日本の"発展途上国化"が止まらない…世界から「アフリカ並みに安い国」扱いされる"観光立国"の末路
プレジデントオンライン / 2024年10月18日 8時15分
※本稿は、大橋牧人『それでも昭和なニッポン 100年の呪縛が衰退を加速する』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。
■観光産業は好調のように見えるが…
1980年代、日本の好景気(最後はバブル崩壊に終わったが)に対し、米国経済は停滞気味だった。しかし、その後、IT革命の波に乗ったGAFAMなどの新興テック企業が古いタイプの大企業を軽々と追い越していった。
日本では、この間、かつての電機や自動車に取って代わるような巨大産業は生まれなかった。従って、大量の輸出で日本に外貨をもたらす力が衰えてきた。自動車会社も電機メーカーも米国や欧州などの消費国に多くの生産拠点を移転しているが、外国で稼いだ外貨は現地で再投資することが多く、日本へはあまり還流しない。それも、貿易収支の悪化に拍車を掛けている。
日本経済の停滞は、10年前くらいまでは、「失われた20年」と呼ばれたが、今では「失われた30年」だ。このままでは、「失われた40年」になるかもしれない。戦後日本の経済発展を牽引したのは、明らかに製造業、すなわちもの作りだが、それに固執するあまり、インターネットのプラットフォームなどソフト産業の育成では、欧米や韓国などに比べ、完全に後手に回った。大企業の集まりである経団連は、製鉄や重化学工業、自動車などの製造業が中心で、政府に対する要望も、大手製造業の利害に絡むものが中心だ。
「ちょっと待った。日本には、訪日外国人による観光収入があるじゃないか」という声が聞こえてくる。その金額は、2023年度で5兆2923億円(観光庁訪日外国人消費動向調査)。確かに、巨大だ。
外国人による国際観光収入から日本人の海外旅行での観光支出を差し引いた国際観光収支(旅行収支)は、4兆2295億円もの黒字だった。コロナ禍前の2019年のレベルを回復し、さらに伸びている。訪日外国人は、コロナ禍の時期に大幅に減ったが、今、急速に回復している。2024年3月には、推計308万1600人となり、単月で初めて300万人を超えて過去最多となった。お金もバンバン使っている。
■京都では高級ホテルが次々と開業
外国人の宿泊費や買い物などの消費額は同年1〜3月期で1兆7500億円(速報値)に上り、四半期ベースで最高を記録した。過去20年ほどで、訪日外国人の数は飛躍的に増え、ホテルや旅館から百貨店、飲食店、土産物店などに落とす金も無視できない金額になってきた。
コロナ禍の3年間で大幅に減ったものの、東京や大阪、京都などには、欧米や東南アジアからの観光客の姿がずいぶん増えた。日本を代表する観光地、京都では、国際ブランドの高級ホテルの開業ラッシュが続いている。
日本経済新聞によると、世界有数のホテルチェーン、米ヒルトンは、2024年9月、京都市中心部の河原町三条に旗艦ホテルの「ヒルトン京都」を開業した。ヒルトンは、2021年、最高級ブランドの「ROKUKYOTO LXRホテルズ&リゾーツ」を開業して京都市内に進出。翌22年に「ヒルトン・ガーデン・イン京都四条烏丸」、23年には「ダブルツリーbyヒルトン京都東山」と、立て続けに異なるタイプのホテルをオープンした。
2024年は、春に「ダブルツリーbyヒルトン京都駅」を開業しており、「ヒルトン京都」で1年間に2カ所の開業となる。まるで、囲碁で要所要所に布石を打つようだ。それだけ、京都には大きなビジネスチャンスがある、とみているのだろう。
このほかにも、2024年は、「バンヤンツリー」「シックスセンシズ」といった他のラグジュアリーホテル、高級リゾートホテルが続々、開業している。
■いまの日本は「典型的な発展途上国」
一見、めでたい話だが、この光景には、一種のデジャブ感覚を覚える。30年以上前に、筆者が記者として駐在していた東南アジアの状況とそっくりなのだ。
当時、シンガポールやタイ、マレーシアなどでは、金持ちの日本人や欧米人目当ての高級ホテルやレストランが続々と開業し、大繁盛していた。先進国の金銭感覚からは、安く感じられたが、現地の人たちからみれば、目玉が飛び出るような値段だった。
そういう超高級ホテルやレストランには、現地の人は出入りできず、従業員として働くだけ。利用するのは、中級以下のホテルやリーズナブルな食堂だった。今の日本でも、一部の富裕層を除けば、一泊10万円や20万円もする東京や京都などのラグジュアリー・ホテルや高級旅館には、そうそう泊まれないだろう。ましてや、一泊100万円、200万円ともなると、夢のまた夢。それらの宿泊施設は、もっぱら、金持ちの外国人か日本人でも超富裕層向けだ。
