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なぜアップルは「大ヒットなし」のiPhoneを毎年作り続けるのか…売り上げの50%を占める「巨大経済圏」の正体

プレジデントオンライン / 2024年10月7日 9時15分

2024年9月9日、アップル本社で発表会を終えた新型iPhone 16の展示機。 - 写真提供=DPA/共同通信イメージズ

米Appleが生成AIの機能を搭載した新型スマホ「iPhone 16」の発売を開始した。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「スマホ市場の成熟化が進み、iPhoneの売り上げは伸び悩んでいる。しかし、Appleがそれでも高い時価総額を維持する背景には、スマホを中心とする巨大なエコシステムの形成に成功したからだ」という――。

■米国メディアは「新型iPhone」をどう報じたか

iPhone 16/16 Plus(以下、iPhone 16)が2024年9月20日に発売開始となった。

今回のiPhone 16は、Apple独自の生成AI「Apple Intelligence(アップルインテリジェンス)」に対応した機種である。音声の文字起こしやメール内容の要約のほか、音声アシスタント「Siri」の機能が大幅に向上し、言い間違いやあいまいな表現にも対応するという。Googleが「AIスマホ」を打ち出したGoogle Pixel 9で気勢を上げる中、AppleもAI対応で追随した形だ。

※Apple Intelligenceは、アメリカでは2024年中に提供、日本では2025年に提供予定

このiPhone 16に対して、アメリカメディアの見方は楽観論・悲観論が入り混じる展開となっている。これまで新機種発売のたびに大きな話題となり、Appleの業績を支えてきたiPhoneに、なぜ悲観論が出てくるのか。

主な理由としては、「スマートフォン市場の成熟」が挙げられる。チップの進化とメーカー各社の商品開発における努力の成果によって、数世代前の機種であってもそれなりに実用に耐えるため、買い替え需要が起こりにくくなっているのだ。

■以前ほどの「爆発的な売り上げ」は期待できないが…

Appleであっても、新機種の開発は漸進的なものにすぎない状況だ。その結果、多くの消費者は、現在使っているスマホが壊れたり、紛失したりした場合に、やっと新しい端末を購入するという傾向がある。アメリカのテクノロジー調査会社の消費者調査によれば、「最新の機能を利用するために新しいスマホを購入する」と回答したのは、全体のわずか5分の1だという。また同社は、スマホの新機種購入について「衣類乾燥機やランニングシューズを交換するようなもの」だと評している。

過去、iPhoneの売り上げは画期的な新機種の登場によって牽引されてきた。たとえば2010年に発売されたiPhone 4は、前面カメラと超高解像度のRetinaディスプレイを搭載した機種だったが、この発売によりiPhoneの売り上げは前年比約90%まで伸びた。同様に2014年に発売されたiPhone 6/6 Plusは画面を大型化し、iPhoneの売上高を前年比約50%増に押し上げた。

しかしiPhone 12が発売された2021年からiPhoneの売り上げは前年比で微増または微減となっており、今回のiPhone 16の発売によるiPhoneの売り上げ伸び率は7.5%に留まるとアナリストが予想している。

■「スマホ買い替え需要」を喚起するためのカギ

一方で独自の生成AIを搭載するiPhone 16の潜在需要は、非常に高いという調査もある。ブルームバーグ・インテリジェンスによれば、現在、世界で使用されているiPhoneは約8億台であり、そのうち40%以上がiPhone 12かそれよりも旧型、さらに27%がiPhone 13だという。

Appleによれば、Apple Intelligenceに対応する機種はiPhone 16以外ではiPhone 15 Pro/15 Pro Maxに限られ、それらを保有する消費者は10%にも満たない。したがってAI機能を求める消費者が多ければ、iPhone 16への買い替えが促進される可能性がある。

また2021年からiPhoneの売り上げが伸び悩んでいるということは、裏を返せば、多数の消費者が古い機種を使用していることを示している。そのため高機能モデルに乗り換える準備ができているという見方もできる。実際、生成AI「Gemini」に対応したGoogle Pixelがシェアを急拡大しており、生成AIを搭載した新世代スマホには、需要の起爆剤としての期待がかかっている。

今回のiPhone 16は、iPhone 15シリーズ(発売時)と比較しても価格が据え置かれている。2025年のApple Intelligence搭載を見越した買い替えは、ある程度は起こるだろう。Appleは「買い替えたくなるようなストーリー」を展開していると言える。

過去の新機種のように前年比で倍増とまではいかないだろうが、今後数年がスマホを買い替える大きなタイミングとなる可能性は高い。

■Appleが「時価総額世界1位」を成し遂げた理由

iPhone 16は、プロダクトとしての評価だけでなく、Appleが提供する「サービス」の側面からも見ていく必要がある。iPhoneはAppleが提供するサービス全般、つまり「エコシステム」の中核に位置付けられているからだ。

