最悪「自公過半数割れ→3党以上の大連立」も…「脱安倍晋三」の石破茂首相がむしろ"自滅の道"に突き進んでいる理由
プレジデントオンライン / 2024年10月8日 12時15分
■「身内在庫一掃内閣」に株式市場も大混乱
譬えるなら、「着の身着のまま家を飛び出し、そのまま大臣になった」とでもいえようか。
10月1日に発足した石破茂内閣の顔ぶれである。
閣内に留まった林芳正官房長官(留任)と加藤勝信財務相(前厚生労働相)を除けば、共に党内野党的な立場だった村上誠一郎などの数少ない身内と、勝利に貢献した旧岸田派、旧森山派からの起用が目立つ。「閣僚人事は総理の表現」といわれるが、10年もの間干されてきた、食い詰めた浪人仲間をポストに就けただけ。残念ながら実力本位、適材適所とはとてもいえない、急ごしらえの「身内在庫一掃内閣」である。
石破首相の誕生から、株式市場は不安定な状態が続いている。就任後初の取引となった9月30日の日経平均株価は前週末終値に比べて一時1800円超下げた。そこから大幅に反発し、10月3日には上げ幅が一時1000円を超えた。総裁選の告示前は利上げに肯定的な立場をとっていたが、就任後は発言を翻しており、「いったいどっちなんだ」という株式市場の叫びが聞こえるようだ。
■なぜ出世競争にやぶれた人間が総裁に?
「自民党はなぜ石破を新総裁に選んだのか」。そう問われれば、“消去法”だったというのが党議員の偽らざる本音だろう。石破は2008年に総裁選に初出馬して以降、安倍晋三の仇敵として長い間中枢から外されていた。民間企業でいえば、出世競争にやぶれて関連会社の社長に左遷された人間が、5度目の挑戦で本社の副社長や専務をおさえてグループ全体の社長に就任するようなものである。
石破首相誕生の背景には何があったのか。それを説明するにはまず、決選投票で石破と最後まで争った高市早苗に言及せねばなるまい。高市勢力の台頭こそ、現在の自民党の弱体化、凋落ぶりを象徴しているからである。
安倍の薫陶を長年受けてきた高市は、総裁選の争点に「アベノミクスの継承」を掲げた。保守色が強く本来なら議員の支持はそう広がらないはずだが、1回目の投票では小泉進次郎に次ぐ72票の議員票を獲得した。党員票では石破と1票差でトップに立ち、日本の憲政史上初めて女性首相誕生か、と色めき立った。
前回の2021年総裁選でも、高市は1回目の投票で河野太郎を上回る議員票を獲得している。コア層に受ける高市がなぜこれほどの力を持っているのか。ここに自民党の脆弱性があると考えている。
■「ポスト安倍」を担ぎ上げた旧安倍派議員の暗躍
自民党は、安倍が率いた清和会を筆頭に派閥政治に明け暮れてきた。派閥ですべてを決めていた、といってもいい。萩生田光一、高木毅、世耕弘成、松野博一、西村康稔の5人衆と呼ばれる面々が親分を支え、派閥主導の政策・人事が推し進められてきた。
裏金問題を契機にバラバラになったとはいえ、かつての所属議員は100人近くいる。その“派閥のような塊”が、総裁選挙中に「ポスト安倍」と目されている高市を担げば権勢を維持できると考えたのだろう。その証拠に、高市の推薦人の半数以上は、裏金問題で政治資金収支報告書の不記載が発覚した議員たちだった。
もう一つは、党が禁じた「政策リーフレット」の存在だ。カネのかからない選挙を掲げた党選管が禁止事項として発出する前に発送しており、全国の自民党を支援する組織を中心に約30万人の党員に届けられた。一説には1500万円を費やしたという。高市陣営は7月末には原稿を仕上げていたと記者会見で釈明したが、岸田前首相は8月14日に退任を表明したのだから、かなり早い段階で準備をしていたわけだ。「党員投票」を研究し尽くしていたことが窺える。
■高市ブームに乗って「安倍政治の奪還」に動いた
