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このままでは"落とした財布が戻る日本"が失われる…「安全大国」でじわじわ進行している"想定外の犯罪"

プレジデントオンライン / 2024年10月19日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuremo

日本の治安悪化が深刻化している。ジャーナリストで元日本経済新聞編集委員の大橋牧人さんは「山間部にポツンとある一軒家で強盗が多発している。かつては事件の発生数も少なかったが、そのことに安心した不用心な家庭が狙われるという“盲点”を突かれてしまった。犯罪の国際化も進んでおり、いままでは考えられなかった凶悪事件も発生している」という――。(第2回)

※本稿は、大橋牧人『それでも昭和なニッポン 100年の呪縛が衰退を加速する』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。

■山間部で次々と起きた“ポツンと一軒家強盗”

栃木、長野、群馬、福島の4県で、2024年4月末から5月中旬にかけて、山間部の住宅の少ない地域にある民家を襲う緊縛強盗事件が相次いで起きた。被害に遭ったのが、いずれも周囲から孤立する民家で、“ポツンと一軒家強盗”とも呼ばれるこれらの事件。

犯行は、同一犯による可能性が高いとみられる。普段はのどかな場所で起きた突然の凶行に、住民は「この辺りで、こんな事件は初めて」と慄(おのの)いていた。

4件の緊縛強盗事件で、最初に起きたのは、4月30日。栃木県日光市で、一人暮らしの75歳の男性が就寝中に襲われた。男性は、手足を縛られ、暴行を受けた上、現金3万円余りの入った財布を奪われた。押し入ったのは、20代くらいの2人組の男で、片言の日本語で金を要求した。

続いて、5月6日には長野県松本市で、8日には群馬県安中市で、さらに、14日には福島県南会津町で、民家に押し入った複数の男に住民が現金を奪われる事件が起きた。共同通信によると、栃木、群馬、長野3県警の合同捜査班は、同月16日、栃木県で起きた強盗事件の被害者名義のキャッシュカードで現金を引き出そうとしたとして、窃盗未遂の疑いでベトナム国籍の男(25)を逮捕。出入国管理・難民認定法違反(不法残留)容疑で同国籍の男(23)を逮捕した。

最近、都市部では、防犯カメラがあちこちに設置され、何か事件が起きても、短時間で犯人の足跡が追えるようになった。しかし、人通りが少なく、防犯カメラもあまりない地方の山間部は、一種の盲点だ。むしろ、強盗犯に狙われやすい危険地帯になりつつある。

■自治体や警察の“盲点”を突かれている

事件が起きた現場近くの住民が嘆いたように、従来、こうした地域では、あまり凶悪な事件は起きなかった。それが危険な場所になったのは、高齢化と過疎化が進み、コミュニティーの交流も減っていることが原因だ。

立入禁止テープ
写真=iStock.com/kyonntra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kyonntra

それでも、過疎地の多くの住民の安全に対する感覚は、平穏だった昭和の頃とあまり変わらず、自宅に鍵をかけない住民も多い。住民の意識に加えて、自治体、警察もこうした犯行について、あまり留意してこなかった。今、悪い奴らにその盲点を突かれている。

2023年には、関東地方などの閑静な住宅地で、いきなり刃物や鈍器で住民を襲う強盗事件が続発し、殺された被害者も出た。実行犯を操っていたのが、東南アジアに潜む複数のグループだった事実も世間を驚かせた。世界のデジタル化が犯罪の姿を変えつつある。

■要人テロの危険性はアメリカ並みになっている

治安の盲点を突かれたといえば、2022年、23年と続いた元首相、現首相へのテロ行為も忘れるわけにはいかない。

2023年4月15日、岸田文雄首相が衆院補選の応援に訪れていた和歌山県内の演説会場で爆発事件が起きた。和歌山県警は、この事件で、木村隆二容疑者(24=当時)を威力業務妨害容疑で現行犯逮捕した。まるで再現劇のような出来事だった。岸田首相が襲われた爆発事件は、その状況が、前年7月、奈良市で参院選の応援演説中に安倍晋三元首相が銃撃された事件と、そっくりだったからだ。

国政選挙の地方遊説で、支持者らに紛れた被疑者が手製と思われる“武器”を使って襲った。岸田首相は難を逃れたが、その後の捜査で、爆発物の殺傷能力は予想以上に高いことが分かった。和歌山県の鄙(ひな)びた漁港で起きた衝撃的な事件は、要人が一般市民に触れ合う現場での襲撃だった。

