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着信音だけでムリ…「電話に出るのが怖いので退職します」若手社員に急増する"電話恐怖症"の知られざる実態

プレジデントオンライン / 2024年10月5日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/anyaberkut

「電話に出るのが怖い」という理由で退職する若手社員が増えている。公認心理師で産業カウンセラーの大野萌子さんは「私が話を聞いた新入社員は、電話をしているところを同僚に聞かれたくなかったからか、廊下や非常階段に移動して通話をしていた。上司から電話対応を怒られたことがトラウマになり、着信音がなっただけで動悸が止まらなくなるケースもある」という――。(第1回)

※本稿は、大野萌子『電話恐怖症』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■友人への連絡で電話を使う若者は1%しかいない

「電話恐怖症」の人が増えてきた、と言うと、同意されることが多くなりました。

2019・20年度卒の社会人を対象にしたマイナビの調査では、友人と連絡するときに電話を使う人がわずか1%しかいないという驚きの結果が出ています(2020年卒マイナビ大学生のライフスタイル調査)。

ちょうどミレニアル世代(1980年代前半〜1990年代半ば生まれ)に当たる彼らの連絡手段は、LINE、メッセンジャー、ショートメッセージ、ダイレクトメッセージなど。つまり文字ツールが主体です。そこで、私が近年経験した電話恐怖症のケースをいくつか紹介します。いずれも、対象者は対人恐怖症などを含め、普段コミュニケーションに特段の不都合を感じていない人たちです。

ケース1 給湯室から打ち合わせしてきた新入社員

最初のケースは、電話ではないものの、電話恐怖症の人にありがちな心理状態を示す例を紹介します。ある企業と打ち合わせをしているさいに遭遇しました。新入社員の研修の依頼があり、責任者とメールで何度かやりとりしたあと、詳細をつめるために、現場の担当者とオンラインで打ち合わせをすることになりました。

担当者は会社に入ったばかりの新入社員で、新人の立場から次年度の研修をサポートするということでした。約束の時間、その方が私のパソコンにつないできたのですが、背景を見て驚きました。明らかに給湯室だったからです。

■電話で話すところを聞かれたくない

私は思わず「そこでお話ができますか? 一度切りますので、デスクに戻られてから、あらためてつなぎますか」と聞いてしまいました。しかしその方は「いえ、ここで大丈夫です」とかたくなです。やむなくそのままミーティングをつづけましたが、おそらくこの方はデスクに戻って周りの人に打ち合わせの声を聞かれるのに抵抗があったのではないでしょうか。

そういえば、以前、出版関係の会社でもこんな光景を目撃したことがあります。ある社員が廊下の片隅にしゃがみ込むようにして、ひそひそと誰かに執筆の依頼をしていたのです。その会社の人に聞くと、新人のうちは、偉い人やいわゆる大御所の人間にアポイントメント(以下アポイント)を取ったり執筆依頼のお願いをしたりするときに、周囲の人に自分の話しぶりを聞かれるのがこわくて、みなオフィスを抜け出し、廊下や非常階段で話をするそうです。

さすがに給湯室でという例は聞きませんでしたが、自分が電話で話している内容を人に聞かれるのがこわいというのは、その会社ではよくあることだと言っていました。デスクにある自分の電話が使えない。自分のデスクで大事な仕事の話ができない。これも一種の電話恐怖症だと思います。

■ちょっとした質問すらできない

なお給湯室からZoomにつないできた社員のエピソードにはつづきがあります。

給湯室に人が来ないか気にしている様子だったので、「落ち着いてお話ができる会議室かどこかに移動されたらどうですか? 私のほうは時間は大丈夫ですので」と提案すると、その方は「会議室の取り方がわからないので」と即答でした。

私はその会社を訪問したことがありますが、一人でも使用できる会議室がじゅうぶんにあり、会議室の取り方など、隣の席に座っている人に聞けば、すぐに教えてもらえるはずです。でも、「会議室の取り方を教えてください」という簡単なひと言がかけられない。苦肉の策で探したのが給湯室だった、というわけです。

会議室の取り方を聞くというこんな簡単なことでも、人に聞いたり、頼んだりすることができない。これは何もこの社員に限ったことではありません。今の若い世代に比較的多い傾向│というかむしろよくあるケースだと理解しておく必要があります。

疑問符のカンバンを顔の前に掲げるビジネスパーソンたち
写真=iStock.com/Jacob Wackerhausen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Jacob Wackerhausen

