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「日本一の司会」はなぜ「相手のどうでもいい話」まで覚えられるのか…古舘伊知郎さんが実践するたった一つのこと

プレジデントオンライン / 2024年10月17日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tero Vesalainen

忘れることは誰にでもあるが、重要なことを記憶に留めるにはどうすればいいのか。F1やプロレスの名実況を経て、「報道ステーション」(テレビ朝日系)で12年間キャスターを務めた古舘伊知郎さんは「スマホで記録しても、意外なほど記憶に残らない。そこで僕は『非効率を楽しむ記憶術』を勧めたい」という――。

※本稿は、古舘伊知郎『伝えるための準備学』(ひろのぶと株式会社)の一部を再編集したものです。

■大事なことを忘れるのは、それが面白くないから

人間は不思議なもので「これは忘れちゃいけない」「これは大事だ!」と思うことほど、覚えなければと考えたことは記憶しているのに、その中身は忘れてしまうものだ。みなさんも、そんな経験があるのではないだろうか。

大事なことを忘れてしまう理由。それは、「大事なこと」はおもしろくないからだ。「これは大事だ、覚えなくては!」と考えた時点で、脳は強迫的なストレスを感じ、拒否反応を起こす。「つまらない」と感じる。

でも僕たちは、大事だから覚えようとがんばる。特にもう70歳で短期記憶の力が薄れているのも自覚している僕は、何かを新たに覚えるには反復あるのみ。「大事だ、大事だ」と2回唱えてもダメ。「大事だ、大事だ、大事だ」と3回唱えても、5回唱えても、忘れる。7回くらい「大事だ」と言い聞かせて、ようやく短期記憶にねじ込む。

はたして3週間ほど後――きれいさっぱり忘れているのだ。

「大事だ!」と言い聞かせた、「大事だから覚えるんだ」と唱えていたときの情景は全部インプットされている。なのに、一所懸命に覚えようとしたその中身、「何を大事だと思ったのか」がわからない。油絵を入れている金色でクラシカルな額縁は明確鮮明に覚えているが、肝心の絵を忘れてしまうのだ。

■何事もおもしろがってみることで、「記憶の沈澱物」になる

だけど、「これはおもしろい! 覚えておこう」と思ったことは、ほぼ忘れない。

脳はおもしろいことが大好きなのだ。

最強の記憶術とは「おもしろがる」こと。

そうしてふとしたときに触れた知識・情報が記憶の奥底に沈澱し、ある絶妙なタイミングに、意図せずフワッと浮き上がってきて役立つこともある。

何事もおもしろがってみることで、よくわからないガラクタみたいなことも含めて、「記憶の沈澱物」が折り重なる。それはいつか役立つかもしれないし、役立たないかもしれない。ぜんぶ含めて自分という人間の幅、あるいは厚みを増す準備なのだ。

■記憶したければ、スマホで撮ってはいけない

「おもしろい」以外にも記憶につながる引っ掛かりを作る方法はさまざまにある。

ある冬の日、高層ビルのガラス張りの一室で仕事の打ち合わせをしたときのこと。その日は朝からみぞれ混じりの雨が降っていて、部屋に入ったときには、ほぼ雪に変わっていた。東京・神谷町のあたりのビルだったから、窓からは都心の高層ビル群、さらには東京タワーが見える。なかなかに印象的な景色だった。

もしこれを「記憶の沈澱物」として自分の中にしまいこみたいとしたら……僕は、スマホで写真を撮らないことをおすすめする。

では、どう記憶するのか? こんな具合でやってみるのだ。

■対立・矛盾など違和感を作り出す

まず、ただじっとこの景色を見つめて、もうとにかく、ここはニューヨークだと思おうとする。もちろん、ここは東京だし、「マンハッタンの雪模様を、摩天楼のトップから見ている。ペントハウスから眺めているニューヨークなんだ」とどんなに言い聞かせたって、おかしいのだ。目の前の東京タワーだって、あの先の尖ったクライスラービルに見立てようとするのは、とうてい無理がある。

それでも「ニューヨークだ」と思い込もうとしてみる。そうすればするほど、明らかに脳がガチャガチャしてくる。その違和感に、真っ当な脳が葛藤して怒り出すわけだ。その軋轢の摩擦熱で、目の前の映像を脳に焼き付ける。

「何を言っているのか」と思われるかもしれないが、もし単純に「神谷町で東京タワーが目の当たりにできて、高層ビルがいっぱいある」と捉えたとしたら、どこにも引っ掛かりがなくて忘れる対象になってしまう。だから、忘れないために、あえて「普通はこんなものに入れないよね」というところへタバスコをドバッと入れるようなことをする。対立するもの、矛盾する変なものをぶち込んで違和感を作ることで、とりあえず思い出せるようになるのだ。

■正常な脳を怒らせる

この映像記憶にアウトプット先は用意されていない。誰からも「この景色を覚えておいてほしい」なんて言われていない。

だけど、ひょっとしたら、いつか「高層ビルの一室から眺める、雪の都心」を描写することがあるかもしれない。

そうなったらきっと、あの雪の日、正常な脳を怒らせながら「ニューヨークだ」と思い込もうとした都心の景色が、記憶の奥底からフワッと浮かび上がる。その景色が今まさに目の前に広がっているかのように喋ることができるだろう。