Appleの売り上げ構成においてiPhoneは50%強を占めるが、次に大きいのがApp Store、Apple Music、Apple TV+などの「サービス」であり、合わせて20%強を占める。iPhoneとサービスで、実に約75%を占めているのだ。

【図表】Appleの売り上げ構成
プレジデントオンライン編集部作成

今年5月に公開した記事〈「iPhoneより安くて速いスマホ」の中国企業が、「テスラより安くて速いEV」を発売…自動車業界を揺るがす大衝撃〉」でも紹介したが、スマートフォン黎明期にiPhoneに市場を席巻されて業績が悪化したNokiaのCEOが、全社に発信したメッセージがある。

競合他社はデバイスで私たちの市場シェアを奪っているのではありません。エコシステム全体で私たちの市場シェアを奪っているのです

競合他社、つまりAppleはiPhoneというデバイスだけでなく、ユーザーへの生活サービス全般、すなわちエコシステム全体でNokiaの市場シェアを奪った、という主旨だ。これは2019年に当時のNokiaの会長が上梓した『NOKIA復活の軌跡』(早川書房、解説章は筆者が担当)に掲載されている言葉である。

当時からスマホ市場におけるプレーヤーだったAppleとソニーを比較すると、ソニーは1999年頃に、当時の史上最高となる13兆4600億円の時価総額を叩き出した。一方、現在では、エコシステム全体の覇権を握ったAppleの時価総額は約382兆円。スマホの領域ではほとんど何も獲得できなかったソニーの時価総額は約16兆円だ(※Apple、ソニーの時価総額は2024年4月19日現在)。この事実は、エコシステムの覇権を握ることがいかに重要かを如実に物語っている。

【図表】ソニー、サムスン、Appleの時価総額推移比較
筆者作成

■AIスマホで「エコシステム」に囲い込めるか

Appleは2020年末から「Apple One」というオール・イン・ワンのサブスクリプションサービスを日本でも提供し始めた。これには音楽配信のApple Music、動画配信のApple TV+、ゲーム配信のApple Arcade、クラウドストレージのiCloud+が含まれる。この他にも決済サービスのApple Pay、ニュース配信のApple News+、電子書籍配信のApple Books、アプリダウンロードのApp Storeなどを提供し、「サービス会社」への変革を進めてきた。

【図表】生活サービス全般のエコシステム
筆者作成

またアメリカでは、4%以上の金利で話題となった預金サービス(Apple Cash、いわゆるApple銀行)やクレジットカードのApple Card、POSレジアプリのTap to Payなどの金融サービスも提供している。

【図表】Appleがアメリカで提供する金融サービス
筆者作成

消費者はiPhoneやiPad、Apple Watchなどのデバイスを通じて、Appleの生活関連サービス全般を利用する。そうした消費者の行動がAppleの売り上げにつながる。つまりAppleはiPhoneなどの商品単体ではなく、エコシステム全体の売り上げで成長を続けているのだ。

独自の生成AI機能を搭載したiPhone 16は、Appleのエコシステムへの消費者の囲い込みを加速できるのか。iPhone 16でスタートを切った生成AIスマホの成否は、Appleの将来的な業績を大きく左右すると見ていいだろう。

■Appleに迫りくる世界的な「規制強化の波」

とはいえAppleの今後が安泰かというと、そうとも言い切れない。中国ではシャオミやファーウェイなどがすでにAI搭載スマホを発売しており、スマホにおけるAI搭載では、Appleは出遅れたと言わざるを得ない。またファーウェイは9月10日に世界初の三つ折りスマホ「Mate XT」を発表し、公式価格が約40万円のところ、約85万円で転売されるほどの人気だという。製品の機能や新規性でも、中国メーカーがAppleの先をいく事例が増えてきた。

もっとも、中国のメーカーは、アメリカでは販売規制などもあり、Appleの牙城を脅かすまでには至らない。スマホを中心としたエコシステムの競争においても、アメリカ・欧州主要国・日本を中心とする「グレーター・アメリカ」と、中国・アジア・アフリカを中心とする「グレーター・チャイナ」の両陣営のすみ分けが、より一層顕著なものとなるだろう。

またAppleは、製品やサービスにおける高いCX(カスタマー・エクスペリエンス=顧客体験価値)においても、中国勢に対して優位性がある。Appleの高いCXを実現しているのがApp Storeによるアプリの独占提供だが、これはEUによって「デジタル市場法」違反と認定された。日本でも類似した内容の法律「スマホ特定ソフトウェア競争促進法」が成立し、2025年内には施行される。こうした世界的な規制強化の波にAppleのエコシステムがどのように対応していくのか、十分に注視する必要がある。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=野上勇人)

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