韓国の「日本アニメ・マンガ解禁」から26年…『スラムダンク』を読んで育った日韓の若者の"リアル"
プレジデントオンライン / 2024年10月19日 17時15分
※本稿は、韓光勲『在日コリアンが韓国に留学したら』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。
■日中韓の多国籍グループが巻き起こす熱狂
在日コリアンである僕は、いわば「日本と韓国のはざま」に生きている。日韓関係については、幼いころからずっと関心を持ってきた。自分の生活にダイレクトに関わるからだ。
だが、メディアで報道される日韓関係の姿には違和感を覚えることが多い。普段大阪に住んでいる僕からすると、メディア上での日韓関係は「東京とソウル」、つまり政府間関係にすぎないと思う。「大阪と韓国」の関係はまた異なって見えるのだ。この章では、僕が大阪と韓国で見た日韓関係のリアルな姿をお伝えしたい。
2023年3月15日の大阪城ホール。K-POPの人気ガールズグループ、aespa(エスパ)のライブを見に行った。
aespaは韓国・日本・中国の多国籍グループとして2020年11月にデビューした。「自分のもう一人の自我であるアバターに出会い、新しい世界を経験する」という独特の世界観が人気を呼び、YouTubeのミュージックビデオ再生回数は1億回を突破。楽曲はビルボードのランキングへのランクインを次々に達成している。
■日本人による韓国語コールも日常風景
ライブ開演の1時間前。グッズ売り場に並ぶと、お目当てのうちわは売り切れだった。スーパーグループの人気ぶりを思い知らされた。メンバーの顔が大きくプリントされたうちわを持っていれば、メンバーからレス(反応)をもらえる確率が高まる。「もっと早く来るべきだった」と後悔した。このときはまだ、後にレスをもらいまくることは知らない。
午後6時半、まっ暗闇のステージを一閃の光が照らし出す。しばしの静寂。ステージが開くと、4人がそこに立っていた。大歓声がホールを包み込む。コロナ禍の制限は緩和され、声を出せる。「かわいい!」「大好き!」の声が飛ぶ。僕もめいっぱい叫んだ。
曲の最中、歌詞に合わせて韓国語でのコール(かけ声)が観客から起こった。会場が一体になる。K-POPグループの現場で、日本の観客から韓国語でコールが起こることにはもう驚かない。言葉の壁なんて簡単に飛び越え、すでに日常の風景となっているのだ。
■厳しい競争を勝ち抜いてきたアイドルの“証”
曲はすべて韓国語だが、MCは日本語で話す場面もあった。メンバーが一生懸命に日本語を話すたび、会場全体から「かわいい~」の声がこだまする。メンバーは韓国語で話す場面もあるのだが、通訳される前に歓声があがっていた。ということは、メンバーの話す韓国語を理解するファンが一定数いるということだ。ここでもやはり、言葉の壁はすでに存在しなくなっている。
筆者の席はセンターステージからみて最前列だった。メンバーが何度もこっちを見てくれた。筆者の身長は181センチあるので、目立つのだ。手を頭にあててハートの半分を作ると、カリナさんとウィンターさんがハートの半分を作ってくれた。あのaespaが、レスをくれた。夢みたいだった。生きていればいいことがあるものだ。
カリナさんのソロステージには心を打たれた。競争の激しいK-POP界。その中でも、所属事務所のSMエンターテインメントはBoAや少女時代を輩出するなど、超名門だ。
彼女がこのステージに立つまで、どんなに高い壁を超えてきたのだろう。その果てしない努力が透けて見える圧巻のパフォーマンスだった。指の関節一つにまで神経が注がれ、繊細ながらも力強さを感じさせるダンス。たった一人で1万人を超える観客を相手にしていた。隅から隅まで作り込まれた素晴らしいステージだった。
■K-POPにとって日本は最大の市場
ちなみに、aespaは日本語の曲を一曲も出していない。歌詞はすべて韓国語か英語だ。これまでのK-POPグループは日本デビューのために日本語の曲を出し、日本の音楽番組に出て知名度を上げ、そのうえでコンサートツアーを行うという戦略をとることが多かった。