日常的なスナップ写真や記念写真を撮るときは、僕だってスマホのカメラを使う。カメラを持ち歩く必要がないのは、やっぱり便利だなと感心する。

でも、目の前の景色を映像記憶しておきたいとき。「準備」として記憶の沈澱物に加えていきたいときは、スマホでは撮らない。

その代わり、「脳を怒らせる」という方法を取るのだ。

■「アナログな作業」の功罪

違和感によって記憶が沈澱しやすくなるのは、映像記憶に限った話ではない。たとえば、僕は新聞のスクラップにも活用している。

テーブルの上の朝刊
写真=iStock.com/skybluejapan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/skybluejapan

僕は朝日新聞の朝刊に載っている「折々のことば」というショートコラムが好きで、ほとんどチェックしている。哲学者の鷲田清一さんが最近読んだ書籍などの一節を引き、ひと言、感想や考察を寄せるというものなのだが、実に味わい深い。「この言葉、ぜひ覚えておきたい」と思う回も多い。どうしても我慢がならず、切り抜いてスクラップしたくなることもある。

ところがこのデジタル時代、切り抜いてスクラップするというアナログな作業をすると、それだけで安心して終わってしまう。結果、満足して記憶に残らない……ということを、経験上でわかってはいるのだ。

■記事を手でビリビリに引きちぎり、部屋の一角に置いておく

そこでスクラップをするときは、わざとギザギザに引きちぎる。

手でビリビリと引きちぎるのだ。別の記事が入り込んでもお構いなし、わざと汚くする。

そして、それをサイドテーブルに、わざとグチャッと置いておく。「これが拡大していくと、ゴミ屋敷になるだろうな」というような「ゴミ屋敷コーナー」を部屋の一角に作るわけだ。そうすると、いやでもふとした時に目に入る。ギザギザのヤな感じが。

僕は根っからのズボラ人間だ。だが、ここでハサミやカッターを使ってきれいにスクラップしないのは面倒だからではない(それも少しはあるが)。

ズボラだが、僕は神経質でもある。ペンが斜めに置かれていたら、ついまっすぐに直してしまうくらい。そんな僕にとって、四辺がギザギザでグチャッと置かれた新聞記事の切り抜きなんて、この上なく気持ち悪い光景なのだ。目に入るたび神経に触る。

だからこそ、あえてギザギザに引きちぎり、グチャッと置いている。

そうして、ふと思い出したくなったときには「ゴミ屋敷コーナー」を漁って、そのスクラップを探し出す。「いつだっけなぁ。効率悪いなぁ、このコスパ・タイパ時代に……」とイライラしながら。すると、そのストレスを経ているから、目的のものが見つかったときに、「そこにある言葉を丸ごと飲み込もう」というモチベーションが生まれる。

つまり、僕は覚えておくために、あえて違和を作っているのだ。

■記憶は、「契約したスポーツジム」と似ている

人の性格はさまざまだから、向き不向きはあると思う。神経質と聞いて「自分にも覚えあり」と思った人は、一度試してみるといいかもしれない。

古舘伊知郎『伝えるための準備学』(ひろのぶと株式会社)
古舘伊知郎『伝えるための準備学』(ひろのぶと株式会社)

ところで、今は朝日新聞デジタルに過去の記事がアーカイブされている。「折々のことば」も例外ではない。僕もたまにデジタル版で見ては、「このいい言葉……」とデバイス上に保存しようとすることがある。でも、やめる。保存すると、「いつでも見られる」と安心するから、保存したという事実をもって忘れてしまう。

僕はこれを「契約したスポーツジム理論」と呼んでいる。理論でもなんでもない、ただの思いつきだが、「理論」と付ければ前々から考えていたように見える。これがいやらしいなぁと思って言ってみたのだが、スポーツジムとは多くの人にとって、行くところではないと思うのだ。会員になり、「これで毎日のように行ける」と思って安心した結果、行かなくなる場所。もちろん、定期的に通う方もいるだろうが、僕のようなズボラ人間であれば、「幽霊会員」になっている人が多いのではないだろうか。

記憶も「契約したスポーツジム」とちょっと似ている。スマホの中に保存してしまうと、いつでもすぐにアクセスできるので覚えない。そして、いつでも見られると安心するので、思い出そうとすることも減り、「『折々のことば』にいい言葉が載っていた」という記憶そのものが消えてしまう。「幽霊会員」ならぬ「幽霊記憶」だ。

■スマホに保存したところで、何も覚えられっこない

中には、デジタルを活用するスマートな方法が向いている人もいるだろう。だが僕には、どうも馴染まない。安心するといろんなことを忘れていって、引っ掛かりがなくなってしまう。残念ながら僕のような捻くれ者には、向いていないのだ。

スマートフォンにスマートに保存したところで、何も覚えられっこない。要領の悪い僕には、面倒くさくて時間のかかる方法が一番合っている。

ギザギザの切り抜きは、あくまでも記憶のトリガー。そこに書かれていることを丸ごと覚えておくためのものではなく、「なんかいい言葉が載っていた」という違和の引っ掛かりだけ残しておいて、後から手繰ることができるようにしているわけである。

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古舘 伊知郎(ふるたち・いちろう)
フリーアナウンサー
立教大学を卒業後、1977年、テレビ朝日にアナウンサーとして入社。3年連続で「NHK紅白歌合戦」の司会を務めるなど、NHK+民放全局でレギュラー番組の看板を担った。テレビ朝日「報道ステーション」で12年間キャスターを務め、現在、再び自由なしゃべり手となる。2019年4月、立教大学経済学部客員教授に就任。

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(フリーアナウンサー 古舘 伊知郎)

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