ダメ出しされても「AIのせい」にできる…「お~いお茶」が商品デザイン数百案をAIに任せた「納期短縮」以上の効能
プレジデントオンライン / 2024年10月20日 8時15分
■デザイン分野でのAIイノベーション
生成AIから生まれるビジネス機会への関心が高まっている。2022年にChatGPTが公開されて以降、国内のマーケティングにおいても、生成AIの活用は顧客管理やプロモーションなど、さまざまな領域で広がっている。
パッケージ・デザインもそのひとつである。2023年9月にリニューアルを行った伊藤園の「お~いお茶 カテキン緑茶」は、発売後初月には前年比1.6倍の売上げを達成したが、この商品の新パッケージにも生成AIが使われている。
自社開発のAIシステムでこのパッケージ・デザインを担当したのが、社員70人の会社、プラグだ。なぜ大手の広告代理店ではなく、プラグのような規模の専門会社が、デザイン分野でのAIイノベーションを先導できたのか。プラグの小川亮社長にお話を伺った。
■デザイン生成と評価の2つの機能
プラグは2014年、パッケージ・デザインを手掛けてきたアイ・コーポレーションと、市場調査を手がけてきたCPPの2社が合併して生まれた。これら2つの専門性を武器に、同社は年間200件以上のパッケージ・デザインの制作を手がける。クライアントは、伊藤園のような大手企業が多くを占める。
現在プラグは、デザイン生成とデザイン評価の2つの機能をもつパッケージ制作のためのAIシステム、「Crepo パッケージデザインAI」を提供している。このうちデザイン画像の生成には生成AIの技術が、デザイン評価にはディープ・ラーニング(深層学習)の技術が用いられており、それぞれが実業務においてパッケージ・デザイン案を制作するプロセスと、デザイン案を選定するプロセスに対応している。
なお、プラグも現在のところは、全ての依頼案件にAIを使っているわけではない。それでも、AIがらみの案件は増加傾向にあるという。
■パッケージ・デザインのつくり方
大手メーカーのパッケージ・デザインの制作では、デザイン案を何度も修正し、練り上げていくのが一般的だ。その各ステップでデザインの「制作→選定」が行われ、ステップが進むにつれてデザイン案は絞り込まれ、磨き上げられていく。各ステップにおける選定の際には、アンケートなどによる市場調査の結果が参照されたりもする。こうしたプロセスを経てパッケージのデザインが完成するまでには、数カ月を要することが少なくない。
図表1にその一例を示そう。依頼元のメーカーから聞き取った商品コンセプトをもとに、20のデザイン案をつくって選定を行い(ステップ1)、そこで評価の高かった4つの案をさらに練り上げて、ブラッシュアップした4つのデザインのなかから最終候補を1つ選び(ステップ2)、さらにデザインに磨きをかけて最終選定を行う(ステップ3)。このような流れで制作は進む。
■AI導入で何が変わったのか
プラグの場合、従前の人の手によるデザイン作業では、上記のステップ1までに2~3週間の期間を要していた。さらに、ステップ2に進む前の依頼元による絞り込みをサポートするため、アンケートなどの市場調査を行う場合は、もう1カ月半~2カ月が必要だった。
デザイン生成にAIを導入すれば、20どころか何百という叩き台のデザイン案が数分で手に入る。さらに選定の際にも、デザイン評価用のAIを使えば、アンケートなどの市場調査を行わなくとも客観的評価がすぐに手に入る。その結果、これまで2~3カ月を要していたプロセスの期間が、3日~1週間にまで短縮されることになった。
■AIと人間それぞれの担当分野
一方、その先のステップ2以降のデザイン作業については、プラグでは人が担当している。生成AIが提案するデザインには、既存のデザインのコピーや、各種の権利を侵害した案が紛れ込んでいる可能性が排除できない。ステップ2および3のデザイン作業を人が行うことで、生成AIの創造領域での利用につきまとう盗用問題を回避している。
一方で、デザイン案を絞り込む作業では、ステップ2でも評価用のAIを使用することが可能だ。この評価AIは、プラグが独自に実施してきた1020万人以上分の消費者調査の結果を機械学習のためのデータセットとして用いており、社外の調査や著作物等の権利を侵害する恐れはない。
以上のようなAIの活用を通じて、プラグはパッケージ・デザインのトータルの制作時間を大きく短縮することに成功した。従来は6カ月ほどの期間が必要だったパッケージ・デザインの制作が、今では2~3カ月と、ほぼ半分の期間で完成するようになった。
AI導入の効果は、単なる時間短縮にとどまらない。パッケージ・デザインの制作は、案をつくっては選定を行い、絞り込んだ案をさらに練りあげては再び選定を行うというステップを繰り返して、デザインの完成度を高めていくプロセスである。AIの導入によって、プラグでは制作プロセスのスピードアップやコストダウンだけでなく、そこで生まれた時間的余裕を使って、デザイン案のバリエーションや評価の回数を増やすことも可能になった。これは最終的なデザインの完成度を高めるという、業務の根幹部分のレベルアップに直結する。
■人間が思いつかないような案を出してくる
生成AIでデザイン案を制作することの効用は他にもある。AIは、人間が思いつかないような案を出してくることがしばしばある。
たとえば、「高さ1メートルのビール缶」といった突飛な案を、平気で提案してくる。あるいは、「10人乗りのフェラーリ」といった奇抜な課題を与えても、人間よりはるかに短時間でデザイン案を出してくる。AIを使うことで、人がつくるよりもはるかに幅の広がったデザイン案から、絞り込みをかけていくことができるのである。
