の覚醒剤成分が検出されていたことを明らかにした」(毎日新聞電子版9月24日 20:59)そうである。

同じ警察官なのだろう、FNNプライムオンライン(9月24日18:20)によると、「野崎さんの自宅にあったシャツや歯ブラシから覚醒剤の反応が出た」と証言した。

また、東京都内の須藤被告の自宅にあったサングラスやハイヒールなどからも覚醒剤の反応が出たということだ。

さらに、検察側は証人尋問でメールの記録などから野崎さんに日常的な覚醒剤の使用の疑いがなかったことを明らかにしたという。

2人だけの密室。動機は数十億円ともいわれる資産欲しさ。すべての「状況証拠」は、犯人が須藤早貴だということを指し示しているようだが、犯行に使用されたといわれる覚醒剤は発見されていない。

事件から3年がたった2021年4月、殺人罪などの容疑で須藤は逮捕・起訴された。

取り調べは苛烈を極めたと想像するが、須藤被告は黙秘または犯行を否認しているのであろう、悪名高い「人質司法」によって5年以上拘禁され、保釈は認められていない。

■元週刊誌編集長の記憶に残る「保険金殺人事件」

裁判員裁判だからだろうが、公判はたびたび開かれ、12月12日には和歌山地裁で判決が出るといわれているが、拙速にすぎるのではないか。

しかも、“証拠の王様”である自白はなく、確たる直接証拠もないまま、状況証拠だけで有罪にできるものなのだろうか?

推理小説なら、2人だけの密室で起きた殺人事件で、犯人と思われる人間には十分な動機があった場合、真犯人はその人間ではないのが「お約束」である。

ところで、本件とは離れるが、私がこれまで見てきた殺人事件について記してみたい。

1974年、私が新米編集者のときに大分県別府市で起きた殺人事件は、保険金殺人の嚆矢(こうし)といわれるものであった。

11月17日、フェリーの岸壁から親子4人が乗った乗用車が海に転落した。妻と子供2人は亡くなったが、夫の荒木虎美氏は沈んでいく車からかろうじて抜け出して生き残った。

哀しみに暮れる夫の姿は多くのメディアで報じられ、どのようにして沈んでいく車から脱出できたのか(事故当時、荒木氏は自分は助手席にいたと主張)、再現ドラマを放送するワイドショーがあったと記憶している。

だが、荒木氏が事故直前に妻や子供たちに約3億円という莫大な保険金を掛けていたことが判明することで、事態は急転した。

■死ぬ危険を冒してまでそんなことをやるのか?

荒木氏は逮捕前に多くのワイドショーなどに出演して、「死ぬかもしれない危険を冒してまで保険金殺人をするわけがない。できるというのなら、お前もやってみろ」などと否定し、無罪を主張した。

だが12月11日、保険金殺人の容疑で荒木は逮捕されたのである。

私も、いくら金が欲しいといっても、死ぬ危険を冒してまでそんなことをやる人間がいるのだろうかと半信半疑だった。

検察側は、車の鑑定で妻の膝に付いた傷と助手席ダッシュボードの傷跡が一致した(運転していたのは荒木氏だったのではないか)。車に付いている水抜き孔のゴム栓がすべて取り外されていた。事件当日の夜、事件現場前の信号機で停まっていた車の運転席に荒木が座っていたとする男性の証言などを上げたが、決定的な直接証拠を出すには至らなかった。

だが、1980年3月28日、大分地方裁判所は荒木被告に死刑を言い渡した。荒木被告は控訴したが、福岡高等裁判所は控訴を棄却して死刑判決を維持。

上告中の1987年に荒木被告は癌と診断されて八王子医療刑務所に移監されたが、1989年に死亡してしまったため、公訴棄却となった。

荒木被告の口から真相が語られることはなく、疑惑だけが残った。

夜の海と月
写真=iStock.com/kyoshino
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kyoshino

■2審で逆転無罪になった「ロス疑惑事件」

やはり、自白も有力な物的証拠もなく逮捕・起訴された事件で一番有名なのは、週刊文春が連続追及して話題になった三浦和義氏の「ロス疑惑事件」であろう。

新妻を殺された悲劇の主人公から一転、妻に多額の保険金をかけて殺したのではないかという疑惑が浮上。

1984年に文春が「疑惑の銃弾」というタイトルで連載を始め、他のメディアも後追いした。三浦氏のキャラクターもあって大騒ぎになった。多くのメディアが囃(はや)し立て、世論も「なぜ三浦を逮捕しないのか」と騒ぎ、仕方なく警視庁は1985年、三浦氏を逮捕・起訴したのである。

しかも、状況証拠だけで有力な物証も自白もなかったのに1審は有罪になった。

当時私は週刊現代の編集長だった。2審判決が出る前に、「状況証拠だけで有罪はおかしい、無罪だ」と誌面で主張し、その通りに逆転無罪判決。最高裁まで持ち込まれたが、2003年に保険金殺人では三浦氏の無罪が確定した。

私は、事件前も事件後も、三浦氏と何度か会っているが、「保険金殺人疑惑」は“真っ白無罪”なのかといわれれば、100%そうだとはいい切れないものがあったのは確かである。

だが、「疑わしきは罰せず」「たとえ10人の真犯人を逃したとしても、1人の無実の者を処罰しては絶対にならない」は刑事訴訟の基本原則である。

■夏祭りが恐怖の一夜に変わった「毒物カレー事件」

最後に、「和歌山毒物カレー事件」について見てみたい。

1998年7月25日に和歌山市園部地区で開催された夏祭りの最中、自治会が提供したカレーにヒ素が混入していて、67人が中毒症状を訴え、4人が死亡した事件である。

鍋に入ったカレー
写真=iStock.com/karimitsu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/karimitsu