岸田首相が無事だったこともあり、メディアはほとんど報じなくなったが、問題の深刻さは少しも減じていない。

2024年7月13日には、米国のドナルド・トランプ前大統領が東部ペンシルベニア州で演説中に銃撃を受けた。トランプ氏は右耳を負傷しただけで、命に別状はなかったが、ほんの少しの差で、暗殺という最悪の事態に至るところだった。米国では、過去4人の大統領が暗殺されている。要人テロという点で、日本は米国に近づいているようだ。

■日本の「安全神話」は崩壊しつつある

日本で相次ぐ凶悪な事件に共通するのは、近年のSNSやネット情報の急拡大だ。

手製の銃器や爆発物は、その気になれば、ホームセンターやネット通販で入手した材料で簡単に作れる。資産家の個人情報も、以前に比べずっと入手しやすくなっている。犯行の指示は、スマホさえあれば海外からでも簡単だ。昭和の高度成長期に形作られ、平成、令和と引き継がれてきたはずの「安全神話」は、目に見えて錆びついてきた。

それにも拘らず、社会全体の構えは、ほとんど変わっていない。日本社会の強さの象徴だった安全・安心は、成功体験のぬるま湯に浸かっているうちに、少しずつだが、確実に根腐れしつつある。

安倍元首相暗殺事件の後、首相や閣僚、首相経験者ら要人の遊説については、警察庁が直接、警備計画を管理していた。以前に比べれば、警護体制は強化しているようにみえたが、それでも、事件は起きた。

会場で手荷物検査は行われず、パイプ爆弾をバッグに隠し持った若い男が易々と群衆に紛れ込み、首相からわずか10メートルの距離まで近づいていた。現場で木村容疑者を取り押さえた地元漁民の一人は「みんな手ぶらで来ているのに、あんな大きなバッグを背負った人間は場違いだった」と証言している。一般人が違和感を覚えていたのに、木村容疑者は、事前に警察官や関係者に誰何(すいか)されることもなかった。

■警護計画に不備はあったが、事前審査で指摘できなかった

もし、爆発物が地面に落下した直後に爆発していたら、首相の生命に危険が及ぶ可能性もあった。幸い、爆発までに時間があったが、現場の映像では、首相の足元に爆発物が落ちた直後、SPの一人が足で蹴っている。これは、欧米の要人警護の常識からみれば、危険の大きい動作だ。

爆発物が、これに誘発されて爆発する可能性もあった。現職の首相や一般市民をこれほどの危険に晒したことは、警察にとっても、選挙関係者にとっても、大失態だった。事件後、県警は容疑者宅から鋼管のようなものや工具類、粉末を押収したが、粉末の鑑定で、黒色火薬の主成分が含まれていたことを確認し、容疑者が自作したとの見方を強めたという。

警官
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

日本経済新聞によると、2023年6月1日に警察庁が公表した事件に関する報告書は、次のように指摘している。和歌山県警と主催者側との侵入防止策の調整が不十分で警護計画の内容に不備があったが、警察庁も事前審査で指摘できなかった――。なぜ、こんなことになったのだろう。

安倍元首相の事件を含め、現行犯逮捕された容疑者について、マスコミは、家庭環境や政治的背景を大きく報じた。しかし、優先すべきは、これまで安全・安心が当たり前と思われていた日本社会の治安状況の再点検ではないか。

■「手製の凶器」の作成が容易になってしまった

昭和の昔から、定職に就かず、家庭に引きこもる若者は少なからず存在した。その中には、金属バットや刃物で家族や周囲の人間を襲う者もいた。しかし、銃や爆弾を自作して、要人を襲撃する犯罪はほとんどなかった。

地下鉄サリン事件などを起こしたオウム真理教の摘発以降、政治や宗教の過激派による組織的なテロ事件も影を潜めた。戦後の混乱期などには、要人へのテロはあったが、遠い過去の出来事だ。

まして、銃や爆発物の規制が厳しい日本では、長い間、一般の個人がこうした武器を入手するのは困難だった。だから、選挙となれば、より多くの聴衆の動員や触れ合いが優先される。首相や閣僚、政党幹部の遊説現場での警備は米国などに比べて、緩いままだ。

