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「5キロ4000円」の高級米を安く買い叩かれる…「初の品薄」に直面した魚沼の農家が農協に卸すのをやめた理由

プレジデントオンライン / 2024年10月12日 9時15分

新潟県南魚沼市でコメ作りを33年続けている「笠原農園」の笠原勝彦さん - 筆者撮影

夏から続く米の品薄状況は、新米が入荷し始めてようやく解消に向かっているが、依然として高値が続いている。日本有数の米の生産地では今、何が起きているのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが、新潟県南魚沼市にある笠原農園を直撃した――。

■スーパーから米が消えた3つの原因

今年の8月初め、米がスーパーや小売店から消えた。わたし自身、成城石井、東急ストアに米を買いに行ったが、棚に残っていたのは発芽米と玄米が少しだけ。コシヒカリ、あきたこまちといった品種の精米された米はまったく置いてなかった。スマホで米を売っているサイトを見ても、当時は「入荷待ち」の表示ばかりだった。

どうやら全国のスーパー、ドラッグストアでも同じように白米は品薄で、その頃からマスコミは「令和の米騒動」と決めつけて報道を始めた。しかし、米騒動とはいくらなんでも大げさだ。本物の米騒動(1918年)は暴動だった。米の買い占めに怒った庶民は米問屋の打ちこわしをしている。今回はスーパーもドラッグストアも破壊されていない。

今夏に起こった米の品薄の原因はいろいろある。最も大きいのは、全国的な高温障害と水不足によって2023年産米の品質が悪かったことだ。玄米30キロを精米すると例年27キロになるが、23年産は全国的に25~26キロしかない状態だった。

そして、インバウンド客の増加により米の消費量が増えたこと、パン、パスタといった小麦を使った食品の価格が高騰し、割安感のある米に消費がシフトしたこと。例年、夏は前年に収穫された米と新米の端境期となるため需給が逼迫したことだ。

だが、2024年9月26日付の日本農業新聞にはこうある。これがもっとも真髄をついている理由ではないか。

■日本有数の名産地・魚沼へ行く

「産地や卸を含め民間が抱える米の在庫量の適正水準を検証すべきだ。6月末の民間在庫量は、産地の適正生産量を設定する上での指標となり、近年の適正水準は180万~200万トンだった。ところが今年、来年はともに150万トン台になる見通し。農水省は、『米の需給は逼迫していない』との考えを示してきたが、民間在庫が少ない中で、今夏のような需要増が重なれば、今後も市場に混乱が生じる」

元々、今年の民間在庫量は例年よりもかなり少なかった。そこにインバウンド客の需要などが増えたから逼迫したのである。そして、来年もまた民間在庫量は少ないとわかっている。来年もまた夏になれば米は品薄になるだろう。

では、私たち消費者はどうすればいいのか。

書斎(と言えるかどうか 狭い)のなかで考えても仕方がない。私は日本一のブランド米の産地、新潟県の魚沼へ行くことにした。ちなみに魚沼とは魚沼市、南魚沼市、十日町市を合わせた稲作地帯を言う。中心は谷川連峰のふもとに広がる魚沼盆地だ。

そのうち魚沼盆地の中央に位置しているのが笠原農園。生産者の笠原勝彦は米・食味鑑定士協会が主催する「米・食味分析鑑定コンクール国際大会」で連続入賞している。全国で7人しか受賞していない名稲会ダイヤモンド褒賞を受けた人だ。生産者としては知られる人である。

■「魚沼に米がなかったのは初めて」

笠原さんは23歳から33年間、米作りをしている。水田面積の広さは南魚沼市では3番目。笠原農園の年商は2億5000万円、従業員は10人。売り上げの9割はふるさと納税の返礼品としてのそれだ。残りの1割はホームページからの直接販売と米の卸問屋に出したもの。農協には10年前から出していない。

同農園の水田は全部で400枚。1枚(1反)とは300坪で、およそ480キロの米がとれる。ただ、笠原さんのところは400キロほどの収穫に抑えている。それはおいしい米を作るためのこと。

笠原さんは「魚沼に米がなかったのは初めてのこと」と言った。

「今年は魚沼のスーパーでも7月末から8月は米が品薄でした。魚沼で米がないなんてのは僕が米作りしてから初めてのことです。去年までは日本中、米が余っていたんですからね。生産者同士で原因について話していたんですが、高齢化で米作りをやめた農家が増えたのと、コメ卸(問屋)の数が減って在庫が少なくなったことじゃないか、と。僕自身は全国におにぎり屋さんが増えたことも大きいと思ってます」