超富裕層はもちろん、富裕層でもない一般の日本人は、よく言えば、おもてなしの側。従業員になるしかない……。これは、典型的な発展途上国の姿だ。
■「旅行費用が安い都市ランキング」で東京は世界4位
英国の郵便サービス企業「ポスト・オフィス」が毎年発表する「世界の休日コスト・バロメーター」2024年版の「旅行費用が安い都市ランキング」で、東京は、前年の8位から4位に上昇した。英ポンド高(円安)と日本の物価の低下が主な理由だという。
このランキングは、英国人が海外旅行先で使うレストランのコース料理やビール、コーヒー、日焼け止めクリームなどの値段をポンド建てで比較したものだ。トップはベトナムのホイアン、2位は南アフリカのケープタウン、3位はケニアのモンバサだ。ランキングの上位には、発展途上国の観光地がズラリと並ぶ。
その中で、先進国日本の首都・東京は異彩を放っている。旅行先としての東京の魅力の源泉は、オモテナシや美味な食べ物、美しい風景というより、途上国のリゾートと同様、何よりも訪問先での費用の安さのようだ。
■「姫路城の外国人の入場料を4倍に」と語った姫路市長
2024年2月、東京・豊洲市場に隣接して開業した観光商業施設「豊洲 千客万来」は連日、外国人観光客で大賑わいだ。
7月の平日の午後、ふらりと訪ねてみると、真夏日の猛暑にもかかわらず、屋外のメーンストリートの豊洲目抜き大通りはぎっしりと人で埋まっていた。立ち並ぶ飲食店を覗いてみて驚いた。牛肉の大串が880円(税込み)などリーズナブルなものも多いが、「WAGYU」と銘打った特選A4ランク黒毛和牛串は3300円(同)。それに「極上いくらおろし」をのせた串は、何と4400円(同)という値段だ。この場所だけ、「外国人租界」ではないかと錯覚するような値付けだ。
それでも、外国人たちは、「本国で食べるより、新鮮で値段もリーズナブル」と言わんばかりに、満足気な表情で買っていく。日本人観光客も来ているが、見ている間に、黒毛和牛串を注文する人はいなかった。比較的に安いまぐろ串の店などには、行列ができていた。
2024年6月、世界遺産で国宝の姫路城(兵庫県姫路市)の外国人入場料について、清元秀康市長が約4倍に引き上げる案を国際会議関連行事で示して、話題になった。日本経済新聞によると、この席で、清元市長は「姫路城には7ドルで入れるが、もっと値上げしようかと思っている。外国の人は30ドル払っていただいて、市民は5ドルぐらいにしたい」と発言した。
姫路市によると、2023年度、姫路城に入城した外国人は前年度比約35万人増の45万2300人だった。外国人の入城者が年間40万人を上回ったのは初めて。総入城者数は147万9567人で、外国人が31%を占める。ますます重要なマーケットになっている外国人観光客からしっかりお金をいただこうという算段だ。
■「訪日外国人からの収入はもう限界」
東京都内の飲食店などでも、外国人の多い繁華街などで、こうした二重価格を試みる飲食店も出始めている。そう、日本の「発展途上国化」は、もう始まっているのかもしれない。
もちろん、お金はお金。入ってくるものはありがたい。観光収入は、現状、日本経済にとって、数少ない希望の星である。ただ、これだけ外国人観光客がお金を落としてくれても、国際観光収入から国際観光支出を差し引いた国際観光収支4兆2295億円は、5兆円を超えて急増するデジタル赤字を埋め合わせるには力不足だ。
働き手不足というボトルネックにより、既に稼働率が低下している宿泊施設も全国で相次いでいる。ホテルや旅館は、いくら立派な建物が出来上がっても、優れたスタッフがいなければ、宝の持ち腐れになってしまう。京都や鎌倉などでは、多すぎる観光客が路線バスや通勤電車を占領して、市民の生活に支障が出るなど、いわゆる観光公害問題も看過できない状況だ。
みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏は「訪日外国人からの収入は、もう限界に来ている」と警鐘を鳴らす。働き手不足と観光公害がこれ以上進めば、少なくとも主要観光地では、外国人訪日客の誘致も不可能、という日がやってくるかもしれない。
(ジャーナリスト、元日本経済新聞編集委員 大橋 牧人)
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