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「石破色」は完全に封印された…結局「岸田内閣の経済政策を引き継ぐ」方針を示した石破首相の前途多難

プレジデントオンライン / 2024年10月11日 16時15分

2024年10月9日、首相官邸で記者会見する石破茂首相。衆議院を解散し、10月27日投開票の日程で選挙を行うと表明 - 写真提供=©POOL/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ

■経済政策の「材料不足」が著しい

石破茂氏が102代目の首相に選ばれたのが10月1日。そのわずか8日後に国会を解散した。「新内閣が発足したら信を問う」というのが、戦後最短の解散に踏み切った「大義」だ。

自民党総裁選の論戦では「国民に判断材料を提供するのは政府・与党の責任」と語っていたが、結局、国会では代表質問と党首討論だけしか行わず、石破首相の変節ぶりに批判が集まっている。メディアからは「有権者に政権選択の材料を十分に示さないまま、解散に踏み切るのは無責任極まりない」(東京新聞・社説)といった声まで上がった。

中でも「材料不足」が著しいのが経済政策である。

自民党総裁選の1回目投票で高市早苗氏がトップになると外国為替市場では一気に円安が進み、1ドル=146円台半ばまで円が下落した。高市氏が「金融緩和は我慢して続けるべき、低金利を続けるべき」と主張していたことから、日本銀行などが目指す利上げが遠のくとの思惑が広がった。ところが石破氏が決選投票で勝利すると、市場は逆方向に動き、1ドル=143円台に急騰した。

円安に歯止めをかけるために金利を引き上げるべきだと述べていた石破氏が首相の座に就けば、日銀の金利引き上げを支援するとの見方が広がったためだった。岸田文雄内閣の経済政策は「円安容認」とも言える姿勢だったから、これを石破内閣は180度転換すると市場に見られたわけだ。

■火消しに動き、これまでの自説をあっさり転換

岸田内閣の円安容認は輸入品を中心に物価上昇をもたらしたが、結果的に資産価格も大きく上昇させた。円の価値が劣化するわけだから、外国人投資家などの資金が入っている株式や不動産などは、円建てで見た価格が上昇する。結果、「円安株高」が続いてきた。これを転換するのではないか、と見られたわけだから、株価は大きく反応する。

総裁選の投開票が行われた9月27日金曜日の日経平均株価の終値は3万9829円56銭だったが、石破氏当選を受けたその日の海外市場では日経平均株価先物が大幅に下落、3万7000円台半ばになった。

こうした市場の動きに危機感を持ったのだろう。石破氏は9月29日朝のフジテレビの「日曜報道 THE PRIME」に出演。「金融緩和の方向性は維持していかなければならない」「必要であれば財政出動する」「民間需要が少ないときは財政出動しないと経済が持たない」などと述べ火消しに動いた。これまでの自説をあっさり転換してみせたわけだ。それでも翌日9月30日月曜日には株価が大幅に下落。日経平均株価は3万7919円55銭と前週末比1910円も下落した。

■就任翌日に日銀総裁と異例の会談

石破氏が総裁選で金融所得課税の強化を掲げていたことも、株式市場にはマイナスと受け取られた。株価の大幅な下落をメディアは「石破ショック」と報じた。2021年10月に岸田文雄首相が就任した後も、岸田氏が「金融所得課税の強化」に触れるたびに株価が大きく下落、「岸田ショック」と呼ばれた。岸田氏は当初の持論をその後、封印した。石破氏は首相就任前から市場の洗礼を受け、さっさと自説を引っ込めたことになる。

翌日には閣僚からも火消しの発言が相次いだ。赤沢亮正・経済財政担当相は「石破首相が日銀の利上げに前向きとの見方は必ずしも正しくない」「(日銀の利上げは)慎重に判断していただきたい」と発言。加藤勝信財務相も「金利上昇を前提に考えるべきではない」と発言した。

石破首相は、首相就任翌日の10月2日夕刻には植田和男日本銀行総裁と会談を行った。就任翌日に首相と日銀総裁が会談を行うのは異例だった。会見が終わると石破首相と植田総裁が記者に囲まれてコメントをしていた。メディアは、「石破首相は追加利上げについて『個人的には現在そのような環境にあるとは考えていない』と述べた」と速報を打った。証券会社のエコノミストからは「日本銀行の追加利上げのハードルは上がっていると考えられる」と言った声が出た。

日本銀行本店
写真=iStock.com/show999
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/show999

■「岸田内閣の経済政策を引き継ぐ」方針に

結局、石破首相は、「岸田内閣の経済政策を引き継ぐ」方針を示した。国会の所信表明演説でも、党首討論でも、経済政策に関して「石破色」は完全に封印された。もともと石破首相は経済に関心がないと言われ、記者からも「経済に弱い」といった指摘を繰り返し受けている。結局、選挙を戦うためには、前任者の方針を引き継いでいくのが安全だと思ったのだろう。岸田流の「円安株高政策」を続けていくとしたわけで、株式市場では株価が上昇、為替はジリジリと円安が進んでいる。10月10日現在、円ドル相場は、1ドル=149円台になっている。

