「5人に1人が再発」という恐怖におびえていた乳がんの女性に精神科医が勧めた"心を軽くする"習慣
プレジデントオンライン / 2024年10月9日 16時15分
※本稿は、清水研『不安を味方にして生きる:「折れないこころ」のつくり方』(NHK出版)の一部を再編集したものです。
■不安を手放す
考えうる対策をすべて行ったら、それ以上不安にとらわれていても意味がありません。
「こうなったらどうしよう」と考えてもつらいだけです。自分で対処できない不安は「手放す」ほうがいいのです。手放すにはコツが必要なので、これからお伝えします。
不安を手放すためにできることは、ふたつあります。ひとつは、不安のもととなる心配事にこころが支配されないような工夫です。もうひとつは、「もし心配事が起きても、自分は向き合っていける」というイメージをもつことです。
まず、心配事にこころが支配されないためにはどうしたらいいのでしょうか。
■今後再発しないかという強い不安
吉岡智子さん(仮名・52歳女性)は半年前に乳がんに罹患(りかん)したことがわかりました。最初にお会いしたときは、左乳房の全摘出手術後、再発を予防するための化学療法を受け、その治療が終わったところでした。
彼女は乳がんの手術と化学療法を終えたところで、目に見えるがんはすべて取り除くことができましたが、今後再発しないかという強い不安に苦しんでいました。
前回の診察で、私は吉岡さんに対して、どの程度再発リスクがあると見込まれるのか、再発を予防するために自分ができることはないか、主治医に確認するようアドバイスしました。
情報が少ないと疑心暗鬼になるので、リスクを知っておくことで不安が減じます。さらに、自分ができることはすべてやったという納得感があれば、やり残したことはないだろうかという焦りからも解放されます。
今回吉岡さんは、次のような話をされました。
「前回いただいたアドバイスをもとに、主治医の先生に予測される再発率を尋ねてみました。聞くのも怖かったので、とても勇気がいりました」
「よくがんばりましたね。それで、どうでしたか」
「再発率は2割程度とのことでした。不安は残りますが、もっと高い数字を言われたらどうしようと心配していたので、その点では少しほっとしました」
■現時点でできることはないか
「それはよかったですね。もうひとつ、現時点で吉岡さんにできることがあるかについてはどうだったでしょう?」
「聞いてみましたが、現時点でできることはほとんどないそうです。私の場合は再発予防の化学療法を終えていますし、ホルモン療法などは私のがんには効果がないので、さらに行う治療もないようでした」
「日常生活に必要な工夫もないのでしょうか」
「そういったこともほとんどありません。極端な不摂生で体重がぐっと増えるのは良くないそうですが、あまり神経質になりすぎず、普通の生活をしていいとのことでした。生活の制限がないのはうれしい一方で、自分でできることがないのは残念です」
「でも、できることはすべてやったと確認できたのはよかったのではないですか?」
「たしかにそうです。ただ、これから“再発する2割に入ったらどうしよう”という不安と向き合わなければなりません。半年に1回の検査を受けるたびに、不安と恐怖でいっぱいになりそうです」
「2割の確率なら、逆に言えば5人に4人は再発しないとなりますが、一方で2割という数字も無視はできませんね。その不安との向き合い方を一緒に考えましょう」
■不安と向き合うための工夫
「吉岡さんが、不安と向き合うためにできる工夫は何かあるでしょうか」
「病気のことはなるべく考えないようにしているのですが」
「考えないようにするやり方はうまくいっていますか」
「あまりうまくいっていません。考えないようにしようとしても、不安な気持ちでいっぱいになってしまうこともあります」
「意外かもしれませんが、考えないようにするのは役に立たないどころか、むしろ有害だと心理学の実験でも示されているんですよ。有名な“シロクマ実験”をもとに説明しましょう。
この実験では、参加した被験者を3つのグループに分けて、シロクマの1日を追った同じ映像を見てもらいます。その後、各グループに次のような指示を出します。