■電話に出ると頭が真っ白になってしまう

ケース2 電話の着信音が鳴るだけで動悸がする

二つ目のケースは電話の着信音が鳴るだけで、動悸がしてパニックになってしまう社員の例です。

その会社では現場の職人さんとのやりとりが多く、「おまえ」「馬鹿やろう」など乱暴な言葉づかいが頻繁に飛び交うことがあったそうです。そのため、その社員はもともと電話に苦手意識があったようですが、加えて、業界独特の専門用語などもよく聞き取れず、電話の内容を正確に把握できないことがありました。

当然、上司からは「何をやってるんだ」と注意されるので、着信音が鳴ると、緊張します。そのあまり、頭がまっ白になり、電話中も相手の話がすべて飛んでしまうそうです。すると悪循環で、さらに、話の内容がわからなくなり、場に即した応対ができません。

またそこで怒られて、電話に出るのがこわくなり、次の電話も緊張する。そのくり返しで、とうとう電話が鳴っただけで、動悸が激しくなって、冷や汗が流れ、受話器を取ることができなくなったという事例です。

■完璧主義者ほどパニックになりやすい

実はこういうケースは、どこの会社にも一定数あります。この事例のようにパニックを起こすまでには至っていないものの、着信音に過敏に反応したり、ドキドキしたりする人は珍しくありません。

この現象はまだ仕事に慣れていない新人に多く見られます。本来、新人であれば、仕事で使う専門用語や単語などわからなくて当然ですから、電話でいきなり言われても一度で理解できないことがあるでしょう。あわてずに聞き直すか、わからなければいったん電話を切ってかけ直すなど、いくらでも方法はあるのですが、それができないのです。

なお、この例のようにパニックになるまでエスカレートするのは、完璧主義の人に多い傾向があります。「全部覚えていなければいけない」とか「100%理解しなければいけない」と決めつけていると、「これもできない」「ここも足りない」とミスばかりにフォーカスして、歯車が逆回転するように悪循環が始まってしまいます。

■若者にとって電話機は「未知の機械」

ケース3 電話に出ることを強要されて出社拒否

ある会社では、「新人は電話に出る」「3回コール以内に出る」という暗黙の了解がありました。今、これを強要すると、ハラスメントになってしまう可能性もありますが、古い体質の会社だとまだ社内風土として、残っているところもあるようです。

新入社員で入社した社員は、家に固定電話がなく、受話器を取って応答する電話機に慣れていなかったそうです。

電話機のダイヤルを押す手
写真=iStock.com/LordRunar
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LordRunar

上司は「電話くらい出られるだろう」と軽く考えていたのですが、その方にとって電話機は初めて使う未知の機械でした。出たことがないから、受話器を取るのがこわい。携帯電話でしか話したことがないので、職場のような人前で、固定電話を使って話す行為にためらいを感じてしまう。しかし新人はぜったいに電話に出なければいけません。

「おい、鳴ってるぞ」と上司から言われ、受話器を取って、しどろもどろで話していると、「電話くらいちゃんと出られるようにしろよ」とまた叱責されます。そのうち電話に出るのがこわくなり、会社に向かおうとすると、お腹が痛くなったり、電車の中で激しく動悸がしたりするようになったそうです。結局、出社できなくなり、相談に来たケースです。固定電話を使ったことがない若い社員に多い事例といえましょう。

■「電話に出るのがこわい」と退職したケースも

また似たような例で、在宅勤務にもかかわらず、「電話に出るのがこわくて退職した」という例もありました。

そのケースではコロナ禍かのとき、上司からかかってきた電話にすぐ出られず、「何してたんだよ。業務中なのに出ないってどういうことだよ」と叱責されたことがきっかけです。おそらく、上司は部下の姿が見えないことで、疑心暗鬼になっていたのでしょうが、在宅勤務中でも、トイレに行くことはあるでしょう。

何かのタイミングで電話に出られないこともあります。私自身もコロナ禍のときは、自宅で電話相談の仕事をしていましたが、会社からの事務連絡の電話に出なかったことで、激怒されたことがありました。

電話相談では、相談者は声を頼りに話を進めるために「音」にひじょうに敏感です。よって、スマホの着信音等にも気を遣い、消音モードにしていたために気づくのが遅れたのですが、説明すらできない状況でした。私の場合、その仕事はあくまでもたくさんある仕事の一部であったにもかかわらずダメージを受けたので、会社から社用携帯を持たされ、24時間つながっている場合、そうした状況にプレッシャーを感じるのもうなずけます。