しかし、実態をみれば、ネット情報の急拡大で、銃や爆発物を手作りすることは難しくなくなった。その状況の変化が、安倍元首相や岸田首相襲撃事件で、「ローンウルフ(一匹狼)」と呼ばれる個人による犯行を可能にした。ネット社会の影の部分がテロ行為などの重大犯罪を助長しているのに対し、治安当局も政党の側も、まだまだ「日本の社会は安全だ」という思い込みから抜け切れていないのではないか。

要人を守る側の対応は、昭和時代からあまり変わっていないのが実情だ。

インターネットから爆弾を作る、付属のタイマーとダイナマイト爆弾
写真=iStock.com/ArtistGNDphotography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ArtistGNDphotography

■これまでになかった凶悪犯罪が多発

岸田首相襲撃事件から1カ月余り後の2023年5月に開かれたG7広島サミットでは、厳重な警備体制が敷かれたが、一部の参加国からは不安の声も上がっていたという。2025年には参院選がある。「選挙には、政治家と有権者の触れ合いは欠かせない」という政党の論理に押し切られれば、重大な事件がまた起きないという保証はない。

ここ1、2年前から、全国各地で、これまでにはなかったタイプの凶悪犯罪が多発している。見ず知らずの他人をいきなり刺殺したり、家族連れで賑わうショッピングセンターに車を突っ込ませて死傷者を出したり、といった不条理な殺傷事件が頻発。日本の安全・安心の象徴である新幹線も通勤電車も安全な場所とは言い切れなくなった。

街に増えている無人販売店では、代金を払わずに商品を持ち去る窃盗事件が後を絶たない。回転寿司などの外食チェーン店では、湯呑みや醤油瓶を舐めて戻したり、他人が注文した皿に唾をつけたりする「外食テロ」事件もなくならない。

無人販売店の窃盗事件と回転寿司チェーン店などでの「外食テロ」からみえてくるのは、「性善説」に立った店の仕組み、システムである。たいていの無人店には誰でも入店できる。商品ケースに鍵はかかっていない。客は、そこから商品を取り出して、自己申告で入金し、買い物を終わる。日本以外の国の常識なら、これでは、盗んでください、という店のしつらえだ。

実際、こんな店を海外で出したら、あっという間に店内の商品ケースは空になり、ついでに、入金ボックスも壊されて現金も盗まれるに違いない。

■犯罪認知件数は2年連続で増加している

外食テロについても、無人化の影響がないとは言えないだろう。昨今の回転寿司チェーンは、予約から、入店、着席、注文、勘定まで、全てスマホやタブレット端末で済ますことができる。

大橋牧人『それでも昭和なニッポン 100年の呪縛が衰退を加速する』(日経プレミアシリーズ)
大橋牧人『それでも昭和なニッポン 100年の呪縛が衰退を加速する』(日経プレミアシリーズ)

確かに、お客にとっては、一々店員を呼ばなくても、好きな時に好きな品を注文できて、便利で気軽になった。だが、店員とのコミュニケーションがないということは、直接、監視されないということでもある。だから、ちょっとした悪戯や悪のりで、醤油瓶の口を舐めたり、回っている寿司に手を付けてレーンに戻したり、という悪質な行為に走る者も出てくる。さらには、その様子をスマホで撮影して、SNSにアップして自慢する連中もいる。

店側が無人化に突き進む理由は、人手不足の緩和とコストダウンだ。しかし、一度、窃盗や外食テロに遭うと、直接の被害にとどまらず、風評被害も小さくない。個人店では、廃業に追い込まれかねない。

日本では、財布を落としても、ほとんど警察や駅などに届けられて、無事に返ってくることが多い――ネット上には、「戻ってくるなんて思わなかった。こんなことは我が国では考えられない」といった外国人観光客らの感激、称賛の声があふれている。

確かに、かつてそれは、日本の常識であり美点だった。だが、貧すれば鈍するとも言う。もう、日本人の正直さを当てにしたビジネスのあり方は通用しないのかもしれない。警察庁が2024年2月に発表した「令和5年(2023年)の犯罪情勢」によると、23年の刑法犯認知件数は70万3351件で、前年に比べて17%増加した。刑法犯認知件数は、02年の285万4000件をピークに、戦後最少となった21年の56万8000件まで、19年連続で減少したが、22年から2年続けて増加している。

安全・安心ニッポンに黄色信号といったところだ。

(ジャーナリスト、元日本経済新聞編集委員 大橋 牧人)

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