1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

かつて「金」は「銅」を意味する漢字だった…漢字のルーツをたどると見えてくる「漢字と部首」の奥深い世界

プレジデントオンライン / 2024年10月10日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kool99

漢字のなかには、もともとの意味が大きく変化したものがある。立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所の客員研究員・落合淳思さんは「古代中国の生活は漢字の成り立ちを解くことで見えてくる。たとえば、『金』という漢字は時代ごとの最も貴重な金属を表しており、もともとは現在の『銅』の意味で使われていた」という――。

※本稿は、落合淳思『部首の誕生 漢字がうつす古代中国』(角川新書)の一部を再編集したものです。
※記事の中の番号①②は、表の中の古代字に対応しています。

■「崩」は山崩れが本来の意味

「山」は連なった山の象形で、それによって「やま」の意味を表している。部首としては、山や山地に関係して使われ、「嶺」や「峰」などの形声文字(*1)がある(それぞれ領(りょう)・夆(ほう)が声符)。

【図表1】「山」は連なった山の象形によって表されていた
「山」は連なった山の象形によって表されていた(出所=『部首の誕生』

また「岡」は、字形中で大きく表示された「网」が意符に見えるが、実際は山を意符、网(もう)を声符とする形声文字である。

そのほか、「厳(げん)[嚴]」を声符とする「巌[巖]」は「山にある石」、つまり「いわ」を表しており、会意文字として「岩」も作られている。また「島」は「鳥」の省声であるが、「渡り鳥がとまる海中の山」の意味もある亦声である。異体字として、省声ではない「嶋」や「嶌」も使われている。

意味が変化した文字も多く、例えば「朋(ほう)」を声符とする「崩」は、「山崩れ」が原義であるが、一般に「くずれる」として使用される。「峡[峽]」は、原義としては「山に挟まれた土地(峡谷など)」であるが、現在では「海峡」として使われることが多い。なお、声符の「夾(きょう)」は「挟[挾]」の当初の形であり、亦声にあたる。

(注)
(*1)
形声文字とは、大まかな意味を表す部分と発音を表す部分を組み合わせた文字である。大まかな意味を表す部分は「意符(いふ)」、あるいは「義符(ぎふ)」と呼ばれ、発音を表す部分は「声符(せいふ)」、あるいは「音符(おんぷ)」と呼ばれる。なお、意符が部首となることが多い。形声文字については、発音を表す声符が意味の表示も兼ねる場合があり、こうした現象は「亦声(えきせい)」と呼ばれる。また、声符が略体になることもあり、この現象を「省声(しょうせい)」と呼ぶ。

■「岐」は枝分かれした山が起源

「崇」は「高い山」を表すが、これも一般化して「たかい(崇高など)」の意味になり、さらに「たっとぶ(崇拝など)」の意味になった。声符の「宗(そう)」は祖先を祀る宗廟を表すので、「たっとぶ」の意味では亦声に該当する。

「密」は「木々の茂った山の奥深く」を意味するが、転じて「あつまる(密集など)」や「ひそか(密談など)」として使用される。「崎」は本来は「山の険しいこと」を意味していたが、そこから「川岸」の意味になり、さらに日本では「みさき」の意味で使用されている。「岬」も同様に、「山の間」が原義だが、日本では「みさき」として使われる(それぞれ宓(びつ)・奇(き)・甲(こう)が声符の形声文字)。

「岐」は岐山という山の名が起源であり、周王朝の創業の地である。日本の地名の「岐阜」はここからとられている。また、岐山は二つの峰に分かれた形状であるため、そこから「分岐」の意味にもなった。声符の「支(し)」は「枝分かれ」を意味するので亦声である。

字形について、殷代の①は山脈の形であることが分かりやすい。ただ、後代には略体の②が継承されて③となり、並行してより簡略化した④も作られた。

この二系統は隷書(⑤・⑥)まで併用されたが、最終的に楷書で後者に統一されて「山」になっている。

■「宇宙」はもともと建築に関する文字だった

【図表2】「うかんむり」はもともと家屋を表していた
「うかんむり」はもともと家屋を表していた(出所=『部首の誕生』)

建築・土木に関係する部首も少なくない。まず「宀」であるが、殷代には⑦の形であり、家屋を表していた。左右の縦線が壁であり、上部のくの字が屋根である。その後、東周代に棟(屋根の頂上部)を強調した⑧となり、隷書の⑨で上下方向に縮められて楷書の「宀」になった。カタカナの「ウ」に形が近く(厳密には「ウ」が「宀」を変形したもの)、また文字の上部に置かれるため「うかんむり」と呼ばれる。

部首としては家屋に関係して使われ、「宅」や「室」などの例がある(それぞれ乇(たく)・至(し)が声符の形声文字)。

意味が変わった文字も多く、例えば「容」は、原義が「建物に収容する」であるが、一般に「いれる」として使用され、さらに「なかみ(内容など)」や「かたち(容貌など)」の意味にもなっている。また「寄」は「建物に身を寄せる」の意味であり、そこから一般に「よる」や「よせる」として使われる(それぞれ谷(こく)・奇(き)が声符の形声文字)。

