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なぜ高市氏は首相になれなかったのか…「石破政権」を生んだ"菅・岸田連合"の舞台回しと麻生包囲網

プレジデントオンライン / 2024年10月7日 15時15分

首班指名を受ける石破茂氏(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

■「そこまで鬱憤が溜まっていたのか」

厳しい船出となった。石破茂政権が10月1日、発足した。前日9月30日に自民党総裁として衆院選を10月15日公示――27日投開票で実施する方針を表明したのは前代未聞である。自民党総裁選の論戦では、衆院解散について「予算委員会での論戦を経て」と主張したが、森山裕幹事長の進言を受け入れ、9日中の早期解散に方向転換した。石破首相が短命に終わるのか、長期政権を築くのかは、衆院選でどれほど負け幅を抑えるかにかかっている。

石破首相は、総裁選で党内基盤の脆弱さを露呈したが、今後も政局や政策決定の主導権を党側に握られる「党高政低」となるのだろう。党役員人事は、森山氏のほか、菅義偉副総裁、麻生太郎最高顧問、鈴木俊一総務会長(麻生派)、小野寺五典政調会長(旧岸田派)、小泉進次郎選挙対策委員長(無派閥)らという顔ぶれだ。

主要閣僚は、林芳正官房長官(再任、旧岸田派)、加藤勝信財務相(旧茂木派)、岩屋毅外相(無派閥)、中谷元防衛相(同)らという布陣となった。首相と同じ防衛族議員が目立つ。総裁選で自身の推薦人から6人も入閣させたが、それだけ党内人脈に乏しいということなのだろう。

長く「党内野党」という立場に置かれた石破首相は、安倍晋三元首相が率いた旧安倍派からは1人も入閣させず、党7役にも充てなかった。それどころか、村上誠一郎総務相(無派閥)の起用は、安倍氏が銃殺された直後に「国賊」呼ばわりしていただけに、旧安倍派の反発は強く、党内から「そこまで鬱憤が溜まっていたのか」(岸田文雄前首相)という驚きの声も上がった。

10月3日の読売新聞世論調査(1~2日)で、石破内閣の支持率は51%を記録した。内閣発足時の支持率としては、2021年10月の岸田内閣の56%を下回り、「ご祝儀相場」としてはやや限定的だった。自民党支持率は38%で、23年5月調査の水準を回復したが、党内には衆院選に向け、不安を残している。

■5度目の総裁選出馬「最後の戦い」

自民党総裁選を振り返る(以下、肩書は当時)。高揚感には程遠い権力闘争の決着だった。岸田首相の後継を選ぶ総裁選は9月27日、決選投票の結果、石破元幹事長を新総裁に選出した。9人が出馬した異例の総裁選は、第1回投票で2位に着けた石破氏が、決選投票で国会議員票を大幅に伸ばし、高市早苗経済安全保障相に逆転勝ちした。石破氏は5度目の総裁選出馬で、今回を「最後の戦い」と位置付けていた。

12日の総裁選告示前には、石破氏とともに「2強」と目された小泉元環境相は、候補者同士の論戦が始まると、経験不足、政策への理解不足を露呈して失速し、党員・党友票が集まらずに第1回投票で3位に終わった。代わって台頭したのが保守右派の高市氏だ。自ら党員を獲得し、地方講演を重ねて党員票を積み上げ、安倍路線を継承するとして議員票も伸ばし、第1回投票では1位に躍り出た。

決選投票では、旧派閥の論理・行動も復活する。菅前首相が率いる無派閥・菅グループと、岸田首相ら旧岸田派がまとまって石破氏支持に回ったのに対し、麻生副総裁は高市氏支援に舵を切りながら、麻生派がそろってその指示に従ったわけではなかった。岸田氏にとって、菅氏は「岸田降ろし」の先頭に立ったことで遺恨の対象だったが、「高市首相」を阻止する点で手を握ったのである。

キングメーカー争いは、麻生氏が後退し、岸田氏が菅氏とともに新たにキングメーカーの座に就いた。これまでの「麻生・岸田連合」から「菅・岸田連合」への疑似政権交代が起きたと言ってもいいだろう。

