6年間、失明したことを隠していた…「自分は障害者じゃないと思いたかった」全盲の医師がたどり着いた境地
プレジデントオンライン / 2024年10月16日 18時15分
※本稿は、福場将太『目の見えない精神科医が、見えなくなって分かったこと』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■「人生の1つの時代が終わったな」
「私は目が見えない医師です」
障がいのことをそうオープンにした時、「人生の1つの時代が終わったな」と感じました。
それまでは、特に患者さんに対しては目が見えていないことをなるべく気づかれないように振る舞っていました。
もうとっくに見えなくなっていたのに、患者さんを不安にさせたくない、それ以上に知られたら医師として信頼されなくなる、という自分の不安が強かったからです。また「自分は障がい者じゃない」と思いたかったのも正直な気持ちでした。
32歳で失明したそんな私がなぜ「目の見えない精神科医であること」を開示するに至ったのか。
それは38歳の時に、学生時代の先輩と再会したことがきっかけでした。
眼科医として従事されているその先輩は、私の持病である網膜色素変性症をご専門とされ、その患者さんたちを対象にした講演会を企画されていました。そして、「講演会に一緒に出よう」と誘ってくださったのです。
精神科医の自分が眼科の講演会で話すのはおかしいと最初は戸惑ったのですが、先輩はこうおっしゃいました。
■そこには、私の医療があった
「眼科には、いずれ目が見えなくなると告知されて塞ぎこんでしまう患者さん、実際に失明して生きる希望まで見失ってしまう患者さんがたくさんいる。でも眼科は患者さんの数が多くて、眼科医は患者さんのメンタルケアにまでなかなか手が回らないのが実情。だから目が見えなくなった当事者でもあり、心の支援の専門家でもある福場に、何でもいいから話をしてほしい」
全く予想だにしていなかった白羽の矢でした。
精神科医として講演をした経験は何度かありましたが、同時に視覚障がいの当事者としてというのは前代未聞。
一体どんな話をすればいいのかすぐ私の頭には浮かびませんでしたが、それでも心は「やってみよう、やってみたい」と素直に思っていました。
先輩に了解を伝えそこからひたすら準備と練習の日々。ここまで力を注いだ講演は後にも先にもありません。
講演当日、まずは先輩が眼科医として網膜色素変性症についてお話をされ、続いて私が登壇。
自分の障がいをオープンにした人生初の講演はあっという間に終わりましたが、会場からあたたかい拍手をいただきながら、おぼろげながら確かな手ごたえも感じていました。
それまでは、「いかに網膜色素変性症に邪魔されずに目が見えている医師と同じ仕事をするか」ということばかり考えていました。
しかし、この講演をやり遂げた時に、「網膜色素変性症を相棒にして目が見えている医師にはできない仕事をすればいい」と気づいたのです。
私の医療はここにありました。
■医学部5年生から15年越しのカミングアウト
目を患った人のメンタルケアという未踏の分野。そこでなら私にしか語れないことがある、私にしか力になれないアプローチがあるかもしれない。それが私の一生をかけた研究テーマ。
障がいをオープンにしたことで、もう戻れない日々があります。確かに1つの時代が終わってしまった。
それでも終わりの中にはかならず始まりがある。
私の新しい人生は、この38歳の講演から始まったのです。
そこからはこれまでにない経験の連続でした。たくさんの町で講演をし、たくさんの原稿を書き、たくさんの人に出会いました。それは視覚障がいを隠していた頃には知らない幸福でした。
ただし私は、障がいのことや、人に言えない秘密のことを、どんどん開示したほうがよい、と言いたいわけではありません。しないほうがいい場合もあるでしょうし、するにしたって時間はかかって当然です。
私だって、病気の告知を受けた医学部5年生の時から実に15年もかかってのカミングアウトでした。基準値のデータがないのでこれが平均的かは分かりませんが、自分にとって必要な時間だったのは間違いありません。
■初診から5年たって涙が出てくる人もいる
心の変化には時間がかかります。
じわじわと、じっくりと、時には行ったり来たりもしながら心はゆっくり移ろうもの。辛い現実に直面した時に、すぐにそれを受け入れられないのは当たり前。さらにそのことを誰かに打ち明けるなんて、棒高跳びよりもハードルが高い。
だから一歩ずつでいいのです。
一歩ずつ、一段ずつ踏みしめながら、時にはその場にうずくまりながら、ゆっくりなだらかな変化の階段を上ればいい。
やがてどこかへ辿り着いた時、素直にその景色を眺めればいいのです。
精神科の外来で出会う患者さんの中には、初診してから涙が出るまでに5年かかる人もいます。
10年かかってやっと本当のことが言える人もいます。弱さを見せない生き方を貫く人もいます。それでいいのです。
確かに私は今、「障がいをオープンにして良かったな」と思っています。
