競合菓子メーカーの役員が悔しがるほど…キットカット「外装だけプラから紙へ」の秀逸な発表方法
プレジデントオンライン / 2024年10月12日 15時15分
※本稿は、深井賢一『売れる「値上げ」』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■大々的にアピールするのが苦手な日本人
いまはどの企業でも事業の一環として脱炭素社会やSDGsに向けた取り組みやプロジェクト、イベントを行っています。そのような企業がイメージアップのためマスコミ媒体や自社ホームページ、SNSなどでアピールし、それを見聞きする機会も増えました。
ところが企業トップからは、しばしば次のような声を聞きます。
「こんな小さな取り組みを、ことさらアピールするなんて恥ずかしい」
「『わが社ではこんないいコトをやっています』と言ったら、かっこつけでやっていると思われ、かえって印象を悪くするんじゃないですか」
「そういうことを自社ホームページやSNSで公表するのは、品がないように思えます」
もとより日本人自体が全般的に謙虚で、出しゃばったり自分のよいところを大々的にアピールしたりするのが苦手なことも、その傾向を後押ししているようです。
■伝えないことがリスクになる時代
しかし、ビジネス社会においては、自社の取り組みを世の中にきちんと伝えないことは大きなリスクになります。完璧主義を貫き、完璧な状態になるまで黙っていることはリスクになるのです。
一方で、いまできていることを、ありのままに誠実に、いち早く伝える姿勢は、多くの共感や賛同を呼び、価格以上の価値を生み出します。
本稿では同様に、「小さくて」「不完全」だけれど、それを誠実に、透明性をもって伝えたからこそ付加価値になり得た例を紹介していきます。
■プラスチックから紙へ「包装紙のベスト」を率直に話す
「外装の紙化」で広がる応援の輪
赤い文字のロゴでおなじみの『キットカット』。ウエハースをチョコレートでコーティングしたこのお菓子は、まさに定番ロングセラー商品です。
『キットカット』が世に出たのは、1935年のイギリスです。日本に初めてお目見えしたのは、1973年。以来、半世紀にわたり、幅広い層から根強い人気を得ています。
この『キットカット』の販売元であるネスレ日本の社長兼CEO(当時)が、2019年8月1日、ある記者会見を開きました。「2019年9月から『キットカット』の外装をプラスチックから紙に変え、プラスチックを年380トン削減する」と発表したのです。
外装を変えるのは大袋タイプ(個包装商品が12~14枚入ったタイプのもの)のうちの5種類で、『キットカット』国内出荷量の大半となります。これにより年間380トンのプラスチック削減が実現されるのです。
当時の社長は記者会見で、「紙は燃やすと二酸化炭素が発生するが、一番の問題はプラスチックが海に流れ出て、それを魚が食べ、人間にも影響が出る可能性があること。
プラスチックがごみとして外に出ることを防ぐのが先決。外装を紙にすることで、100%の解決にはならないが、現在とり得るベストの方法である」と語っていました。
■「完璧」でないことを正直に
この企業トップの発言で特筆すべきは、自分たちはすごいことをやっているとはひと言も言わず、むしろ「これで100%の解決にはならないが……」という言葉にも表れているように、自分たちが行うことは完璧なものではないと明言していることです。
外装変更も、『キットカット』全出荷量ではなく、削減できるプラスチックは年間380トン。しかも、紙への変更は「外装」のみで、中の個包装は従来のプラスチックのままです。中の個包装は湿気を防ぐためにプラスチック製のままにする、つまり「品質を守るためである」と、外装パッケージにも明記されています。
このように完全ではないにもかかわらず、堂々と記者会見を行い、繰り返しテレビのニュースで報道されることで社会に広くアピールされました。
その翌日、私はたまたま、ネスレ社の競合会社にあたる某菓子メーカーのサステナブル関連の担当役員の方とお会いしたのですが、そのときに『キットカット』の報道にも話題が及びました。
その役員の方も、「本当にうまいですね。わが社では、もっと以前から(プラスチック削減を)大規模に取り組んでいるんですが、トップがそういうことを外に言わないから……」と苦笑していました。
■「言う・伝える」ことは誠実さの証し
トップがそういうことを公表したがらないという例は、実はよくあるパターンです。
