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「患者様、お痛みはありませんか」にモヤモヤする…病院で乱発される「盛りすぎ敬語」に抱く"強烈な違和感"

プレジデントオンライン / 2024年10月17日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hxdbzxy

適切に敬語を使うためにはどんなことに気を付けるべきか。コピーライターの前田めぐるさんは「丁寧な表現にしようと気を付けた結果、敬語を盛りすぎてしまうケースがある。たとえば、病院で使われている『お痛み』や『おかゆみ』といった表現は、わざわざ『お』を付ける必要はない」という――。(第1回)

※本稿は、前田めぐる『その敬語、盛りすぎです!』(青春新書インテリジェンス)の一部を再編集したものです。

■「ご予約様」という不可思議な呼び方

その日私は、友人が予約した店に約束より少し早く着いた。のれんをくぐり、「○○さんの名前で予約していたと思いますが」と言うと、若い店員が「ご予約様、入られましたー」と大きな声を店内に響かせながら笑顔で丁重に案内してくれた。

これはある日の体験を物語風に書いてみたものです。

ツッコミどころは、「予約したのは私ではないのに」ということではありません。一体いつから私の名は「ご予約様」に変わったのかという謎です。理由や目的を探ってみるとしましょう。

「ご予約の○○様が入られました」で他の来店客に個人名がばれてしまわないように?「予約客が入ってきたよ。ぶつからないよう気をつけて」と他のスタッフに注意を喚起するため? 他のスタッフにも予約客への「いらっしゃいませ」を促すため? 席に着くまでの短い間に私の脳裏にはいくつかの推理が浮かんでは消えました。

現にその声が響き渡ると、店内のあちこちから「いらっしゃいませー」と元気な声が返ってきました。断っておきますが、別段不快な印象は持ちませんでした。力を合わせて一所懸命もてなそうという気持ちからの「ご予約様」には違いないでしょうから。しかし、そうは言っても「ご予約様」です。ここまでくれば「お犬様」で知られる犬公方(いぬくぼう)・徳川綱吉公もビックリでしょう。人でないどころか、生物でさえないのですから。

無生物で無形の「予約」に様を盛っても、最上のおもてなしにはなりえません。そもそも、案内する際に予約の有無を知らしめて区別する合理的な理由があるのでしょうか。

■「ご予約様」の「様」を抜くだけで適切な表現に

おかしな妄想をかき立てないためにも、次のようなシンプルな案内でいいはずです。

「お客様が来られました」
「お客様がお見えです」
「お客様、ご案内します[いたします]」

ついでながら、予約の電話を受け付ける場面でも、「あいにくこの日はたくさんのご予約様をいただいております」と「ご予約様」が聞かれます。こちらも「ご予約をいただいております」のほうが自然です。「様」を抜くだけ。簡単です。

レストランで注文を尋ねる女性に確認する男性店員
写真=iStock.com/koumaru
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/koumaru

■「ご病気」は敬語として間違っていない

「ご病気が回復されたとのこと、安心いたしました」
「目がお疲れになっていらっしゃいませんか」
「お声がきれいでいらっしゃいますね」

前述の「ご予約様」からの流れだと、これらの表現を「人でないものに敬語を使っている。大間違い!」と言いたくなってしまうかもしれませんね。しかし、決めつけるのは早合点。これらは「所有者敬語」という呼び名もあり、目や声の持ち主である聞き手(Yとします)を間接的に高めるものとされています。

一見すると、病気・目・声が高められているように感じられますが、問題のない表現です。この場合、「(Yの)病気が回復した」「(Yの)目が疲れている」「(Yの)声がきれい」のように、病気・目・声の所有者Yが隠れた主語になっています。体の一部だけでなく、性格・名前でも「気立てが(お名前が)素敵でいらっしゃる」などと使えます。

■「お帽子がなくなられましたか」は盛りすぎ

住所はどうでしょう。

引っ越せば変わりますが、どこかに住んでいる限り、本人と切り離せません。「ご住所(お住まい)が変わられましたか」は割と自然です。装いについても、「帽子がお似合いでいらっしゃいます」に目くじらを立てる人は少ないでしょう。とはいえ、個人差や地域差もあります。

また、どこまでも無制限に所有物に使えるとは限りません。次の表現(左:カギカッコ内)は、明らかに盛りすぎです。

●「プリンターがお壊れになったと伺いました」(○プリンターが壊れたと伺いました)
●「お帽子がなくなられましたか」(○帽子をなくされましたか)