・シロクマのことは考えても考えなくてもいい。
・シロクマのことは絶対に考えない。
どのグループが、いちばんシロクマのことを覚えていたと思いますか?」
「これまでの話の流れだと、“絶対に考えない”という指示があったグループでしょうか」
「そのとおり。考えないようにすればするほど、かえってそのことが頭から離れなくなるという逆説的な現象が起きてしまうのです」
この実験を行った心理学者ダニエル・ウェグナーは、結果をもとに「皮肉過程理論」を提唱しました。その理論によると、「考えないように」との指令を脳に与えると、「考えないように」する対象を同定〔対象が何であるかを判定すること〕しようと、脳は意識します。すると、かえってその対象について考えてしまうという皮肉な結果となるのです。
行動を変えることで不安を小さくできるがんなどの病気に限らず、こころに心配事があるとき、「そのことを考えないようにする」のは一般的に逆効果とされます。吉岡さんとの対話を続けながら見ていきましょう。
■行動を変えることで感情を変える
「考えないようにする以外に、どんな方法があるんでしょうか」
「不安や悲しみなどの感情を直接コントロールするのは難しいですが、“行動を変えることで、感情を変える”という方法があります」
「行動を変えることで感情を変える⁉」
「認知行動療法という科学的に有効性が示されたカウンセリング法のひとつで、比較的手軽に取り組めるものです」
「認知行動療法という言葉は聞いたことがあります」
「認知とは、現実の受け取り方や考え方を指します。ストレスを感じると悲観的に考えがちになります。認知行動療法では認知や行動にはたらきかけて、こころのストレスを軽くします。
■不安の程度は1日の中で変動する
多くの患者さんは、病気について心配事があっても、友人とおしゃべりしているあいだは気がまぎれると言います。一方で、ひとりでいるときにネットで病気について悪いことが書かれているのを見ると不安が強まるようです。
“不安でいっぱいです”と言う患者さんにくわしく話を聞いてみると、不安の程度は1日のなかでも高くなったり低くなったりしていて、その程度は行動の内容に大きく影響を受けています。きっと吉岡さんもそうだと思いますよ」
「そうでしょうか」
「私は“不安日記”と呼んでいますが、正式には週間活動記録表(図表1)というものがあります。試しにつけてみませんか? 1日の行動と、そのときの不安の程度を0〜100%(もっとも強い不安→100%、不安がまったくない→0%)でつけてみてください。たとえば、8時に“起床”と記入し、そのときの不安の程度を書きます」
「1週間も記録するのは大変そうですね」
「難しければできる範囲で、たとえば2日だけでもいいですよ」
「2日間だけなら、なんとかできそうです」
■不安日記で見えてくること
1週間後の診察の際に、吉岡さんはご自身の不安日記(週間活動記録表)を見せてくれました。
図表2の不安日記は、吉岡さんの記録を一部抜粋したものです。
「活動記録をつけてみて、いかがでしたか?」
「めんどくさがり屋の私には取りかかるのに抵抗がありましたが、やってみたら意外と面白く、それに記録をつけてわかったことがありました。
まず、先生がほかの患者さんもそうだとおっしゃっていましたが、私もインターネットでがん患者さんのブログを見ているあいだは、かなり不安になっていました。ブログの患者さんの病状が思わしくなくて、更新が途切れたりすると、自分も厳しい状況になるのではないかと想像して不安になります。また、土曜日はブログを見たあとで散歩に行って気持ちを切り替えられましたが、日曜日は何もしないでいたら、不安な思いが続いて苦しかったです」
「インターネットを見るのをやめて、さらに何もしない時間を減らしたら、比較的穏やかな時間を過ごせませんか」
「そう思います。ただそれでもふと心配になって、病気のことが頭から離れなくなってしまう状態はありそうです。そんなときに何かいい方法はあるでしょうか」
■ありのままに目を向ける
不安が高まる行動をやめても心配事が頭から離れないとき、どうしたらいいのでしょうか。その答えは、「マインドフルネス」という考え方にあると私は思います。
