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だからNHKの人材流出が止まらない…引責辞任した理事が1週間で復職する「偽装辞任」が起きた裏事情

プレジデントオンライン / 2024年10月3日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mirko Kuzmanovic

NHKの不祥事で引責辞任した理事がすぐに再雇用されていたことが分かった。メディアコンサルタントの境治さんは「NHKは反省してないし、二度と不祥事を起こさない覚悟もないとしか思えない。こんなおかしな対応をする背景には、NHKの苦しい事情があるのかもしれない」という――。

■1週間で復職し、喜びに満ちていた元理事

9月26日、驚くべきニュースが飛び込んできた。「NHKラジオ問題で辞任の理事、1週間後にプロデューサーで再雇用」との毎日新聞のスクープだ。

筆者の元にも同じ日にこの情報が伝わってきた。NHK内部はこの話題でざわついているようだ。というのは、この元理事はメディア総局のエグゼクティブ・プロデューサーへの再雇用にあたり、NHK報道部門の人々を中心にメールを出していた。

最後は「もう一度仕事ができて嬉しい。」のような締め方で、再び職場に戻れる喜びに満ちている。いや、能天気に喜んでいる場合か? 重大な不祥事、しかも中国との国際関係にも影響しかねない一大事を引き起こした部門の責任者として辞任しながら、1週間後の復職の喜びを職員たちにメールするとは。

この事実は、まず元理事本人のモラル、常識がズレていることを示している。自分の担当する部門で起こった不祥事の責任を取って辞任した重大さがまったくわかってないと断言していいだろう。理事にまで昇進した人物がこんなおかしなモラルしか持てないとは、いったいNHKはどんな組織なのかと言いたくなる。メールを疑問視した職員が外部に漏らすリスクを考えなかったのだろうか。

■公共放送のモラルが崩壊している

だが、本人よりもヤバいのがNHKという組織だ。

国民に信頼されるべき公共放送の組織の中で、モラルが崩壊していると言いたくなる。辞任した理事を再雇用するのは、最初から降格だったのと同じだ。ポーズとしての辞任でしかなく、国民の目を誤魔化したのだ。

国民に嘘をつくメディアが伝える事を、私たちは信じていいのだろうか。ひょっとしたらNHK上層部は、今回の国際放送での失態の重大さがわかってないのではないか。

ことの経緯を簡単に振り返っておこう。

まず8月19日、NHKのラジオ国際放送の中国語ニュースの中で、原稿を読んでいたスタッフが「尖閣列島は中国の領土だ」などと、中国の立場に立つような不適切発言をした。このスタッフはNHKの関連団体と業務委託契約を結んだ中国人で、2002年からこの業務に就いているという。

■日本の立場でニュースを発信するはずが…

この「国際放送」は国内向けの放送とまったく意味合いが違う。テレビとラジオそれぞれで海外に向けて放送されているもので、その一部は総務大臣の要請を受けて行う「要請放送」と呼ばれ費用も国から出ている。国民に向けて行う通常の報道とは違う役割も持たされており、外国に向けて日本についての理解を促す意図も含んでいる。

そんな国際放送で、よりによって中国の立場を主張する放送をしてしまったのは、あってはならないことだ。それほど大勢が聞いているわけではないともよく言われるのだが、そういう問題でもないだろう。日本の立場で発するべき放送が、中国に入れ替わってしまうとは、どうやっても取り返しのつかない不祥事だ。

3日後の8月22日、NHKの稲葉延雄会長は、自民党の会合に出向いて謝罪した。そして26日には夕方の総合テレビでも謝罪。政権にも国民にも謝りまくった形だ。

9月10日には調査報告書を提出するとともに、会長ら4人が役員報酬50%を1カ月自主返納、そして担当理事・傍田賢治氏の辞任も発表した。他に5人の職員が減給などの処分、外部スタッフと業務委託契約を結んでいた関連会社の取締役2人も役員報酬の30%を1カ月自主返納となった。

■唯一、潔い「辞任」がひっくり返された

この時、会長らの処分が軽いなとも思ったが、担当理事の辞任は重く受け止めた。ここだけずいぶん厳しいが、自分の判断で辞めるから「辞任」なのだろう。潔いと感じた。

11日には総務省がこの件でNHKに注意し、再発防止策の徹底とその遵守状況の公表を求める行政処分を行なっている。

会長があちこち謝罪し、総務省が行政処分して、この件はおしまいかと思われた。

ところが、まずその国際放送で、9月25日に前日放送したニュースを再び放送するトラブルが起こった。8月の不適切放送に比べると小さなことではあるが、再発防止に努めるはずが何をやっているのかと思った。

そこに今度は、元理事の復職だ。NHKは反省してないし、二度と不祥事を起こさない覚悟もないとしか思えない。

自民党に会長が謝罪しに行き、自分たちは報酬自主返納だが担当理事は辞任ということで、拳を下ろしてもらった形だ。江戸時代で言えば、不祥事を幕府に報告し、責任がある老中を切腹させたと伝えたのに、しばらくしたら切腹したはずの老中が別の役目を張り切って始めていたようなものだ。幕府を謀るとは何事じゃ! そう言われても仕方ない。