特に最後の「お帽子」に至っては、音だけ聞くと「亡くなられましたか」と勘違いしてしまいそうです。隠れた主語「あなたは」を引っ張り出す気持ちで「帽子を」と始めるほうがスッキリします。そうすれば、すんなり「なくされましたか」が続くでしょう。分かちがたいほど似合う運命的な帽子にも、それはそれで出会いたいものですけれどもね。

■「おっしゃられる」は二重敬語で盛りすぎ 

「お気付きのことがございましたら、何なりとおっしゃられてください」

こう言われて「では早速」とばかりに「それ、二重敬語ですよ」と物申したことはありません。仕事でもない限り、言葉の誤りをいちいち注意するのは、無粋ですから。とはいえ、もし自分がサービスを提供する側なら、二重敬語は避けたい過剰敬語の一つです。

ミーティングをするビジネスマン
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

二重敬語だと認識しながらあえて使う業界もあるようですが、一般的に長たらしい印象を与えることは否めません。そんな二重敬語の定義をここで確認しておきましょう。

「敬語の指針」(文化庁)にはこうあります。

一つの語について、同じ種類の敬語を二重に使ったものを「二重敬語」という

これに照らせば「おっしゃられる」も「言う」を「おっしゃる」と尊敬語にし、さらに「れる」を加えて尊敬語にした二重敬語です。「仰せになられる」も「言う」を「仰せになる」と尊敬語にし、さらに「れる」で尊敬語にした二重敬語です。

もっとあります。次の表現も左の文は二重敬語で、本来は右のようにすべきです。

×お召し上がりになられている → ○お召し上がりになっている
×手紙をお書きになられている → ○手紙をお書きになっている
×本をお読みになられている → ○本をお読みになっている

■「冗長な表現=二重敬語」ではない

ちなみに、ネット上ではよく次のような表現まで二重敬語だと指摘する誤った解説も見かけます。例えば、先に挙げた下段の後半部分を丁寧に言い換えたものです。

「ランチをお召し上がりになっていらっしゃいます」
「手紙をお書きになっていらっしゃいます」
「本をお読みになっていらっしゃいます」

いずれも「お……になる」と「いらっしゃいます」を接続助詞「て」でつないだ敬語連結。冗長な感じがあるのは確かですが、二重敬語には当たらず、誤用ではありません。

次に「二重敬語ではあるが許容されている二重敬語」を取り上げます。「せっかく二重敬語をマスターしたのに」とがっかりさせてしまうかもしれませんね。しかし、何事にも例外はあるもの。敬語にもそれは当てはまります。

■「習慣として定着した二重敬語」という例外

まず、尊敬語の特定形を知ることから始めましょう。

一般的な語では、「試す」を「お試しになる」のように変化させて敬語を作ります。出来上がった敬語を見ても、「試す」の尊敬語であることが一目瞭然ですね。しかし、中には全く別の語になってしまうものがあります。「おっしゃる」や「召し上がる」のような特定形と呼ばれるものです。

●いらっしゃる・おいでになる(来る・行く・いる)
●お越しになる・お運びになる(来る・行く)
●見える・お見えになる(来る)
●おっしゃる(言う)
●ご覧になる(見る)
●(召し)上がる・お(召し)上がりになる(食べる・飲む)
●召す・お召しになる(着る・風邪などをひく)
●お気に召す(気に入る)
●くださる(くれる)
●なさる(する)

「召し上がる」が尊敬語なら、それを「お……になる」の形にした「お召し上がりになる」は形の上では二重敬語です。「お見えになる」も同様です。しかし、「習慣として定着している二重敬語」として許容されているのです。つまり、下線部について、二重敬語だからNGと槍玉にあげるのは行きすぎということ。ドヤ顔で指摘すると笑われます。ご用心。

■「患者様」と呼ばない病院が増えている

「患者様から患者さんへ、呼称を変更いたします」近年、あちこちの病院サイトでこんなお知らせを見かけます。少し前まで「様」付けで呼ぶ病院が大半でしたが、何があったのでしょうか。

さかのぼれば、医療サービスの向上を目指して、患者の呼び方が「患者さん」から「患者様」「○○様(氏名+様)」になったのは2000年前後のこと。呼び方で意識や接遇が変わったかというと、あまり芳しい経過ではありませんでした。

