「一緒に死んだほうが…」元バンドマン60歳ひきこもり息子に悩み深刻な82歳老母が突然「元気満々」になったワケ
プレジデントオンライン / 2024年10月14日 10時15分
■知られてから5年経過の「8050問題」はより深刻化
「8050問題」という言葉が使われるようになってから、5年ほど経過したでしょうか。80代の親が50代の無職の子を扶養している状況を指す言葉で、ひきこもりの家族が親子ともども高齢化し、深刻な問題となっていることを表しています。
先日、相談に来られた母親は82歳。子はすでに60歳になっていました。無職期間が長く続き、もうこれからの就業は難しい状況です。母親は、自分が亡くなった後のことを心配しています。
◆相談者の家族構成
相談者:加藤昌子さん(仮名)82歳(年金生活)
長男(60歳、無職)と同居
※夫は3年前に他界
◆資産
・貯蓄額:800万円
・自宅(戸建て)
◆収入
・母親の老齢基礎年金と亡き夫の遺族厚生年金で、合計183万円
◆支出
・生活費:年額約200万円
「子どもがひきこもりで、私がいなくなった後が心配です」という相談を多く受けています。高齢であっても親が存命の間は、親の年金で親子3人または2人で何とか生活費を賄えます。
しかし、親が2人とも亡くなってしまうと、収入がなくなり、親が遺した貯蓄を取り崩しながらの生活になります。
親としては、自分たちが亡くなった後に子が1人で生活をしていくことができるのか心配で、私のもとに相談に来られます。
私は将来の資金状況のシミュレーションを作成して、対策をご提案します。子が2人以上いれば遺産分割をどうするかなどがポイントとなりますし、子がまだ若ければ少しでも働けないか、などを検討します。
しかし、今回相談に来られたケースは子がすでに60歳になっています。60歳と言えば、「定年退職」の年齢です。最近は再雇用で働く人が多いものの、今まで働いていなかった人が新たに仕事をしていくのは厳しいでしょう。なかなか対策が取りづらく、難しい状況です。
■元バンドマン60歳独身息子「一人で生きていけるでしょうか?」
話を聞くと、長男は高校卒業後に地元の電機メーカーに就職し、そこまでは何も問題がなかったそうです。親としては、「子育てが終わった」と一安心していましたが、25歳になると、突然会社を辞めてしまいました。もともと音楽が好きでバンド活動をしており、その道で身を立てたいと活動に専念したのです。
20代の頃は「まだ若いのだから、好きなことに挑戦しなさい」と、親としても応援していました。30代になったら、落ち着いて堅実な仕事に就いて家庭を持つことだろうと、タカをくくっていた面もありました。
ところが、30代になってもいっこうにあきらめる気配はなく、アルバイトをしながら音楽活動を続けていました。40代になるとさすがに音楽で身を立てることはあきらめましたが、就職が難しくなり、アルバイト生活が続きました。
50代になり、体調を崩してからはアルバイトもしなくなり、無職の状態が続いてしまいました。60歳になる今では、親も子も、すっかり就職はあきらめています。
現在の収入は、相談者の年金だけ(母親の老齢基礎年金と亡き夫の遺族厚生年金で、合計183万円)です。亡き夫の遺族年金も含まれていますので、何とか2人で生活はできますが、母親が亡くなると、母親の年金はもちろん、遺族年金も止まってしまいます。
「今のところは大きな病気はしていませんが、私もいつまでも元気なわけではありません。私が死んだ後、息子は一人で生きていけるのでしょうか?」
母親はため息をつきます。
「幸い、お子さんが1人ですので、ご自宅も預金も相続できます。ただ、最近の物価上昇を踏まえると、難しいかもしれません」
今後20年、30年を考えると、ある程度の預貯金があっても、なかなか維持することが難しくなっています。シミュレーションをしてみないことには、私も簡単に答えられません。
「こんなことなら、いっそ一緒に死んでしまったほうが、なんて思ったりして……」
母親は笑いながら、冗談とも本気ともつかないことを言います。
「何を言っているんですか。ダメならダメで、生活保護もあります。まずはシミュレーションをしてみましょう。ある程度ですが、将来の状況が見えてきます」
私はあわてて、シミュレーションの作成に取りかかりました。作成しながら、私も不安になっています。明らかに資金不足で、いずれ行き詰ってしまうような結果だと、母親はますます将来を悲観することでしょう。かといって、作為的に楽観的なシミュレーションを作成するわけにもいきません。現実と乖離(かいり)してしまえば、誤ったメッセージになってしまいます。
■親の年金なしでも長男が88歳まで生き延びることができたワケ
伺ったデータを入力しながら、どのような結果になるか、私もドキドキしてしまいました。
結果を見てみると、母親が亡くなった後(10年後の92歳で他界と想定)は、貯蓄(約800万円)が減少していきますが、長男が88歳になるまではなんとか底を突かずに維持できそうです。もちろん、さらに長生きする可能性もありますので安心はできませんが、「どうにもならない」と悲観する必要はありません。
「けっして余裕があるわけではありませんが、ご長男が生涯をまっとうするまで、なんとか資金不足に陥らずにすみそうです」
「そうですか。なんとかなりそうですか。安心しました」
母親は安堵(あんど)の表情を浮かべました。
今回の相談事例は“富裕層”ではありません。母親が受け取る年金は一般的な金額で、貯蓄額も特別に多いわけではありません。それでも親亡き後に働けない子が貯蓄を維持できるシミュレーション結果になったのは、3つのポイントがありました。
1つは、戸建ての自宅があったことです。マンションだと管理費や修繕積立金を毎月支払わなければなりませんが、戸建ての場合は自分で調整ができます。今の状況では自宅のメンテナンスにあまり費用はかけられません。今後30年も住み続けるとなると、かなり傷んでしまいますが、雨風をしのぐことはできるでしょう。住居にかかる費用を抑えることができます。
2つ目として、長男が退職してから、母親がずっと国民年金の保険料を払っていたことが挙げられます。そのおかげで、長男は親亡き後もある程度の収入を確保することができます。長男が60歳になるまで払い続けてくれたことで、長男の老後が改善されています。
3つ目は、長男がムダ遣いをしないタイプだということです。働かない子の中には、インターネットなどで頻繁に買い物をしてしまうタイプも少なくないのですが、相談者の長男は違いました。音楽を辞めてからというものの、特に趣味らしい趣味はなく、ムダな買い物をしてしまうことはありません。今後も最低限の支出で生活していけそうです。このようなことから、無職のままでも生涯をまっとうすることができそうです。
5年後に長男が65歳になると、母親と2人で年金を受給することになります。シミュレーションでは、母親が亡くなるまでの間は、支出よりも収入のほうが多くなり、貯蓄を増やしていくことができます。私はシミュレーションを操作しながら説明します。
「お母様が長生きすればするだけ、ご長男の状況は改善されます。健康で長生きすることを考えてください」
「私が100歳まで生きれば、息子の老後にも余裕ができてくるのですね。なんだか元気が出てきました」
母親の笑顔を見て、私はほっと胸をなでおろしました。
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ファイナンシャルプランナー
「働けない子どものお金を考える会」メンバー。 大手証券会社で個人顧客の投資相談業務を長年行い、ファイナンシャルプランナーとして独立後は、資産運用に限らず、家計の見直し、住宅購入、老後資金など幅広い相談を受ける。 特に、長期にわたる家計のシミュレーション分析を得意とし、ひきこもりや障害を持つお子さんとそのご家族の資金計画を行っている。
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(ファイナンシャルプランナー 村井 英一)
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