「絶滅戦争」に突き進む描写があまりにリアル…軍事分析のプロが思わず感心した「ガンダム」の名セリフ
プレジデントオンライン / 2024年10月21日 18時15分
※本稿は、高橋杉雄『SFアニメと戦争』(辰巳出版)の一部を再編集したものです。
■宇宙世紀シリーズとは異なる「ガンダムSEED」の戦争の構図
戦争の原因を描き出す上で、『機動戦士ガンダムSEED』に始まるガンダムSEEDシリーズは興味深い問題提起をしている。ガンダムSEEDシリーズでは、宇宙に移住した人々が住むスペース・コロニー国家のプラントと、地球上の国家群が形成した地球連合との戦争が描かれている。
ただし、宇宙世紀シリーズとは対立の構図が異なる。宇宙世紀シリーズでは、宇宙移民者と地球に残った人々の対立・抗争が描かれているのに対し、ガンダムSEEDシリーズの対立・抗争の原因は単に住む場所が違うからだけではないからである。プラントの人々の多くは、遺伝子を調整して身体的にも知能的にも高い能力を持つ人間となったコーディネーターと呼ばれる人々である。
一方、地球連合の人々の多くは遺伝子を調整していないナチュラルと呼ばれる人々である。ガンダムSEEDシリーズでは、遺伝子調整を行って生まれたかどうかを巡って人種差別的な偏見が生まれ、戦争に至る。
■国際政治学では研究が進んでいない人種差別と戦争の関係
現代の世界において人種差別を巡る問題は非常に根が深いが、実は国際政治学においてはほとんど研究されていない。たとえば、米国の国際政治学者であるケネス・ウォルツの著書『人間・国家・戦争:理論的分析』(※1)には人種差別(racism)についての言及は一切ない。
2023年に米国ワシントン大学のジョナサン・メーサーが日露戦争におけるロシアの人種差別的対日観が政策決定に与えた影響についての論文(※2)を著すなど、ようやく関心が向けられるようになったが、研究は非常に少ないのが現状である。
その意味で、人種差別と戦争との関係に目を向けたガンダムSEEDシリーズの問題提起は非常に重い。
【※1】Kenneth N. Waltz, Man, the State, and War: a Theoretical Analysis, with a new preface, (Columbia University Press, 2001). 邦訳版。ケネス・ウォルツ(岡垣知子、渡邉昭夫訳)『人間・国家・戦争:国際政治の3つのイメージ』(勁草書房、2013年)。
【※2】Jonathan Mercer,“Racism, Stereotypes, and War” International Security, Vol.48, no.2 (Fall 2023), pp.7-48.
■相手を「劣等」とみなして戦えば絶滅戦争になる
ガンダムSEEDシリーズでは、「青き清浄なる世界のために」というスローガンを掲げ、地球連合の政策決定に大きな影響力を持つブルーコスモスという団体を中心に、ナチュラルの間に人種差別的なコーディネーター排斥運動が生まれている。コーディネーターの側にも、『機動戦士ガンダムSEED』後半にプラント最高評議会議長となるパトリック・ザラを中心に、優生主義的なコーディネーター至上主義が存在している。
お互いが人種差別的意識を持つ陣営同士で戦われる『機動戦士ガンダムSEED』における戦争は、相手を完全に滅ぼそうとする絶滅戦争の色合いを呈していく。相手を劣ったものと見なす思想に基づいて戦うとすれば、利害を政治的に調整して共存の道を模索するよりも、完全に滅ぼすか支配すべきという考えに立ちやすくなる。物語の中でも、幾度か相手を滅ぼすまで戦争は続くという発言が見られる。
実際、物語の前史として、プラントのスペース・コロニー「ユニウスセブン」に対する地球連合からの核攻撃が行われている。そのため、パトリック・ザラのように、生き残るためにはナチュラルを滅ぼさなければならないという主張が一定の支持を得ている。
物語終盤になり、地球連合が核攻撃を行い、プラントは巨砲兵器ジェネシスで対抗する。先に撃ったほうが決定的に優位に立てるため、先制攻撃をしようとする誘因が双方に働き、状況が急激にエスカレートする。特に、『機動戦士ガンダムSEED』のように、そうした攻撃優位の状況の根底に人種差別的意識があるとすれば、エスカレーションを抑制させる要因はほとんどない。
■「人はすぐ慣れるんだ。戦い、殺し合いにも」
核攻撃とジェネシスの応酬が行われた後、アンドリュー・バルトフェルトが「戦場で初めて人を撃ったとき、オレは震えたよ、だが、すぐに慣れると言われて、確かにすぐ慣れたな」と語る。ラミアス艦長が「あれ(注:ジェネシス)のボタンも、核のボタンも、同じだと?」と問いかけ、バルトフェルトは「違うか? 人はすぐ慣れるんだ。戦い、殺し合いにも」と答える(第46話「怒りの日」)。『機動戦士ガンダムSEED』の終盤では、そうしたエスカレーションのダイナミクスが見事に描き出されている。
