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職人が4年かけて育てた真珠が大量に廃棄されるなんて…「訳アリだから安く」に異を唱えた孫娘の信念

プレジデントオンライン / 2024年10月14日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BorisVasilenko

顧客やユーザーの心を動かすストーリーはどう作られるか。リブランディングコンサルタントの深井賢一さんは「伊勢志摩でとれた真珠を使用した『SEVEN THREE.(セブンスリー)』は、すべての真珠の個性は唯一無二の造形美として捉え、突起のようなものがついた真珠に『金魚真珠』というチャーミングな名前をつけることで『価値化』しているブランドだ。伝統にとらわれない新しい価値が『ストーリー』から生み出されている」という――。

※本稿は、深井賢一『売れる「値上げ」』(青春出版社)の一部を再編集したものです。

■流通に乗らない真珠に愛おしさを感じる

流通に乗らない真珠が、唯一無二の宝石に
SEVEN THREE.「金魚真珠」

『SEVEN THREE.(セブンスリー)』は、あこや真珠に特化したジュエリーを製作・販売しているブランドです(社名はサンブンノナナ)。

あこや真珠と言えば、真っ白でゆがみのない球形で、真円に近いほど価値があると一般的には認識されています。

日本の真珠の代表的産地は愛媛、長崎、三重。この3県で全体の9割を占め、中でも三重県の伊勢志摩は、「ミキモト」で知られるあこや真珠養殖発祥の地として有名です。

『SEVEN THREE.』のジュエリーは、この伊勢志摩でとれた真珠を使用しています。それだけを聞けば、最高の白さと光沢ときれいな真円をした高級真珠だろうと想像するかもしれません。

ところが『SEVEN THREE.』のサイトを開いたとたん目に飛び込んでくるのは、トップページ一面にちりばめられた無数の真珠。

ただし、どれも真ん丸とはほど遠く、突起のようなものがついていたり、色も黄色っぽいものもあれば青色のものもあったりと、およそ見たこともないような外観のものばかり。

ひと目見たとき、私などは「まるで電球みたいだなあ」と思ってしまったものです。

ゆがんでいる真珠は「バロック真珠(バロック=「ゆがんだ」の意)と呼ばれ、多くは流通に乗ることがなかったり、乗ったとしても加工業者などに破格の安値で取引されています。

しかし、『SEVEN THREE.』のジュエリーに使われているのは、このような真珠ばかり。しかも、訳アリ品として値引いて売られているのではなく、真円の真珠のジュエリーと同価格帯の値段で売られているのです。

従来、真珠業界では厳しい基準で品質を保ち、産業を成り立たせてきた歴史と伝統があります。そのうえで、そうした伝統にとらわれない新しい価値が「ストーリー」から生み出されたのです。

■祖父の仕事を間近で見ながら感じた「真珠の個性」

『SEVEN THREE.』をプロデュースしているのは、伊勢志摩出身の尾崎ななみさんという女性。

祖父が真珠の養殖業者で、幼い頃から祖父の仕事を間近で見ながら、真珠に興味と親しみをおぼえていました。ただ、家業を継ぐことはまったく考えておらず、高校卒業後は上京してモデルやタレントの仕事をしていました。

その尾崎さんが真珠に関わりながら新しい人生を歩むことになったターニングポイントは、祖父の仕事を手伝う機会ができたときから。あこや貝から真珠を取り出し出荷するまでの過程で行われる選定、つまり、形・色・大きさなどの基準から仕分けを行う作業を手伝っていた際に、尾崎さんはそれまで思いもよらなかったことに気づきました。

真珠は同じ手間暇と歳月を費やしても、一粒ずつ色も形も異なり、それぞれの個性をもって生まれてくること、そのすべてが自然の恵みの美しさをたたえていること、です。

しかし、尾崎さんには美しく愛おしく思える真珠も、出荷できる形・大きさ・色の基準を満たさないものはすべて取引されない現実に衝撃を受けます。

母貝の中で静かに育まれ、真珠として成長するまでには、気が遠くなるほどの手間と3~4年という長い歳月がかかります。職人さんたちが手塩にかけ、生まれてきた結晶なのに、その労苦が無に帰してしまうことにも心が痛みました。

「この真珠たちにも、なんとかして陽の目を見る機会を与えてあげられないものだろうか。職人さんたちの労苦に報いることはできないものか」

と考えるようになります。

■「訳アリだから安く値引く」はやらない

そんなある日、思わず目にとまった突起のようなものがついた真珠に、「まるで金魚みたい」と思った尾崎さん。さっそく「金魚真珠」という愛称をつけ、そのままの形で売り出すことを思いつきました。

そして、伊勢志摩の真珠を守り、職人の支援につながることをしたいという思いから、『SEVEN THREE.』というブランドを立ち上げることにしたのです。

以後、「どんな姿形の真珠であっても、すべてが自然の造形美。真白、真円だけでなく、もって生まれた色や形はそのままで美しい」という信念のもと、「金魚真珠」をはじめとした多種多様な色や形の真珠を、それぞれの個性を活かし、無着色・無加工でジュエリーに使用。『百花―HYAKKA―』というコレクション名で、ペンダント、指輪、ピアスや、男性の方でも身につけられるピンバッジなどを製作、販売しています。