だが、岸田前首相が残した「置き土産」を引き継ぐことは、そう簡単ではない。岸田流は、キャッチフレーズなどを掲げ、これまでタブーだったことに踏み込むなど「変える感」は出すが、実際にはその実現は簡単ではない、というものだ。打ち上げた課題解決が実現できないからこそ、途中で政権を諦め、総裁選立候補を見送ったとも言えるのだ。

■岸田政権が残した3つの「置き土産」

以前、本連載でも指摘したが、「物価上昇を上回る賃上げ」も、「防衛増税」も「原発政策」も、岸田政権の置き土産が残されたままだ。岸田前首相は就任以来「物価上昇を上回る賃上げ」を掲げ続け、物価上昇は容認する一方で、賃上げを誘導すれば、それがデフレからの脱却につながるという姿勢を取り続けてきた。

名目賃金は上昇してきたものの、物価上昇がそれを上回り、「実質賃金」は今年2024年5月まで26カ月連続のマイナスだった。2年以上、生活が苦しくなる状況が続いていたと言える。

それが、ようやくプラスに転じたのが6月。大企業を中心に春闘での大幅な賃上げが実現、それに伴ってボーナスが増えた。6月、7月とボーナス効果で実質賃金はプラスになったが、8月に入ると再びマイナスに転じている。秋になってさまざまな商品の価格が引き上げられているほか、郵便料金の大幅な値上げもあった。再び円安が進めば輸入物価が上昇し、タイムラグを置いて消費者物価に跳ね返ってくる。物価上昇を上回る賃上げは簡単ではない。

郵便ポストに郵便物を差し入れている手元
写真=iStock.com/west
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/west

■賃上げをどうやって実現させるのか

それでも所信表明演説で「物価に負けない賃上げ」を訴えた。「日本の経済を守り、国民生活を守り抜きます」とし、こう述べた。

「生鮮食品、エネルギーなどの物価高に国民の皆様は直面しておられます。物価上昇を上回る賃金上昇を定着させ、国民の皆様に生活が確かに豊かになったとの思いを持っていただかなければなりません」

では、それを実現させる手はどうするのか。所信表明では「一人一人の生産性を上げ、付加価値を上げ、所得を上げ、物価上昇を上回る賃金の増加を実現してまいります」とした。役所の書いた模範回答で、岸田内閣が言っていたものと変わらない。

物価上昇対策についても具体策の明言は避けた。円安になれば、輸入に依存するエネルギーの円建て価格は上がり、ガソリン代、電気代、ガス代は上昇する。ガソリン価格や電気・ガス料金の上昇を抑えるために、岸田内閣は元売り会社などに補助金を出してきたが、すでに予算の累計額は11兆円超にのぼっている。

■ガソリン・電気・ガスの補助金は続けるのか

ガソリン価格を抑えるように出している補助金は今年末まで継続するが、その後、どうするかは明確にしていない。電気、ガスは10月使用分まで補助金が出ることになっているが、冬に向けてどうなるのか。選挙戦終盤に、補助金の継続をぶち上げるつもりかもしれないが、こうした補助金で市場価格を抑えるやり方はいつまでも続けられるわけではない。

こうした補助金によるエネルギー価格の引き下げは、国の財政を悪化させるという見方につながる。さらなる円安が進めば円建ての輸入物価は上昇するから、いつまでたっても、賃上げを上回る物価上昇が続くことになりかねない。これ以上、実質賃金の減少が続くようだと、消費量を減らして生活費の出費増を抑える動きにつながりかねない。

■今年度上期の企業倒産は11年ぶり高水準

唯一、具体的な方向を示したのが2020年代に全国平均の最低賃金を1500円にするというものだが、所信表明を聞くと「全国平均1500円という高い目標に向かってたゆまぬ努力を続けます」という努力目標にトーンダウンしている。最低賃金の改定は10月で、実際の議論は来年7月の参議院選挙が終わった後になる。2020年代に1500円を実現するには年8%程度の引き上げが必要になり、これを本気で実現すると体力のない中小企業は人件費倒産が避けられない。

人手不足の産業にシフトさせる「労働移動の促進」が岸田内閣の方針になっていたが、それを実現させようとすると、収益性の低い中小企業は退室を迫られることになる。すでに人手不足倒産が増えており、今年度上期の企業倒産は5000件に迫り11年ぶりの高水準になっている(※)。結局、キャッチフレーズは掲げても、実現できるかどうかは先送りという、これまた岸田流を継続するということなのだろうか。

※帝国データバンクの倒産集計による

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)

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