マインドフルネスは経験や先入観にとらわれず、「過去や未来ではなく、いまこの瞬間に起こっていることに集中する」状態を指します。マインドフルネスを実践すると、脳の疲れがやわらぎ、集中力や幸福感などが高まることから、多くの人が興味をもつようになりました。生産性やストレス耐性の向上もあり、ビジネスの領域でも注目されています。欧米で発展を遂げたマインドフルネスですが、東洋の瞑想(めいそう)にルーツがあります。
■マインドフルネスの意味
不安を手放したいとき、マインドフルネスがどのように役立つのか、私は次のように吉岡さんにお伝えしました。
「マインドフルネスという言葉は聞いたことがありますが、どんなことを意味するのでしょうか」
「たとえば、美しい自然のなかをお父さんと小さな女の子が歩いていて、女の子の頭のなかには目の前の景色がそのまま浮かんでいるとします。これは、こころが満たされた状態です。
一方で、一緒に歩いているお父さんは仕事のことなどで頭がいっぱいで、翌日の会議がうまくいくかどうかが気になって、目の前の美しい景色を感じるゆとりがありません」
「それでは自然のなかにいても、こころは安らぎませんね」
「マインドフルネスとは、いま起きているひとつひとつのことに身体の五感を意識して集中することなんです。“こころが満たされている(マインドフル)”状態は、“頭がいっぱい(マインド・フル)”の状態とは異なります。
人間のこころは移ろいやすく、目の前のことから離れ、未来や過去について考えがちです。けれど未来について考えれば不安になり、過去の失敗に目を向けると気持ちが落ち込みます」
「目の前のことに集中する――当然にも思えますが、簡単でない場合も多いのですね」
「心理学の研究を通して、自分が何にとらわれているかを意識して取り組めば、マインドフルネスを高められるとわかっています。
■マインドフルネスが人生を豊かにする
私自身もマインドフルネスに取り組んだ経験があるのですが、そのときも大切なことを学んだ実感がありました。ごはんを食べるときはその味や舌ざわり、のど越しをしっかり味わう。
自然のなかでは、景色を見るだけでなく風の心地よさや大地の香りを受け止める……。いまこの瞬間に集中するのは不安への対処にとどまらず、人生を豊かに生きることにつながるのではないでしょうか」
■マインドフルネスの実践法
「具体的にはどうしたら習熟できるのでしょうか」
「いちばん簡単な方法は、深呼吸をすることです。その際に、おなかの皮膚の動きに意識を向けます。あるいは、鼻で呼吸をして、吸っているときの空気は冷たく、吐(は)くときの息は温かくなっていることに注意を向けてもいいでしょう。こうすると、不安にうつろっている気持ちを、いったん取り戻すことができます。
そのほか、マインドフルネス・ストレス低減法やマインドフルネス認知療法といった理論が科学的にも検証されていますので、これらに基づいたグループ・レッスンに参加したり、書籍や動画などをもとに自分で取り組んだりもできます。ただ、非科学的な内容を含んだものもあるので、注意も必要です」
「自分でも少し調べてみます」
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精神科医・医学博士
1971年生まれ。金沢大学卒業後、都立荏原病院での内科研修、国立精神・神経センター武蔵病院、都立豊島病院での一般精神科研修を経て、2003年、国立がんセンター東病院精神腫瘍科レジデント。以降、一貫してがん患者およびその家族の診療を担当する。2006年より国立がんセンター(現・国立がん研究センター)中央病院精神腫瘍科に勤務。2012年より同病院精神腫瘍科長。2020年4月より公益財団法人がん研究会有明病院腫瘍精神科部長。日本総合病院精神医学会専門医・指導医。日本精神神経学会専門医・指導医。
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(精神科医・医学博士 清水 研)
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