上司からリーフレットを渡された党員の中には、その場の流れで高市の名前を書いた者も少なくないという。こうして地方に強い石破を差し置いて最多の党員票を獲得することに成功し、情勢調査で高市の追い上げが伝わると旧安倍派議員も乗っかり、「安倍政治の奪還」に動いたというのが実情である。党員選挙を押さえることで勢いをつけ、議員票を巻き込んで自民党を制し、政権を獲る戦略だ。
ではなぜ、高市は決選投票で勝てなかったのか。投票前のスピーチを聞いても石破と差がついたのは明らかだが、大きくは「岸田前首相の動き」と「自民党議員としての最後の良識」が働いたのではないかと思う。
岸田前首相は、機能不全に陥っていたデフレ脱却と量的金融緩和策を柱としたアベノミクスを3年かけて修正していった。その結果、今年3月にマイナス金利は解除され、日本は25年ぶりに「金利のある世界」に戻ってきた。
アベノミクスの失敗については後述するが、自身の政策を振り出しに戻す高市だけは総裁にしてはならないと考えた岸田は、「麻生派、岸田派、茂木派(岸田政権の主流3派)で高市を支援する」というプランを蹴って石破支持に回った。結束が固い旧宏池会と、現首相が支持するならと右に倣えの議員票が動いたとみられる。
■「政治とカネ隠し政権」が誕生する寸前だった
旧安倍派の後押しを受けた高市が急速に支持を伸ばす。SNSなどでの強力な発信力もあり、安倍政権時代に当選した3期、4期のボリューム層が、高市に「安倍政治の復活」を見る。そして、勝ち馬に乗る戦法で組閣と党人事を意のままに操ってきた麻生、茂木が高市に乗り換える。高市は麻生に対して「なんでも政策は呑みます」と提案し、支持を迫ったという。
実際、高市は自身の公約を修正していた。副総理ポストを狙う麻生はその馬に乗った。そもそも旧安倍派の政治とカネ問題が国民の信頼失墜を招いたというのに、反省の見られない、醜悪な光景であった。
しかし唯一の救いというべきか、超保守政権の誕生を警戒し、党の刷新を重視した議員が相当数いたのだろう。また高市首相が誕生すれば、中道左派の野田佳彦率いる立憲民主党に保守層を食われてしまうというリスクヘッジも働いたはずだ。ふたを開けてみれば、その差はわずか16票。まさに、「政治とカネ隠し政権」が誕生する寸前のところをギリギリで回避したかのような決選投票の動きであった。
■「経済オンチ」石破氏の節操のなさ
自民党内の亀裂の深さは、今回の内閣人事に如実に表れている。冒頭で「着の身着のまま家を飛び出し、そのまま大臣になった」と表現したが、準備不足なうえに石破自身の人脈の少なさも相まって、完全に自民党内が「身内か敵か」に分断されてしまったように見える。
裏金問題で処分された議員は起用されておらず、安倍派からの入閣もなし。つまり、高市一派からはだれも入閣しなかったことになる。高市自身も総務会長を打診されたが固辞した。支援した麻生派からは離脱者も含めて計3人が入閣、党執行部では最高顧問に麻生太郎、鈴木俊一前財務相が総務会長に就任した。今後、高市は非主流派の道を歩むことになるが、石破内閣が短命とみるや、次期総裁の座を狙いにいくだろう。
さらに暗澹たる気持ちにさせられるのは、経済に対して興味の薄い石破の節操のなさである。岸田前首相の支援を取りつけられたことで、アベノミクスの修正という岸田の政策をあっさりと引き継いだ。あまりにもあっさりしすぎている。そこが経済オンチと呼ばれるゆえんでもある。
わたしは先日上梓した『文藝春秋と政権構想』(講談社)で、アベノミクスの最大の問題は「ゼロ金利を長く続けすぎた」点にあると述べた。「ゼロ金利政策」は、1999年2月、バブル崩壊・金融危機を受けて速水総裁時代に始まった。二度の一時的な解除をのぞけば四半世紀もの間、われわれは銀行預金をしても金利はほとんど付かないし、住宅や自動車ローンをはじめ借金をしても金利負担が少ない、歴史上きわめて稀な世界を生きてきた。
■名目GDPでドイツに抜かれ、「貧乏な国」に