衆院本会議で石破茂首相の所信表明演説を聞く自民党の麻生太郎最高顧問(左)。中央は菅義偉副総裁、右は岸田文雄前首相=2024年10月4日午後、国会内
写真=時事通信フォト
衆院本会議で石破茂首相の所信表明演説を聞く自民党の麻生太郎最高顧問(左)。中央は菅義偉副総裁、右は岸田文雄前首相=2024年10月4日午後、国会内 - 写真=時事通信フォト

■「嫌い」か「より嫌い」かの選択

今回の総裁選での第1回投票は、国会議員票368票と同数の党員・党友票の計736票で争われ、高市氏が181票(議員72票、党員109票)を集めてトップで上位2人による決選投票に進み、石破氏が154票(議員46票、党員108票)で2位に食い込んだ。高市氏の党員票トップは驚きを持って迎えられた。

高市早苗氏
高市早苗氏(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

3位以下は小泉氏136票(議員75票、党員61票)、林官房長官65票(議員38票、党員27票)、小林鷹之前経済安全保障相60票(議員41票、党員19票)、茂木敏充幹事長47票(議員34票、党員13票)、上川陽子外相40票(議員23票、党員17票)、河野太郎デジタル相30票(議員22票、党員8票)、加藤元官房長官22票(議員16票、党員6票)だった。

決選投票は議員票に加え、各都道府県代表に47票が割り振られ、石破氏が215票(議員189票、地方26票)を得て、高市氏の194票(議員173票、地方21票)を上回った。議員仲間や党内人脈に乏しい2氏の争いは、政権担当能力の見極めや政策・理念への共感度が判断基準にはならない。好きか嫌いかでもなく、「嫌い」か「より嫌い」かの消極的選択だった。

■日テレ党員調査②高市28%③小泉14%

総裁選の戦況に変化が表れたのが、9月22日に日本テレビが報じた党員・党友調査(20~21日)だった。石破氏31%、高市氏28%だったのに対し、小泉氏は14%と水をあけられた。前回調査(12日)に比べ、石破、高市両氏が6ポイント上昇したのに対し、小泉氏は5ポイント下落した。小泉氏は議員票でリードしても、党員票が伸び悩み、決選投票に残れない可能性が大きくなった。

小泉氏は、9月14日の日本記者クラブでの公開討論会で、その資質に疑問符が付いていた。上川氏から「来年カナダで行われるG7首脳会議で、どのような発信をするのか」と問われ、「カナダのトルドー首相は就任時は43歳だ。私は今43歳、そのトップ同士が胸襟を開き、新時代の扉を開けることができるG7サミットにして行きたい」と述べたのだ。発信する中身はどこに行ったのか。

日朝外交については「拉致問題の解決に向け、同世代同士のトップで、父親同士が会っているから、今までのアプローチに囚われない、新たな対話の機会を模索したい」と語るなど、ここでも金正恩朝鮮労働党総書記との同世代トークになってしまう。会場からは父親同士が会談したことがどういう意味があるのか、などと失笑を買っていた。

小泉進次郎氏
小泉進次郎氏(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

小泉氏が労働市場改革のための解雇規制見直しを生煮えのまま打ち上げたことも、結果としてマイナスに働いた。大企業に解雇回避努力と新たにリスキリング(学び直し)や再就職支援を義務付ければ、スタートアップ(新興企業)などに転職しやすくなる、と主張したのだ。

他の候補者からは「解雇規制の緩和は、働いている方々の思いや立場を踏まえて議論すべきだ」(加藤氏)、「不当解雇されても、(労働者が)補償を受けられない現実がある」(河野氏)などと慎重論が相次ぐ。小泉氏はその後の討論会などでも「解雇の自由化とは言っていない。新しい前向きな労働市場を作っていく」と釈明に追われた。

■「進次郎はどういう結果でも先はある」

小泉氏は早い段階で党員の支持を失ったのだが、この苦境を予見した2人のうちの1人が小泉純一郎元首相だった。告示前日の11日夜、都内で猪口邦子参院議員(麻生派、小泉内閣少子化相)、加藤鮎子少子化相(旧谷垣グループ)と会食した際、「私も2回総裁選で負けた。3回目は圧勝したけれど。進次郎はどういう結果になっても先はある。負けても離れないでやってほしい」と語っていた。猪口氏らはこの時点ではピンと来なかったが、その後、父親の眼力と愛情に感服したという。