aespaは日本向けの活動が必ずしも多くないのに、大阪、東京、埼玉、愛知でツアーを行い、10万人以上を集客している。これは驚くべきことだ。
K-POPの側から見て、日本は重要な場所である。最大の市場であるともいえる。2022年の韓国のCD輸出額は過去最高を更新し、約300億円。そのうち、最大の輸出先は日本である。実に36%を占めている。日本に次いで、中国、アメリカが続く。日本、中国、アメリカの3カ国で、K-POPのCD売り上げの75%を占める。
米中対立や歴史認識問題など、各国の政府間関係は親密で良好とは言い難い。それでも、なんのことはない。3カ国の若者たちはK-POPが大好きなのである。筆者自身、友人の日本人学生や中国人留学生とはよくK-POPの話題で盛り上がる。
■韓国の若者も同じマンガやアニメで育っている
ここで、日本でのK-POP人気に対して、韓国での『スラムダンク』人気を考えてみたい。
週刊少年ジャンプで連載されていた大ヒット漫画『スラムダンク』を原作とした映画『ザ・ファースト・スラムダンク(THE FIRST SLAM DUNK)』。日本では2022年12月に公開され、興行収入155億円超、1074万人を動員した(2023年8月時点)。
『ザ・ファースト・スラムダンク』は韓国でも大ヒットしている。1月に公開されると、日本のアニメ映画史上最高のヒットを記録。興行収入は400億ウォンを突破し、観客動員数は400万人を超えている(2023年3月時点)。韓国の人口は5174万人で、日本の人口は1億2570万人である(2021年)。両国でいかに『スラムダンク』が愛されたのかがよくわかる。
僕はあるSNSで、「韓国ではなぜ『スラムダンク』がそんなに人気なんですか?」と質問を書いてみた。「子どものころの思い出が蘇りました」というコメントがあったほか、ある30歳の韓国人男性からは興味深いコメントをもらった。
「映画を見てとても感動しました。小さいころには漫画を読んでいましたね。みんなで一緒に読んでいましたよ。当時は日本のアニメがとても人気で、『ドラゴンボール』も流行りました」
■日本文化が解禁されてから26年がたった
コメントをくれた方はちょうど30歳で、僕と同い年。小学生の頃は2000年代の前半だ。僕が小学生のとき、韓国の本屋に行くと、『ドラゴンボール』と『スラムダンク』のコミックスがずらりと並んでいたのを覚えている。
なにより、『スラムダンク』は韓国式にローカライズされた。主人公の桜木花道はカン・ベクホ、流川楓はソ・テウン。名前が韓国式にされたのである。
『スラムダンク』人気には、韓国政府のある政策が関係している。1998年、当時の韓国大統領である金大中が来日し、衆議院での演説で「日本の大衆文化解禁の方針」を表明した。金大中大統領と日本の小渕恵三首相は、新たな日韓のパートナーシップを構築する「日韓共同宣言」を打ち出した。
それ以降、韓国では日本文化が解禁され、幅広く受け入れられた。現在にまでつながる『スラムダンク』人気の裏には、「日韓共同宣言」の影響がある。
近年の日韓関係は「戦後最悪」といわれるほど悪化した時期があった。しかし、「戦後最悪」の日韓関係のなかで、日本ではK-POPが爆発的に人気を博し、韓国では『スラムダンク』の映画が記録的なヒットとなっている。このアンビバレンス(相反する現象)はどのように理解したらいいのだろうか。
■政治的にはギクシャク、経済関係はまずまず
戦後日本を代表するリアリズム(現実主義)の国際政治学者、高坂正堯(1934~1996)は名著『国際政治』(中公新書、1966年)のなかで、国際関係の捉え方を次のように提案している。
筆者なりに言い換えると、国と国との関係を考える上では、軍事力や安全保障(力の体系)について考えるだけでは不十分で、経済力(利益の体系)や価値観の関係(価値の体系)についても考慮に入れるべきだということだ。
これを日韓関係に応用してみよう。たしかに、政府と政府の関係はギクシャクすることが多い。歴史認識問題が政府間関係にダイレクトに影響する現象はここ10年ほどの日韓関係史を見れば明らかだ。
