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トヨタは「テスラ、BYDを倒す準備」ができている…「日本車メーカーのEV逆襲」に必要なたった一つのこと

プレジデントオンライン / 2024年10月8日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LewisTsePuiLung

■「BYD世界1位」は本当か?

自動車業界では、EV(BEV)開発を契機に、「脱成熟化」が起こりつつあります。そのゲームチェンジャーとなったのは紛(まぎ)れもなくテスラです。

テスラはEVの販売台数で長らくトップを独走してきましたが、2024年に入るとその勢いが減速し、2024年上半期(1~6月)の販売台数は83.7万台にとどまり、前年同期比で4.8%減少しています。

テスラとは対照的に販売が好調なのが中国自動車大手のBYD(比亜迪)で、上半期の販売台数は161.3万台(前年同期比28%増)に上り、テスラの約2倍の数値を達成しています。

これらの数値だけを見ればBYDに勢いがあると考えられますが、BYDの販売台数は新エネルギー車(NEV)全体の数値であり、プラグインハイブリッド車(PHV)の割合が全体の55%を占めることから、EV販売だけで比較すると、EV特化型開発事業者であるテスラが依然として世界首位を維持しているというのが実態です。

生産効率の面から見ても、BYDとテスラとの間には大きな開きがあります。1台当たりの自動車生産に要する時間の業界平均は60~90秒で、テスラが40秒と最も速く、トヨタやホンダが60秒でこれに続きます。

■なぜこれほどのスピードで成形できるのか

一方、BYDは120秒を目標にして取り組んでいますが、実際には600秒もの時間を要しており、特にバッテリーの自動組み付け工程が5分以上かかっているのが最大のボトルネックになっています。

このように、NEV全体で販売が好調なのはBYDですが、EV開発に特化すると、販売台数に加え生産効率の面においてもテスラが先行しており、業界をリードしていることがわかります。

それでは、創業からわずか20年余りのテスラが、BYDはもとより老舗の優良自動車メーカーであるトヨタやホンダを凌駕して、生産効率を高めることができたのはなぜでしょうか。

自動車のバリューチェーンは、一般的に、「研究開発」に始まり、「部材調達」「生産」「マーケティング」「流通」「アフターサービス」のプロセスをとりますが、テスラは、生産工程にフォーカスして価値連鎖を高めています。

自動車の生産においては、リーン生産方式がガソリン車における優れた生産方式としてすでに確立されていますが、テスラは、EV開発において新たに、「ギガキャスト方式」を導入し、「部品数削減」「コスト削減」「生産ライン簡素化」の3つを実現し、劇的に生産効率を高めることに成功しています。

■下部パーツだけで171点もいる部品をどう減らすか

ギガキャストは、大型のダイカストマシンでEVの車体構造を一体成形する技術ですが、複雑な車体構造の一体成形が実現できれば、車両開発にかかる時間が従来の3~4年から1.5~2年へと短縮が可能となり、開発工程にもその効果が波及することになります。

テスラが、ギガキャスト方式を採用するに至ったのは、Model-3の生産において、リアとフロントのアンダーボディのパーツだけで171点にも及ぶ板金部品を溶接する複雑な方法で製造されている点に着目したからです。

これらの板金部品を減らすために、テスラは現行よりもはるかに大きなダイカストマシンで「一体成形部品」を成形する方法を思いつきましたが、2015年当時、そのような大型のダイカストマシンは存在せず、その型締め力は、大きいものでせいぜい4000tf(トンフォース)程度でした。

そこでテスラは、さまざまなメーカーに大型のダイカストマシンの開発を打診しますが承諾が得られず、イタリアのイドラ(IDRA)だけが前向きな姿勢を示し、やがて6000tfのダイカストマシンをテスラに提供するに至ります。