おそらく、それがきっかけになり電話恐怖症につながってしまうこともあります。

■電話を断れずに体調不良になってしまう

ケース4 長電話が切れず疲弊。友人づきあいが疎遠に

このケースは50代の方の事例です。昔からつきあっている仕事仲間の友人が長電話をしてきて困っている。自分の部署は朝が早いので、電話は20〜30分で切り上げて、明日に備えたいが、友人の話が終わらないというのです。

話の内容は毎回同じで、同僚の悪口、配偶者の愚痴、自分の体調の悪さなどが中心です。やっとひと通り聞き終わったと思ったら、また同僚の話に戻ってきて、延々とどこまでも続くそうです。

友達なら途中で「そろそろ」と言って切れるのではと思いがちですが、「拒否したら、もうつきあってもらえないんじゃないかと思って言えない」と訴えるケースが目立ちます。

年齢層が上がってくると、新しい友達をつくるのがたいへんだからという理由で、いやいや電話につきあっているわけです。結果として、夜の間にしなければならない家事や入浴、睡眠にも支障をきたすようになり、生活リズムがくずれてしまいました。

失望して屋外に座っているアジア人男性
写真=iStock.com/Naoyuki Yamamoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Naoyuki Yamamoto

イライラもつのり、友人からの電話にも愛想よく応じられなくなったために、結局疎遠になってしまったということです。

■約10年前から退職理由に「電話」があげられていた

電話が切れないという例は意外と多く、休日やそれこそ睡眠時間を削ってまで、長電話につきあっているうちに、もう電話はいや、メールやLINEだけでやりとりしたいという状況になっていきます。

長電話が切れないのは、「NOと言えない人」「断れない人」の特徴です。断れないから相手に合わせつづける。合わせつづけるから苦しい。苦しいからゆがみが生まれて、結果的に人間関係にひびが入ってしまうというわけです。

入社後1年未満で会社をやめる社員の理由に「電話」があげられるようになったのは2015年ごろのことです。産業カウンセラーを務めている私も、「電話が離職の原因」と聞いて、初めは信じられませんでした。でもその話を人事担当者に話したところ、「うちでもありますよ」と言われて驚いたことを覚えています。

「電話がこわい」という傾向は年々強くなっています。最近では、電話応対をしている最中に泣き出してしまう例も出始め、電話恐怖症は若者の間で定着しつつあるのではないかと感じます。

■自分の意志を伝えられない人が増えている

もうひとつ、2015年ごろから顕著になってきた傾向があります。それは、自分の意思を伝えられない人が増えてきたということです。

私が以前から新人研修で必ず聞く質問があります。それは「もしランチセットで食後にコーヒーを頼んだのに、紅茶が来てしまったとき、あなたはどうしますか?」というものです。2015年以前ですと、「店員さんに言って、注文通りのコーヒーに替えてもらう」という人が7〜8割でした。しかし最近では、「替えてもらう」のは5割弱。つまり半数以上の人は「黙ってそのまま紅茶を飲む」というのです。

大野萌子『電話恐怖症』(朝日新書)
大野萌子『電話恐怖症』(朝日新書)

コーヒーが飲みたかったのに紅茶が出てきたとき、なぜ「替えてください」というひと言が言えないのでしょうか。その理由について、「なぜ言わないのか?」と聞いてみると、以前は「面倒くさい」とか「まあいいやと思うから」という答えが多かったのですが、最近は「何と言えばいいかわからないから」「どう思われるか心配」「言うタイミングがつかめない」などの回答が多くを占めるようになりました。

つまり人とどうかかわるのか、コミュニケーションの問題が浮上してきているのです。もし日本人が近年コミュニケーション下手になってきているとしたら、電話で話すのがこわくなるのは当たり前といえるでしょう。電話恐怖症は日本人のコミュニケーション力の低下と密接に関係しているのです。

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大野 萌子(おおの・もえこ)
公認心理師、2級キャリアコンサルティング技能士
一般社団法人日本メンタルアップ支援機構(メンタルアップマネージャ資格認定機関)代表理事、産業カウンセラー。法政大学卒。企業内カウンセラーとしての長年の現場経験を生かした、人間関係改善に必須のコミュニケーション、ストレスマネジメントなどの分野を得意とする。現在は防衛省、文部科学省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで講演・研修を行う。著書に『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』(サンマーク出版)、『好かれる人の神対応 嫌われる人の塩対応』(幻冬舎)『「かまってちゃん」社員の上手なかまい方』(ディスカヴァー携書)、『電話恐怖症』(朝日新書)などがある。

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(公認心理師、2級キャリアコンサルティング技能士 大野 萌子)

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