しかしそれも「今は」の話です。また何年か経った時に、「やっぱり障がいは人に言うべきではなかった」と、殻に閉じこもることがあるかもしれません。もしそうなったらそうなったで、その時の自分の気持ちも大切にしようと思っています。
心は移ろい続けるもの。思いがけない場所に辿り着いていることもあれば、結局最初と同じ場所に戻っていることもある。でもそれでいい、それがいいのです。
■「人の痛み」は見えにくい
「視覚障がい」という1つのハンデを抱えたことで、見えるようになったことがたくさんあります。
その1つが、「人の痛み」です。
目を悪くするまで、健康な人の何気ない言葉、何気ない冗談が障がいを持つ人の心をこんなに傷つけているなんて想像もしていませんでした。そして、障がいを持つことでこんなに自分の心が葛藤するのだということも。
特に全盲になる前、弱視やロービジョンと呼ばれる段階にいた頃は、毎日が葛藤でした。完全に見えている晴眼(せいがん)でも、完全に見えていない全盲でもないという中途半端な視力の状態を自分でもうまく説明できず、なかなか周囲に分かってもらえませんでした。障がい者として気を遣われると反発したい気持ちがむくむくと湧き出てしまうし、かといって健常者として全く気を遣われないとそれはそれで腹が立ってしまう。
助けてほしいのかほしくないのか、自分でも自分のスタンスがよく分からない。そんな足場のぐらついた状態では、周囲の言葉に対して、心はささくれ立ってばかりでした。
■「頑張って」と言われてパワーダウンする人もいる
私の外来に来てくださる患者さんたちも、多くの葛藤の中にいらっしゃいます。白なのか黒なのかご自身の気持ちが分からず、うまく説明できず、もどかしくて悔しくて、そのことが余計に心にストレスを与えてしまう。
そんな患者さんと接する時、私は「言葉遣い」に細心の注意を払うようにしています。それは前述のとおり、自分自身も「言葉」にたくさん傷ついた経験があるからです。悪意がないのは分かっていても、それでも余裕のない心は言葉に傷ついてしまう。
脳天気だった私が、視覚障がいのおかげで、患者さんたちが感じるその痛みを少し想像できるようになったのです。
言葉というのは取り扱いが本当に難しいですね。
患者さんたちが傷ついてしまうのも言葉ですが、精神科医が心の痛みを和らげるために処方するのもまた言葉なのです。
言葉は薬にもなるけれど、使い方を間違えると毒にもなってしまうのです。
ただし、この世に万能薬が存在しないように、こうやって話せば人を傷つけずに済む、かならず相手を癒せるなんていう万能な言葉ももちろん存在しません。
「好き」と言われて喜ぶ人もいれば悲しむ人もいる、「頑張って」と言われて元気が出る人もいればパワーダウンする人もいるのです。
■精神科医にも人の気持ちなんて見抜けない
そしてここで業界最大のタネ明かしをしてしまいますが、精神科医と言えど、人の気持ちなんて見抜けません。
患者さん自身も分からない本心を言い当てるなんて不可能です。
私にできることは、相手の言葉に耳を澄ませること。
そして、想像力を働かせてそこに潜む痛みを感じ取り、最良の言葉を調合して、最適のタイミングで処方することなのです。
ただ難しいのは、精神科医は優しいほど名医というわけではないということ。
医療である以上目指すは患者さんの回復。毒にも薬にもならない言葉でお茶を濁し続けるだけでは成し得ない回復があります。
回復のためには、患者さんにとって耳が痛いことも言わなくてはなりません。
外科における傷の縫合のように、内科における針の太い注射のように、心の治療にも痛みは伴います。精神科医は時として鋭い切っ先の言葉のメスも、副作用のリスクがあるセリフも用います。もちろんいたずらに心を傷つけないように慎重に、人間として自然な優しさも忘れずに。
視覚障がいが育んでくれた人の痛みを想像する力。いつまでもそれを忘れない自分でありたいと思っています。
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精神科医
1980年広島県呉市生まれ。医療法人風のすずらん会美唄すずらんクリニック副院長。広島大学附属高等学校卒業後、東京医科大学に進学。在学中に、指定難病疾患「網膜色素変性症」を診断され、視力が低下する葛藤の中で医師免許を取得。2006年、「美唄希望ヶ丘病院」〔現在は「江別すずらん病院」(北海道江別市)〕に精神科医として着任。32歳で完全に失明。2018年からは自らの視覚障がいを開示し、「視覚障害をもつ医療従事者の会 ゆいまーる」の幹事、「公益社団法人 NEXT VISION」の理事として、目を病んだ人たちのメンタルケアについても活動中。ライフワークは音楽と文芸の創作。
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(精神科医 福場 将太)
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