なお、劇中において、核攻撃とジェネシスの応酬は、第3勢力である主人公たちのアークエンジェル、エターナル、クサナギの3隻の戦闘艦から出撃したモビルスーツのジャスティス、フリーダム、ストライクルージュなどの攻撃で、核ミサイルとジェネシスの双方が破壊されたことで終わりを告げる。
彼らが出撃するとき、第3勢力の指導者であるラクス・クラインは「平和を叫びながら、その手に銃を取る。それもまた、悪しき選択なのかもしれません。でもどうか、今、この果てない争いの連鎖を断ち切る力を」(第47話「悪夢は再び」)とつぶやく。
■争いの連鎖を断ち切るためのディストピア的構想
「争いの連鎖を断ち切る」には争いから中立的な立場にいなければならない。ガンダムSEEDシリーズの世界観においては、それはコーディネーター至上主義にもナチュラル至上主義にも立たないということになる。このことが、劇場版『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』冒頭から登場する中立的な武装組織である「世界平和監視機構コンパス」の設立につながっていくとみられる。
なお、第2作の『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』では、終盤にプラントのデュランダル議長からデスティニー・プランという構想が発表される。これは、一人ひとりの遺伝子を詳細に分析することで、それぞれに適合した社会的役割を割り当てようとするもので、そうすれば人間が過大な欲望を持つことがなくなり、戦争をなくすことができるとして打ち出された構想である。
デスティニー・プランは「個人の自由と夢がない」という意味でディストピア的な社会につながるが、この時点で全人類的な人気があったデュランダル議長の政治力を背景とし、さらに反対する勢力には月面の巨大レーザー砲のレクイエムと2基目のジェネシスであるネオ・ジェネシスで攻撃することで実現を図ったものであった。
■「未来を得るために、私たちは戦わねばなりません」
デスティニー・プランは政治的な対立の解消につながらないが、ガンダムSEEDシリーズの世界においては、遺伝子の解析によって社会的役割を決めるとすれば、遺伝子を調整されたコーディネーターのほうが優れた存在であると結論づけられる可能性がきわめて高い。つまり、デスティニー・プランによって、コーディネーターの支配が確立することになる。
続編にあたる『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』では、デスティニー・プランの一環として、コーディネーターよりもさらに高度に遺伝子に手が加えられたアコードが支配階級との位置付けで登場するから、遺伝子の調整のレベルに応じた社会的な階層が生まれることになる。
ラクスは、このデスティニー・プランに抗することを決め、「夢を見る。未来を望む。それはすべての命に与えられた、生きていくための力です。何を得ようと、夢と未来を封じられてしまったら、私たちはすでに滅びたものとしてただ存在することしかできません。すべての命は、未来を得るために戦うものです。戦ってよいものです。だから私たちは、戦わねばなりません」(第48話「新世界へ」)と語る。
■人種差別的優越意識と戦争の結びつきを描いた革新性
これは、先に触れた『機動戦士ガンダムSEED』での「平和を叫びながら、その手に銃を取る。それもまた、悪しき選択なのかもしれません」よりも迷いのない言葉であり、戦う選択を強く支持している。劇中のこの言葉から解釈するならば、ラクスにはそれだけデスティニー・プランの持つディストピア性が受け入れられなかったということであろう。
また、明言はされていないが、コーディネーター至上主義にもナチュラル至上主義にも立たない立場を貫くならば、コーディネーターとナチュラルの差別を制度的に永続化してしまうデスティニー・プランに反対するのは必然的な選択となる。このように、人種差別的優越意識と戦いとのつながりを、ガンダムSEEDシリーズは描いている。
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防衛研究所防衛政策研究室長
1972年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、ジョージワシントン大学コロンビアンスクール修士課程修了。1997年に防衛研究所に入所、現在、政策研究部防衛政策研究室長。国際安全保障論、現代軍事戦略論、日米関係論が専門。共著書に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』『「核の忘却」の終わり― 核兵器復権の時代』、編著書に『ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか―デジタル時代の総力戦』、著書に『現代戦略論』など。
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(防衛研究所防衛政策研究室長 高橋 杉雄)
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