もう1人は、小泉進次郎氏出馬の後ろ盾となった菅氏である。9月8日に小泉氏の横浜市内での街頭演説に登場し、マイクを握ったが、周辺に「進次郎は2位になれないな」と呟く。気脈を通じる石破氏には「小泉支援は神奈川県連として当然だ」とし、決選投票での支持をそれとなく伝えていた。

菅氏に近い、小泉陣営の武田良太元総務相(旧二階派)も舞台回しに加わる。訪韓中の岸田首相を9月6日夜、ソウルのホテルに訪ね、総裁選に「常識的対応」を取ることで腹合わせしたのだ。武田氏は、岸田首相が麻生氏に不信感を抱いていることも嗅ぎ取った。この会談は、菅、岸田両氏が対立を乗り越えて決選投票で協調する布石になるのである。

武田氏は帰国後、石破氏に「すぐに対応を取った方がいい」と進言する。石破氏は、告示12日の党本部での所見発表演説会で、冒頭に「岸田首相の果たした功績、多大な努力に心から敬意を表し、今後もご指導賜りたい」と述べ、決選投票を見据えて、旧岸田派にメッセージを送った。岸田首相に敬意を表したのは、ほかには小林氏だけだった。

■「規則には全く抵触していない」

告示直前に問題が発覚したのは、高市氏が全国の党員らに自身の政策を訴える文書を30万部程度郵送していたことだ。総裁選挙管理委員会が9月4日、多額の費用を要する文書の郵送などを禁じる通知を出しており、党内にルール違反スレスレの行動とともに、高市氏の豊富な資金力、情報収集力にも警戒感が走った。

逢沢一郎選管委員長は11日、高市氏に「苦情が多数寄せられた」と口頭で注意したが、高市氏は「総裁選に一言も触れていない。規則には全く抵触していない」と反論した。高市氏が党員票を大幅に伸ばしただけに、後味の悪さは否めない。

9月27日の投票日が迫る中、日本テレビに続き、読売新聞が25日、「石破・高市・小泉氏競る」という見出しで終盤情勢を報じた。内訳は石破氏126票、高市氏125票、小泉氏114票だったが、未定も103票に上った。来年夏の参院選で改選を迎える50人超の参院議員が態度を決めておらず、その動向も注目された。

各候補者・陣営は決選投票に向け、「石破vs.高市」「石破vs.小泉」「高市vs.小泉」の3パターンごとに陣営同士の連携をめぐる駆け引き、議員票を動かす力がある実力者や新キングメーカーを頼っての集票戦略を練る必要に駆られる。

自民党本部
自民党本部(写真=Lombroso/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

■「岸田政権の取り組みを引き継ぐ」

石破氏は25日に国会で記者会見し、経済政策について賃上げと投資の促進を柱とするとし、「岸田政権の取り組んできたことを引き継ぐ」と強調した。これに呼応した旧岸田派の松山政司参院幹事長が、決選投票では石破氏に投票するよう派内に呼びかけている。

石破氏は26日には菅氏に続いて、犬猿の仲とされる麻生氏とも面会し、支援を求めた。

高市氏は他陣営の議員に電話し、衆院早期解散の意向を示しつつ、第1回投票からの支持を求めたほか、選対本部長の中曽根弘文元外相(旧二階派)が25日に麻生氏、26日に二階俊博元幹事長と面会し、協力を求めた。

小泉氏は24日に麻生氏と会談したほか、自民党を離党しながら旧参院安倍派に影響力を残す世耕弘成前参院幹事長を訪ねて支援を求めた。小泉氏は26日には二階氏と面会、首相官邸に岸田首相を訪ね、協力を要請している。

■「また麻生、茂木、岸田の三頭政治で」

「派閥なき総裁選」と言われたが、決選投票では旧派閥・グループの力学が働く。永田町の「貸し借り」の総決算の場で「貸し方」にいる麻生、菅、岸田3氏はどう動き、新政権の成り立ちにどう影響を与えたのか。