■選定
デザイン案選定のミーティングの席で、依頼元企業の担当者と制作チームが意見を述べ合う際の自由度も増した。AIがつくったデザイン案であれば、「この案は変だ」と指摘しても誰も傷つかず、気をつかって言葉を選ぶ必要もない。
AIを使うことで人の創造的なコミュニケーションの活性化が起こる。プラグでは、生成AIをデザイン案の制作に使うことで、選定の際の意見をより率直に述べ合うことができるようになったと感じているという。
■自社が蓄積したデータでAIを「調教」
パッケージ・デザインの評価と生成へのAIの活用において、現在のところ国内においてプラグの強力な競合は現れていない。デザインや市場調査を手がける大手企業がいくつもあるなかで、なぜ小さなプラグが、頭ひとつ抜けだすことができているのだろうか。
その理由のひとつは、評価の局面でも、生成の局面でも、人をしのぐ効果や効率をAIによって生み出すためには、時間をかけて人がAIを「調教」する必要があることである。そのため、他企業は可能性を理解しても、すぐにはキャッチアップできない。
パッケージ・デザインの評価AIを例にとれば、アナログの市場調査でつかんだ「パッケージの画像→人による評価」のデータを、ひたすらAIに学ばせながらチューニングしていく必要がある。この作業を繰り返すことでAIによる評価の精度が上がっていくのだが、それには時間と手間がかかる。この調教活動を、プラグは一足早く始めていた。
■日本市場向けのチューニング
生成AIについても同様である。ChatGPTなどの汎用AIに指示を与えても、使えそうなパッケージ・デザインが提案されることは少ない。それは、ChatGPTが全世界のデータを日々学習しているからである。素のままのChatGPTが提案するのは、日本人にはピンとこないグローバル・ベースのデザインになりやすい。
この問題を回避するためには、日本らしいパッケージの画像を選択的に学習させた、独自のAIを育てていく必要がある。評価AIのチューニングと同様に時間と手間のかかる作業だが、こうした作業もプラグは自社の強みが生かせる領域で積み重ねてきた。
■大手企業にはない強みはどこにあったか
加えて、プラグの競争戦略上のポジショニングの問題がある。プラグはパッケージ・デザインの制作と市場調査に特化してきた会社である。一方の競合する大手広告代理店などは、リソースは豊富だが、パッケージだけでなく広告やプロダクト・デザインを含む、幅広い領域をカバーしている。
デザイン業務へのAI導入をはかる場合、大手広告代理店などは自らの広い事業領域全体を視野に入れつつ、投資対効果などを慎重に見極めようとする。あいだに、プラグのような小回りのきく会社はとっとと行動を開始する。加えて、デザイン・ビジネスのなかでは、パッケージ・デザインは比較的規模の小さい市場で、大手広告代理店などにとっての開発の優先順位は低くなる。
こうしたポジショニングのもとでプラグは、いち早くAI開発の取り組みをはじめたことで、「小さな池の大きな魚」(新規性の高い小さな市場に先駆けて参入し、そこで高シェアを獲得することで利益を確保すること)を獲得している(小さな池の大きな魚については、栗木契「アイデアに詰まったら“超少数派”に聞け…商品開発の最終兵器『エクストリーマー・リサーチ』とは何か」参照)。
■小規模な会社ならではの柔軟な取り組み
以上のようにプラグは、デザインAIによって競争戦略上の独自のポジションを獲得している。戦略計画的な行動に長けた会社という印象を受けるかもしれないが、じつはこの方向性は「実際に走りながら見えてきたもの」だという。
プラグでは2015年から、市場で好まれるパッケージ・デザインとは何かを調べるために、従来型の市場調査を自社で始めた。そのデータが数百万人分以上蓄積された2017年、ディープ・ラーニングという新技術を知ったことをきっかけに、パッケージ・デザインの評価AIの開発を試みる社内の自主研究会が立ち上がった。この時点では、会社としてのAIについての知識は十分ではなく、この研究が自社に何をもたらすかもはっきりしていない状態だったという。
その後は、勉強しては試行するという形で評価AIの開発を進めたが、なかなか精度が上がらなかった。そこで東京大学の山崎研究室に助けを求め、指導を受けた。同研究室に開発を依頼できるほどの予算はなかったため、構築したAIを見てもらっては宿題を持ち帰るというやり方で、その後の開発は進んだ。柔軟に新しいことに取り組める、小さな会社の利点がここで生きた。
その後はアスリートがコンマ1秒ずつ記録を高めていくように、一歩一歩精度を高めていくことができた。このディープ・ラーニングの開発での体験が、次の生成AIの活用にもつながっていく。走りながら考えることで、プラグは期せずして国内パッケージ・デザインへのAI導入のフロントランナーとなっていったのである。
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神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。
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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)
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