その結果、日本経済はどうなったか。アベノミクス期間(2013年から2020年)に限っても、日本の名目GDP(カッコ内はドルベースの名目GDP)は、508.7兆円(5.2兆ドル)から539.8兆円(5.1兆ドル)にしか増えず、ドイツに抜かれた。インドも迫ってきている。ひとり当たりGDP(USドル)も世界27位から世界24位と低迷している。一人当たり労働生産性からみても2022年の統計(ILO)で、世界で45位と生産性の落ち込みも相当に激しい。「豊かな国」とは言えなくなってきたのである。
「ゼロ金利」という「極端な政策」を取り続け、ぬるま湯に浸かりすぎた結果、われわれは「構造改革」といった険しい道を避けて歩いてきてしまったからである。〈なぜ日本はここまで貧乏な国になったのか…安倍晋三氏から相談を受けていた筆者が思う「アベノミクスの壮大な失敗」参照〉
そこからの軌道修正を図ったのが岸田前首相であった。異次元金融緩和を続けすぎた結果日本銀行のバランスシートは痛み、インフレが襲っても機動的な金利政策をとることができなくなっていた。日銀の植田和男総裁と薄氷を踏むように、きわめて慎重かつ緻密にゼロ金利からの転換を進めていった。この一本道を両脇の崖に堕ちないようにコントロールしていくのは容易ではない。
■「アジア版NATO創設」の危うさ
石破は金融所得課税の強化や消費税、法人税の引き上げなどに言及しているが、経済官庁からは「マクロ経済のことを何も知らないのでは」との声が聞かれる。「石破ショック」で冷や水を浴びせた株式市場も、それを見抜いているだろう。
もう一つ指摘しておかなければならないのは、石破の外交・安保政策の危うさである。石破が掲げる「アジア版NATO」の創設。これは安全保障政策に通じる石破が唯一独自に提唱するもので、加盟するアメリカと欧州の計32カ国のうち、一国でも攻撃を受ければ機構全体で集団的自衛権を発動するという北大西洋条約機構の仕組みを参考にしている。文字通り軍事同盟なのである。
問題点を挙げればキリがないが、まず、仮想敵をどうするのか。NATOの仮想敵がロシアなら、アジア版は中国だとでもいうのだろうか。言うまでもなく中国は日本にとって最大の貿易相手国であり、外交・経済の両面で切っても切れない関係にある。むろん日本だけでなく、アジアのほとんどの国が中国をお得意様としており、ASEANは加盟10カ国がすべて一帯一路構想に加わっている。
■新しい米大統領に会わせてもらえない可能性も
中国は世界一の海洋国家を目指し、一帯一路の要所で港湾や運河の整備に巨額の財政支援を行っている。中国依存が進むアジアで、いったいどこの国が報復を覚悟の上で中国と手を切り、この構想に賛同してくれるというのか? さらにいえば日本は中国だけでなく、ロシアとも国境を接しているのだ。「アジア版NATO」の提唱は、ウクライナ戦争でNATOから制裁を受けているロシアを刺激することにもなりかねない。
当然ながら、アジア版NATOは外務省内での評判がすこぶる悪い。論外という声も聞こえてくる。それだけでなく、石破が意欲を示している「日米地位協定の改定」についてもかなり否定的である。
日米地位協定では、米軍兵士が公務中に日本で起こした事件、事故に関しては米国側に第一次裁判権を定めている。婦女暴行事件などでも日本の法律が適用されない場合があり、たびたび問題視されてきた。わたしもできるなら改定したほうがいいと考える。しかしながらこちらもアジア版NATO同様、無理筋というのが外務省・防衛省の本音である。
昨年来、中国軍とロシア軍による領空侵犯が相次ぎ、2023年に航空自衛隊の戦闘機が行った緊急発進は669回にもおよぶ。台湾有事も常に念頭に置かなければならない。
そのような緊迫した状況下で、米国の庇護下にある日本がいまこのタイミングで日米地位協定の改定など議論できるのだろうか。下手を打つと、11月に決まる新大統領に会わせてもらえない可能性すらあると思うのだが。
■自民党は石破体制で選挙に勝てるのか?