ダイカストマシンは、その大きさから“ギガプレス”という言葉が生まれ、ギガプレスを使ったアルミダイカストは“メガキャスト”と呼ばれるようになり、さらにトヨタが2023年6月に、“ギガキャスト”と公表したことから、これが定着するようになります。

■溶接1600箇所を0に減らすことが可能

ギガキャストは、2020年にModel-Yの車両後部のアンダーボディの製造に初めて採用されたことにより、生産効率を一気に高めることに成功します。

部品数の削減では、Model-3で171点もあったリアとフロントのアンダーボディの板金部品をわずか2点に、また溶接1600箇所を0に減らすことが可能となります。コストの削減では、ギガプレス1台の導入で溶接用ロボット300台の削減を実現したことから、製造コストは従来に比べ4割削減するに至ります。

生産ラインの簡素化では、ロボット数の削減がコンパクトな生産ラインの設計をもたらし生産面での最適化がさらに図られることになります。その他にも、一体成形品として仕上げることで車両の強度と剛性も高まることから、車体の走行性能を引き上げることが可能となります。

こうした生産効率の向上により、ギガキャストはEV製造においてデファクトスタンダード(事実上の標準)を確立しつつあります。

このように先行するテスラに対して、日本メーカーも追随していく構えを見せています。なかでもトヨタは、EVの競争で優位性を生み出すために生産工程の抜本的見直しに取り組み始めています。

■「半分の費用で新車開発」トヨタの狙い

トヨタが掲げる「新モジュール構造」は、車両をフロント、センター、リアの3分割にする構造で、主力EVのbZ4Xでは、アンダーボディのフロント部分を90点から1点に、リア部分を85点から1点に削減することを目指しています。これにより開発費を将来的には2分の1に、工場投資を2026年までに2分の1に減らすことが可能となります。

新モジュール構造の狙いは、以下の3点に集約できます。

1点目は、インテグラル(すり合わせ)型からモジュール型への移行です。次世代EVでは、車体構造をフロント、センター、リアに3分割したモジュール構造にすることで、現状のガソリン車に比べ車両の開発や生産を容易に行うことができるようにして、車体構造のスリム化と標準化を図ります。

2点目は、従来のトヨタ生産方式の知見をギガキャストに生かして生産効率を高めることです。フロントとリアのボディはギガキャストで生産し、これにトヨタ生産方式の知見を盛り込むことで、各生産工程のムダを削減し効率性を高めます。結果として、車両開発費や工場投資の削減にもつなげることが可能となります。

JAPAN MOBILITY SHOW 2023でお披露目されたトヨタ自動車の次世代型車両(2023年10月、東京ビッグサイト)
撮影=プレジデントオンライン編集部
JAPAN MOBILITY SHOW 2023でお披露目されたトヨタ自動車の次世代型車両(2023年10月、東京ビッグサイト) - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「2040年にEVとFCEV100%」を掲げたホンダ

3点目は、自動化による生産効率の向上です。トヨタは、生産中の車両が自走して次の工程を行う場所に移動する技術を開発中で、この実現によりコンベアを無くすことで、生産効率を高めるだけでなく、工場の設備レイアウトの自由度を拡張することが可能となります。

ホンダは、二輪・四輪などの小型モビリティの電動化にはEVが最も有効なソリューションであると捉え、2040年にグローバルでEVとFCEV(燃料電池車)の販売比率を100%にする目標を掲げています。

この目標を実現するために、以下の3つを適切なタイミングで投資判断を行いながら実施する意向を示しています。

1つ目は、ホンダならではの魅力的なEVの投入です。“Thin, Light, and Wise(薄く、軽く、賢く)”という新たなEV開発アプローチにより、ゼロからの発想で創り出す「Honda 0シリーズ」がホンダのEV戦略を担うことになり、まずは、2030年までにグローバルで7モデルが投入されることになります。

2つ目は、バッテリーを中心としたEVの包括的バリューチェーンの構築です。ここで言う包括的バリューチェーンとは、統合化を進めることを意味します。具体的には、EVのコストの約4割を占めるバッテリーを中心に、高い競争力を確保するために、2020年代後半を目処に垂直統合型バリューチェーンを構築して、バッテリーコスト20%以上の削減を目指すことになります。

■ギガキャストに死角はないのか?

