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人間ドックには「追加しても意味がないオプション」がある…一般人は知らされていない「がん検査のタブー」

プレジデントオンライン / 2024年10月16日 18時15分

血液検査のための採血 - 筆者提供

人間ドックや健康診断には「がんを早期発見するため」として、さまざまなオプションの検査が用意されている。その一つ、「腫瘍マーカー」は血液検査で手軽に調べられるため、選択する人は多い。しかし、「腫瘍マーカー」の大半は、早期のがんには反応しないという重大な落とし穴があるという。ジャーナリストの岩澤倫彦さんが取材した――。(第3回/全4回)

■腫瘍マーカーの結果に一喜一憂する人たち

「腫瘍マーカーとは、がんが存在するかどうかの参考に用いる事ができる血液検査の数値です。通常の健診に追加して腫瘍マーカー検査をオプションで実施できます」

これは、ある人間ドックで腫瘍マーカーを紹介する一文である。

一般的な人間ドックには、すでに血液検査が組み込まれているので、オプションで追加するだけで、新たな手間もなく腫瘍マーカーは計測できる。

人間ドックの関係者に聞くと、受診者の約半数が腫瘍マーカーを選択するという。今では、すっかりオプション検査として定着して、X(旧ツイッター)にも「安心を得るために大腸がんの腫瘍マーカー検査を追加した」「腫瘍マーカーの結果が入った封筒を震えながら開けた」「腫瘍マーカーの値が跳ね上がった項目があって即MRIで再検査した結果、問題無しだった」など、多くの体験談が投稿されている。

血液収集チューブ
写真=iStock.com/huasui
血液検査のイメージ - 写真=iStock.com/huasui

腫瘍マーカーの検査結果に、多くの人が一喜一憂していることが、Xの投稿から伝わってくる。がんの可能性があると検査で指摘されたら、誰でも不安になるのは当たり前だろう。

基準値を超えると、精密検査を勧められるので、CT(X線を使用したコンピューター断層撮影)や、MRI(磁気共鳴画像診断装置)、内視鏡などの検査を受けることになる。だが、実際にがんが見つかるケースは極めて少ない。

■東大病院の腫瘍マーカー検査は1万2650円

腫瘍マーカー検査は、国内の人間ドックや健康診断を行う医療機関の大半が取り入れている。大学病院も例外ではない。

東京大学医学部附属病院の人間ドックでは、「オプション検診」として腫瘍マーカーが用意されている。1万2650円で、男性7種類、女性8種類の腫瘍マーカーを調べることが可能だ。

「この検査は採血検査で行われ、主に腫瘍の存在する可能性、種類などを判定する目安のひとつとなります」
(東京大学医学部附属病院・予防医学センターのHPより)

天下の東大病院が、このように紹介しているのだから、“腫瘍マーカーは、がん検診として有用な検査”と信じる人は多いだろう。

合併して東京医科歯科大学から名称が変更された、東京科学大学病院では、あえて「がんスクリーニング用」と明記して、11種類の腫瘍マーカーをオプション検査に入れている。

スクリーニングとは「ふるいわけ」を意味するので、がん検診の検査と同義と解釈できる。

慶應義塾大学の人間ドックでも、「プレミアムな検査プラン例」として、三大疾患(脳血管障害・心臓病・がん)を詳細に検査する中に、腫瘍マーカーも組み込まれていた。

腫瘍マーカーの血液検査
写真=iStock.com/Motortion
腫瘍マーカー検査のイメージ - 写真=iStock.com/Motortion

■「がん早期発見に腫瘍マーカーは役に立たない」

腫瘍マーカーは、がん細胞によって作られたタンパク質や酵素などの物質で、40種類を超える。主な腫瘍マーカーが反応する、がんの種類は次の通りだ。(国立がん研究センター・がん情報サービスを基に作成)

「CEA」:甲状腺、肺、食道、胃、大腸、膵臓、胆道、乳、子宮頸部
「CYFRA」:肺
「AFP」:肝臓
「CA19-9」:胃、膵臓、胆道
「CA15-3」:乳
「CA125」:子宮頸部、卵巣
「PSA」:前立腺

人間ドックなどで、腫瘍マーカー検査をオプションで追加すべきか? 国立がん研究センター検診研究部の中山富雄部長に尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「2020年に、国立がん研究センター中央病院の人間ドックで、がんと診断された患者を対象に腫瘍マーカーのCEAを調べたところ、異常値は約1割でした。残り9割は、がんがあってもCEAは正常値内だったのです。

がんに反応する能力の『感度』が1割という、凄くショッキングなデータでした。腫瘍マーカーは、がんの早期発見にほとんど役に立ちません。ですからオプション検査に腫瘍マーカーを追加するのは、やめたほうがいいと私は考えています」

■感度も特異度も低いので“補助的”に使うべき

感度が低いとは、実際にがんがあっても反応しない可能性が高いことを意味する。腫瘍マーカーの数値が基準値内に収まっていたとしても、それは決して安心材料にはならないのだ。

