スマホ育児は「親として失格」なのか…幼いわが子にスマホを渡してしまう子育て親の苦しみ
プレジデントオンライン / 2024年10月18日 8時15分
■スマホと共に育った子どもはどう成長していくのか
2022年に子どもの言語能力や国語力を浮き彫りにした『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)を刊行しました。その後、全国の学校など教育機関で講演をしたところ、スマホを渡されて育った子どもたちが、物事を言葉で感じ、考え、表現する能力が弱くなっている、ということをいろんな先生が指摘されていました。それが特にコロナ禍以降に顕著になっている、と。
その例として示されたのが、公園へ行っても遊び方がわからない子だったり、教室で漠然とした「圧(あつ)」を感じて来られなくなる子だったりしました。
具体的にはどういうことなのだろう、と現場の先生方に聞いていたら、いつの間にか、というよりもあっという間に、その話が蓄積していきました。
実際に取材をしていても、普通に暮らしていても、環境の変化は大いに感じますよね。自分自身もスマホに向かう時間が増えているからです。となると、生まれたときから当たり前に使いこなす子どもたちはどう成長していくのだろう――。成人してからはじめて携帯電話を持った世代として、そこに関心を抱いたんです。
■ベビーカーの赤ちゃんがスマホを持っている時代
日本では、2歳児のタブレットを含めたインターネット利用率は58.8%に達しています。街を歩いていても、ベビーカーに乗った赤ちゃんが持っていたり、小さな幼稚園児が夢中でiPadでアニメ動画を見ていたり、利用率の数字に納得のいく光景ばかりです。
ある保育園ではお昼寝の時間にスマホ用の「寝かしつけアプリ」を利用しています。家庭で当たり前にそれで寝ている子どもは、保育士の歌声ではダメで、アプリの声でないとむしろ眠れないのだとか。
もちろん、ごく一部の例でしょうが、チラホラと起きている現象は、数年で「当たり前」になる場合があります。それをいまのうちに拾って伝えたいと思いました。
■人類は未知の領域に足を踏み入れた
本書では、保育園と幼稚園から始めて、小学校中学校高校と、成育課程に分けてスマホが育児・教育の世界に浸透してきた例をまとめています。ここで伝える数々の事例も含めれば、わずか数年で子育ての方法や環境に大きな変化が生じているのは明らかです。
スマホが日本で大きく売り出された2008年以来16年が経ち、スマホ・ネイティブも高校生ですから、ちょうどよい時期だとも思いました。
取材の過程で、京都大学の明和政子教授に話を伺う機会があったのですが、
「デジタルの時代に生きる子どもたちの成育環境は、ホモサピエンスのそれではなくなっています」
とおっしゃっていて、この言葉が僕には本当に印象的でした。
人間関係と自然との触れ合いのなかで育ってきた子供たちが、デジタルのなかでのそれになる。いわば、人類にとって未知の領域に足を踏み入れたことになります。そこで育つ子どもは一体どのようになるのか。
実際に視力の低下、運動能力の低下、外遊び時間の減少など、統計としても明らかになっていることがたくさんあります。逆に言えば、統計として出てこないけど、保育園や学校では周知の事実となっている新しい現象もあるでしょう。成育環境がホモサピエンスのそれでなくなったのだとしたら当たり前のことです。
こうした子供たちが大人になって社会に出てくるのは、何十年先ではなく、もう数年先なのです。良いか悪いかではなく、その変化を知りたいと思って本書の取材をはじめました。
■親や教師が「スマホ育児」に不安になるのは当たり前
スマホやアプリは現代人にとって必要不可欠なものです。私も毎日スマホやアプリを使っていて、それを否定する気は全くありません。ただ、教育する側の親や教師が、扱い方や技術では子どもにはかなわない上に、自分たちが育った環境とは全く違うので、自身の過去の経験を活かせません。大人のほうがどう対応していいかわからなくなって困っている、というのが、これまでとの一番大きな違いだと思います。
それが、ここ数年でスピードもアップしていますよね。1年単位どころか月単位でも、どんどん新しい製品やソフト、アプリが出てきます。もう、それについていくのはプロでも精一杯、普通の人たちはどうしていいかわからないでしょう。
それが子どものことになると、教えるほうだってさらにわからないのに、目の前の子どもに何かしら教えなくちゃいけません。不安になるのも当たり前だと思います。簡単に正解は出せませんが、現実としてどうなっているかをルポする、報告したい、と思ったのが今回の本の目的となりました。
■ハイハイができない子どもが増えている
「スマホ育児」は子どもたちにさまざまな影響を与えています。
本書でも書きましたが、未就学児の子どもたちが、体育座りやしゃがむことができなくなっているといいます。体幹が鍛えられていないため、そのまま後ろや横に倒れてしまう。