■政治がNHK報道に介入する「穴」

心配なのは、政府につけ入る隙を与えたことだ。会長がわざわざ会合に出向いて謝罪したのに、あの謝罪はなんだったのか? 私が自民党議員でも怒ると思う。

政治家はスキあらばメディアを支配しようとするものだ。これは自民党でも野党でも実は変わらない。そして例えばイギリスの政権とBBCの関係に比べると、日本の政治とメディアの関係は隙だらけだ。イギリスには政府とBBCの間に第三者機関であるOfcomがある。他の国も似ていて、政府が直接放送業界を監督するのは日本ぐらいだ。

そんな中で政治的意味合いの強い分野で大ポカをしでかした。しかも辞任は建前だった。狡猾な政治家なら、何をしてくるかわからない。

今はたまたま自民党総裁が変わり、10月27日には解散総選挙という多忙なタイミングだからそれどころではないだろう。だが落ち着いたら、誰かが何かを言い出すのではないかという懸念を抱いてしまう。

■「偽装辞任」を仕組んだのは誰か?

国民の反応はまだ薄い。総裁選と時期が重なっていて、この件はあまり大きく取り沙汰されていないせいだろう。だが気づいた人もすでに大勢いて、Xでは「#偽装辞任」というハッシュタグが回っている。言い得て妙だ。どう見ても、もともと復職させるつもりで辞任してくれと言われたのだろうから、辞任は強い反省に見せるための「偽装」だったとしか思えない。まあNHKはネットを軽視するので、気に留めてもないかもしれないが。

さらに、「偽装辞任」だとしたら、これは誰の差し金か。私でなくても詮索したくなるだろう。今回の処分は会長らの報酬自主返納と担当理事の辞任がセットになっている。会長ら上層部がすぐに復職させるから、と本人に言い含めて発表したのではないかと疑いたくなる。

ミニチュアテレビを庇護する男性の手元
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

あるいは、辞任までは本気だったが、現場の心優しい管理職が勝手に決めた可能性もある。しかし、もしそうなら、元理事は大喜びで職員にメールを出すだろうか? 組織として認められた復職だから、大手を振ってメールを出したのではないか?

権限が低い者では、元理事の復職なんて判断できないはずだ。その人の立場が危うくなる。ではどのレベルの管理職が決めたのか? NHKはそういったことも調査する必要があると私は思う。

■社内政治、ネットの必須業務化で人材流出

元理事を復職させたのは、NHKの苦しい事情があるのかもしれない。人手不足に陥っているのだ。デイリー新潮も昨年末に報じていたように、このところ退職者が続出している。

※NHKの退職者が「年間70人→155人」と4年で倍増 若手だけでなく年収1000万円超えの管理職も「やってられない」と辞めていくワケ(2023年12月29日)

2023年に会長が稲葉延雄氏に交代した。この時、前の会長寄りだった職員は「前田派」とみなされ次々にパージされたのだ。トップが変わることでその下の人々も処遇が変わることはよくあることかもしれない。ただ昨年から起こっているのは一部の職員が「粛清」と呼ぶほどのもので、これまでに例がないほどだという。

さらには、昨年決まった放送法改正に則ってネット業務が「必須業務化」されるのだが、ネットでの情報は「放送と同一」のものに限定される。放送していない情報はネットで出さない。その方針に異を唱える人々も「粛清」されているとの噂だ。さらにはそんな職場の空気に嫌気がさして辞める人も多い。実際に退職した人々を私も知っている。

■不祥事の始末も付けられないボロボロ組織

だからあちこちで人手不足に陥っており、国際放送は人気がないので輪をかけて人が足りないのだ。元理事が復職して国際放送の現場仕事をやるのかは定かではないし、どうやらあちこちの仕事を手伝うのがミッションのようだが、彼が戻ることで国際放送も回るようになるのかもしれない。

こうして見ていくと、いまのNHKはマネジメントがボロボロだと言っていい。国際放送では不祥事を起こすし、その始末もまともにできていない。「粛清」などという物騒な言葉を発する職員もいるし、退職者続出で急性の人手不足に陥っている。

最近はニュースを見ていても軽薄に見えて仕方ない。大谷の50-50達成の日の「ニュース7」の浮かれぶりにも呆れた。国民からの受信料で成り立っているNHKは中身の薄い公共広報機関になりかけている。「公共放送」の新たな位置付けを蔑ろにしてきたツケがいま、回ってきている。

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境 治(さかい・おさむ)
メディアコンサルタント
1962年福岡市生まれ。東京大学文学部卒。I&S、フリーランス、ロボット、ビデオプロモーションなどを経て、2013年から再びフリーランス。有料マガジン「MediaBorder」発行人。著書に『拡張するテレビ』(宣伝会議)、『爆発的ヒットは“想い”から生まれる』(大和書房)など。

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(メディアコンサルタント 境 治)

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