青学ランナーは常人よりも明らかにその"量"が多い…最新研究で判明した「死ぬまで元気バリバリ」の源
プレジデントオンライン / 2024年10月13日 7時15分
※本稿は、飯沼一茂『倍速老化』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■「外見上は特に変化がない人」ほど危険
医学の進歩により感染症の脅威をある程度コントロールできるようになった昨今、人類は大幅に平均寿命を延ばすことに成功しました。しかし、せっかく延ばした寿命を自ら縮めているのではと思わせられるのが、糖尿病や肥満、血圧・血糖値・血管の異常などの蔓延です。
外見上は特に変化がないのに、検査にも現れにくい形で血液や血管にトラブルを抱え体が内側から急速に老いる「見えない老化」は静かに進行していきます。しかし「最近、寝ても疲れが取れない」「どうも不調から抜け出せない」といった症状が続くだけで痛みなどの強い自覚症状がないため、これを食い止めることは非常に難しいのが現状です。
この「見えない老化」の進行を止めるために役立つのが、腸内環境を良好に保つことです。腸内環境を整えることが体内を急速に老化させる免疫の暴走を抑える力を育むうえで、大いに役立つことを示した医学論文は多数提出されています。
■世界中の製薬会社が「免疫」に注目し始めた
こうした流れを受け、医療を筆頭にさまざまな業界で免疫の大切さが見直され、再注目されるに至りました。世界中の製薬会社が懸命に投資し研究・開発を急いでいる分野も、この腸内細菌です。腸内細菌がこれだけ私たちの健康を支えてくれていたとわかったのは、ここ10~20年ほどのことであり、その医学界におけるインパクトは、ワクチン、抗生物質に次ぐ「第3の衝撃」と言われているほどなのです。
ここからは、免疫や腸内細菌に関連する最新医療について、ご紹介していきましょう。
腸内環境が大事と言われても、何が本当に有効なのかピンと来ない方も多いかもしれません。「毎日ヨーグルトを食べて乳酸菌を」「サプリメントで短鎖脂肪酸を摂ろう」などというのは、すべて腸内環境の改善に役立つことです。ただヨーグルトに含まれる乳酸菌の多くは胃液で死滅しますし、生きたまま腸まで届いたとしても乳酸菌のエサがないとうまく働いてくれません。また体に合った乳酸菌を見つけないかぎり、なかなか効果を実感できないものでもあります。
■健康な人の「便」を移植する最新医学
こうした地道な積み重ねが苦手という方に、今後10年で大きく進歩することが予想される最新医学をご紹介しましょう。それが「便移植」です。
便を、移植する?――。そう聞いて戸惑った方も多いかもしれません。そう、腸内環境のよい人から便をもらい、自分の腸内に移植するというものです。
便のドナーは通常18~60歳までの、慢性的な疾患や感染症がない健康な方とされます。また、肝炎ウイルス(A型、B型、C型)やエイズ、梅毒、寄生虫などがないこと、3か月以内に抗生物質を使用していないことなどが求められ、BMIも正常範囲内であることが望ましいとのこと。提供された便は各種のスクリーニング検査を行い、移植して問題ないかを確認してから製剤として加工し、投与するという流れです。
また、移植を受ける方は移植前に抗生剤を服用し、自身の腸内細菌の量を極限まで減らします。そうして健康な人の便を移植することで、新たなよい腸内細菌を定着させるのです。
アメリカでは2022年にFDA(米国食品医薬品局)がこの便移植を承認し、日本においても慶應義塾大学病院が最初に承認を取りました。ほかにも千葉大学医学部附属病院、順天堂大学医学部附属順天堂病院、滋賀医科大学医学部附属病院、藤田医科大学病院、東京大学医学部附属病院、京都大学医学部附属病院、大阪大学医学部附属病院などで行われているようです。ただ「認可」でない場合は保険が適用されないこともあり、費用は130万~170万円程度と高額になるケースもある点にはご注意ください。
■潰瘍性大腸炎などの指定難病が対象
確認されている効果としては、FDAが最初に便移植を承認した疾患である再発性のクロストリジウム・ディフィシル感染症(腸炎)において、1回目の投与で81.3%、2回目の投与ではなんと93.8%もの治療効果を示したとされています。
FDAは薬の認可等においては、日本の厚労省以上に基準が厳しいですから、これを認めたというのは結構大きなインパクトでした。逆に言うと、やはり、これまでの医療が限界に達しており新しい医療が必要とされているということなのだと思います。
現在、日本でも無認可も含めれば潰瘍性大腸炎、過敏性腸症候群、腸管ベーチェット病、偽膜性大腸炎などが対象疾患となっており、多くの病気の治療に使われています。最近、腸内細菌を使った医療技術や医薬品の開発を目的とした、日本初の「腸内細菌叢バンク」も始動したようです。
