習近平主席の「本気の就労支援」も空しく…大企業より「家賃3万円の田舎生活」を選ぶ中国の若者が急増するワケ
プレジデントオンライン / 2024年10月15日 9時15分
■「将来への不安から逃げたい」
このところ、中国で“青年養老院”が関心を集めているようだ。本来、養老院とは老人ホームを指すはずなのだが、ここでいう青年養老院とは、若者同士が安価な滞在料金を支払い、共同生活するシェアハウス型の施設を指している。
青年養老院が増えている背景には、就職ができず将来を悲観する若者に居場所を提供するニーズがあるのだろう。そこには、ある種の皮肉が込められているとの指摘もある。報道によると、青年養老院に入る若者の多くは、都市部での仕事をあきらめて集まっているようだ。SNSの投稿には、「焦りから解放されたい」「将来への不安から逃げたい」などのつぶやきもみられるという。
青年養老院増加の背景には、中国の若年層(16~24歳)を取り巻く雇用・所得環境の悪化がある。ここへきて、若年層失業率は上昇傾向にある。不動産バブル崩壊で社会全体の活動が低下したこともあり、若年層の雇用環境は一段と悪化している。大学卒業者数は増える一方、企業サイドの求人は期待されたほど伸びていない。雇用のミスマッチは一段と深刻化している。
■仕事も結婚もあきらめた“寝そべり族”
10月1日から7日の国慶節の連休前に、中国政府は総合的な経済対策を発表した。政府は不動産市場を下支えし、失業問題などに取り組む姿勢を改めて示した。ただ、そうした政策が、若者へどの程度の福音をもたらすかは必ずしも明確ではない。若年層にとって、希望が持てる雇用・所得環境への改善が早くやってきてほしいはずだ。
コロナ禍や不動産バブル崩壊をきっかけに、中国の大学生など若年層の間で、“躺平(タンピン)主義”への関心が高まった。躺平とは、“寝そべり”を意味する。“寝そべり族”という呼び方を使うケースも増えた。
寝そべり族の定義は複数ある。一般的には就業せず親と暮らすことを指すようだ。住宅や自動車などを買わず消費を最低限に抑え、恋愛も結婚もしない。そうした価値観が、“寝そべり族”に共通の要素のようだ。
不動産バブル崩壊により、中国経済の投資主導型モデルが終焉を迎えた。その影響を最も強く受けたのが若年層だった。若年層の就労意欲低下は、個人消費増加に重要なマイナス要因になる。
■家賃3万円、農作業に疲れたら横になって…
“寝そべり族”が増加する中、2022年に中国政府は飲食のデリバリーなどギグワーカー、ライブ配信などの増加を支援し、若者の柔軟な就労と消費を押し上げようとした。しかし、その効果は十分ではなかった。中国若年層の間で、“青年養老院”が人気化したのはその裏返しといえるだろう。
青年養老院は、寝そべり族の若者に親と離れた生活環境、同じような悩みを抱える人と共同で農作業やカラオケなどを楽しむ環境を提供する。一月あたり1500元(3万円)程度で滞在でき、自給自足に近い生活を送るようだ。北京など大都市だけでなく内陸部の農村でも青年養老院は増えている。
SNSに出ている青年養老院の生活風景の記載を見ると、日中は庭の手入れをし、ハンモックに横になって仲間同士で悩みなどを語り合う。夜は、仲間と食事を準備しキャンプファイヤーを囲む。報道に出てくる就職活動に励む若者の写真と比較すると、青年養老院の人たちの表情にはある種のゆとりが感じられるとの指摘もある。
■大卒者は昨年比で21万人も増えているが…
熾烈な受験競争に勝ち残り、就職を目指したがうまくいかなかった。就職したが激務に耐えられなかった。バーンアウト(燃え尽き症候群)した若者向けの安価な憩いの場というのが、青年養老院の実体なのかもしれない。
2023年6月、中国の16~24歳の失業率は21.3%に達した。2023年12月、就活学生を含まない方法で公表した失業率は14.9%、2024年8月は18.8%だ。経済全体での失業率上昇(2023年12月の5.1%から8月の5.3%)に比べ、若年層の失業増加は鮮明だ。