自家製の漬物
筆者撮影
ナスの消費がさかんな新潟県。自家製の漬物をご馳走になった - 筆者撮影

■近所の農家からも買い上げて売っていた

「後継者がいない耕作放棄地の田んぼが日本中に増えてきた。そして、大きな米の商社は別として、日本中にあった中小のコメ卸がつぶれてなくなりつつあるんです。去年まで米の需要は減る一方だったから、コメ卸という商売自体が大変だったんじゃないですか。

農家が減り、民間在庫がなくなったのに外国人のインバウンド需要が増えた。それで品薄になったんですよ。

うちの場合は品薄の時期にも米は確保してました。自分のところで獲れた米の他に近所の農家さんが持っていたのを買いました。仕入れた米はうちで出している米よりも価格は少し安くして売りました」

米が足りないと言われて、2024年の新米価格は上がっている。なかには昨年よりも倍近い価格で売っているスーパーもあるという。笠原さんはどう感じているのか。

「地域によって米の価格は違うので、全般には上がっているかもしれないけれど、上げていない人も大勢いますよ。現に、うちは去年と同じ価格です。それはふるさと納税で出しているから、価格を上げると人気が落ちるんです。今は、うちの米はどのサイトでもトップに上がっていますから、値段は上げられません。スーパーや小売店であれば上げられますけれど、ふるさと納税の返礼品で出している人たちはとても倍の値段にするなんてできないと思います」

全国で7人しかいない名稲会ダイヤモンド褒賞を受賞した、ツヤツヤなコシヒカリはこちら
筆者撮影
全国で7人しかいない名稲会ダイヤモンド褒賞を受賞した、ツヤツヤなコシヒカリはこちら - 筆者撮影

■生産調整をやめれば米はすぐに戻ってくるが…

減反政策は2018年に廃止され、現在は主食米以外を作付けすると補助金がでる政策に切り替わっている。笠原さんには「政策はこのまま続くのか、生産農家にとってはいいことなのか」を聞いた。

彼はよどみなく答えた。

「今後、どうなるのかそれはわかりません。でも、生産調整は続くんじゃないですか。

僕は18年に減反政策が終わってから今までフルに作付けしてます。田んぼも増やしています。減反しようとは思いません。おいしい米を作っていれば必ず売れます。生産調整しようとは思ったことないです。

生産調整は、政府から『米を作るな』と言われるわけじゃないんですよ。農家自らが選択できます。持っている田んぼのすべての面積を作付けしてもいいし、半分くらいの作付けをやめてもいい。また、面積を減らさずに飼料米や酒米、雑用米を作ってもいいんです。それでも補助金がもらえる。要するに、みんなが主食用米を作らないように誘導するのが生産調整です。

耕作放棄して補助金をもらう農家よりも、飼料米や酒米を作りながら補助金をもらっているところのほうが多いんじゃないですか。そういうところは田んぼを保持しているから、いつでも主食米を作ることに戻れる。そうすれば生産量はすぐに回復できますよ。今はみんなが主食米を作ると米余りになるから生産調整してるんです。ただ、今年それが思った通りにいかなかったんでしょう」

笠原農園
筆者撮影

■農協に出荷するのをやめた理由

「飼料米っていっても、べつにまずい米じゃないんです。飼料米とは多収量米のことで、肥料を抑えて収穫を少なくすれば食べてもおいしい米ができる。山形のつや姫って、元々は多収量米ですから」

笠原農園の米は農協に出荷していない。10年前からやめている。それは農協の買い上げ価格が安いからだ。

「今年で言えば、農協が買う価格はコシヒカリ60キロ(1俵)で2万円。うちが直接販売すると3万8000円。ただし、うちが出す価格には人件費、包装、配送料がかかります。10年前からもう農協へ出すのはやめました。

うちだけでなく、ふるさと納税やネットで米を売る自信がある農家は農協には出さないじゃないかな。魚沼に限ると、どうでしょう、2割くらいは自分で売っていると思います。日本全体だと、まだ6、7割の農家さんは農協じゃないかな。それは兼業農家が多いから。兼業農家は仕事をしながら米作りをしているから、ホームページで販売したり、発送したりする手間と時間がない。だから、まだ全体の半数以上は農協に出していると思います」

「笠原農園」の笠原勝彦さん
筆者撮影

■今年の新米は去年よりもおいしい

「2024年の新米はいい出来です。魚沼コシヒカリは去年よりいい。米の味は日照量が重要。今年は晴れた日が多かったからおいしい。実は去年も晴れが多かったけれど、フェーン現象で熱風だった。ずっと暑いところにさらされているようなものだったので、稲が脱水症状になりました。米は根から水分をあげるんですけど、間に合わなくて白い米になった。