■認知症やがん、精神疾患にも効果が
便移植は将来的に、がん、糖尿病、精神疾患など、免疫が暴走することによって起こるさまざまな疾患も治せるであろうと期待が高まっています。
アルツハイマー型認知症なども初期の段階なら治せる可能性がありますし、もちろん予防にもなるでしょう。実際マウスでの実験ではありますが、老いたマウスに若いマウスの腸内細菌を移植すると、老いたマウスの認知機能が改善することもわかりました。脳の中で記憶を司っている部位「海馬」の神経系免疫である、ミクログリアなどの状態が、若いマウスのそれに近づいていたというのです。
そう考えると、体内で進む「見えない老化」を止めるだけでなく、人間の脳における若返りも十分期待できるのではないでしょうか。
ほかにスーパーアスリートになれる腸内細菌、というのも存在します。
2019年に行われたハーバード大学医学部のジョージ・チャーチ教授らによる研究で、マラソンランナーの腸内には持久力を高める作用のある菌がいることがわかりました。それが、ヴェイヨネラ(Veillonella)属という種類の腸内細菌です。この腸内細菌をマウスの腸に移植したところ、移植していないマウスに比べトレッドミル運動において平均で13%長く走り続けたというのです。
■「ヴェイヨネラ属」のすごい力
そのしくみは、まだはっきりとはわかっていませんが、ヴェイヨネラ属の腸内細菌が生み出す、プロピオン酸という短鎖脂肪酸が鍵を握っているのではないかと予測されています。というのも、プロピオン酸をマウスの腸に投与したところマウスの持久力が上がったからです。
長時間、強度が高めの運動をすると私たちの筋肉には乳酸が溜まり、それは血液中にも流れて腸管上皮細胞から腸管内にも届きます。ヴェイヨネラ属は、ほぼ乳酸だけをエサにしてプロピオン酸を生み出す菌です。同じく短鎖脂肪酸である酢酸も生み出していますが、持久力に関係するのはプロピオン酸と考えられます。
こうしたメカニズムで乳酸がプロピオン酸に変換されることで、私たちの持久力も上がっているのではないかと考えられるのです。
また、ヴェイヨネラ属の腸内細菌には炎症性サイトカインを抑えるはたらきもあることがわかりました。こうした影響も相まって、よりパフォーマンスが上がっているのかもしれません。
■「アスリート菌」を増やせば「見えない老化」を防げる
以上は海外の研究ですが、日本でも同様の研究が行われています。日本人の腸内においてはヴェイヨネラ属ではなく、ほかの腸内細菌が注目を集めました。慶應義塾大学先端生命科学研究所の福田真嗣特任教授らの研究グループは、青山学院大学陸上競技部に所属する長距離ランナーの腸内フローラに、バクテロイデス・ユニフォルミス(Bacteroides uniformis)という腸内細菌が多いことを突き止め、その菌が多いほうが走行タイムが速いという研究結果を発表しました。
この菌は、やはり短鎖脂肪酸の酢酸とプロピオン酸を生み出しており、海外の研究と同様に運動パフォーマンスの向上に寄与しているのではないかと考えられています。
また、この菌を増やす効果があるα-シクロデキストリンという発酵性食物繊維を、健康な成人男性に8週間摂取してもらったところ、エクササイズバイクで10km漕ぐのにかかる時間が有意に短くなり、運動後の疲労感も軽減したという結果が出たといいます。つまり腸内細菌で運動でのパフォーマンスも変えられるということなのです。
さらに、運動をすると、これらの腸内細菌が増えることもわかっています。こうした菌が増えてくれば当然、老化速度は緩められますから、ぜひ、日ごろから少しでも運動する時間を増やし、若返りを図っていただきたいと思います。
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医学博士
純真学園大学客員教授。日本機能性免疫力研究所代表。1948年生まれ。1971年立教大学卒業後、ダイナボットRI研究所(現:アボットジャパン)入社。1987年大阪大学医学部老年病医学講座にて医学博士取得。1995年、米国アボットラボラトリーズ・リサーチフェロー。2008年よりアボットジャパン上級顧問。2010年より国立国際医療研究センター・肝炎免疫研究センター客員研究員。2012年から純真学園大学客員教授。著書に『それでは実際、なにをやれば免疫力があがるの? 一生健康で病気にならない簡単習慣』『免疫アップの最強セットリスト ~自分で選ぶ健康寿命の延ばし方~』(ともにワニブックス)がある。
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(医学博士 飯沼 一茂)
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