和歌山県警は10月4日、別件で同地区の主婦・林眞須美を逮捕し、12月9日にカレーの鍋に亜ヒ酸を混入した殺人、殺人未遂容疑で再逮捕、起訴した。

根拠は、カレーに混入されたものと組織上の特徴を同じくするヒ素が眞須美被告の旧宅から発見された。眞須美被告の頭髪から高濃度のヒ素が検出された。

夏祭りの当日、眞須美被告のみがカレーの入った鍋にヒ素を混入させる機会があり、彼女がカレーの鍋蓋を開けるなどの不審な挙動をしていたという目撃証言があった。

眞須美被告はカレー事件が起きる約1年半以内に、保険金詐取目的で計4回食べ物の中にヒ素を混入して、保険金を手にしていたなどなど。

しかし、最大の謎である「動機」は、自治会の人間と折り合いが悪く、腹立ちまぎれにヒ素を混入させたという曖昧なもので、ほとんどは間接証拠でしかなかった。法廷では、林眞須美被告は犯行を黙秘し続けた。

裁判は1審の開廷数が95回、約3年半に及んだが、和歌山地裁は求刑通り林眞須美被告に死刑をいい渡したのである。

■動機は不明、直接証拠も出てきていない

控訴審で林被告は黙秘から一転、自分は犯人ではないという供述を始めたが、大阪高裁は「供述は証拠との矛盾や不自然な点に満ちている」として信用性を否定し、控訴を棄却した。

上告審で弁護側は、「直接証拠も自白もない。動機の解明すらできていない。林被告が地域住民に対して無差別殺人を行う動機などない」と主張したが、最高裁は2009年、弁護側の上告を棄却し、死刑が確定した。

だが、この事件は発生当初から、動機の解明ができていないことや、直接証拠がないことなどから、有識者たちから「冤罪ではないか」という疑惑が指摘されてきた。

林死刑囚は、この判決を不服として3度の再審請求を行い、2回は棄却されたが、3回目は和歌山地裁で受理されている。

「関係者によると、祭り会場にあった紙コップのヒ素と、林死刑囚の自宅で見つかったヒ素が同一だとする鑑定などが誤りだなどと主張する方針という」(読売新聞オンライン2024年2月20日 22:34)

私は、この事件が冤罪か否かを判断する何ものも持ち合わせてはいないが、最も重要な動機の解明を検察も裁判所もなおざりにして、死刑判決を下していいのかという疑問はある。

さて、紀州のドン・ファン殺人事件に戻ろう。

■別件では「2980万円の詐取」を認めている

須藤被告は、すべてに完黙しているわけではない。別件で札幌市の男性(当時61)から約2980万円を詐取した件で訴えられているが、「私の体を弄ぶために払ったと思う」と、カネを受け取ったことは認めているのだ。

週刊文春(9月26日号)は、須藤被告の弁護側が「夫婦の性生活」にも言及したことを報じている。

「高齢の野崎さんは性的機能が不全の状態でした。何度も須藤さんと性交渉をしようとしましたが、勃起せず、挿入できません。それが三月下旬から四月下旬まで続きました。夫婦の交わりは、一度もありませんでした」(冒頭陳述より)

野崎氏が夫婦の営みを行えないことを理由に、須藤被告が離婚を切り出し、数億円の慰謝料を請求することもできたのではないか。

また週刊ポスト(10月4日号)は、須藤被告が結婚前に複数の高級クラブに登録し、デリヘルで働いていたこと、AVに出演していたことが冒陳で明らかになったことを報じている。

ポストはAV界のトップ男優で、須藤と共演したしみけん(45)にインタビューしている。

事前に書いてきた面接シートには、出演動機を「お金」と書いていたこと。群を抜いて奇麗なスタイルで、お尻から腰にかけてのくびれがスキージャンプ台みたいだったと話している。

■並外れた精神力をもつ被告から真実を引き出せるのか

須藤被告がカネに執着するタイプの女性であることは間違いないのだろう。

須藤被告が身体を武器に、男たちからカネを巻き上げてきた“性悪”であることも間違いない。数十億といわれた資産目当てに野崎氏と結婚したが、離婚するといわれて殺しを計画したという“推理”も成り立たないわけではない。

だが、逮捕から初公判まで3年以上、拘禁状態を“耐え抜いた”須藤被告の精神力は並大抵のものではないはずだ。

強靭な精神力をもった被告に対して、検察側は、裁判員たちの“情”に訴えるのではなく、確たる証拠を呈示して有罪判決を勝ち取るべきであることは、いうまでもない。

須藤被告の弁護士が冒頭陳述でこう述べている。

「あやしいから、やっているに違いない。もし、そう思って結論が決まってしまうならば、この裁判をやる意味はありません」(朝日新聞9月13日付)

「その上で、『そもそも野崎さんの死は殺人事件なのか』『被告が犯人なのか』が争点だと指摘。『被告が人を殺す量(の覚醒剤)を飲ませることができたのか』といった点について、検察側が裁判で立証できたかを判断してほしい、と訴えた」(同)

私は、須藤早貴被告が真っ白無罪だと考えているわけではない。しかし、少しでもグレーな部分があり、検察側の主張に疑問があれば、刑事訴訟法の原点に立ち返るべきではないか。

この一見簡単そうに見える殺人事件の裁判は、検察官、裁判官、裁判員たちにとって厳しい判断を迫られるものになる。私はそう思っている。

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。

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(ジャーナリスト 元木 昌彦)

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