確かに、日本人にはよいことは黙ってやるのが美徳(陰徳)、という価値観があります。しかし、プライベートではそれでよくても、ビジネスの場では割り切らないといけません。
また、やっていることの規模の小ささや不完全さを恥じて、もっと完璧と言える域に達してから公表するという経営者もいますが、では、それはいったい、いつになるのでしょうか。日本の温室効果ガス80%削減目標のゴールは2050年。あと25年近くありますが、完璧をめざしていたら、その目標を達成するまで何も言えなくなってしまいます。
小さなこと、不完全なことを公表することのリスクを不安視するくらいなら、完全になるまで何も言わないリスクを不安視すべきです。企業の取り組みに対して、世の中のユーザーや消費者はスケールの大きさや完全であることだけを求めているのではありません。
「小さなこと・不完全なこと」を包み隠さず伝えることで、誠実な会社として共感・賛同・応援してもらえるのです。
換言すれば、小さいこと・不完全なことでも誠実に伝えることが、ユーザーや消費者にとって付加価値になるということ。何も言わないでいる間は、せっかくの付加価値を放っておくことになります。これは大きな損失、逸失利益です。
■「できることから始めていく」が付加価値に
『キットカット』の外装が変更されると、SNS上では「#キットずっと」「#廃プラ問題」などのハッシュタグで、たくさんの賛同・応援メッセージが寄せられました。
「できることから始めてくださったネスレ日本さん、ありがとう!」
「キットカットって、紙パッケージに変わったけど、中身の個包装はプラスチックなのかなぁ~と思ったら、品質保持の点で使用してるって。少しずつ紙になるのかな」
半面、個包装も紙にしてほしいといった意見、外装が紙になったことで商品の総重量が増え、輸送コスト増につながるといった否定的な意見もありました。しかし、全体的には肯定的な意見や応援・賛同のメッセージが大多数を占めていたのです。
■逆転の発想から生まれたプロジェクトのコンセプト
「完璧な100%」より「ちょっとを100人」に
豊島は1841年に綿花商として創業し、1918年に現在の会社〔豊島(株)〕として設立されたライフスタイル提案商社です。
この豊島が2005年に立ち上げたのが、「ORGABITS(オーガビッツ)」というプロジェクト。オーガニック(Organic)コットンを通して、皆でちょっと(bits)ずつ地球環境と社会に貢献しようという思いから生まれたネーミングです。
プロジェクト開始当初は、それほど普及していなかったオーガニックコットンを、少しずつ広めていくことが第一の目標でした。
このプロジェクトを何より特徴づけているのが、「1枚の洋服に使用されるオーガニックコットンの使用量について100%にこだわらず、10%以上を100人、1000人の人に届ける」というコンセプト。
「完全にオーガニックでなければオーガニックとは呼べない」という考え方に縛られるのではなく、まさにできるところから、ちょっとでもOKという逆転の発想から生まれたコンセプトです。
■タグのブランドが「共感・賛同」の証し
また豊島では、このプロジェクトにひもづく画期的な取り組みを行っています。それはブランドショップなどの店頭で販売される10%以上オーガニックコットンを使用したORGABITS商品にオリジナルのタグをつけ、そのタグ1枚ごとに寄付がされるという取り組みです。
寄付金は、インドのコットン農家支援などを行っている団体に寄付されます。
また、入院中の子どもたちに笑顔を届けるクリニクラウンプロジェクト、東日本大震災の被災地である南三陸地方で桜並木をつくるプロジェクトなど、環境や社会のために「ちょっといいコト」を行う団体の多岐にわたる活動支援にも使われています。
タグは、その商品を製造販売しているブランドが、これらの活動に共感、賛同したブランドであることの証明にもなるのです。
2024年6月末時点で、約150件にのぼるアパレルブランドが参加し、約1150万点のアイテムが生産される日本最大のオーガニックコットン普及プロジェクトにまで発展しました。
■不完全だからこそ浸透する
ORGABITSで100%完全なオーガニックを使用することにこだわったら、ここまで参加企業数やアイテム数を伸ばすことは不可能だったでしょう。
100%オーガニックが難しい理由のひとつは、コットンの原材料である綿花の有機栽培には手間がかかることにあります。