また、がん以外の疾患や年齢、妊娠、月経、飲酒、喫煙などが、腫瘍マーカーの数値に影響する場合もある。

日本医科大学武蔵小杉病院の勝俣範之教授(腫瘍内科)は、日々の診療で腫瘍マーカーを使っているが、本来の目的はがん検診ではないと指摘する。

「腫瘍マーカーは、がん治療の効果や経過観察の時、他の検査と組み合わせた診断で“補助的”に使用するものです。例えば、大腸がんの手術をした後、再発を監視する時に腫瘍マーカーの『CEA』の数値は重要になります。

ただし、人間ドックや、がん検診のオプション検査として、腫瘍マーカーを追加することは無意味でしょう。腫瘍マーカーの感度は低いので、“見逃し”が多いからです。特異度(がんではないことを見分ける能力)も低いから、がんではないのに異常値になって、無駄な精密検査を受けることになります」

日本医科大学武蔵小杉病院の勝俣範之教授
撮影=福寺美樹
日本医科大学武蔵小杉病院の勝俣範之教授 - 撮影=福寺美樹

■医療機関の収益に腫瘍マーカーが貢献?

消化器外科医の大和田進医師(イムス太田総合病院・消化器・腫瘍センター長)は、こう証言する。

「がんの早期発見に、腫瘍マーカーが有用だと誤解している人が多いです。実際に異常値が出たので精密検査をしてほしい、と言われたケースがありました。本来、必要のない精密検査で放射線の被曝などの不利益(がんになるリスク)や、経済的な負担が生じる事は極めて問題だと思います」

臨床医や検診の専門家にとって、がんの早期発見に腫瘍マーカーは無意味であることは、共通の認識になっている。

それなのに、人間ドックなどで腫瘍マーカー検査が行われているのは、収益向上が目的と考えられる。

帝国データバンクによると、2024年は医療機関の倒産が過去最多のペースで推移しているという。コロナ禍に減少した患者数が戻らないことなどが要因とされている。

また、国立大学の附属病院は採算性を要求されるようになり、東京大学や東京科学大学で富裕層向けの人間ドックを始めるなど、患者一人当たりの収益性を高めることに腐心するようになった。

■唯一、早期発見につながるPSA検査

前出の勝俣教授は、日本の特殊性に危機感を抱いている。

「大学病院や健診機関などが、オプションで行う腫瘍マーカー検査は、単にお金儲けとしてやっているとしか思えません。

そもそも人間ドック自体、いろいろな検査をすることで国民の寿命が延びるというのはエビデンスに乏しく、先進国でやっているのは日本くらいでしょう」

勝俣教授によると、腫瘍マーカーの「PSA」だけは事情が異なるという。感度と特異度が高いので、男性特有の前立腺がんを早期発見することが可能だからだ。

腫瘍マーカー前立腺検査の項目
写真=iStock.com/Yusuke Ide
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yusuke Ide

ここで注意が必要なのは、前立腺がんは他のがんに比べて、予後が極めて良い点である。前立腺がんは、日本人男性の罹患数では最も多いがんだが、5年相対生存率(※)でみると、膵臓がんの8.9%に対して、前立腺がんは99.1%と極めて高い。

※5年相対生存率=がんと診断された人が、治療によって5年後に生存している割合。「がん情報サービス:部位別がん5年相対生存率 男性2009~2011年」を引用

進行が遅く、寿命に影響しないと考えられるタイプの前立腺がんもある。他の病気で亡くなった人から、前立腺がんが見つかることが多いこともあり、検診の専門家には早期の治療に否定的な意見が根強い。

とはいえ、前立腺がんで亡くなる人は、年間1万人を超え、日本人のがん死亡数6位なので、決して油断はできない。

■日本であえて追加する必要性は見出せない

実は、腫瘍マーカーのPSA検査の有用性をめぐっては、世界的な論争になっている。

2009年、ヨーロッパで報告された大規模な臨床研究で、PSA検査を使った前立腺がん検診による死亡率低下が証明された。これを受けて欧州泌尿器科学会はPSA検査を前立腺がん検診として推奨した。

同時期、アメリカでは臨床研究で異なる結果が出たため、PSA検査は推奨されなかった。現在、日本のガイドラインでは、PSA検査は推奨されていないが、日本泌尿器科学会はヨーロッパと同じく、PSA検査は有用としている。

その他の腫瘍マーカー検査に関しては、がん検診として有効であるという意見は皆無に等しい。日本人に多いがんについては、連載の第1回で紹介した、肺がんの「低線量CT検査」など、早期発見に最適な検査がすでに確立している。あえて腫瘍マーカーを追加する必要性は見出せない。

連載の最終回は、がん種別に最適ながん検診の選び方についてお伝えする。

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岩澤 倫彦(いわさわ・みちひこ)
ジャーナリスト、ドキュメンタリー作家
1966年生まれ。フジテレビの報道番組ディレクターとして「血液製剤のC型肝炎ウイルス混入」スクープで新聞協会賞、米・ピーボディ賞。著書に『やってはいけない がん治療』(世界文化社)、『バリウム検査は危ない』(小学館)、『やってはいけない歯科治療』(小学館)など。

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(ジャーナリスト、ドキュメンタリー作家 岩澤 倫彦)

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