その根本にあるのは、労働力需給のミスマッチといえるだろう。中国では、大学卒業者の数が増加傾向にある。2022年、大卒者数は1000万人を超えた。2024年の卒業者数は1179万人、前年から21万人増の見通しである。
コロナ禍以前であれば、IT先端分野や金融業界での就業を希望する新卒者は多かった。産業別にみた中国GDP構成比は、第1次が約7%、第2次(製造業など)は約38%、第3次(ITなど)は約55%だ。経済に占める第3次産業の比率上昇で、サービス関連分野の就業増は自然な変化といえる。
■「BAT」を中心に採用人数が減少している
中国のIT先端分野では、民間企業経営者の高成長への野心、政府の産業補助金などの支援もあり、アリババ、テンセント、バイドゥなどのプラットフォーマーの成長は加速した。2億人のギグワーカーを生み出したとの推計もある。IT化の推進で中国の雇用・所得機会は増大した。
しかし、2021年以降、中国政府は、IT先端企業への規制を実施し共同富裕策も進めた。その結果、アリババなどはリストラを余儀なくされた。2023年9月の米外交問題評議会の調査によると、大卒者増加の一方で2021年あたりから、中国サービスセクターでの雇用者数は減少が鮮明化した。
増加傾向の大卒者を、民間のIT先端企業などが吸収することは難しくなった。そのため、「一生懸命努力を重ねても、就業の機会を見つけることは難しい」と考える若年層は増えたはずだ。
雇用ミスマッチの一つの受け皿として、青年養老院に対する関心は上昇したのだろう。国慶節の連休が近づいた9月25日、雇用問題の解決に向けて政府は第3次産業などでの雇用機会増加に向けた意見も公表した。
■大学に就職支援を徹底するよう指示したが…
その発表主体は、中国共産党中央委員会と国務院だった。政策立案・実行に関する意思決定権を持つ機関の中でも、最上位の委員会が意見を公表したところに、政府の雇用環境悪化に対する危機感の上昇が窺(うかが)える。
当該意見の中で政府は、主に国有企業が雇用創出に主導的役割を果たすよう求めた。長時間労働を減らすため、デジタル機器の導入などの増加も重視している。先端分野の技術向上をめざし、大学には関連分野のカリキュラムを整備し就職支援を徹底するよう指示した。就職実績が低い専攻分野には、政府が警告を出す方針も提示した。
ただ、若年層などの雇用対策は今回が初めてではない。2024年4月、7月と中国政府は消費刺激策などを積み増した。それでも失業率は上昇し、中国若年層の間では青年養老院に加え“鉄飯碗”にも関心が集まった。
■「募集一人」に3500人超が殺到する状況
“鉄腕飯”とは、食べるのに困らない職業を意味する。公務員が代表的な職種といわれている。2024年、中国の国家公務員の採用予定数は、3万9600人程度と報じられた。出願者数は303万人で倍率は76.5倍、募集一人に対して3500人超が出願した職種もあった。地方政府では土地利用権譲渡益の減少によって財政が悪化し、公務員給与をカットする地方自治体も増えたが、公務員人気はかなり高い。
リーマンショック後のわが国でも、金融業界への就職を避け、公務員など雇用環境が安定した職場が良いとする若者は増えた。度重なる雇用対策にもかかわらず、中国でも同じような考えを持つ若年層は増えているようだ。青年養老院への関心の高まりは、就労をあきらめざるを得ないほど雇用環境が厳しいことを示唆する。
国慶節前までの中国政府の経済対策が、若年層の不安を払拭できるかは不透明だ。国有企業重視の経済運営で、人々の自由な発想を実現することは難しくなっている。雇用のミスマッチに拍車がかかる恐れもある。若年層を中心とする失業率がどう変化するか、不動産価格と並んで、今後の中国経済を考える上で重要性は高まっている。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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