中には、「『患者様』はお客様だろう」と勘違いしてモンスター化する患者、「呼び方だけ持ち上げても患者の扱いは改善されない。第一、よそよそしい」と不満を唱える患者……など、反応も散々。病院側も、呼称を戻さざるをえなくなったようです。

もとより「患う者」である状態の人に「様」の敬称はしっくりきません。患いたくて患うわけではないのに、「患者様」と盛られても、うれしくはありません。対等であるべき病院と患者の間にも上下関係が生まれてしまいます。違和感の理由もそこにあります。

両者は共に治癒を目指す同志であることからも、患者には「患者さん」という呼称のほうがふさわしい。そんな流れもあって、患者呼称を戻す医療機関が増えてきたのです。

女性医師とシニア男性
写真=iStock.com/byryo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/byryo

■「お痛み」「おかゆみ」の「お」は必要ない

長年むずがゆく感じてきた私も、「患者さん」に大賛成。変に持ち上げられるより、親しみやすくて好感が持てます。

前田めぐる『その敬語、盛りすぎです!』(青春新書インテリジェンス)
前田めぐる『その敬語、盛りすぎです!』(青春新書インテリジェンス)

お節介ながら、「患者さん」への改めついでに、薬局などで時々聞かれる「お痛み」「おかゆみ」「お痛み止め」も「お」をなしにしてはどうでしょう。

患者の側にしてみれば、痛みもかゆみもごめん被りたいもの。病気を患者の持ち物と見なすがごとく丁寧に表すのは、やはり盛りすぎです。

病院の待合室でそんなことを考えつつ、待つこと一時間半。ようやく順番が来ました。「57番の方、診察室へどうぞ」「はい」なるほど、番号呼びですか。最近はめったに「○○様(さん)」と名前呼びはしないようですね。個人情報保護の観点から言えば、賢明な判断です。

■「ます」の連発は盛りすぎで不要

「本日お見えになります方は、お知り合いでいらっしゃいますか」
「ご覧になります方は、以上でございますか」

丁寧語は、聞き手に対する丁寧な気持ちを表す言葉です。尊敬語や謙譲語よりも使いやすいせいでしょうか。このように、やたらと「ます」を連発する例を見かけます。特に、話し言葉になるとそれが顕著です。

「これに懲りませずに(○懲りずに)またお誘いくださいますようお願いいたします」
改めまして(○改めて)お知らせいたします」
「ご多忙にもかかわりませず(○かかわらず)、ご来場くださいまして感謝いたします
重ねまして(○重ねて)お礼申し上げます」
差し当たりまして(○差し当たって)ご意見を伺います」
したがいまして(○したがって)今後の教訓といたします」
取り急ぎまして(○取り急ぎ)申し上げます」

下線部の「ます(まして・ませず)」は、どれも不要。丸カッコ内の言い方が慣用表現として定着しています。カッコよく、自信を持って使いましょう。

■どれだけ盛っても敬意が増すわけではない

また、冒頭の表現では「お/ご……になります」が「方」を修飾する表現として使われていますが、ここでの「ます」も要りません。「お/ご……になる」で十分です。

「本日お見えになります(○なる)方は、お知り合いでいらっしゃいますか」
「ご覧になります(○なる)方は、以上でございます(○いらっしゃいます)か」

2文目の文末は「ございますか」ではなく「いらっしゃいますか」とすべきでしょう。丁寧語の「ます」をいくら盛っても敬意の度合いが増すわけではありません。ほどよく、ちょうどよく、適材適所でいきましょう。

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前田 めぐる(まえだ・めぐる)
コピーライター、文章術講師
長年コピーライターとして生活者と企業のコミュニケーションにおける言葉を発想し続ける。近年は自治体・学校・団体向けのSNS活用・文章術講師として活動。危機管理士としても、言葉のリスクコミュニケーションについて伝える。敬語マニアでもあり、敬語の違和感についてまとめたブログ『ほどよい敬語』が好評。マイナビ系の情報サイトで執筆。京都在住。著書に『前田さん、主婦の私もフリーランスになれますか?』(日経BP)、『この一冊で面白いほど人が集まるSNS文章術』(青春出版社)、『その敬語、盛りすぎです!』(青春新書インテリジェンス)などがある。

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(コピーライター、文章術講師 前田 めぐる)

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