白くなった米は炊いてもおいしくないと思うんですよ。今年は暑かったけれど、フェーン現象にはなっていないから、いい米になってます。収穫量は去年と同じくらいかな。9月中頃まではよかったけれど、それから大雨になって稲が倒れましたから、稲刈りが進んでない。倒れて水を含んだ稲を刈るとコンバインのなかに詰まっちゃう。故障が多くなるから大変です。

地球温暖化は進んでいるんでしょうね。

僕が米作りを始めた頃、8月でも魚沼は涼しかった。窓を開けて寝ると寒かった。

『西側の窓を開けて寝ると風邪をひく』と言われてました。魚沼盆地の西側には高い山があって、山から涼しい風が吹いた。あの頃はエアコンも付いてなかった。ところが、もうそんなことはないし、平成の終わりから、どこの家でも夏になるとエアコンをつけっぱなしにして寝てますよ。

高温が続いて稲刈りの時期が早くなりました。以前は稲刈りは9月15日から後だったけれど、今は9月に入ったら稲刈りを始めます。それ以上、時期を後ろにすると、稲が伸びすぎて倒れやすくなる」

「笠原農園」の笠原勝彦さん
筆者撮影

■よい稲には「夏の夕立」が必要

「稲刈りを始める日は『穂がついた日から、毎日の気温の和が1000を超してから』と決まってます。例えば穂が出るのが8月5日とします。1日の平均気温が25度だったら、掛ける40日で1000度じゃないですか。それで9月15日から稲刈りを始める。でも、今は平均気温が30度を超えるから今年は9月1日から始めました。

昔より、仕事は忙しくなってますよ。ただ、僕はもう子どもも大きいし、土日も働いてます。もう楽しくて楽しくて休みたくない。米作りって、自分の子どもを育てているのと同じだから、田んぼへ行くのはほんと楽しい。

「おいしい米を作るには、ひとつは地域環境です。魚沼の気候と水が水田耕作に適している。それから初夏から夏にかけての日照時間。雨が続くと不作の原因になる。大切なのが夏の夕立。魚沼では夏になると夕方、ザーッと雨が降る。昼間の日光で熱くなった稲穂が冷やされて、それで、うま味が増す。

最後に土壌改良をやること。これはどこの農家でもやっているわけではないですが、僕自身はやってます。土壌で米の味が決まるんじゃないかと思ってます。ただ、コストがかかるんですよ。もみ殻と牛糞を発酵させた堆肥を田んぼの土に混ぜる。効果が出るのは4年後からと言われてますけれど、堆肥で土壌改良するとおいしい米になります」

インタビューは笠原さんの自宅で行われた
筆者撮影
インタビューは笠原さんの自宅で行われた - 筆者撮影

■おいしく炊くには「氷を5、6個入れる」

「米の炊き方ですか。まず、米を洗う時、水を変えますけれど、せいぜい2回にしておくこと。水は濁ったままでいいです。それと、炊く時に氷を入れる。うちは5、6個入れてます。水と氷を合わせて炊飯器の目印の量にする。氷を入れたほうが絶対、おいしくなります。つめたいみずから炊いた方が『初めチョロチョロ、なかパッパ』の状態になります。最初に水は冷やしたほうがいい。

よく、新米にする時は水の量を少なめにすると言いますけれど、今の炊飯器はそんなことしなくてもいいんじゃないかな。うちは目盛り通りの水加減です。

米に合うおかずはナスですね。うちは自家用のナスを育ててますから、それでみそ炒め、油で揚げて煮びたしにします。油炒めでもいいし、漬物もおいしい。ナスだけでご飯が食べられる。ナスは大きくなるまで育てると皮が厚くなって硬いから、小さめのナスで料理しています。新潟県はナスの消費量ナンバーワンなんですよ。ナス料理は新潟。さつまいものツルも煮るとおいしい」

笠原さんは言った。

「1本の稲には80粒から200粒の米粒が生る。そして15本から20本の稲が集まったものが一株の稲束。6株の稲束の米を集めるとご飯茶わん一杯分(150グラム)になります」

同農園魚沼産コシヒカリは白米5キロで4000円。茶わん1杯(150グラム)当たり120円。

米は笠原さんのようなプロ中のプロが作ったとしても、1年に一度しか作れない。それが茶わん1杯で120円だ。決して高くはない。

ナスの漬物や煮物と一緒にいただく白ごはん
筆者撮影
ナスの漬物や煮物と一緒にいただく白ごはんは格別の味だ - 筆者撮影

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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