また「宇」と「宙」は、「宇」が「のき」や「やね」を意味して用いられ、「宙」は「屋根に使われる木材」が原義とされる。いずれも家屋の上部にあることから、高くにある「宇宙」として使用された(それぞれ于(う)・由(ゆう)が声符の形声文字)。

■「写」は「物を移す」様子を表していた

「寮」は「尞(りょう)」が声符の形声文字であり、本来は役所を意味していたが、現代日本では学生や社員の宿舎の意味で使われている。また「写」は旧字体が「寫」であり、意符の宀と声符の舄(せき)から成る。「家屋の中に物を移して置く」が原義であり、そこから「書き写す」の意味で使用された。

会意文字の用例も多く、例えば「安」は家屋の中で女性が安静にしている様子であり、「やすらか」の意味を表す。また「字」は、家屋の中に子供がいる様子から「子孫繁栄」を表している。漢字は既存の文字を組み合わせて新しい文字が作られることから、子孫繁栄になぞらえて「字」が文字の意味で使われた。

そのほか、「宗」は家屋を表す「宀」と祭祀に関係することを表す「示」から成り、祖先を祀る宗廟を表している。また「宿」は、「宀」と「人(亻)」、および敷物の形から成り、人が宿泊する様子を表している(楷書では敷物の形が「百」に同化している)。

「宝」は旧字体が「寶」であり、複雑な字形である。これは、家屋(宀)の中に貴重品である「貝」や「玉」を納めた状態を表しており、そこに声符としての「缶(ふ)」を加えた構造である。缶は土器の象形なので、これも含めて「宝物」ということであれば亦声に該当する。

■「金」はもともと「銅」を表す文字だった

「金」は、今で言う「金(gold)」ではなく、本来は銅を表す文字だった。古代中国では、紀元前2千年ごろに青銅器の大量生産が始まり、紀元前5百年ごろまでは最も貴重な金属とされていた。

【図表3】「金」は最も高価な金属のことを表していた
「金」は最も高価な金属のことを表していた(出所=『部首の誕生』)

より古い時代に「銅」の意味を表していたのが「呂(⑩)」であり、二つの銅塊を表現した象形文字である。その後、西周代に、⑩の略体としての二つの小点に、意符としての「土」と声符としての「今(きん)」の略体(省声)の形を重ねて加えた⑪が作られた。

その異体字には、点の配置を変えた⑫があり、これが楷書の「金」に継承されている。楷書では、偏の位置でやや変形して金偏(かねへん)になる。

意味にも変化があり、戦国時代になると最も高価な金属として金(gold)の加工技術が普及し、「金」はその意味に使用されるようになった。そして「銅」については呼称が変わり、「同(どう)」を声符とする「銅」が作られた。

なお、初文の「呂」は「背骨」の意味に転用され、「銅」の意味では使われなくなった。経緯は明らかではないが、「背骨の並んだ形」と解釈されたようである。

■「銭」は農具の一種を表す文字だった

「金」は、部首として広く金属に関係して用いられており、「鉱[鑛]・鋳[鑄]・錬[鍊]・錆(さび)」などの例がある(それぞれ広(こう)[廣]・寿(じゅ)[壽]・柬(かん)・青(せい)[靑]が声符の形声文字)。

落合淳思『部首の誕生 漢字がうつす古代中国』(角川新書)
落合淳思『部首の誕生 漢字がうつす古代中国』(角川新書)

金属の名を表す文字にも使われ、「銅」のほか「銀」や「鉛」などがある(それぞれ艮(こん)・㕣(えん)が声符の形声文字)。金属製品を表す文字にも多く見られ、「鍋・鏡・鈴・鐘」などがある(それぞれ咼(か)・竟(きょう)・令(れい)・童(どう)が声符の形声文字)。

意味が変わった文字として、例えば「鎮[鎭]」があり、「金属製のおもし(文鎮など)」が原義だが、そこからの連想で「しずめる(鎮圧など)」の意味になった。また「銭[錢]」は、「金属製の耒(農具の一種)」が原義だが、戦国時代に銅貨が普及し、黄河中流域では農具を模した形が流行したため、「ぜに」の意味になった(それぞれ真(しん)[眞]・戔(せん)が声符)。

「鋭」と「鈍」は、「切れ味が鋭い刃物」と「切れ味が鈍い刃物」の意味であり、いずれも一般化して「するどい」と「にぶい」の意味になった(それぞれ兌(えつ)・屯(とん)が声符の形声文字)。意味が変わっても対義語の関係が残っている珍しい例である。

----------

落合 淳思(おちあい・あつし)
立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員
1974年、愛知県生まれ。立命館大学大学院文学研究科史学専攻修了。博士(文学)。専門は甲骨文字と殷代史。主な著書に、『甲骨文字辞典』(朋友書店)、『漢字字形史字典【教育漢字対応版】』(東方書店)、『殷 中国史最古の王朝』『漢字の字形 甲骨文字から篆書、楷書へ』(以上、中公新書)、『甲骨文字の読み方』(講談社現代新書)、『古代中国 説話と真相』(筑摩選書)、『部首の誕生 漢字がうつす古代中国』(角川新書)がある。

----------

(立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員 落合 淳思)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください