「マザコンとは結婚したくない!」と拒絶され…ホステスの彼女にのめり込んだ20代男性の"異常な家族関係"
プレジデントオンライン / 2024年10月15日 11時15分
■「息子が交際相手を刺殺した」という連絡が…
筆者は、2008年から加害者家族の支援に従事しており、最も多く扱ってきたケースは殺人事件である。ある日突然、加害者家族という運命を背負うことになった人々の体験に焦点を当て、書籍や記事を執筆してきた。
「息子が人を殺しました……」
電話の向こうの相談者は、震えた声で訴えた。拙著『息子が人を殺しました 加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)でも紹介したように、親にとって、子どもに人を殺されるほど苦しい状況はなく、自責の念に堪え切れず、自ら死を選ぶ人々さえいる。
本稿では、息子が交際相手を殺害した母親の人生から、事件が起きた背景に迫りたい。男女間の「痴情のもつれ」と簡単に片づけられてしまっていた事件の真相が、十年後、ようやく浮かび上がる。
なお、本文では個人が特定されないよう若干の修正を加え、登場人物はすべて仮名とする。
「息子さんが刃物で女性を刺しました」
橋本希美(40代)は、突然の息子による事件の知らせに驚愕し、頭を抱えていた。息子の隼人(20代)は、交際していた女性を勤務先付近にて刃物で複数回刺して逃走し、すぐ通行人に取り押さえられ、逮捕された。救急搬送された女性は、出血多量により死亡した。
「私は女性との交際には反対していました。いつか、良くないことに巻き込まれるんじゃないかと不安で……。でも、あんな大人しい子が人を殺めるなんて……」
隼人は、女性に多額の金銭をつぎ込んでいたため、生活費も底をつき、自暴自棄になって殺したと供述していた。
「お給料の半分以上は女性のために使っていたようなんです……。あれではいつか、身が持たなくなります。女性が隼人に本気だったとはとても思えません」
被害女性はホステスだった。
隼人は高校を中退してから繁華街の飲食店に勤務し、実家を出てひとりで生活していた。事件の一月前、被害女性と結婚して一緒に生活すると希美に報告に来たばかりだった。
「息子は取り返しのつかないことをしてしまいましたが、あの子の責任だけではないと思っています。私たち親子は、複雑な家庭環境で育っているんです」
■貧困虐待家庭から社長夫人へ
高級ブランドをさりげなく身に着けている希美は、一見、何不自由なく暮らす、裕福な家庭の妻である。夫は中小企業の社長で隼人と十歳以上離れた妹を育てていた。夫は再婚相手で、隼人は前の夫との間にできた子どもだった。
希美は生まれた頃から父親がおらず、気性の激しい母親の下で育った。母親は、稼いだお金をすべて自分の身なりに使い、希美はいつも同じ服を着て、満足に食べ物さえ与えられていなかった。毎日風呂に入ることさえ許されなかったため、不潔だと学校でいじめられることもあった。母親は、よく自宅に男性を連れ込んでいた。
「この子はお風呂に入らないから、臭くて汚いの」
そう言って、希美はいつも男性の前で貶(けな)されていた。いま思えば、母親は男性が娘の方を気に入ってしまうことを恐れたのかもしれない。希美は一刻も早く大人になって、母親から逃れたいと願っていた。
希美は中学を卒業後、すぐに家を出て、アルバイトをしながら美容師の資格を取った。18歳の頃、同じ美容院で働く同僚と結婚し、隼人が生まれた。最初の夫は、結婚した途端、金使いが荒くなり、酒に酔っては希美や隼人に暴力を振るった。
■非行を繰り返し、中学卒業後から独り暮らしに
希美は夫と離婚した。夫は同業者だったことから、希美は美容師を続けることが嫌になり、一時期、ホステスとして働いていた。そこで知り合ったのが、現在の夫である。
夫との生活は順調だったが、娘が生まれると、夫は隼人に冷たく接するようになった。隼人も夫に懐かず、家族で旅行に出かける時、自分は留守番すると言ってついてくることはなかった。
隼人は成長するにつれて帰りは遅くなり、食事を共にすることもなくなっていった。隼人の校則違反により、希美は学校から呼び出されることがあった。それでも夫は「好きにさせておけ」と希美が干渉することを嫌がった。隼人は、中学卒業後、知人の営業する飲食店で働くといって独り暮らしを始めていた。
「夫には黙っていましたが、隼人が家を出て行ってからも、週に一度は自宅を訪ねていました。事件前はげっそりと痩せて、疲れ切った様子でした……」
希美は、娘が事件によって不利益を受けることを心配し、夫から隼人と縁を切るように迫られ悩んでいた。筆者は希美から、刑務所にいる隼人と面会を続け、出所後、家族の代わりに社会復帰を支援するよう依頼を受けた。
■交際相手に300万円を貢いだ悲しい理由
隼人はまもなく30歳になるが、犯行態様からは想像もつかない中性的で大人しそうな少年という雰囲気だった。懲役16年の判決を受け、地方の刑務所で受刑生活を送っていた。隼人はどうすれば事件を起こさずに済んだかという質問に、
「もっと金を稼げていれば……」
と答えた。
隼人は被害女性に300万近く貢いでいたと報道されていた。
「彼女は金のある男を選んだんですよ……。女ってそういうものでしょ?」
筆者は首を傾げた。
「結婚して、ホステスを止めさせたかったんです。母のようになって欲しくなくて……」
希美が現在の夫と出会ったのは、ホステスをしていた頃だった。隼人は、義理の父親の橋本が大嫌いだった。
「母は橋本を金で選んだんですよ。祖母も橋本のことを勧めたはずです。母に水商売をさせたのは祖母なんです」
隼人は幼い頃から両親が共働きだったことから、よく祖母の家に預けられていた。
「祖母の家に行くと、まず、金を払えと言われるんです。何かあった時のためにと、母が少しお金を持たせてくれるのですが、いつも祖母に取り上げられていました。お金を持って来ないと、食べ物は与えてもらえません」
希美は母から酷い虐待を受けて育ったと話していたが、そんな母親の下に、なぜ息子を預けたのか。
「母から祖母の悪口はよく聞かされていました。それでも、祖母の虐待から僕を守ってくれることはありませんでした。母は、父と関係が悪くなると祖母に頼るんです。今もそうです」
祖母はまだ健在で、希美を支配しているという。
「母も祖母も、うんざりです……」
■「もう息子と会わないで下さい!」
隼人と面会をして1年が過ぎた頃、希美から電話があった。
「息子から手紙が来て、阿部さんが面会に来るので家族と面会ができなくて困るというんです。正直、凄く迷惑してるんです! もう、息子と会わないで下さい! よろしくお願い致します」
電話の声は確かに希美だったが、いつになくヒステリックで、こちらが話す間を与えず、一方的に電話を切った。そもそも、希美が面会しろというから面会していただけで、隼人も嫌ならば、面会を拒否することができるはずなのだ。
しばらくして、隼人から面会に来て欲しいという手紙が届き、希美の電話の意図がようやく理解できた。希美は夫と離婚したことから、出所後、一緒に暮らそうと言い出したのだ。隼人はそのつもりはなく、これまで通り社会復帰については筆者と相談して進めると返信すると、「阿部さんは隼人の面倒を見る気はないと言っている」と書かれた手紙が届いたのだという。希美は面会に訪れたが、会いたくないので拒否しているとも書かれていた。
自分の意に沿わなければ相手に攻撃的になる希美の行動は、隼人の犯行を思い起こさせるものだった。一見穏やかに見えるが、気性の激しい性格は、よく似ていると感じた。
■親族への依存は世代間で連鎖していた
「母は橋本と離婚したいと言っていました。橋本は、妹の学費に金がかかるようになると、母が自由に使える金を渡してくれなくなりました。事件前、母は、離婚したいから、僕に養って欲しいと言いました。それだけは嫌でした……」
希美は、被害女性との結婚を止めさせようと、女性に別れて欲しいと電話をかけたり、女性の勤務先まで押しかけて店のオーナーに別れさせて欲しいと迫ったこともあったという。女性にとってはたまったものではない。隼人は女性から別れを告げられていた。高価な贈り物やお金を送ったが、繋ぎとめることはできなかった。
「本当は死刑になって死にたかったので、店の客を襲うはずでした。それが、店に入ろうとすると彼女が出て来て……、『マザコンとは結婚したくない!』と言われたんです……。傷つきました……。僕は母から逃げたかったんです」
隼人は、希美が女性との関係を壊したのだと母親を拒絶していた。夫と離婚した希美は、母親が亡くなったことによりその遺産で生活していたようだった。ところが癌になり、隼人の出所を待つことなく他界していた。
希美もその母親も、家族以外との関わりは希薄で、男性に依存し、子が成長しても子への執着が捨てられなかった。隼人は、家族への執着は世代間連鎖していると話していた。母と祖母の束縛から解放され、ようやく自立への道を歩み出している。
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NPO法人World Open Heart理事長
東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)、『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)、『高学歴難民』(講談社現代新書)がある。
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(NPO法人World Open Heart理事長 阿部 恭子)
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