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ついに山梨県との「リニア和解」が実現したが…川勝知事時代の「誤り」を一つも認めない静岡県の"デタラメ体質"

プレジデントオンライン / 2024年10月11日 7時15分

地下約900メートル地点の広河原先進坑を視察した長崎知事(右)と鈴木知事 - 筆者撮影

川勝平太前知事のリニア妨害の「尻ぬぐい」を任された鈴木康友知事が「余計な一言」を言ってしまった。ジャーナリストの小林一哉さんは「鈴木知事に求められるのはリニア妨害で迷惑をかけた相手へ敬意を払うことだ。前知事時代の蒸し返しなどあってはならない」という――。

■山梨県知事の「招待」でリニア工事現場を視察

静岡県の鈴木康友知事は10月5日、山梨県の長崎幸太郎知事と共に、地下約900メートルで行われている山梨工区のリニアトンネル工事現場を視察した。

川勝平太前知事が「山梨県側の工事により、静岡県の地下水が山梨側に引っ張られる」という「言い掛かり」をつけたことで大幅に遅れている現場を一緒に視察しようという提案に、鈴木知事が応じた形だ。

本来、行政権限が及ばない隣県の知事を視察に呼ぶ道理はない。

長崎知事には、鈴木知事にあわよくば川勝前知事時代の誤った認識を認めてもらおうとの思いが心の奥底にあったかもしれない。

この視察で、鈴木知事はJR東海のリニアトンネル工事が山梨県内で順調に進んでいることを確認した。

鈴木知事は「JR東海のリスク管理に問題ない」と評価した上で、「いまのところ、県民に安心してもらえる状況である」などと明言した。

筆者はこの発言に違和感を覚えた。

ちょっと立ち止まって考えてみればわかるが、鈴木知事がわざわざ山梨県まで出向いて、山梨工区のリニア工事について、JR東海のリスク管理を論評するのはあまりにも不思議な話である。

山梨県民は鈴木知事の視察にどのような意味があるのか、大いに疑問を感じたはずだ。

何の行政権限を持たない静岡県の知事が山梨県のリニア工事を論評したのである。川勝前知事と同様、山梨県側にとっては大きなお世話どころか、越権行為とも言える。

■静岡県民に向けられた「誤ったメッセージ」

そもそも「県民に安心してもらえる状況」(鈴木知事)とは、「静岡県民」を指すのであって、視察地の「山梨県民」を指していない。

あいにくの激しい雨の中、わざわざ2時間以上も掛けて、静岡県庁から山梨県早川町のリニア工事現場に初めて赴いた。そこで、静岡県民に向けて、「安心してもらえる状況である」と言ってしまった。

そもそもの川勝前知事の主張が言い掛かりなのだから、「安心できる」も「できない」もないのだ。

「安心できない状況」と考えたならば、川勝前知事同様に山梨県のリニア工事に「待った」を掛けることになってしまう。

まさか鈴木知事は川勝前知事と違い、そんなことをするはずもないだろうが、つまりこの発言で川勝前知事の「言い掛かり」を認めてしまったことになる。

■苦労をかけた相手への敬意は必須

長崎知事は「事実に基づいた議論をして、両県民の理解を得ながら進めることが重要である。きょうをきっかけに両県民の理解が進んでいく」などと述べた。川勝前知事が山梨県のリニア工事に「待った」を掛けたことを強く意識した発言である。大人の対応なのか、あいまいに述べただけであり、当時のトラブルについて、ひと言も触れなかった。それでも長崎知事の「真意」は十分に伝わった。

振り返れば、長崎知事はことあるごとに「もし、山梨県のリニア工事で何らかの問題があれば山梨県で解決する」などとして、「静岡県が口を出すことではない」と不満を漏らしていた。

「言い掛かり」をつけた川勝前知事の退場で、山梨県のリニア工事に関する問題はすべて解決したかのように見えていた。

それなのに、鈴木知事は、今回の視察で、結果的には川勝前知事時代の「言い掛かり」を蒸し返したかのようになってしまった。

川勝前知事を支えた静岡県の事務方の顔ぶれは変わらず、当時のトラブルをごまかすためにあいまいで無難な説明原稿を用意したのだろう。鈴木知事はそのシナリオに沿って発言したようだ。

鈴木知事は「事実に基づいた議論」(長崎知事)を念頭に置いて、川勝前知事時代の誤りをすべて認めた上で、苦労を掛けた長崎知事に敬意を払う、政治家にふさわしい発言をすべきだった。

■山梨県と静岡県がこじれた経緯

そもそもなぜ、鈴木知事が山梨県のリニア工事視察に赴くことになったのか。

発端は2年前の2022年10月13日、静岡県が山梨県内のトンネル工事に関する文書をJR東海に送ったことだった。

上り勾配が続くトンネル幅約7メートルの先進坑
筆者撮影
上り勾配が続くトンネル幅約7メートルの先進坑 - 筆者撮影

静岡県境まで距離的に離れていても、トンネル工事で高圧の力が掛かり、静岡県内にある地下の湧水を引っ張る懸念があり、ひいては静岡県内の湧水への影響を回避するために、「静岡県境へ向けた山梨県内のリニア工事をどの地点で止めるのかを決定する必要がある」といった内容だった。

この要望にJRは非常に困惑した。

理論上、地下トンネルを掘削することで高圧の力が掛かり、地下水を引っ張ることはありうる。だがその水量は断層帯がない限り極めて微量であり、さらに締め固まった地質ではそのような現象が起こらない可能性が高い。

そもそも地下水とは動的な水であり、地下水脈がどのように流れているのかわからない。県境付近の地下水に静岡県も山梨県もないことくらい一般常識であり、何よりも山梨県内で、静岡県の地下水の所有権など存在しない。