3つ目は、生産技術・工場の進化です。具体的には、メガキャストと接合技術(FSW:3D=摩擦攪拌接合)を組み合わせることで、生産効率の向上と投資抑制を実現し、従来の混流生産ラインと比較して約35%の生産コスト削減を目指すとともに、量産化では、6000tfのダイカストマシンを栃木の生産技術開発拠点に導入する意向です。

ホンダは、この電動化戦略の実現に向け、EVの本格普及期となる2030年度までに、約10兆円の資源を投入し、バッテリーコストや生産コストの削減により、EVのROS(売上高営業利益率)5%実現を目指す意向を示しています。

トヨタにしてもホンダにしても、EVの生産効率はギガキャストの導入で高められるとの考えを示していますが、それではギガキャストに死角はないのでしょうか。

ギガキャストで懸念されるのは、以下の3点です。

第1に考えられるのは、膨大な設備投資による利益圧迫の可能性です。ギガキャストを中心に据えた生産設備を整えるためには、数兆円単位の費用がかかり、膨大な投資が必要とされます。

日本の自動車メーカーにとって、投資額が重荷になるだけでなく、ガソリン車の生産設備は将来的にサンクコストになるため、生産効率の低下を招く恐れがあります。

■強みの「アフターサービス」をどこまで残せるか

第2に想定されるのは、メンテナンス費用が高額になる可能性です。ギガキャストでは、一体成型された部品が破損した場合、まるごと交換することになるため、メンテナンス費用が高くなる恐れがあります。実際、テスラ車で高額な修理費用を請求される事例が報告されています。

従来、日本の自動車メーカーは、アフターサービスの充実や修理費用を含めたコストパフォーマンスに強みを持っていることから、この点は大きな足枷になるといえます。

第3に懸念されるのは、エコシステム崩壊の恐れです。ギガキャストは、部品数と接合などの工数を減らすことで生産効率を飛躍的に高める反面、多くの部品が車両の組み立てにおいて不要となることから、部品メーカーとの取引が見直されることになります。

日本の自動車業界は系列化が進み、部品メーカーを多く抱えていることから、これまで築き上げた強固なエコシステムが崩壊する可能性があります。

自動車の生産は、従来型方式のインテグラル型に象徴されるように、複数の部品の組み合わせにより、すり合わせ技術による緻密なものづくりが実現されてきましたが、ギガキャスト(モジュール型)の導入により、強固なエコシステムが崩れ、日本のすり合わせ技術の優位性が失われる可能性も否定できません。

それゆえ、日本の自動車メーカーは、EV開発において新たなコア・コンピタンスを築くことができなければ、先行するテスラやBYDと効率性や生産性の面で後れを取ることになり、優位性を生み出すことは難しくなるでしょう。

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雨宮 寛二(あめみや・かんじ)
淑徳大学経営学部教授
淑徳大学経営学部教授。ハーバード大学留学時代に情報通信の技術革新に刺激を受けたことから、長年、イノベーションやICTビジネスの競争戦略に関わる研究に携わり、企業のイノベーション研修や講演、記事連載、TVコメンテーターなどを務める。日本電信電話株式会社に入社後、中曽根康弘世界平和研究所などを経て現職。単著に『世界のDXはどこまで進んでいるか』(新潮社)、『2020年代の最重要マーケティングトピックを1冊にまとめてみた』『サブスクリプション』(いずれもKADOKAWA)など多数。新著に『経営戦略論 戦略マネジメントの要諦』(勁草書房)がある。

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(淑徳大学経営学部教授 雨宮 寛二)

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