経済関係はどうか。2021年のレポートを引用すると、「韓国では輸入の10%、輸出の5%、日本では輸出入の5%前後の関係性がある。コロナ禍前ではあるが、訪日外国人数の2位は韓国人、訪韓外国人数の2位は日本人だった」という。
日本による半導体関連物品の輸出規制(2019年7月)はあったものの、輸出入額ではやはりお互いに重要な存在だ。日韓を行き来する観光客も多い。経済的にはまずまずの関係だといえる。
■政治ばかり見ていると取りこぼすリアルな関係
最後に、価値観である。これは捉えるのが難しい。国と国のレベルでみると、両国はともに民主主義を奉じる国家であるが、歴史認識では異なる部分も多い。
しかし、大衆文化のレベルでみたらどうだろう。これまで論じてきたように、日本のK-POP人気は高く、韓国の『スラムダンク』人気は熱狂的だ。「小さいころは『ドラゴンボール』と『スラムダンク』を見て育った」という人は、日本にも韓国にもかなりいる。同じ文化を吸収した若者が両国にいるというのは特別なことである。
政治の関係ばかりを見ていると、そのリアルな姿を取りこぼしてしまう。経済と価値観の関係を考えてみると悲観的にならずに済む。日韓の若者たちは、お互いの文化にこの上なく惹かれ合っている。そんなことを確認したaespaのライブ、『スラムダンク』のヒットであった。
■日韓の若者は同じカルチャーを摂取している
留学が始まってすぐ、韓国は日本といろんな面でかなり似ていると感じていた。特にソウルは日本と似通っている。生活をする上では日本と同じ感覚で過ごせるのだ。
僕がオランダで1年間過ごした経験も影響している。日本とヨーロッパは文化が全く違った。それと比べると、日本と韓国はかなり似ていると思った。
両国の若い世代はみんなK-POPを聴いている。韓国ドラマを見ている。アニメが大人気。日韓の若者は同じカルチャーを摂取している。
外食が安いのも共通している。800円から1000円くらいあれば、おいしいものがお腹いっぱい食べられる。ちなみに高麗大学の学食は550円だった。
■日本人留学生「外国という感じがしない」
オランダに留学していた時、食に苦労した。オランダ人の同級生はパン2枚にチーズを挟んだだけのサンドイッチ。とにかく食への関心が薄いのだ。かといって、外食でおいしいものを食べようとすると、2000円くらいは出す必要があった。
韓国は日常の挨拶に「ご飯は食べた?」という表現がある。「こんにちは」のような挨拶表現である。食へのこだわりが強いのだ。やはり日本と似ている。
日本と韓国が文化的に似通っているというのは、考えてみれば当たり前のことだ。地理的に近いだけでなく、戦後の日韓はアメリカの影響を大きく受けてきた。資本主義体制で、今はどちらも民主主義国。文化的には中国からの影響が古くからあるが、独自の文化を作り上げてきた。両国とも巨大なポップカルチャーがあり、世界に輸出している。
ほかの日本人学生に聞いても、「外国という感じがしない」という声が多い。僕も同感だ。ソウルは日本と同じ感覚で過ごせる。その意味では快適だった。
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元全国紙記者
1992年大阪市生まれ。在日コリアン3世。2016年、大阪大学法学部卒業。2019年、大阪大学大学院国際公共政策研究科博士前期課程修了。2019年4月から2022年7月まで、毎日新聞で記者として働く。2023年3月から約1年間、韓国で留学生活を送った。現在、大阪公立大学大学院文学研究科博士後期課程に在籍。日本学術振興会特別研究員(DC1)。専門は社会学、朝鮮半島地域研究。2019年、大阪大学大学院国際公共政策研究科優秀論文賞受賞。2020年、スマートニュースアワード2020報道部門ベストコンテンツ賞受賞。JBpress、CINRA、『放送レポート』、『抗路』等で記事を執筆している。
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(元全国紙記者 韓 光勲)
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