それなのに静岡県は突然、山梨県内の掘削ストップを求めたのだ。

■他県の工事に口を挟む「越権行為」

静岡県の掘削ストップ要求に強く反応したのは、やはり長崎知事だった。

長崎知事は「山梨県の話をするのに、ひと言もないのは遺憾だ」と怒りをあらわにした。川勝前知事はその直後、静岡市で開かれた関東地方知事会議で長崎知事に直接、経緯を説明した。それで、長崎知事も一定の理解を示したが、山梨県内のリニア工事ストップを了解したわけではなかった。

「静岡県内の湧水に影響が出ないよう、山梨県内のリニア工事をどこで止めるのか」という無理難題とも言える要求は、当時、「山梨県駅―神奈川県駅間の部分開業」「2027年開業ができないのは神奈川県の責任」などの無責任な発言を繰り返していたのと全く同じ論法だった。

川勝前知事は、新たなリニア問題を提起して、さらなる混乱を引き起こそうとしたのだ。

専門部会でJR東海は、先行探査を役割とする「高速長尺先進ボーリング(調査ボーリング)」を使い、地層を確認しながら掘削するので大量の出水はありえないと説明した。

ところが、静岡県の専門部会長らは「高速長尺先進ボーリングが破砕帯に当たれば大量出水を招く」などとトンネル掘削どころか、調査ボーリングでも大きなリスクがあると主張した。

川勝前知事が「やめろ」と繰り返した調査ボーリングのマシン
筆者撮影
川勝前知事が「やめろ」と繰り返した調査ボーリングのマシン - 筆者撮影

2023年に入ってから、川勝前知事は「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」を繰り返すことになった。

川勝前知事の意向に沿って、静岡県は同年5月11日、「静岡県が合意するまでは、リスク管理の観点から県境側約300メートルまでの区間を調査ボーリングによる削孔をしないことを要請する」とした意見書をJR東海に送った。

■「静岡県の主張は迷惑千万」

このばかげた大騒ぎに、長崎知事は「山梨県のリニア工事で出る水は100%山梨県内の水だ」と断言した上で、「山梨県内のボーリング調査は進めてもらう。山梨県の問題は山梨県が責任を持って行う」などと強い調子で述べた。

さらに、リニア沿線都府県知事による建設促進期成同盟会総会などで、長崎知事は「企業の正当な活動を行政が恣意的に止めることはできない。調査ボーリングは作業員の安全を守り、科学的事実を把握するために不可欠だ」などと述べ、川勝前知事に山梨県の立場を尊重するよう求めた。

それでも、静岡県は「山梨県の調査ボーリングをやめろ」の主張を取り下げなかった。

このため、長崎知事は6月9日の臨時会見で、「どこそこの水という法的根拠は何か、そもそも静岡の水とは何かを明らかにしてもらう必要がある。長野県、山梨県が源流となる富士川の水の(静岡県の)利用に対して我々も何か言うことはできるのか」などと強い怒りをあらわにした。

これに対して、川勝前知事は森貴志副知事らリニア担当幹部3人を山梨県へ派遣した。

森副知事らと面会したあと、長崎知事は「『静岡県の水』『山梨県の水』という議論は受け入れがたく、迷惑千万なのでやめてほしいと森副知事らに伝えた」ことを明らかにした。

それでも、川勝前知事は「県境のボーリングで水が引っ張られることは間違いない。いわゆるボーリング調査が水抜きということも共通の理解だ。破砕帯で水が出た場合には、それをどのように戻すのか、JR東海が関係者に説明すべきである。ボールはJR東海に投げられている」などと従来の主張を強硬に繰り返した。

■川勝前知事の退場で事態は一気に進む

結局、この問題は川勝前知事の辞職によって終止符が打たれた。

鈴木知事はことし6月、「山梨県内の調査ボーリング」だけでなく、もともとの議論の始まりとなった先進坑、本坑掘削工事でも、「『静岡県の水』という所有権を主張せず、『静岡県の水』の返還を求めないこと」に合意した。

さらに、JR東海が山梨県境を越えて、静岡県内での調査ボーリングを行うことも認めた。これで、山梨工区の調査ボーリングは何の障害もなく、進められることになった。

今回の視察で、両知事は早川町の広河原非常口から先進坑に入り、その先端付近で行われている調査ボーリングによる湧水の状況などについて、JR東海から説明を受けた。

先進坑は静岡県境まで約460メートルの地点まで掘り進められている。その地点に設置された調査ボーリングマシンの先端は県境手前の257メートルまで進んでいる。いまのところ、湧水量は管理値の0.08%という極めて微量な数値だという。

■静岡県民の心配よりこれまでの迷惑を詫びるべきだった

当然、全く問題がないから、今回の視察を計画したのであり、実際には長崎、鈴木両知事の政治的なパフォーマンスの場だった。

となれば、鈴木知事は過去の経緯を踏まえて、「長崎知事にさまざまな迷惑を掛けた」ことを率直に述べるべきだった。「静岡県民に安心してもらえる状況」では前知事との間でこじれた関係性は何も前進しない。

記者の質問に答える長崎知事と鈴木知事
筆者撮影
記者の質問に答える長崎知事と鈴木知事 - 筆者撮影

川勝前知事時代の「言い掛かり」をうやむやにしたことで、この2年間のゴタゴタがいったい何だったのか、山梨県民らは首をかしげてしまっているだろう。それどころか、いまでも山梨県内のリニア工事が静岡県の湧水に大きな影響を与える恐れがあると考えてしまったかもしれない。

鈴木知事に求められるリニア問題の解決とは、川勝前知事時代のトラブルをきちんと総括することも含まれるはずである。

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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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