虫がつかないように綿花畑周辺に防虫効果のあるハーブを植えたり、雑草や害虫も一つひとつ手作業で取り除いたりなど、とてつもない労力と時間を費やします。
そのためオーガニック綿花の生産量も、現時点ではまだ世界中の綿花生産量の1%程度。価格もオーガニックでないコットンより、はるかに高額にならざるを得ません。
また、100%完全オーガニックにこだわるのであれば、アイテムの生地はもちろん縫製(ほうせい)の糸もオーガニックであること、生地や縫製用の糸を色染めする染料も化学染料を使わないオーガニックであることが求められます。
しかし、染料までオーガニックを貫くとなると、有機栽培された植物由来の染料くらいしか使えなくなります。草木染めと呼ばれるものですが、草木染めは色あせしやすく、少し濡れただけでも色落ち・色移りしてしまうので、用途が限られます。
そのため、基本的には色染めをしない「生成(きな)り」の製品しかつくれなくなり、カラー展開ができず、ファッション性に欠ける製品ラインナップになってしまいます。
これでは、一部のオーガニックにこだわりの強い方には受け入れられても、多くのお客さんに買ってもらえる商品にはなりません。そうなると、ORGABITSのオーガニックコットンを、もっと手軽に、たくさんの人に広く届けるという第一の目標とは逆方向に向かい、本末転倒の結果になってしまいます。
豊島では、完全ではないオーガニックであることと、なぜ不完全なのか、その根拠をORGABITSの専用サイトで丁寧に説明し、誠実に公表したことが共感の輪を広げることにつながりました。
その結果、賛同ブランドが150以上、それらのブランドから生み出されているアイテムが1150万点以上にのぼりました。この数字は、小さいこと・不完全なことでも見える化して誠実に伝えることで、どれほど大きな価値を生み出せるか、その証左でもあるのです。
■消費者が自然にアンバサダーになってくれる
いまやSNSで誰もが発信できる時代です。『キットカット』の例では、企業側が一方的に情報を発信していくのではなく、ユーザーがいわばアンバサダー(大使)としての役割を担ってくれる――、そんな一面を垣間見ることもできます。
「ORGABITS」の例でも、100%オーガニックではない理由を丁寧に説明し、誠実に公表したことで、共感の輪が広がり、お客さんがお客さんを呼ぶ状況になっています。
この観点からも、いまできること、やっていることを、リアルタイムにいち早く誠実に伝えることが重要です。
繰り返しになりますが、ここでいう誠実とは透明性ということ。透明性があれば、企業側の信念も伝わります。
■誠実さは等身大の存在として評価され、付加価値になる
小さくて不完全ではあるけれど「ちょっといいコト」は、消費者にとって自分たちの等身大で捉えることができるため、親近感をもってもらえます。だから、自分たちも応援し、その輪を広げていこうという気持ちにもなり、それが商品を買うという行動にもつながるのです。
さらに、企業の取り組みを応援して商品を買った自分たちも「ちょっといいコト」をしている気分になれる。そんな気分も、ユーザーや消費者にとって重要な付加価値になります。
頑張ってもらいたいという応援の気持ちとともに、自分たちもちょっといいコトをしている気分になれる。そんな付加価値があるために、価格が高くても値上げをしても、選んでもらえる商品・サービス、企業になれるのです。
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リブランディングコンサルタント、ソーシャルプロダクツ事業コンサルタント
1989年4月 ヤラカス舘(現YRK and)入社。リブランディングコンサルタントとして、ヘルスケアメーカーのカテゴリーマネジメントやストアマーケティング、スーパー・ドラッグストアの売場開発などを得意とする。2017年より、ソーシャルプロダクツのマーケットプレイスを運営するSoooooS.カンパニー取締役。2019年より一般社団法人ソーシャルプロダクツ普及推進協会事務局長として、ソーシャルプロダクツの適正な市場普及や、企業によるSDGsの本業化・ブランディング・コミュニケーション活用に取り組んでいる。
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(リブランディングコンサルタント、ソーシャルプロダクツ事業コンサルタント 深井 賢一)
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