こうしてみると、石破は干されていた期間が長かったせいか、長年温めてきた持論をタンスの奥底から引っ張り出しているように見える。陣立ての表現でいえば、「シーズン違いの服を着ている」ような、ちぐはぐさがあるのだ。
石破首相は9日にも衆議院を解散する。首相就任から8日後の解散、26日後の投開票は戦後最短である。石破体制の選挙はどうなるのか。わたしは、9日に行われる党首討論が命運を握ると考えている。
「政治とカネ」の問題で徹底的に追及されるだろう。さらに、これまで指摘してきたように、石破のアキレス腱は経済・財政政策に尽きる。対して立民の野田代表は財政政策に通じており、野党転落後も財政金融委員会に出席するなど勉強家として知られる。
長らく表舞台に出ていなかった石破と比べ、野党第一党としてつねに論戦の場にいた野田のほうが巧者であり、党首討論では経済に疎い石破に野田が切り込み、過去の発言との整合性を追及するような構図になるであろう。「経済政策」と「政治とカネ」問題で、石破がボロを出せば、内閣支持率を下げた状態で選挙戦に突入していくことは避けられない。そうなれば、自民の単独過半数割れ、ひょっとすると自公での過半数割れも招きかねない。
■「自公+1党」の大連立も現実味を帯びてくる
では議席の内訳はどうなるか。10月3日に出された『週刊文春』の総選挙予測によれば、全465議席中、自民は選挙区147、比例72で219議席(現258)、公明25(現32)。自公で過半数は超える。立民は選挙協力次第だが、130(同96)程度に達するとみられている。維新は50(同41)まで伸ばす見込みとしている(まだまだ不確定な要素、リスク要因があるので、あくまでいまの予測であることをご理解いただきたい)。
過去、自民党は小選挙区で落としても比例区で復活当選するというやり方で選挙を勝ち抜いてきた。しかし今回は、国民が“お灸を据える”投票行動が各地で続出すると考える。自公で過半数割れの可能性も否定できない。
こうした危機的状況に、10月6日、石破も不記載(裏金)議員は「説明責任を果たさなければ非公認」という荒技を繰り出してきた。しかし、この施策は諸刃の剣であって、当選しそうな旧安倍派議員をはじめ裏金に関わった議員が落選するリスクがある。結果、自民党の議席が減ることにつながるのだ。
立憲民主党代表選、自民党総裁選の流れを受け、生まれ変われない自民党に幻滅した国民が投票に行けば、浮動票が多い都市部を中心に議席を奪われ、自公だけでは政権維持が難しくなるかもしれない。今回の総選挙でダイレクトにはいかなくとも、石破が短命に終われば、参院選、次々の総選挙で「自公+1党」の3党大連立も現実味を帯びてくる。「投票に行っても何も変わらない」という声をよく聞くが、今回ばかりはそうはならないのではないかと、わたしは思っている。
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文藝春秋 元編集長
1960年、東京都生まれ。1984年、慶應義塾大学を卒業後、文藝春秋入社。『オール讀物』『週刊文春』『諸君!』『文藝春秋』各編集部を経て、2004年から『週刊文春』編集長、2009年から『文藝春秋』編集長を歴任。その後、執行役員、取締役を務め、2024年6月に同社を退職し、小さなシンクタンクを設立。『文藝春秋と政権構想』(講談社)はその活動の第一作となる。
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(文藝春秋 元編集長 鈴木 洋嗣 聞き手・構成=プレジデントオンライン編集部・内藤慧)
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