麻生氏のスタンスは、菅氏と一定の距離を置き、その菅氏をバックにする小泉氏には興味が湧かない。石破氏とは麻生内閣で退陣を迫られただけでなく、女系天皇容認論をめぐる誤解もあって反りが合わない。武田氏とは福岡政界で敵対関係にある。

投票日前夜の26日夜、先に仕掛けたのは麻生氏だった。麻生派から河野デジタル相を擁立したにもかかわらず、「第1回投票から高市氏に入れてもらいたい」と派内の大半に指令を出したのだ。河野氏の推薦人らには陣営選対本部長の森英介元法相から「麻生氏は決選投票で高市氏に入れると承知している」との連絡があったという。

麻生氏は21日ごろ、決選投票について、麻生派として「石破vs.高市」なら高市、「高市vs.小泉」なら高市、「石破vs.小泉」なら石破で行く、と周辺に明かしていた。

その後の情勢を見て、茂木氏とともに、高市氏を推すことで勝ち馬に乗るという思惑があったのだろう。26日夜、岸田首相に電話し、高市氏支持を伝えるとともに、「また麻生、茂木、岸田の三頭政治で行きましょう」と政権運営をめぐる提案にまで踏み込んだ、と読売新聞が報じている。

■「高市対男なら男。男対男なら…」

岸田氏にとって、高市氏は構想外だ。現職閣僚ながら、防衛費増額のための増税に「理解できない」と異議を唱え、能登半島地震が起きると、復旧・復興を優先に大阪万博の延期を求めるなど、政権をかき回してきた。高市氏が首相に就任しても靖国神社参拝を続けると広言し、日本外交を不安定にしかねないことも、支持できない材料の一つだった。

岸田文雄氏
岸田文雄氏(写真=首相官邸/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

岸田首相は自分が身を引く以上、後継首相に衆院選に勝ってもらわないと困ると考えていた。世論調査で支持率が高い小泉、石破両氏に期待感を持ったが、岸田路線の継続という観点などから、石破氏支援に傾く。岸田氏にすれば、麻生、茂木両氏との連携は、首相を退陣すれば、不可欠ではない。政権運営の危機に当たって幹事長業務をサボタージュした茂木氏、自身の総裁再選に協力的でなかった麻生氏との関係を無理して維持する意味はあるのか、と自問したことだろう。

岸田氏は、麻生氏の提案を受け入れず、投票日の27日午前、旧岸田派内に決選投票への対応について、固有名詞は出さずに「高市対男なら男。男対男なら党員票が多い方で行く」との意向を伝えたのである。

■「日本会議に党を乗っ取られるな」

旧岸田派では「日本会議(保守右派系の政治団体)に党を乗っ取られるな」(党三役経験者)との危機感から派内外が石破氏でまとまったという話も聞こえる。

決選投票では、石破氏に対し、旧岸田派、菅氏が率いる無派閥グループ、森山総務会長ら旧森山派、武田氏ら旧二階派の一部の議員票が積み上った。

麻生太郎氏
麻生太郎氏(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

これに比し、麻生氏の指示は麻生派内に徹底されなかった。第1回投票から高市氏に入れた議員は半数程度との見方もある。上川陣営に加わった鈴木財務相(麻生氏の義弟)や猪口氏らは、第1回投票では上川氏、決選投票でも石破氏に投票した。高市氏の主張に共感できなかったからだ。

河野氏の推薦人らは決選投票で高市氏に入れたが、第1回投票は河野氏に投票した。河野氏や派閥のこの先を考えれば、みっともない議員票は出せないはずだったが、河野氏の第1回の議員票は22票にとどまった。自らの再起、亀裂が走った麻生派の再建が河野氏に求められるが、その道は容易ではない。

石破政権誕生で、権力の重心は「菅・岸田」連合に移った。主要人事で、菅氏が副総裁、菅、岸田両氏に近い森山氏が幹事長に就き、官房長官と政調会長に旧岸田派の林氏、小野寺元防衛相、財務相に菅氏に近い加藤氏(決選投票で高市氏に投票)が起用されたことからも論功行賞は十分見て取れる。

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小田 尚(おだ・たかし)
政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員
1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て現職。2018~2023年国家公安委員会委員。

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(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)

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