真珠のペンダントをつけている女性
写真=iStock.com/Biserka Stojanovic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Biserka Stojanovic

養殖業者さんからの仕入れ価格も、「訳アリだから安く値引く」ことはせず、業者さんの希望価格で買い取っています。

その仕入れコストを販売価格に転嫁すれば、当然、通常の真珠と同じくらいの価格になります。

しかし、これまで価値のないもののように扱われていた真珠が、チャーミングな名前をつけてもらうことで価値あるものになりました。「価値化」されたのです。

まして、すべての真珠の個性は唯一無二の造形美なのですから、それまでの伝統的な基準の真珠も「金魚真珠」も、まったく同等なものです。価格差をつける理由は、何もありません。

■新しい価値が新しい顧客を生む

これまで真珠は、冠婚葬祭用、また、ある程度上の年齢層に向けたジュエリーアイテムというイメージで見られてきました。

しかし、小ぶりで金魚のようにかわいらしい形は、カジュアルな普段使いもできるなど使い回しもきき、これまで真珠には興味をもたなかった若い人たちの間でも人気が出てきました。

真珠のジュエリー
写真=iStock.com/Gennady Pronyaev
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Gennady Pronyaev

色も形も同じものはひとつとしてない真珠から、世界で自分だけの真珠を選ぶという特別感を味わえるのも魅力のひとつでしょう。

「冠婚葬祭用にフォーマルなネックレスひとつあれば、それ以上買い足すこともないと思っていたけれど、それとは別のものとして買っていく」

というお客さんも多数いるようです。そのため、伝統的な真珠市場と競合せず、養殖業者にとっては通常の真珠による収益を減らすことなく、プラスアルファの収益を上げられるメリットがあります。

■直感的なネーミングもストーリー化に貢献

「金魚真珠」が人びとを引き付けるのには、その名前もひと役買っています。

尾崎さんが外観から「金魚みたい」と思ったそのままを商品名にしたことが、実にわかりやすく親しみやすく、愛らしく、多くの人の心を捉えます。

このような感覚・感性によるネーミングは、ネーミングやコピーライトをプロとして手掛ける業界人にはできにくいものです。商品・サービスのコンセプトや理念などから入っていくのが常だからで、見た目の感じからなど、あたかもニックネームをつけるようなネーミングは、あえて避けて通るのです。

しかしプロが理屈をこねたり、ひねりにひねったりしてつけた凝った名称よりも、見た目の感覚からつけたシンプルで感覚的で親しみやすい名称のほうが、覚えやすく印象に残ることがあります。

「語呂合わせ」同様、ネーミングも一種のストーリー化と言えるでしょう。

商品名そのものからストーリーが思い浮かべられるような名称が理想ですが、玄人はだしの洗練された名称になっているかどうかより、心に残り共感を呼ぶことが大事なのです。

■ていねいにつくり込んだウェブページにストーリーを載せる

ストーリー化の効果も、そのストーリーを公表しなければ奏功しません。

尾崎さんは伊勢志摩の観光大使を務めて地域の活性化にも貢献しており、双方の面からアピールする状況を作り出しています。

また、『SEVEN THREE.』のブランドページは、非常にていねいにつくられています。サイトのページをめくっていくほどに、それこそ「金魚真珠」のストーリーが展開されていく流れになっており、引き込まれていきます。

特にそのサイトのトップページを下にスクロールしていくと、次のコピーがあります。

白玉は 人に知らえず
知らずともよし 知らずとも
我れし知れらば 知らずともよし

万葉集から引用された歌(詠み人・元興寺僧)です。

深井賢一『売れる「値上げ」』(青春出版社)
深井賢一『売れる「値上げ」』(青春出版社)

真珠のように、己の価値は他人には知られずとも、自分自身が知っておけばよいという意味ですが、いま風に解釈すれば、

「たとえ他人になかなか認められなくても、どんな人にもその人だけがもつ価値がある。そんな自分を信じて、ありのままの自分を輝かせて生きればよい」

というメッセージとも捉えることができます。

たった38音字の中に、尾崎さんが人びとに伝えたいと願っている、すべての真珠がもつ本質的な価値、この世に生まれ育まれてきた命の愛おしさ、尊さが、雄弁に物語られているのです。

「金魚真珠」に秘められたストーリーとメッセージは、透き通った海の底深くまで届く光のように、人びとの心に静かに、確かに、伝わっていくはずです。

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深井 賢一(ふかい・けんいち)
リブランディングコンサルタント、ソーシャルプロダクツ事業コンサルタント
1989年4月 ヤラカス舘(現YRK and)入社。リブランディングコンサルタントとして、ヘルスケアメーカーのカテゴリーマネジメントやストアマーケティング、スーパー・ドラッグストアの売場開発などを得意とする。2017年より、ソーシャルプロダクツのマーケットプレイスを運営するSoooooS.カンパニー取締役。2019年より一般社団法人ソーシャルプロダクツ普及推進協会事務局長として、ソーシャルプロダクツの適正な市場普及や、企業によるSDGsの本業化・ブランディング・コミュニケーション活用に取り組んでいる。

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(リブランディングコンサルタント、ソーシャルプロダクツ事業コンサルタント 深井 賢一)

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