原因として、「ハイハイをしない子が増えた」と取材した先生が挙げていたのが印象的でした。部屋が狭かったり、親が忙しくて十分な見守りができなかったりすると、赤ちゃんは自由にハイハイできません。ハイハイって、実は、正しい二足歩行や将来の身体活動の基盤となる全身の筋肉やバランス感覚を育てる大事な成育過程なんですが、その過程が抜けてしまう。
■「禁止しようがしまいがスマホ・生成AI利用は進んでいく」
「スマホ育児」にはさまざまな反響がありました。
『言語の本質』を書かれた言語学者の今井むつみ先生は「書かれていることは、私も、なんとなく感じていたことです」と感想を寄せてくださり、嬉しかったです。今井先生は生成AIの利用が広がる今日このごろ、生成AIを学校現場でどう使うべきかの文科省のガイドライン作成に参画されているそうです。
今後の未来として「スマホの時と同様、文科省が推奨しようがしまいが、学校が禁じようと禁じまいと、子どもたちの生成AI使用は進むでしょう。私たちは、それによって、子どもたちが、そして社会がどう変化するのか、これから目撃していくことになります。
いいこともあると思いますが、本書で書かれている問題がさらに増長することを懸念しています」とありました。スマホの問題を生成AIに拡大して考えておられるわけです。
同時に本の中で、「今の子どもをひとくくりにして、自分の世代より劣っているとは思わない」と書いたことに共感してくれていました。
本の中で書いた子どもたちは早ければ数年で社会に入ってきます。子どもたちの能力を認めた上で、この社会に欠けているものはなにかを見極めて、意図をもってそれを補完する機会をつくっていく。そして、子どもたちが自立するのに必要な力を身に付けさせる。それが大切なのだと思います。
「その視点こそが、今、もっとも必要なことで、大人が生成AIに右往左往する前に、そこをしっかり押さえてほしい」と声をかけてくださって、励まされる思いでした。
■「お手本」なく育った親が一番苦しんでいる
多くの先生方が指摘されていたのは、親自身が一番苦しんでいるだろうということです。
現在は、祖父母との同居も減っていて、昔のようなわかりやすい「親のモデル」がありません。子どもを持つ親はみんな必死になって育児情報をネットでかき集めて、この知育アプリがいいと聞けばそれを使い、日本語もろくにしゃべれない子どもに英会話を習わせますよね。親がいろんな情報に振り回され、そのしわ寄せが子どもにいっているのです。
『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』には、その現状を具体的なエピソードで伝えているので、状況が頭の中に浮かんで実感できると思います。大切なのは、親が情報に振り回されるのではなく、まずは子どもと向き合うこと、これはいちばんのはずです。
■現場の先生、子どもたちの生の声に耳を傾ける
現代は、世の中に情報が氾濫しすぎて、学校の先生方も、地域の大人たちも、子どもたち一人ひとりに向き合うことができず、情報の海でおぼれてしまっているように思います。まずはいったん落ち着いて、自分に必要な情報を洗い出してみることです。
子育ては、人がすべきか、デジタルがすべきかの二項対立で行われるべきものではありません。どちらにも一長一短あるかもしれない。
「スマホを使わなかったらいい」「時間を制限したらいい」と言うのは簡単ですが、人類が初めて足を踏み入れている領域である以上、誰もスマホ育児の正解などわかりません。
だとしたら、新時代のデジタルの育児がどのようなものであるかを認識した上で、そこで足りないものを社会としてどう補っていくかを考えていく必要があるのです。そのためには、何よりもっとも近くで子どもたちを見ている現場の先生、そして子どもたちの生の声に耳を傾けるところからはじめるとよいと思います。
同時に、正解のないスマホ育児に日々奮闘している世のお父さん、お母さんを温かい目で見守ることが大事だと思います。
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ノンフィクション作家
1977年東京生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなう。著書に『物乞う仏陀』(文春文庫)、『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』『遺体 震災、津波の果てに』(いずれも新潮文庫)など多数。2021年『こどもホスピスの奇跡』(新潮社)で新潮ドキュメント賞を受賞。
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(ノンフィクション作家 石井 光太)
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